第205話 侯爵の正体
再び邂逅した吸血鬼リリスと、エヴァたちを救い出すため共闘することになった。そして翌朝、ワルフェの街は夏祭りを迎えていた。
「やっぱり夏祭りと言えば浴衣よね」
「ゆかたーよ?ひらひら」
「可愛らしいし、異国情緒ですね。ご主人様のいた世界のものなんですよね」
リナも元気を取り戻したみたいでよかった。
昨夜、部屋に現れた吸血鬼リリスとの会話を、中に入れなかったノルテとルシエンに聞かせた後、突然リナからSOSが入った。
なんとか囚われの身になっている娼婦たちの居場所を突き止めた直後、見つかりかけたらしく、途切れ途切れの念話で、帰還要請されたんだ。
いつになく切羽詰まった様子のリナの声に、すぐに人形スキルの“おうちに帰る”を使ったけど、これまで経験したことが無い抵抗感があった。
しばらく頑張ってMPを注ぎ込んでいると、ぐにゃっと空間が歪むような感触がして、人形サイズになったリナがベッドの上に飛び出してきた。
「やばかった、魔人だと思うけど、もうちょっとで捕まるとこだった・・・」
消耗しきってるリナをしばらく僧侶モードにして瞑想させつつ、俺の手に持ってMPを吸収させた。
リナの調査では、城塞には地下3階まであって、その最下層に大きな二つの牢があり、一方に娼婦たち、もう一方はどうやら街道筋の盗賊や商人などの男を捕らえて入れているらしい。どちらも数人ずつは生存者がいるという。
そして夜更けに虜囚たちに与えられた“食事”のことを聞いて、俺たちの夕飯が済んでて良かった、と心底思った・・・
「魔物の血と生肉、なのね・・・なんておぞましいことを」
グロ耐性が俺なんかよりずっと高いルシエンも、さすがに青ざめていた。
与えられる食事は一日一度、魔物の生肉と血液だけらしい。
そのために地下一階で魔物を飼っていたのか。
空腹に耐えかねて魔物の血肉を口にした者たちは、一定の日数が経つと別の所に連れて行かれるそうだ。
そこがどこかは確かめられないが、虜囚たちの噂話では、そこでなにか特別な処置を受けて生き残ると魔人に変わっているのだと言う。
以前どこかで、魔物の肉ばかり食べてると魔人化する、的な噂を聞いたことがあったけど、あの地下で行われているのは、もっと短い日数で魔人を誕生させる秘術なり儀式なり・・・であるらしい。
「うえっ」
ノルテが口を押さえて耐えてるけど、俺もつられて吐きそうになった。
「もう投げ出して逃げたくなるな・・・」
「正直、怖くてたまらないです。でも、まだエヴァさんたち、生きてるんですよね?」
「うん、エヴァは無言だけど元気そうだった。あのケプテって人とか、少なくとも何人かの娼婦は、まだ今なら助かると思うけど・・・」
ノルテの質問にリナが答える。それにルシエンが課題を提起する。
「侯爵やその館の守備兵はどれぐらいの手練れなのかしらね」
「内部には兵はあまりいなかったし、せいぜいLV10ぐらいだった。でも、魔人が多分20人以上いて、地下の問題ありそうなエリアをうろついてるよ」
リナは潜入中、スカウトモードにしていた。スカウトのLV7だから、判別(初級)スキルで出会った奴のジョブとレベルは調べることができたんだ。
問題は吸血鬼も俺たちの手には負えない、と言っていた相手、おそらくそれがフート侯爵のことなんだろうけど、そいつの力がわからないことだ。
トーマス・ジェラルドソン博士は、相手のスキルを見る力があるのに、侯爵を怪しんでいるそぶりさえなかった。どういうことなんだ。
「そもそも、その吸血鬼の言うことをどこまで信じていいのかしら?」
ルシエンたちは直接リリスの話を聞いたわけじゃ無いし、俺が殺されかけた話もしたから、なおさら心配しているようだ。
エヴァを救出したいってことではどうやら利害が一致しているようだけど、全面的に信用できるかと言えば、答えはノーだろう。さて、どうしたものか・・・
でも、そんな状況でも満月の一日前のカーミラは、気にせず肉食女子だった。
同じ部屋で充電中のリナにあきれられるぐらい激しくて、結局朝一番寝坊だったのは俺だった・・・
それでも、目が覚めたら妙に体力が回復している。
半信半疑で自分のステータスを見たら、なんと、<HP回復(中)>なんていう、驚きのスキルがついていた。
どうやら、これが昨夜、吸血鬼に顔面を砕かれた後に、噛みつかれて与えられたスキルらしい。
どおりで少なくとも複雑骨折させられたのが、瞬時に治ったわけだ。
こんなスキルを思いのままに与えられるって、どんだけチートな能力なんだ?あの吸血鬼・・・
回復したリナに、公都ガリポリのディルク男爵と遠話を結ばせて、リナが得た情報を報告した後、街の中心の広場に設けられた祭の会場を歩くことにした。
いつものように行く先々で、ノルテとカーミラが屋台荒らし(※食べ物限定)をして、両手に串焼きやら饅頭やらを持っては食べ、抱えては食べ、無限ループに入っていた。
リナとルシエンのスレンダーコンビは、吟遊詩人や楽隊の音楽が流れると聞きに行って一緒にリズムを取ったりメロディーを口ずさんでる。
いつものように、俺はみんながスリとかひったくりに遭わないか、注意しながらついていく。
うん、これでいいよ、ぼっちじゃ無いよ。みんな楽しそうだしね。ずっとぼっちのひきこもりだった俺が、美少女4人連れて歩いてるだけでも、間違いなくここは別世界だ。
さすが技術大国ガリスらしく?祭の催しには、シャーベットみたいな冷たいお菓子や、なんと射的まであった。
みんな経験が無いから、俺がちょっとうまいところを見せて、景品の髪飾りをじゃんけんで勝ったカーミラにつけてやる。
そしたら、意外にムキになったルシエンが自分もやると言い出して、いきなりメチャクチャうまくて、自力で別の髪飾りをゲットしてドヤ顔だった。
リナから聞いた地下の話や、今夜おそらく直面するであろう荒事のことが頭の片隅にあるから、心からははしゃげないけど、この夏の日差しの下をみんなで歩いてる今は楽しい。それが今のリアルだ。
昼過ぎにいったん宿に戻り、みんな少し昼寝する。
今夜はどうなるかわからないからな。だからカーミラ、エロは抜きだよ?
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日が傾いて来た頃、俺たちは身支度を調える。
武器をアイテムボックスに仕込み、目立たないよう革鎧の上にゆったりした服を着こむ。
貴族の屋敷を訪問するのにおかしくないように整えて、フート侯爵の城塞に向かった
ちょうどアポを取った時間と言うことで、衛兵から館の使用人へ、そして執事へと、すんなり伝達がまわり、俺たちは昨日よりずっと豪奢な応接室、謁見の間と呼んだ方が良さそうな広い部屋に通された。
護衛の騎士が入口の左右に控え、さらに部屋の左右に設けられた席に、数人の陪臣らしい男たちが座っている。その後ろにはメイドらしい女が2人。
奥の一段高いところに、王様椅子みたいに立派な肘掛け椅子があり、上級貴族らしいきらびやかな服装の男が座っていた。
中肉中背でぱっと見は特徴らしい特徴がない。なさ過ぎるほどだ。
<アンゲリオス・フート 人間 男 47歳 ロード LV21>
表示されたジョブもレベルも、普通に強そうだし、武門の貴族ならありそうなものだ。
だが・・・半ば予想していたけれど、スキルは見えない。
パーティー編成しているみんなにもそのことが伝わる。緊張感が走る。
ルシエンがこっちを見た。「判別(初級)」スキルでは<ロード(LV21)>という、本来見えるべき表示が見えているはずだから、おかしいことに気づかなかったんだろう。
ロードにこんな隠蔽スキルがあるなんて聞いたことはない。
そしてなにより、この表示自体が、なにか腑に落ちない。「もっともらしすぎる」のだ。
「よく来られた、異国の騎士よ。いや、異世界からの騎士よ、そなたの話を聞かせてくれ」
にこやかな笑顔で、侯爵は俺たちを歓迎してくれた。
俺は、トーマスと同じ世界の別の国から、粘土を操るスキルを得て転生したことを話し、目の前に粘土の塊を出して場の笑いを取った。
そして、エルザークの田舎の領主に武勲を認められて騎士爵をもらい、暇をもらって冒険者としてお供の亜人たちを連れて各国を旅してきた、と話した。
もちろん、魔族のまの字にも触れず、マギーとブッチのことも、パルテアに行ったことも触れず、エルザークからアンキラ、アンキラからアルゴル、アルゴルからメウローヌ、そしてガリスへと至った、って物語だ。
「そうか、アルゴルがああしたことになって、亜人の従者を連れた旅では大変だったろうな。このガリスは平和な国だ。ゆっくり滞在されるがよい」
いかにも親身な態度で、侯爵はそう口にした。
侯爵は、偶然出会ったトーマスを支援し、この国で異世界の高度な技術文明を実現しようと取り組んできたこと、それによってガリスを治める公爵に認められ、工部卿として近代化の指揮をとるようになったことを誇らしげに語った。
「喉がかわいたな、いやもうこんな時間か。ぜひもう少し話を聞きたいゆえ、粗餐を用意しよう、食べてゆかれよ・・・」
謁見の間から、場所を移して連れて行かれたのは、侯爵の居館の2階だった。
リナから聞いていた地下牢などがある場所とは4階層の隔たりがあるが、ほぼ真上のあたりじゃないだろうか?
階層が違うからか、地図スキルにはそれらしい光点は映らないが、察知スキルを意識すると、多くの気配が足下深くに感じられる。
カーミラが、エヴァの存在を確信したらしく目配せしてきた。その途端、脳内の地図スキルに階層の違う多数の光点が加わった。白だけで無く、赤い光点もだ。結構多いな。
晩餐の間には陪臣らはおらず、俺たちと侯爵の他は護衛の騎士2人と執事、メイドたちだけだ。
食前の果実酒が運ばれ、侯爵に勧められて少しだけ口をつける。
念のため、マギー特製の解毒薬をあらかじめみんな飲んでいるが、特におかしな味はしなかった。
「・・・それで、聞きたいことがあるのではないか?」
とりとめも無い話が途切れてしばらくして、侯爵の口調が変わった。
直球が来た。
正直、いることがわかったとして、どうやって助けるかは具体的な方法を思いついているわけではなかった。
最後は実力行使になるとしてもなるべくなら避けたい。別に俺は正義の味方ってわけじゃないし、流血沙汰が好きなわけでも無い。
深呼吸して、腹をくくった。
「侯爵閣下、おれ、いや私はトーマス卿から、侯爵の寛大さを聞き及んでいますし、私は異国の者、この国をどうこうしようなんて大それた気持ちはまったくないんです。ただ、この屋敷に、私の知り合いの女性が具合を悪くして滞在しているんじゃないかと聞いたもので、もし侯爵が保護して下さっているのでしたら、連れて帰りたいと思うのですが・・・」
いいんだろうか?こんな言い方で・・・なにか地雷踏んでないかな?コミュ力ある人、お願いです、教えて下さい。
「ほう、ようやく正直になったか」
え?気づかれていた・・・
「トーマスの紹介状は本物だった。とすると、これは偶然だったのか?それがわからなかった。いや、転生者というのはそういうものかもしれんな。あの者たちも、なぜこんな偶然が、と思うようなことに出会うのは、転生者の必然だったのだろう・・・そう、二百年前のあの者たちも」
二百年前!?こいつ、まさか・・・
猛烈な嵐が室内を吹き抜けた、と思ったのは、「魔力の暴風」だった。
その波動にグラスが飛び散って砕け、テーブルクロスが紙のように舞うと共に、巨大なテーブル自体が軋む音を立てて、割れた。
魔の嵐が収まった時、瓦礫の山の奥に、“侯爵だったもの”が立っていた。
<ゲルフィム 上級悪魔 LV47>
はじめて、それだけの情報が読み取れた。




