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第22話 (特別編)ぽんこつ令嬢のユウウツ

領内の魔物の掃討が最終段階に入った日、伯爵令嬢カレーナもまた難敵と孤独な戦いを繰り広げていた

(どうして仕事は片付けても片付けても湧き続けるんだろう・・・

 木は切れば無くなるし、井戸水だって汲み続けたら枯れてしまうのに。

 まるで衣装棚に湧く虫みたいだわ)


「姫様、聞いておいでですか」

 つい考えに耽っていた私は、機嫌の悪そうな後見役の声に引き戻されました。

 セバスチャンが羊皮紙の束を抱えて立っています。


「急ぎ決裁を、とお願いした書類が、まだこんなに残っておりますのはどうしたことかと」

「えっと、その、それは商工ギルドの陳情の件だったかしら?」

「水路の改修の件です!今ご説明したばかりではございませんか」

 叱られた。


「あ、もちろん、そうでしたそうでしたね。えー、サインはどこにすれば?」

「そうではありません。改修を請け負った者が資材を横流ししているのでは、という通報の方です!捕縛して問い詰めるのは簡単ですが、虚偽の申し立てだった場合、あの者はギルド長の縁者ですから面倒なことになるかもしれませんぞ」


「ええ、そうでした、わかってますとも。でも、それじゃあどうすれば・・・」

「ですから!まずはスカウトによる内偵をしては、と申し上げたのです。しかし、ただでさえ人手不足なのに、迷宮の討伐に支障も懸念されますと」


「うーん、どうしたら・・・じいに任せますから、なんとか」

「姫様!」


 小言を延々聞かされた挙げ句、レベルが低めで迷宮に入ることはなさそうなスカウトを一人、調査に向かわせることになりました。


 どうしてこんなことまで、私が判断しなくちゃならないんでしょう。


 わかってます、わかってますとも。これが領主たるものの務め。

 お父様もお兄様も亡くなった今、幼い頃に神殿に預けられ政治も軍事もまともに教わったことなどない私でも、伯爵家唯一の後継者として立派に果たさなくては、家名を保つことも出来ず、家臣らは路頭に迷い、民はよるべを失ってしまうのでしょう。


 でも、人には向き不向きというものがあります。

 私は政務というのがとことん苦手なのです。


 羊皮紙の束に書かれた税やら収穫やらの数字を飲み込むのも大変ですが、それ以上に持って回った書き方をして何が言いたいかわからない陳情書を読まされたり、さらに何を考えているかわからない、ギルドや他領の使者やらと回りくどくて美辞麗句ばかりで中身の無い会話をしたり、おまけに今日のような厄介ごとをどう解決するか、わかるわけがないことで判断を求められたり・・・そういうのがとにかく苦痛で、疲れて、逃げ出したくなるのです。


 じいに悪気がないのもよくわかっています。

 そもそもじいは戦場の槍働きで名をあげた騎士ですから、政治など無縁だったのに、私のようなポンコツな娘が領主代行になったばかりに、その後見として畑違いの苦労を背負い込んで、年齢以上に老け込んでしまいました。髪ももう薄いなんてもんじゃありません。


 でもでも、やっぱりこういうのって、有能な家臣が誰かお膳立てをしてくれて、私は「よきにはからえ」とか言って、優雅に構えていられるのが普通の貴族の姿なんじゃないでしょうか。


 もちろん、当家にはお金がありません。切っても血も出ないほどありません。借金は山ほどありますが。だから、新たな家臣を召し抱えるなんてとんでもなくて、むしろこれ以上、長年仕えてくれた人たちの首をいかに切らずにすませることができるか、が大きな悩みなのもわかってます。


 だからって、私だってボーッと生きてるわけじゃなくて、いえ、たまにはそうですけど、危ないとわかっている魔物の討伐にだって直接出かけて、いっぱい働いています。


 おしゃれだって本当はもっとしたいし、同じ年頃の貴族の女の子だったら、もうすてきな殿方の所にお嫁に行ったり婿をとったりして、夫君が自分に代わって難しい仕事をしてくれているんじゃないでしょうか。

 私ももう19なのに、伯爵家の継承だの、領内の安定だののせいで、いまだに全く出会いらしい出会いさえありません。


 メイドたちが私のいない場所で盛り上がっている、殿方とのあんな話やこんな話にだって、私はすごく興味があるのに。今夜もこっそり妄想の中で愛を歌うことになるのです。


 

 そろそろ夕方という時刻になってやっと、じいが「別の仕事がありますので、あとはお願いしましたぞ」と言って私を解放してくれたので、厨房にお忍びすることにしました。

 きょうは私の大好きな甘酸っぱいルココの実をのせたパイを、料理人のメレルが焼いてくれています。誰も教えてはくれないけど、晩餐のデザート用でしょう。私の鼻が間違いないと告げています。

 

 メレルのパイはいつも美味ですが、残念なことに小さいのです。特に最近はなぜか。当家が貧乏だからって、そこまでではないと思うのですが。

 日頃の激務に加えて、私はまだまだ成長中ですし、もっと女として魅力的になるためにも栄養が必要だと思うんです。

 だから私は適正量になるよう、ちょっとだけ先に味見することにしました。本当にちょっとだけ。


 焼き上がったばかりのパイが厨房の一番奥の窯に入っています。幸い誰もいません。私は熟練のスカウトのような忍び足で侵入し、パイを3切れ確保しました。

 もちろん味見のためです。窯の中の場所によって、ちょっとずつ仕上がりも違いますから、しっかり確かめなくてはいけません。

 ひとつはその場で味わい・・・おいしい!残りはハンカチに包んでドレスの中に隠し、執務室に戻ります。


「姫様、姫さま~」

 なんて間の悪いことでしょう。メイド長のノエビナです。


 セバスチャンの後妻で、家中の女たちを束ねる優秀な女性ですが、ちょっと意地悪なのです。私が気にしていると知っているくせに、

「姫様、失礼ながら少々ふくよかになりましたか?」

なんて直球で聞くんですから。


 私は胸の谷間のハンカチから残るパイを口に放り込み、証拠隠滅をはかります。

 もぐもぐしながら歩くのははしたないですが、緊急事態なので神様もお許し下さるでしょう。忍び足スキルを最大限発揮して一足早く執務室に入り、何食わぬ顔で机に向かいます。


「姫さま~、こちらですかぁ・・・おかしいわね、さっきはいなかったはずだけど」

 まずい、直接この部屋に向かってきます。私は残りのパイを、残念ながらじっくり味わうこともできずに飲み込みます。


「あら、おいででしたか。セバスチャンが探しておりましたが」

「え?ええ、ちょっとお花を摘みに・・・」

 まだ口の中に少し残っていて、不自然なしゃべり方になってしまいます。


「まあ、でしたら、今日中に決済いただかなくてはならない書類がまだまだありますので、必ずお願いしますと念押しされております」

「うー」

 私の心が沈痛な悲鳴を上げます。


 そこに一人の兵が小走りにやってきて、入口の所で片膝をつきました。

「カレーナ様、ザグー騎士長が戻りました。ご都合のよい折にご報告を、と」

「まあ、それは一大事です!」


 政務より軍務の方がまだマシです。魔物は持って回ったイヤらしい物言いもしなければ、借金の督促もしませんから。

「姫様、少しそちらは待たせておいても・・・」

「いえいえ、命を賭して任に励んでくれている兵らの報告を、後回しにはできません!」


 お父様の代から忠誠を尽くしてくれていた兵が、昨日一人亡くなったばかりです。私は涙をこらえることができませんでした。彼らの働きに報いたいという想いに嘘はありません。


「すぐに参ります」

 私が慌てて席を立とうとおなかに力を入れた、その時。

 ぷつん、と音を立てて何かが飛びました。 ウエストのボタン? ありえない不幸な事故に呆然とします。


 若い兵が、気まずそうに見なかったふりをしています。


「姫様、最近また・・・」

 ノエビナ、なにも言わないで。お願い。


 私は真っ赤になって、控えの間に逃げ込みました。

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