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第206話 悪魔vs吸血鬼①

フート侯爵の館を訪れた俺たちは、囚われのエヴァたちの存在を察知した。だが、返して欲しいと切り出した俺たちの前で、侯爵だった者はついにその正体を明らかにした。

 俺は心の底から後悔していた。


 なにが、“実力行使は避けたい”だ。甘すぎだ!結局、こうして読み違えた末に、自分だけでなくみんなを命の危機にさらしているんだ。


 見る影も無い瓦礫の山になった晩餐の間。正面に立つ「フート侯爵だったもの」は、形はそれほど大きく変わってはいない。


 だが、体は二回り大きくなり、目は暗い深淵のように落ちくぼみ、耳は細長く突き立ち、そして後頭部から二本の曲がりくねった角が生えていた。


<ゲルフィム 上級悪魔 LV47>

 相変わらず基本情報しか見えないが、フートの本当の名がこれなのか。


 魔力の暴風は収まったものの、依然プールの底みたいな魔力の圧迫感に全身を押さえつけられている感覚だ。


 館に入る直前、僧侶モードにしたリナに、パーティー全体にありったけのバフをかけてもらっていたから、かろうじて耐えられる。


 とにかく、アイテムボックスから武器を取り出す。

 ノルテも間髪おかず、自分のハンマーと仲間たちの武器を出して渡す。


 俺たちのまわりには、4体、いや5体の魔人。護衛と執事、メイドか。体がデカくなり顔つきも一変しているが、着ていた服はそのままだ。


 そいつらが一斉に襲いかかってきた。


 上級悪魔は魔人たちに合図を出しただけで、落ちくぼんだ眼窩の底から虫けらでも見るように俺たちを品定めしている。今のところ手を出す気配はない。

 とにかく、目の前の敵だ。こいつらが元人間だとしても気にしてられない。


「ルシエン、静謐をっ」

 どれぐらい効くかはわからない。けど魔人が魔法抜きなら、こっちは錬金術がある分有利だ。


 俺は護衛の魔人が剣の間合いギリギリに来るまで、火素を大きく練り上げてぶつけた。

 剣を抜いた二体が炎に包まれる。そのままの勢いで突っ込んでくるのを、俺の前に身を低くしていたノルテのハンマーがまとめてなぎ倒した。


 呪文が発動しないことでうろたえていた後ろの三体が、続けて向かって来る。

 こいつらには武器はないが、とにかく腕力も体力も人間離れしてるからな。


 ルシエンの弓が鳴り、一体の眉間を打ち抜いた。

 残る二体を、俺とノルテで退治した。


「ほう、少しは出来ると・・・」

 そう口を開いた上級悪魔の背後に、カーミラが出現し、喉笛をかき切ろうとした。


 だが、それよりも速く、奴の左腕が一閃した。

「ギャウーッ」

 カーミラが獣のような悲鳴を上げて吹き飛んだ。血しぶきが飛ぶ。

 奴のかぎ爪が長く伸び、カーミラの腹を切り裂いていた。


 ごろごろと転がりながらも、傷が塞がっていく。カーミラの回復スキルだ。しかも、きょうはまさに満月だ。

 血が止まりながら、カーミラの体が変化していく。


「ウオォーンッ」

 狼化した体が10m以上の距離を跳躍し、直線的に飛びかかると見せて壁面を蹴って方向転換し、上級悪魔の横から飛びかかった。

 同時にルシエンの弓が鳴り、俺は雷光を飛ばす。


 だが、奴は右手で矢をつかみ取り、左腕で狼化したカーミラを無造作に払いのけた。俺の放った雷は、直撃したものの虫が刺したほどのダメージもないらしい。


 くるっと宙返りしたカーミラは、無事に着地した。何本か骨を折られたようだが、すぐに回復していく。


 だが、圧倒的に劣勢だ。っていうか、戦力に差がありすぎる。


 しかも、奴の落ちくぼんだ眼窩がカッと光ると共に、全身から大量の魔力が放たれ・・・パリンッと何かが吹き飛ばされたような感触があった。


「まずいわっ、静謐が破られた!」

「逃げろっ」

 ルシエンの言葉と同時に、俺は目くらましに火素を飛ばして、上級悪魔がいるのとは反対側の端にある部屋の入口めがけ駆け出した。


 元侯爵がかぎ爪の生えた腕を振ると、俺のなんちゃって火炎とは桁違いの火山噴火みたいな巨大な塊が次々飛んでくる。あたりまえのように無詠唱でこの威力だ。


 それを使い捨てのセラミック盾を背後に出現させて、なんとかそらしながら、かろうじて全員廊下に逃げ出した。


 奴は駆け出すでもなく、ゆっくり歩いて追いかけてくる。それがまた恐怖をそそる。

 つかまったら地獄行きの鬼ごっこだ。



 本来なら、エヴァたちの気配がある地下に向かうべきかもしれない。けど、そっちには多数の魔物か魔人の反応もあって挟み撃ちにされそうだし、もう一つ、地下ではまずい理由があった。


 だから、俺たちは時々出くわす、城塞の使用人らしい連中・・・本当に人間なのか、まだ魔人に変化していないだけかはわからないが・・・を避けたり突き飛ばしたりしながら、階段を駆け上っていった。

 人間に見える連中を、向こうが攻撃してこないのに、殺傷する気にはなれない。


 ところが、そう思ったのがフラグだったのか、突然、あたりを魔力の波動が満たし、それとともに俺たちが向かっている方にも、脳内地図上に赤い点が次々現れた。


 あの上級悪魔が何らかの方法で指示みたいなものを送ったんだろう。


 上階から、魔人化した騎士らしい連中がわらわら現れた。

「仕方ない、やるぞっ」


 俺はLV20になって覚えた「属性付与」で素早くみんなの鎧を「金素」でコーティングするように強度を増し、武器には「聖素」をまとわせる。

 アンデッドと違い魔人は聖属性武器で即座に浄化できるわけではなさそうだが、ゲーム知識的に少しは有利属性なんじゃないかと思うから。狼化したカーミラは既に武器も鎧も身につけてないけど。


 俺を追い越すようにルシエンの風魔法が放たれ、カマイタチが魔人騎士たちを切り裂く。

 数人は倒れたが、間髪おかず、向こうからも魔法が放たれ、火の玉が降ってくる。


 先頭に立つ俺はセラミック盾を、ノルテはアイテムボックスから魔甲蟹の盾を出して防ぐ。

 その後ろからルシエンが風魔法を再び放つ。リナがいないから、火力不足は否めない。


 だが、突如上階の魔人たちのまっただ中に狼が出現し、乱戦になる。隠身をかけ壁を蹴って敵の懐に入り込んだんだ。


 魔法を放つ余裕が無くなった魔人騎士たちに、駆け上がった俺たちが斬りかかる。

2,3分で排除し、さらに地図スキルを使いながら上へ・・・ようやく屋上に出られた。

 よし!もう完全に日は沈んでる。


 上級悪魔が接近してるから、あまり時間が無い。

「リナ!聞こえるかっ」


(・・・こえる、聞こえるよ!連絡遅いよっ)

 大丈夫だ、つながった。


 そうだ、リナは一緒に侯爵の城塞に入らず、あの宿の部屋に残してきた。

 思った通り地下からより屋上に出た方が念話もつながりやすい。


 けど、柄にもなく不安にかられてるらしい。それも当然だ、吸血鬼と二人きりなんて・・・

 吸血鬼リリスが日没と共に宿の部屋にまた現れ、リナを使って念話を結んで、結界の内と外からタイミングを合わせて結界破りに挑む、それが今夜のプランだ。

 

《おう、アレは無事か?》

 どうやってかリナの念話に乗せて、リリスの声が脳内に響く。

「地下に捕らわれてるから直接あえてはいないけど、生きてる気配は察知した・・・やつが来る!!」


 階下から屋上に至る階段出口に、強烈な魔力の気配が近づいてきた。ルシエンが目を閉じ、精霊を使って城塞を取り巻く結界の手応えを探る。

「やるわっ」

「よし、リナっ、リリス、頼む!」


(行くよっ)

《参るぞ》


 結界を破る破魔を、内側にいるルシエンと、外側にいるリナ、そして吸血鬼はどんな力でなのかとにかく強力な魔力が外側から注がれたのを感じる。

 ドンッッ・・・激しい圧力に見えない壁が揺れる。

 ギシギシと軋む。


「あきらめの悪い者どもよ」

 その時、階段出口を身をかがめてくぐるようにして、上級悪魔が現れた。


 さっきよりさらに大きくなっている気がする。

「っ!」

「ルシエン、背中は預かったっ、続けてくれ!」

「わかったわっ」


 溶岩の奔流のように、巨大な火炎弾が飛んでくる。

 俺は分厚い粘土壁を立て、さらに、ゴーレムのタロを出現させ、セラミック盾を持たせる。

 ズズンッ、ドドンッと、続けざまに粘土壁にぶちあたった火炎弾が、壁を穴だらけにする。ルシエンに直撃するコースだけをタロが文字通りの盾になって防ぐ。


(いっけぇーっ!!!)

《!!》

「くぅぅーっ!」


 パァァーン!と、破裂するような音と共に、祭の音楽が遠くから聞こえてきた。


 そして、城塞の屋上には、白銀の髪を月光に輝かせた女吸血鬼が立っていた。


 俺の腰の革袋には、人形サイズに戻ったリナが帰還した。



「吸血女王か・・・人間ごときに使われ、我が風雅なる館を土足で踏みにじるとは、なんとも落ちぶれたな」

「ぬかせ。先に妾が庭をウロチョロと荒らし回ったは、ぬしの方であろう。魔王の腰巾着ごときが二百年の間に寝ぼけたか、ずいぶんと増長したものよ!」

「「・・・」」


 上級悪魔と吸血鬼の間には、ずいぶんと因縁があるらしい。それにどっちも二百年前の魔王の時代からいるってことかよ・・・


 階段口から続々と魔人の兵が出てきて、上級悪魔ゲルフィムに付き従うように左右に展開する。


 俺はリリスの右手にたち、焼け焦げて体の前面が抉れていたタロを修復する。

 僧侶姿のリナが、「守護」「心の守り」「祝福」と、バフを連続してパーティーにかけ直す。

 それから魔法戦士にチェンジし、ノルテ、ルシエンと共に俺の横で武器を構えた。

 カーミラは既に姿を消している。


 だが、どうやら上級悪魔と吸血鬼には、お互い以外は眼中にないようだ。

「ぬしは妾を怒らせた、増長のツケを払ってもらおうか」


 上級悪魔の体がさらに巨大に、もはや人ではあり得ぬ大きさに膨れ上がっていく。

 吸血鬼の瞳が、深紅の光を放つ。


 両者からあふれた魔の波動がぶつかり、闇の中に赤黒い光を放った。

 それが戦いの合図だった。

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