第207話 悪魔vs吸血鬼②
絶体絶命の俺たちの前に、内と外からの同時攻撃で上級悪魔の結界を破り、リナと吸血鬼リリスが降臨した。そしてどうやら浅からぬ因縁を持つ上級悪魔と吸血鬼の戦いが始まった。
先に仕掛けたのは上級悪魔ゲルフィムだった。
もはやフート侯爵だったときの衣装の切れ端が足下に残るだけで、完全に人外の姿となったそれは、長いかぎ爪のついた右手を一閃し、紅蓮の炎を飛ばしてきた。
俺たち相手の攻撃はただの遊びに過ぎなかったと思わせるような、巨大な灼熱の砲弾だ。
だが、吸血鬼リリスの赤い瞳が輝きを増し、体の前に手をかざしただけで、目に見えない壁が立ちはだかり、轟音と共に灼熱の炎が砕け散った。
屋上の構造物に燃え移ったのか、そこここに火の手が上がり、彼我の姿がはっきり浮かび上がる。
ゴスロリ衣装の少女のように見えるリリスが、その外見とはミスマッチすぎる腹の底からの咆吼をあげると、その体は宙を舞い、一瞬で上級悪魔の眼前に迫る。
ゲルフィムが左腕を横なぎに払い、おとなと子ども以上の体格差のあるリリスを払いのける・・・はずが、悪魔の巨体の方が弾き飛ばされた。
「グワァァッ」
ズズン、と巨体が屋上に立つ石造りの物見塔にめり込む。バラバラと石のかけらが降り注ぐ。
だが、リリスが追撃の掌底を打ち抜く寸前に、ゲルフィムは巨体に似合わぬ素早さで体を入れ替え、窮地を脱した。
「・・・コノ猪女ヲ足止メセヨッッ」
ねじくれた2本の角を生やした頭部から、人間の姿だった時とは異なる野太い声が発すると、周りの魔人たちがわらわらとリリスに群がる。
「たわけがっ!」
リリスの瞳が赤くまばゆい光を放つと、それだけで数体の魔人がよろめく。そして彼女の体に触れようとした者たちは、その細い腕が振られただけで、ドロッとした体液をまき散らしながらちぎれ飛んだ。
それはただの時間稼ぎだったのだろう。
ゲルフィムがなにか長い詠唱をしている。
「ルシエンっ」
「ええっ、・・・“静謐”を!」
こっちの方が単純な呪文だから速い。再び呪文無効化の場ができあがった。リリスは見かけによらず武闘派のようだから、魔法を互いに封じれば有利なはず・・・だった。
「ヌオウッ」
ゲルフィムがうめくような声と共に全身から魔力の波動を放つと、一瞬で静謐が破られた。
どうやら強力な魔力の波をぶつければ、魔力の凪状態とも言える静謐は破られてしまうらしい・・・そんな溢れるほどの魔力を持つ奴とは、これまで出くわしたことがなかったわけだが。
そして上級悪魔は間髪おかず、また詠唱を続ける。
リナと俺はその間に練り上げた火球を、リリスに群がる魔人たちに左右から放つ。
吸血鬼の強さは圧倒的だけど、体格は普通の人間並みだから、ガタイのいい魔人の群れに四方八方から押し寄せられると、頭上まで埋め尽くされ、一瞬で抜け出すことは出来ないみたいだ。
俺たちはリリスを押し包んだままの魔人の群れごと火だるまにする。
たぶんリリスはこれぐらいじゃなんともないはず・・・やっぱり。
焼け焦げて動きが鈍くなった魔人の分厚い焼き肉を振り払って、煤ひとつ付いてない銀髪の女が、飛び出してきた。
「ようやった・・・<奸智の冠>よ、覚悟せい」
「・・・イデヨッ!」
だが、その瞬間中空にどろりとした“穴”が開き、ウネウネとした触手の束が吸血鬼の頭上から降り注いだ。
「!」
払いのけようとした細い腕に何本かはちぎれ飛んだものの、残りはそのまま黒いゴスロリ衣装の上を走り、あっという間に華奢な体を包み込む。しかも、ちぎれたはずの腕はすぐにまた生えてくる。
その触手に続いて出現したのは、巨大な、気色の悪いブヨブヨとした生白い魔物だった。
<ヒドラ LV38>
コイツのステータスは見えた。ヒドラ?
キャナリラの地底でヒドラっぽい姿をした魔力の塊みたいなやつと戦ったけど、こいつがリアルなヒドラなのか?
弱点属性みたいなのがないか、スキルまで見たけど、はっきりわかるものは無い。そして、厄介なのは“腐食”に加えて、“再生”とかってスキルを持ってる。だからどんどん触手が再生するのか・・・
うじゃうじゃと密生する触手を絡めながら、体ごとリリスに覆い被さっていく。キショい、そしてどっかエロい。
(そんなこと考えてる場合じゃないでしょっ!)
炎の魔法を放つリナに叱られる。仕方ないじゃん。
触手からは腐食性の粘液が分泌されてるらしく、あっという間にリリスの体はヌメヌメとした液体に覆われ、シュワシュワいう音と共に、ゴスロリ衣装が溶け始めてる。
力づくでその触手をちぎり飛ばし、切り払い、さらには全身から魔力を放って、触手の束やヒドラの体の一部まで吹き飛ばしてるけど、それでもすぐに再生していく。
普通に魔法攻撃も効くようだから、とにかくリナと俺の炎、ルシエンの風魔法で 触手を焼いたり、胴体?に穴をあけたりするけど、すぐに再生しちまうし、リリスが覆い尽くされるのをかろうじて食い止める程度のことしかできない。
その間も、生き残った魔人たちが俺たちに向かって来るのを、タロとワン、ノルテの前衛組が防ぐ。そして、やつらの背後に現れたカーミラが狼の牙で後ろから襲いかかる。
おかげで魔人の群れは食い止められてるものの、手詰まりだ。
まずいのは、ゲルフィムが再び長い詠唱を始めたことだ。
それまで星と月が見えていた空に、突然雲が集まり、ゴロゴロ不気味な音が鳴り始める。
これは、雷撃魔法か。それも、天候を変えるレベルの。上級悪魔が長い詠唱を必要とするほどの規模の・・・ヒドラごとリリスを殺すつもりか?
「タロ、カーミラ、悪魔を止めてくれ!」
無茶な要求だ。だが、詠唱を中断させられればいい。
足の速いカーミラが、当然先に届く。
それを支援するように大した効果は無いけど、こっちも目くらましに雷を放つ。
俺が雷素を放った途端に、腕にびりびり感電した。俺の魔法の威力じゃない。悪魔の力でもうそれだけ空気が帯電してるんだ。
俺の放った雷を、ゲルフィムは避けることさえせず、カーミラをうるさそうに片手で払いのける。詠唱中だったせいか、さっきみたいな威力はない。
カーミラは弾き飛ばされたけど、大けがを負うことも無く着地し、隠身をかけて消え、背後から再び飛びかかった。
上級悪魔の筋肉質で太い首筋に、満月の人狼の牙がついに突き立った。
詠唱が途切れた。
「グウオオオーッ!!」
痛みか、怒りか、悪魔が両腕を勢いよく開くと共に、魔力の津波を放つ。カーミラが宙高く飛ばされ、意識を失った?と思った時には、その衝撃波は俺たちも巻き込み、なぎ倒した。
ゴロゴロと勢いで転がりながら、仲間たちを確認する。誰も死んじゃいない。気を失ってるのも、カーミラだけ・・・
「ギャウンっ」
屋上にたたきつけられ、それで目を覚ましたようだ。
俺も、打撲と擦り傷はあるけど、吸血鬼に授かった回復スキルで、怪我が治っていくのを感じる。
俺はルシエンに“生素”をかけ、ルシエンはノルテとリナに“癒やし”を唱える。
ゲルフィムが怒りに満ちた顔で俺たちをにらみつけ、周りの魔人たちを巻き添えにすることなどまったく気にもせず、紅蓮の砲弾を放った。
あれはセラミック盾なんかじゃ防げっこない・・・
「リナっ」
「転移っ!」
俺たちが一瞬前までいた場所に直撃した巨大な火球は、周りにいた魔人たちを跡形も無く焼き尽くし、屋上を一部崩壊させた。
階段出口の構造物の死角に転移した俺たちは、そのまま地面に膝をつく。
まだゲルフィムには気づかれてはいない。が、やつは再び大雷の詠唱を始めた。
どうすればいい?
キャナリラではどうした?
「ルシエン、あいつの“魔力の中心”ってどこかわかるか?」
「!」
ルシエンが目を細め、精霊となにか会話している。
俺も意識を集中して察知スキルをフルに生かし、魔力の流れを捕らえようとする。
「あの、胴体の膨れた所の、中心あたり・・・」
触手のただ中だ。
「リナっ」
念話でリナに作戦を伝え、人形サイズに戻す。粘土スキルで武器をイメージする。
そして、パーティー編成を解いた。
(転移!)
ルシエンの風魔法と俺の火素が、一瞬だけ触手の束をかき分け焼き払って、わずかな隙間を空ける。
そこに再出現したリナを、等身大魔法使いに変える。
(・・・貫けっ、“魔槍”!)
魔法使いLV13になった時に覚えた強力な貫通力を持つ魔法が、アースドラゴン戦以来に炸裂した。
ぶよぶよした巨体に青白い閃光が走り、深く穴がうがたれた・・・それでもわずかにまだ届かない。
その時、ゲルフィムが俺たちに気づいた。一瞬どうするかためらいのようなものが見えたが、再び詠唱を中断し、こっちを攻撃しようとする。
そこに背後から忍び寄ったカーミラが、奴のアキレス腱に噛みついた。
巨体がバランスを崩す。ナイスだ。
怒りと共にカーミラを蹴り上げようとした時には、もう狼の姿は消えていた。
その間に俺はリナを魔法戦士に変え、その手に粘土スキルで創った槍を出現させる。“属性付与”で聖素を槍先にまとわせる。少しは効果があってほしい。
硬化セラミックの槍を、リナが力一杯、魔力の中心めがけて突き刺す。
俺は、残った魔力を目一杯込めて錬金術の“力場”を放ち、さらに槍を押し込む。ウジャウジャと気色悪く蠢いて、リナの体をも押し包みかけていた触手が、ついに止まった。
ビクビクと痙攣するように動いたヒドラの体から、全ての触手が力なく垂れ下がり、続いて全体がどろり、と構造を失って溶け崩れていく。
“おうちに帰る”でリナを回収する。
地図スキル上に映る赤い大きな点がひとつ、ようやく消えると共に、そこには白濁した粘液溜まりと、その中央で膝をつく白い女の体があった。
「ぬおおおぉぅーっっ!!」
怒りに満ちた叫びと共に、膨大な魔力が放出され、粘液が飛び散る。
べちゃっ!
「うぇっ」
しぶきを浴びた俺は、情けない声を上げた。
みんなは階段出口の構造物の陰に入って、難を逃れてた。俺だけかよっ。
だが、そんなことを思ってるヒマに、少しでも奴を牽制すべきだったんだ。
「クラエッ!!」
「許さぬっ!!」
完了したゲルフィムの詠唱と共に頭上に激しい稲光が走った。
それとほぼ同時に、リリスの白銀の裸身が宙を飛んでいた。




