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第203話 黒幕は誰だ?

娼婦を拉致して貨車に積み込んでいた男たちの中に、連続失踪事件の調査クエストを俺たちに斡旋した、冒険者ギルドの職員ソントンがいた。

 取り押さえたソントンは、なぜ?という顔で俺たちをにらみつけていた。


「まさかと思ったが、シロー卿が言っていた通りだったとは・・・」

 ディルク男爵は心外そうにそうもらした。


 俺も確信があったわけじゃない。

 ただ、ここのところ毎晩1人か2人の娼婦が失踪していたのに、俺たちがターゲットを絞って張り込んだ昨日だけ何も起きなかったから、どこからか情報が漏れているんじゃないか、とは疑っていた。


 もちろん、俺とノルテの下手な演技が誰かに怪しまれた可能性はあるけど、隠身スキルを駆使したルシエンやカーミラを察知するのは、簡単じゃないはずだ。だとしたら、どこか身近な所にスパイがいるのかもしれない。


 だから、男爵と示し合わせて、“今夜は別に頼みたい仕事がある”なんて、わざとらしく張り込みしないことをアピールしてもらったんだ。

 

 おそらくノルマみたいなものがあって、昨日娼婦を運べなかった分も今夜は動こうとするだろう、と考えられたし、仮に警戒を強めた結果人さらいがおさまるなら、それ自体は悪いことではないしな。


 種明かしを聞いたソントンは、観念したらしく、兵が突きつけた剣の前でうなだれて話し始めた。


 冒険者を引退した時には小金を貯めていたものの、博打にはまって借金を作り、ギルドの俸給だけではとても首が回らなくなっていたのだと言う。

 妻は子どもを連れて去り、自暴自棄になっていた所に素性を知らぬ男に声をかけられ、汚れ仕事に手を染めるようになったそうだ。

 まあ、ありがちな話で同情の余地は無いな。


 だが、汚れ仕事の指図はいつも魔法使いの遠話で伝えられ、報酬の受け渡しもその都度異なる人間から渡されるなどして、本当の雇い主には会ったことさえないし、名前も聞かされていないという。


 ならず者を率いて娼婦を拉致して貨車に積む、なんて、どう見ても重い犯罪行為なのに、何者かわからない奴からの伝言ゲームだけで実行するもんなんだろうか?って思うけど、それ以上問い詰めるには時間が足りなかった。


 騒動に気づいた駅の職員が、公都の憲兵隊に通報し、兵たちが駆けつけたからだ。


 俺たちは捕らえたソントンらとならず者の遺体、そして貨車の木箱の中で未だ眠ったままだった娼婦2人を憲兵隊に引き渡さざるを得なかった。


 これだけ明確な犯罪になると、護民官が先に調査していた案件だったとしても、警察に相当する憲兵隊の管轄になるのだそうだ。


 それでも俺たちが簡単な事情聴取だけで解放されたのは、犯人側がみな平民で、こちらには護民官のディルク男爵がいたことが大きかった。



 男爵が憲兵隊の隊長と交渉した結果、取り調べに同席はできないものの、壁越しにやりとりを聞くことは俺たち2人だけに認められた。


 とは言え、結論から言えば大した成果はなかった。


 元の世界じゃ許されないような拷問まがいの行為が壁越しに聞こえてきて、胸くそが悪くなったにもかかわらず、ソントンと共に実行犯を務めたならず者たちも、侯爵家の雇い人として現場で貨車への積み込みを監督していた男も、事件の背景や黒幕についてはまったく知らないようだった。


 ソントンたちは、金のために拉致を行った事実は認めたが、雇い主が誰かは詮索しない方が互いに得だ、という犯罪者ならではの理屈で、知ろうとしなかったようだ。

 明らかな犯罪行為がばれた以上、こっちの世界の常識では処刑される可能性が高いようだが。


 もうひとり連行された、貨車への積み込みを監督していた侯爵家の雇い人は、自分はそんな忌まわしい積み荷だとは想像もしていなかった、と無罪を主張した。

 この男は、“決まった合い言葉を言う者が持ち込んだ荷は、こわれ物や開封すべきでない荷なので、中をあらためることはせず侯爵領行きの貨車に積み込むように”と、侯爵家の執事のひとりから指示されていた、と言い張った。


 それを信じるなら、侯爵家、少なくともその執事がこの犯罪を計画したことになるが、簡単に認めたりはしないだろうな。

 今後は憲兵隊を束ねる上級貴族を通じて、侯爵への“問い合わせ”が行われることになるみたいだが。


 俺たちは護民官事務所に戻り、今後のことを話し合った。

「シロー卿、私はこれからしかるべき筋に報告して、侯爵領の立ち入り調査が行われるよう働きかけるつもりだが、どう転ぶかははっきり言えぬ」


 そりゃそうだ。上級貴族が首都の住民を何十人も拉致して、ことによると魔人に変えるなんてことをしていたら、国家の一大事だからな。

 一男爵の手に負えることじゃないし、もっと上を動かす必要があるんだろう。


「あとは司直か国軍の手に委ねる問題だと認識しているから、君たちへの報酬はこれで約束通り支払っておく。だが、侯爵領に行くのなら、そこで見聞きしたことだけでも教えてくれると助かる・・・」

 男爵は、ずっしり重い金貨の入った小袋を俺に渡しながらそう言った。


 そう、俺たちはこれから調査クエストとは別にフート侯爵を直接訪ねようと思っている。


 理由は2つ。

 まず、吸血鬼から助けてくれたエヴァが捕らわれの身になっているようだから、可能ならば助けてやりたい。もっとも、そのために俺たちが命の危険にあうつもりは無い。2度会っただけのエヴァより、うちの女子たちの方が大切だから。


 もうひとつは、俺の手元にはトーマス・ジェラルドソン博士からもらったフート侯爵への「紹介状」があるからだ。


 実のところ、この失踪事件に蒸気機関車が関わっていそうだと判明するまで、フート侯爵というのが、トーマスのパトロンであり紹介状の宛先の人物だということに、迂闊にも気が付いていなかった。


 こんなできすぎた偶然は、ゲーム的にはクリアするためのフラグに違いない。


 せっかくこの失踪事件とは無関係のふりをして、侯爵に直接会えるかもしれない手段を持っている以上、活用しない手はないだろう。

 もし屋敷に乗り込めれば、そこに誘拐された娼婦たちが閉じ込められているのか?ことによると、人間を魔人に変えるおぞましいしかけもそこにあるのか?探りを入れられるかもしれない。


 そもそも、トーマスが世話になっているというフート侯爵というのは、どんな奴なんだろう?

 トーマスは、転生者と知ればきっとよくしてくれるだろう、なんて脳天気なことを言ってたが、技術オタクの変人だからな。

 この失踪事件の黒幕だとしたら、とてもまともな人間とは思えない。


 宿に戻って、出発の準備を整えてくれていたルシエン、カーミラ、ノルテと合流し、取り調べや男爵との相談の結果を伝える。

 

 馬上で買い込んだ肉まんじゅうをぱくつきながら、フート侯爵領へと向かった。

 

 けさは未明から活動してたから少し寝不足だが、仮眠を取っている時間は無い。


 もし侯爵たちが事件の黒幕だとしたら、機関車が侯爵領に着き、“積み荷”が無いことを知った者たちが情報を入手しようとするだろう。


 この事件に関して疑われていることを犯人たちがはっきり認識する前に、侯爵に会わないと、証拠のもみ消しとか、最悪の場合、娼婦たちを口封じのために殺害、なんてことにもなりかねない。だから、急ぐ必要があるのだ。

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