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第211話 二つの陣営

フート侯爵こと上級悪魔ゲルフィムを退けた後、俺たちは吸血鬼リリスから娘である娼婦エヴァを託された。

 フート侯爵領での恐るべき一夜の後、新たにエヴァを仲間に加えた俺たちは、その日のうちに公都ガリポリに戻ることにした。


 上級悪魔の息のかかった残党がまだどこに潜んでいるかもわからないフート領を早く離れたいということもあるし、憲兵隊に同行していた護民官のディルク男爵から、戦争がさらに拡大して、このガリスも近々参戦する気配がある、と聞かされたからだ。


 どうやら亜人差別政策やそれに伴う難民問題に絡んで、アルゴルとメウローヌが一触即発になっているらしい。ガリスは隣国メウローヌとは一応同盟関係だし、進んだ軍事技術を持つことから無関係ではいられないようだ。


 エヴァの希望の一つがガリスから出ることでもあるし、戦になるのと反対側、レムルス帝国に向かおうと思う。


 侯爵領からレムルスに向かうには、西方街道に入って途中でガリポリを通ることになる。

 ガリポリの宿にはまだ着替えとかの荷物と、予備の荷馬も一頭預けてある。


 俺たちだけならリナの転移で街の外までは一瞬で戻れるんだけど、馬を連れていけないし、ガリポリの城壁には転移防止の結界が張られているっぽい。

 結局、一昨日来た道を馬で戻ることになった。


 来るときは貨車に積まれて来たエヴァは、俺の馬に2人乗りさせようと思ったんだけど、ノルテが「私の方が体重が軽いですから」といって、さっさとエヴァを連れてっちゃった。


 エヴァがくすっと笑いながら、こっちを見てる。

 貴重な巨乳女子同士が2人乗りとか、なんてもったいない、資源の浪費だ、人類の損失だ・・・って主張したかったんだけど、ルシエンが不機嫌そうににらんでるので自粛した。自粛警察にはダンコ反対したいです・・・



 ガリポリの城壁が見えるあたりまで辿り着いたのはもう夕方だった。


 途中の小さな街で、エヴァを俺の従者扱いにしてなんとか冒険者の仮登録をした。

 なんでもいいから身分証明カードを作るためだ。


 ガリポリの出入りは身元チェックが一番厳しい。

 エヴァはこれまでなんの身分証も作ることができず、故郷から最初にガリポリに来たときは、何人かの商人に色仕掛けをして、ようやく積み荷に紛れて入ることができたらしい。


 そこで、小さな街で、費用さえ払えば誰でも冒険者になれるような所を探して登録手続きをした。

 冒険者不足が深刻なガリスの田舎だからこそできたことだが、それでも俺が騎士身分でなければ、門前払いされた可能性が高いらしい。


 ともあれ、これでようやくガリポリにいったん入ることができた。


 荷物と替え馬を預けていた宿「公爵の庭園」は、なんとか今夜も部屋は空いていたものの、5人に増えた俺たちにちょうどいい部屋というのはなくて、4人部屋と2人部屋をひとつずつ、という形になった。


「上弦1日、まだカーミラの日だよ」

 そう言うとカーミラが、俺と2人部屋を主張して背嚢を運び込んだ。


 昨日の晩はリリスの侵入で結局あまりしてないし、満月の人狼としては全然足りなかったみたいだ。

 俺の方も、結局リリスの回復のために去り際に少し「献血」させられちゃったんだけど、その前に与えられてた「HP回復」スキルのおかげで、体力は回復している気がする。


「あらあら、そういうルールがあるんですね・・・」

 新加入?のエヴァが女子たちの“日直”ルールを聞いて、ほおっ、という顔をする。


「ま、まあ、それはその、近いうちにってことで・・・」

 俺は曖昧な返事を返す。

「楽しみにしてて下さいね、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま」


***********************


 翌朝、夜明けと共に宿を出た俺たちは、まずエヴァの衣類や身の回りの品、冒険者としての装備を調達しに店を回った。破損したカーミラの防具や、先日の戦いで失ったテントも新たに購入する。

 その後は冒険者ギルドに立ち寄る。これでガリスを出ることになるからな。


 ギルドで知ったのは、ディルク男爵が言っていたとおり、西方でもとうとう戦端が開かれた、という新たな情報だった。


 アルゴルの亜人排斥政策への転換を非難していたメウローヌ・ガリス・レムルスの三国だったが、逆にアルゴルの方から、亜人の難民を大量に受け入れたメウローヌに対して、「自国民を拐かして奪い取った」という、言いがかりとしか呼べない理屈をつけて宣戦布告。

 既にアルゴル-メウローヌ国境で軍同士の小競り合いが始まっているらしい。

 実の所、両国は国境地帯の領有権などを巡って、これまでも度々戦火を交えているそうだ。


 アルゴル王国は、ガリス公国とレムルス帝国に対しては宣戦布告はしていないが、アルゴル国内の両国民にも退去勧告を出したとか。


 そして、ガリスは同盟関係に基づいてメウローヌに新型の大砲と機動船を貸与するらしい。

 もっとも、ガリス国内でもイスネフ教徒が増えていて、アルゴルに味方すべきだという意見も予想外に強く、そのため武器供与だけで援軍の派遣は見送られたということだ。

 しかも、噂ではガリスはアルゴルにも最新兵器を大量に売っているらしい。


「やっぱりね。ガリスは思想的には亜人排斥派に近くなってるから・・・まだこの戦争、一筋縄じゃいかないと思うわ」

「・・・そうですね、私の事情は抜きにしても、早くこの国を出た方が安全かもしれません。なんだかんだ言って、レムルスが一番の強国で危険は少ないですから」

 ルシエンとエヴァがひそひそ話をかわす。


 エヴァは貴族の娘として教育を受けているし頭の回転もはやい。これまで、行動を決める際の相談は一手にルシエンにしていたけど、こういう面でも頼りになるかもな。


 そして、東の方でもさらに戦火が拡大しているらしい。


 トスタン、ゲオルギアの連合がパルテア帝国を奇襲した戦いは、その後、連合側にイシュタール神国が参戦した他、都市国家一の軍事力を誇るイスパタと西方のアルゴルはこれらの国々と盟約を結んだと発表した。また、モルデニア、プラト、マジェラの三国もこれらを支持。

 いずれも亜人蔑視が比較的強かったり、イスネフ教徒が多く、カテラ神殿の腐敗を非難するなどの傾向がある国々だそうだ。


 対して、パルテア側には、都市国家のアダンとテビニサが参戦し、イスパタと戦っている。

 他にアンキラと南方の大国ジプティア、モントナ公国などが支持を表明しており、アルゴルと戦端が開かれたメウローヌとその同盟国であるレムルス、それらと経済的な結びつきが強いエルザーク王国も、「カテラ神殿の権威と諸民族の平等を再確認する」という声明を連名で出し、事実上パルテア、アダン側を支持した、という。


 つまり、大陸のほとんど全域で、一神教・亜人排斥派vs多神教・諸族融和派の大戦争になりつつある、ってことだ。


 現時点で実力行使に及んでるのは、トスタン・ゲオルギア・イシュタール・イスパタ・アルゴルと、パルテア・アダン・テビニサ・メウローヌに限られてるけど、俺が転生したエルザーク王国あたりも含めて、他の国々もいつ戦火が広がるかわからない状況らしい。


 俺たちは昼過ぎにはガリポリを発ち、街道をレムルス帝国へと急いだ。


 西方街道では逆方向に向かう兵団と度々すれ違った。メウローヌ-アルゴルの開戦に伴って、西への備えを急ぎ強化するんだろう。


 通過する街は、兵の移動や戦争に絡んだ商人の移動が多く、宿はどこも混み合っていた。


 先を急いだ結果、危険を承知でまた野営をすることになった。

 レムルス国境まであと50kmぐらいの所だった。


 新調した大きめのテントには、ルシエンが結界を張り、さらに粘土犬のワンと修復したタロ、そしてスカウトモードにしたリナに不寝番を頼む。


 タロは、かなりの大手術をした挙げ句、頭部には目玉のように2つの“雷素”を練り込んだ丸薬を込め「暗闇でも電磁波の変化を捉え、相手を“見る”ことができる」と言い聞かせた。

 さらに、体内には大きな“生素”の薬を埋め込み、「傷つけられても時間と共に修復する」と宣言しながら、“属性付与”を唱えた。

 それがどう効果を発揮するかは、まだわからないが。


 そして、予想通りその晩も襲われた。


 今回は盗賊では無く魔人でも無く、普通に?魔物だった。

 ただし、レベルは高く数も多かった。


 率いていたのは、オークロードLV13。

 パルテアのヘラート迷宮で戦ったことがあるが、武器戦闘能力も知能も高く、しかも統率スキルを持つ上に、配下の魔物に回復呪文を使ってくる面倒な相手だ。


 その下にオーク魔法戦士LV11、オークリーダーLV6~8が5匹。そして、LV3~4のオークが十数匹という、オーク系の大群だった。


 結界でこちらが見つかりにくくしていたこともあって、オークたちが俺たちの存在を知るよりかなり前に、リナたちが気づいて起こしてくれた。


 それで対策を取る時間ができた。


 カーミラとリナに気配を消して偵察してもらい、敵の配置を把握してから、テントの中には囮のワンだけ残してゴソゴソ気配をさせた。


 オークたちが半包囲して襲ってきた所を、転移で背後に回って魔法と弓で攻撃。

 反撃してきたところを粘土壁とタロに食い止めさせ、さらに魔法と弓で数を減らす。壁を越えようとよじ登ってきた奴は、ノルテがハンマーでたたき落とした。


 最後は残敵の背後に回ったカーミラとリナ、そしてエヴァと、粘土壁側の俺たちで挟撃する形で、一匹残らず殲滅した。



 エヴァは“闇同化”というヴァンパイア・ハーフならではの先天的なスキルを持つおかげで、夜間なら“隠身”と同等かそれ以上の忍び寄り攻撃が可能なようだ。


 しかも、武器を持つとさらに強い。

 ガリポリで購入したのは、メイン武器として槍、予備に短剣だったが、槍を時には棍棒のように振り回してオークを弾き飛ばし、突いて使えばオークリーダーもひと突きで仕留める腕だった。


「槍を使うのは久しぶりで、かなり勘が鈍っていましたよ・・・それより、その粘土スキルですか、面白いですね」

 戦闘職じゃないのにまったくそれを感じさせず、戦闘後もほとんど平然としている。


 故郷からガリポリに向かう間は野宿だったそうで、1人で複数の魔物と渡り合ったこともあるらしい。

「なるべく隠れてやり過ごしたんですけど、死を覚悟したこともありますから・・・これだけ腕の立つパーティーと一緒なら、不安はありませんよ」


 俺たちにもエヴァの実力や戦い方の特色がわかってきた。

 非戦闘職だから最初は前に出すのに不安もあったけど、彼女は典型的な前衛タイプだ。


 パワーもあるし、近接武器のスキルもある。万一怪我をしても、HP回復スキルもある。

 同じく前衛タイプであるノルテより体格が大きく、リーチも長い。タロを除けばこれまでうちに欠けていた壁役、いわゆるタンクが務められるだろう。


 一方で、夜間なら“闇同化”スキルを生かしてカーミラのように奇襲もできる。

 奇襲で相手を制圧するのにカーミラだけだと戦力が足りない場合は、エヴァも遊撃に回す使い方もできるな。

 

 とにかく戦い方の幅がかなり広がったと言える。



 そして翌日の午後、俺たちは無事、国境のチェックを通り抜け、大陸最強国と言われる、レムルス帝国の版図に入った。

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