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第204話 吸血鬼の口づけ 

ガリス公国の有力者フート侯爵が、娼婦たちを拉致している黒幕らしい。俺たちは、機動船の開発者トーマス・ジェラルドソン博士からもらった紹介状を手に、侯爵領へと向かった。

 フート侯爵領は、公都ガリポリから馬で半日近くかかる山間にあった。

 領内に入ったのは、日が西に傾き始めた頃だった。


 ガリス屈指の有力者の所領だというのに、それほど便利な所ではないし、広さの割に平地が少なく土地も痩せている印象だ。


 しかし、侯爵領の玄関口とも言えるシントの街は、大いに活況を呈していた。

 鉄道線路と並行する街道に沿って、煙突から煙を吐く紡織工場などが建ち並び、工業化で豊かになったことがうかがえた。

 人口も急増しているようで、斜面に沿って労働者向けの集合住宅みたいな建物がどんどん建てられていた。


 その一方で、領都にあたるワルフェの街に入ると、様子は一変した。

 こちらは、俺たちがエルザークで見慣れたような中世風の街並みで、不思議なほど産業化の様子が無い。

 産業革命を進める場所を意図的に分けているかのような、微妙な違和感があった。


 とは言え、ワルフェはワルフェで別の活気に満ちていた。

「これ、お祭りの準備ですよね?」

「おいしそうなにおい、するよ」

 

 明日は八の月・望月の日、大陸の多くの国々では盛夏の祭が催される日なのだ。

 一応は領都にあたるワルフェには、よその土地から商人や芸人らが集まり、屋台や仮設の小屋を空き地に建て、祭の準備に余念がないようだった。


「きょうは急いでるから、明日時間があればゆっくり回ろうな・・・」

 そう言って、食いしん坊ズの2人をなだめる。


 そのワルフェの城市の一番奥の方、丘の斜面に沿って領主の住まいがあった。

 館と言うより城塞と言った物々しさで、多くの領兵が厳重に警戒していた。ただ、せいぜいLV10ぐらいまでの兵が多く、思ったほど高レベルではなかった。


 俺たちはまず目立たないように、城塞沿いの半円状の通りを東西に端から端まで進み、つくりを確かめた。城塞の北側は切り立った山になっていて、そっちには道も無く入れないようだ。


 線路は正面の城門ではなく、北西よりの通用門側から城に引き込まれる形になっているようだ。

 時間的には、汽車はもう専用貨車を切り離して、次の街に向けて出発した後だ。


 とりあえずぐるっと周りを半周して視野に収めたことで、スキルで浮かべた脳内の地図にも城塞が表示される。

 だが、微妙に表示が甘く、人を示す光点も映らない。


 カーミラが「結界察知」スキルを使い、城壁と建物自体に沿って強力な結界がある、と言う。


 あまり長時間うろうろしていると、衛兵に目をつけられそうだ。

 そしてもう夕暮れが近い。


 紹介状があるとは言え、貴族を訪ねるのに非常識な時間になると、たとえ在宅だって門前払いだろう。それ以前に、侯爵がいたとしても、いきなり押しかけて会える可能性は低い。

 あらためていついつに来てくれって、アポイントが取れれば上出来、ってのが普通だろうけど。


 俺たちは、いったん侯爵の館を離れ、近くの「朝日の館」という高めの宿に馬を預け、部屋を取った。最上階の部屋は城壁よりも位置が高く、ここからならスキルがもっと生きるんじゃないかと思ったからだ。


 そして、城門の詰め所でトーマスからの紹介状を渡すと、少しだけ待たされてから城門の中に案内され、館の玄関を入った応接間らしき部屋で、執事風の格好をした老人に引き合わせれた。

「当家の執事をしております、デア・ライエと申します・・・」


「お初にお目にかかります、エルザーク王国の騎士でシロー・ツヅキと申します。私は侯爵の恩顧を受けているトーマス・ジェラルドソン博士と同じ異世界からの転生者です。諸国を巡る旅の途中でこの国を訪れたので、高名な侯爵閣下にご挨拶だけでもと思い立ち寄らせていただきました。もし、お目にかかる機会があれば、近くの朝日の館に滞在しておりますので、使いをよこしていただければ幸いです」

 がんばった、すごく頑張った。自分史上最高の礼儀正しさだ、と思う、たぶん・・・


「これはこれは、ご丁寧にいたみいります。侯爵閣下はご多忙の身なれど、異国のお話を聞くことを何よりの楽しみにしております。しかとお約束はできかねますが、御用向きの件はたしかにお伝え致します」

 ディス・イズ執事?な反応で・・・要するに門前払いだった。


 もちろんこれは想定内だ。収獲はあった。


 城壁の結界内に入ったことで、みんなの探索系スキルを全力行使したからね。


カーミラの嗅覚は、ごくかすかだけどエヴァやケプテの匂いを捉えたから、間違いなくここに運び込まれていることがわかった。

 そして、俺の地図スキル上には、多数の白と赤の光点が映るようになった。もっとも、かなりかすかで、館の中にも結界らしきものが多重に張られているのか、特殊なスキル持ちとかがいるのかはわからない。

 ルシエンが駆使した精霊たちは、館の中では動きが不自由なようだけど、多数の邪悪な存在を察知したようだ。

 やっぱりここが黒幕の居場所、娼婦たちを魔人に変えている現場かもしれない。


 そして、仕込みもしてきた。


 宿に戻って、さっそくリナに「念話」を試みる。人形スキルの“内緒話”だ。


「遠話」の魔法は、魔法使いモードにならないと使えないけど、人形スキルの念話なら、どんな着せ替えをさせた時でも使える。つまり、スカウトモードにして隠身を使いながらでも話せる、というのがミソだ。

 しかも、魔法じゃないから通常の結界では遮られない。


(・・・ロー・・・こえる?)

 つながった。

 けど、かつて無いほどノイズ混じりだ。距離はこの宿から侯爵の館まで直線だと300~400mしかないから、普通なら問題なく話せる。

 通常の結界だけでなくなにか別の力も作用してるんだろうか?


「ああ、聞こえる。大丈夫か、いまどこに?」


(地図共有で・・・場所に近づい・・・んだけど、地下でかなり入り組んでて・・・捕らえられてる所は・・・てないけど、魔物を飼って・・・)


 断片的な言葉からわかったのは、リナは俺がこっそり城塞内に置いてきた後、隠身を使いながら侯爵の居館らしい一番奥の建物に潜入し、地下に降りているってことだ。


 そして地下では、低レベルの魔物を多数、閉じ込めてるんだか飼育しているらしい。

 魔物の鳴き声だけでなく、人間の絶叫みたいなのも聞こえるから、閉じ込められてる人間がいるのはたしかなようだ。それも女の声だけじゃないと言う。

 そういえば、最初に戦った魔人にも男女両方?いたように思う。娼婦以外に男もどこかで捕まえているんだろうか・・・。


 リナには見つからないことを最優先にして、出来る範囲で潜入調査を続けてもらう。

 俺たちは宿の夕食を部屋に運んでもらい、栄養補給しながら得られた情報を整理していた。


 日が沈んだ頃、食器をさげに来たメイドが一緒に伝言を持って来た。

 驚いたことに、侯爵の所から“明日の夕刻、侯爵閣下の時間が取れたので来られたし”という内容だった。


 侯爵は失踪事件の調査が進んでいることについて、まだ知らないのだろうか?もし自分に嫌疑がかかっていると知った後だとしたら、俺たちがその関係者だとは知らず単なる来訪者だと思っている可能性もあるだろうか?


「明日もあることだし、そろそろ休みましょうか」

「リナちゃん、危ない目に遭ってないといいですね」

 きょうは2人部屋が2つだ。


 そして、今夜は上弦の十四日、窓からはほとんどまん丸に近い月の光が差し込んでくる。

 だから、日直はカーミラだ。


「ハァ、ハァ、ハァ・・・」

 レベル15で「変化自在」ってスキルを得てから、カーミラは満月の時だけでなく自分の意思で狼化できるようになって、欲望を発散できるようになってきた。


 それでもこの時期に欲望と精力が高まることは変わりないみたいで、依然、“満月の頃はカーミラ”ってことになってる・・・


 薄いネグリジェに身を包んだほてった体を抱きしめて、ベッドに向かおうとした時、興奮していたカーミラがビクッと身を震わせた。


 窓から季節外れのひんやりした風が吹き込んでいる。


 そして、その窓際に、見覚えのあるシルエットが浮かんでいた。


「まったくケダモノよのう・・・」

 否定はしないけど。デリカシーってもんがないのか、この吸血鬼は。

 そんなこと口にしたら瞬殺されそうだから言わないけど。


 先日と同じ真っ黒なゴスロリ衣装に身を包んだ年齢不詳の吸血鬼リリスは、銀色の瞳を見開き、舌なめずりしていた。

「それだけ精力が余っておるなら、妾も液をいただこうかのう」


「だめ、あるじ、カーミラのっ」

 カーミラは、先日手ひどくやられたばかりの相手に臆すること無く対峙する。

 満月だからか、それとも俺なんかのことをそれだけ思ってくれてるのか、どっちにしても、カーミラばかり矢面に立たせるわけにはいかない、と思う。


 内心びびってるのを出さないように意識しながら、カーミラの肩を抱いて、俺が半歩前に出る。


「怖がらずとも良い、今宵はそなたらに忠告に来ただけじゃ」

 だが、吸血鬼の言葉は意表をつくものだった。

「忠告、だって?」


「フートの所に行こうとしておるのじゃろう?やめておけ、命はないぞ」

 なぜ知ってるんだ、それに・・・

「フート侯爵って、そんなにヤバいやつなの?」

「どんな報償を約束されたか知らぬが、命の対価には足りぬわえ。あやつは人間風情が手を出して良い相手ではないゆえ」

 そいつだって人間だろうに。


「でも、エヴァが捕まってるんだ。助けないと・・・」

「ん?なんじゃ、おぬし、アレを助けようとしておったのか?」

 リリスは意外そうに言う。


「え?その・・・あんたから俺たちをかばってくれたし、他にもちょっと親切にされたからな、可能だったら助け出せないかって・・・」

 お前に殺されかけたのをエヴァに救ってもらったから、って理由を、その当人に言うのって、まずかったか?


 でも、吸血鬼は何やら面白そうに笑い出した。

「かっかっかっ、そうか、アレを助けようと思う男がおったか。傑作じゃのう・・・そなた、覚悟はあるのか?」

「え、覚悟?そんなに、やっぱりフートって危険な相手・・・」

「阿呆、そっちでは、いやまあ、それもひとつじゃが、覚悟と言っても色々あろうが?」

「え、なに、どういうこと?」


「言わせるでないわっ」

 ぺちんっ、と頬をはたかれた・・・と思った途端、俺の頬が飛び散り、スローモーションになった。


「あるじっ!!」

 カーミラの絶叫が聞こえた気がした。俺の意識は飛んでいた。


 気が付くと、俺の首筋から吸血鬼が口を離し、見つめていた。

「おう、すまんすまん、つい軽く叩いてしもうたわ、とりあえず妾の血を分け与えて治しておいたから、気にするな」

 はああっっ!?


「血を、血を・・・吸血鬼に血を吸われた!?」

「なにを騒いでおる、吸ったというか吸いながら分けてやったというか、妾の力を分け与えれば、多少の傷程度はたちどころに治るからのう。普通なら、血を吸うか、肉を喰らうか、眷属にするだけなのじゃが、今のは妾のうっかりじゃったゆえ、特別サービスじゃ、光栄に思うがよいわえ」


 ドンドンドンっと扉が叩かれる。

「シローっ!」「ご主人様っ、どうしましたっ!?」


 あ、ルシエンとノルテだ。

 カーミラは相変わらずフーフーうなりながら、俺をかばうようにリリスを威嚇しているけど、吸血鬼はまったく相手にもしない。


「心配するな、そなたが吸血鬼になったりはせぬ。その程度の加減は、偉大なる始祖の娘たるこの妾には造作も無い」

 いや、エラそうに言うけど、俺、あんたの不注意で顔半分吹っ飛ばされたんだよね?一瞬だったけど覚えてるから。


「そうじゃ、大事なことを忘れておったわ。アレを救う意思があるなら、妾が力を貸してやらんでもない。さすがの妾も、奴が閉じこもっておる結界をひとりだけで破るのは心許ないが、内側と外側の両方から同時に試みれば穴もあこう。ただし、妾は日の光の下には出られぬからな、忘れるでないぞ」


 それだけ一方的に話すと、吸血鬼はちらっと叩き続けられている扉の方に目をやった。

 釣られて俺もそっちを振り向き、思い出したようにカーミラがカギを開ける。


 だが、ルシエンとノルテが飛び込んできた時にはもう、部屋の中にリリスの姿は無かった。

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