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第202話 護民官

エヴァとケプテが姿を消した現場から臭いをたどり、貨物列車が出発する駅にたどり着いた俺たちは、カーミラの嗅覚で眠り薬が使われたらしいことを知った。

 夜中に娼婦を襲い、眠らせて貨車に積み込み、夜明けと共に出る機関車で公都から運び出している・・・そう考えれば、つじつまが合う。

 紛れもなく犯罪だな。


 だが、誰が、どこへ、そしてなんのために?


「あとは護民官様に報告すればいいだろう」

 ソントンが言うとおり、この調査クエストの依頼人は護民官なんだから、依頼を受けた冒険者として報告に行くのは筋が通ってる。「調査」クエストとしてはこれで完了と言えるかもしれない。


 この先、実際に貨車の荷をあらためたり、犯人を逮捕したりすることになるなら、それはもう一冒険者パーティーの仕事じゃなく、それなりの公権力がすることだ。


 ここまで同行した娼婦のメローネといったん別れ、俺たちはソントンの護民官の事務所に向かった。

 

 ガリスを治める侯爵の宮殿がある一等地の一番端の方に、小さな看板をつけた護民官事務所があった。

 役所ではあるが、主に平民のためのものだから、役所街の中では末端の位置づけ、というのがよくわかる。


 護民官は、エフモント・ディルクという男爵だった。

細身で短くひげを整えた中年男で、武官ではなく文官らしい。


<エフモント・ディルク 人間 男 38歳 文民 LV13

  スキル 統治(LV2)  交渉(LV2)

      人物鑑定(初級) 奉仕(LV1)

      言語知識(LV1)知力増加(小)

      信用       契約

      達筆       騎乗(LV2)

      剣技(LV2)        >


「男爵様、ご無沙汰しております」

「覚えているぞ、ソントンだったな。今はギルド職員になっているのか」

 ソントンが現役の冒険者だった頃に少し面識があったらしい。

 おかげで、面会の予約もなく押しかけたのにすんなり会うことができた。


 これまでまったく進展を見せていなかった娼婦連続失踪事件が、一気に解明が進んだと言うことで、食いつくように話を聞いてくれた。

 だが、貨物列車の話をした途端、表情がこわばった。


「よくぞ調べてくれた・・・だが、たしかな証拠があるのかね?」

 証拠か。こっちの世界でも物証を重ねた裁判、とかあるんだろうか。ソントンが答えられないようなので俺が説明した。


 エルザーク王国の騎士身分ということだからなのか、見ず知らずの冒険者の若僧の話も、ちゃんと真剣に聞いてくれた。

 少なくとも、護民官として民衆を守る仕事を忠実に果たそうとは思っている人物のようだ。


「・・・現場を押さえない限り確実な証拠はないけど、今夜は貨車の近くに潜んでいて、あやしい荷物を積み込もうとする奴がいたら取り押さえればいいんじゃないかと。それで、眠らされた娼婦が出てくれば、動かぬ証拠、じゃないですかね」

「むぅ、それしかないか・・・」

 男爵は考え込んでいる。


「あの鉄道は、工部卿であるフート侯爵の肝いりで建設されて、今も半ば侯爵のものなのだ。それが犯罪に使われているのが事実であれば、たいへんなことになる・・・」

 もちろん、そういう話だよな。


「シロー卿、ギルドに依頼した“調査”任務としては有益な報告とは言えるが、それはあくまでこれが事実であった場合だ。万一にも間違っていれば、侯爵の名誉を傷つけ、私ごときの首ひとつでは済まぬ大問題だ。つまり、それを確認するまでは完了とは言えぬ。もう一働きしてもらえぬか?」

 

 こう言われることも予想の範囲ではあった。だから、こっちも用意していた返事をする。

「確認する必要があるのはわかりますが、犯罪だとしたら一介の、それも他国の冒険者が主体になって調べる話じゃないですよね?それと、危険な目にも遭ってるし・・・」


「わかった。ここから先はあくまで護民官としての公的な調査に、冒険者として協力してもらう、という形でよい。私も他のしかるべき役所と筋を通さねばならんしな、今夜は私も配下を連れて現場に行こう。それと、報酬はあらためて弾むので、なんとか頼む・・・」

 低姿勢に出られて、とりあえず出来る範囲で協力はするって返事をした。


 そして、貴族一行が見張ってたら、犯罪者は警戒して近寄ってこないだろうってことで、男爵たちには駅を見下ろせる近くの建物に詰めていてもらうことにした。


 それから一瞬外に出て、“魔法使いの仲間を連れてきました”ってリナを紹介する。男爵といざって時に「遠話」の魔法で結べるようにしておくため、その場で少し会話して認知しておいてもらう。


 まだローティーンにしか見えないリナが高レベルの魔法使いとはどういうことだ?って男爵の顔に書いてあったけど、もちろんそこは説明なんてしないよ。



 夜更けに再び護民官事務所を訪ねて合流し、打ち合わせ通り男爵と護衛たちには、駅を見下ろすことができる、公会堂の建物の上層階で夜明かししてもらった。


 俺たちはまた目立たないように娼婦の多い通りを巡回し、あやしい者がいないかをひそかに見張った。


 けれど、収獲はゼロだった。


 薄明と共に駅では貨車に下り荷の積み込みが始まったので、そっちに移動した。

冒険者ギルドのソントンと合流して、物陰から積み込みの様子をうかがっていたけど、そちらも特にあやしい荷物や人物は見当たらなかった。


 そりゃあ、犯罪集団だって毎日勤勉に人さらいをするとは限らないか・・・


 貨物列車が定刻通り出発するのをむなしい気分で遠目に見送ってから、ずっと駅を見張っていた男爵たちの所に向かった。


「なにも無かったぞ。そなたらが巡回に行ってる間も、あやしい者は見なかったと兵らが申しておる」

「本当にこんな方法で誘拐しているのかねぇ?」

 男爵もソントンも、半信半疑になってるようだ。


 現時点では、“眠らせた娼婦を貨車に積んで運び出している”っていう確かな証拠があるわけじゃないから、疑われるとこっちも自信がなくなってくる。


「毎晩張り込むわけにもいかんな。それと、実はちょっと夜間の仕事で別に冒険者に頼みたいこともあるのだ。シロー卿、こっちはいったん仕切り直しと言うことで、夕暮れに事務所に来てくれるか?報酬ははずむぞ」


 男爵は、俺たちに少しは割のいい仕事を振ってやろう、とほのめかす。

「ほう、シロー、別の仕事依頼とはよかったな。これでどっちにしても稼げるな」

「まあな、ソントン・・・じゃあそうさせてもらおうかな」


 徹夜で働いて実り無し、ってのはなかなかツライ。

「よその国の冒険者がこんなに頑張ってくれたことには感謝してるぜ」


 ソントンと別れ、俺たちは重い足を引きずって宿に戻った。


***********************


 そして、翌上弦13日の薄明の頃。

 貨物列車の駅舎では、積み込み作業が盛んに行われていた。


 荷の量自体は、地方から王都への上り荷の方が圧倒的に多い。


 建設ラッシュとも言える公都ガリポリを支える木材や石材、そして工房でも使われる鉄などの重量物は、蒸気機関車だからこそ大量輸送できるものだ。

 鉄道輸送の利便性や信頼性が知られるにつれ、最近は野菜や干し肉など食料の輸送にも重宝されている。


 これに対して、下り荷の量は比較的少ないが、それでも王都の工場で量産されたブランド店の衣料品や、意外に重量のある書籍、さらに木工品や一流鍛冶職人による武器などは、最近の下り荷の代表格だ。


 その中に、この鉄道の責任者とも言うべきフート侯爵の専用貨車も2両編成されている。


 鉄道は、技術大国ガリスと言えども、2年前にようやく初の長距離路線が、公都ガリポリから港湾都市テルザンテまで敷設されたばかりだ。


 途中いくつかの街を経由するが、フート侯爵領を通るのは実の所、やや遠回りだ。

しかしながら、この鉄道計画の提案者であり、建設費用の多くを国庫でからではなく侯爵自らが負担している関係上、それは当然の権利でもあると見なされていた。


 だからこそ、ガリス鉄道公社が荷主から預かった貨物を積む一般の貨車は、安全と租税の面からも厳格な積み荷のチェックがされるのに対して、侯爵の専用貨車は侯爵家の担当者が了承すれば事実上ノーチェックで済まされる。


 この日も、数台の荷車で運ばれてきた荷が、担当者の指示で次々貨車に積み込まれる。

 専用貨車は、駅舎から少し離れた薄暗い場所に止められ、他の貨車とは作業員も別だ。積み込みが終わった後、移動させて他の貨車と連結することになってる。


 最後に積み込まれたのは、酒の絵が描かれた大きな木箱だった。侯爵の果実酒好きは貴族の間では有名だ。中にさらに樽ごと入っているのだろう、というぐらいの箱の大きさだった。


 だが、それを運んで来たのは、商人とも酒蔵の従業員とも見えない、フード付きのマントで顔を隠した男たちだった。


 木箱は2つ。ひとつ目は4人の男がタイミングを合わせて四隅を持ち上げ、ゆっくりと積み込んだ。

 そしてもうひとつ。大きさは変わらないものの、こちらはやや軽いのか積み込みは早かった。


 そして貨車から出てきた男たちが扉を閉めようとした時、それを遮る者が現れた。

「んっ?お、おいっ、なにをする。いや、誰だっ?こんなところに」


「ちょっとその荷をあらためさせてもらいたい」

 扉に手をかけ閉めるのを邪魔したのは、若い男だ。黒い髪、黒い瞳、ガリスの人間では無い。言葉も異国風の発音だった。


「こらっ、ここは部外者立ち入り禁止だ!そもそも侯爵様の専用車両と知っての狼藉かっ」

「え?これ、フート侯爵様の荷物なの?知らなかったなぁ、どうしましょうか?護民官閣下」

「なっ!?」


 振り向いた先には、5人の完全武装の兵士を従えた痩身の貴族がいた。

 身分は貴族としては高くないものの、ガリポリで暮らす者なら顔を知らぬ者はまずいない、護民官のエフモント・ディルク男爵だ。


「すまんが、市民の安全を脅かす犯罪の調査にあたっている。侯爵様の貨車とは知らず、心苦しい限りだが、公国法に基づく護民官の調査権限で、この貨車の荷をあらためさせてもらう」


 そう宣言すると共に、3人の兵がさっと槍を構え、残る2人が有無を言わさず貨車内に踏み込んだ。


「なんと無体な!事前になにも聞いておりませんぞっ」

 作業を監督していた侯爵家の陪臣らしい、とは言え貴族ではなく従者程度の身なりの男が、かろうじて抗議の声を上げた。

 だが、男爵は意に介さない。不正や犯罪の調査が、時に抜き打ちになるのは当然だ。


 荷を運んで来たフード付きマントの男たちは、顔を隠したまま後ずさりするが、リーダー格の者がはっと振り向くと、背後には場違いな若い女が3人、弓やハンマーを構えて逃げ道を塞いでいた。最初に声をかけてきた若い男も、いつの間にか刀を抜いてそこに加わっていた。


「男爵さま、見つかりましたっ、女です!」


 貨車内から声が上がった瞬間、もはやごまかせないと悟った男たちは、マントの下から一斉に短剣を抜いて包囲網の突破をはかった。


 男爵は文官でろくに剣は使えぬ。ならばいっそ、と正面突破をはかった男たちを、3人の護衛の兵が防ぎ、逃走者のうち2人を切り伏せた。

 だが、残る2人はそのまま突破に成功した、ように見えた。


 ヒュンっと矢音と共に一人が倒れ、暗闇から忽然と現れた少女が残る一人を組み伏せた。

「カーミラ、殺すなっ、捕まえとけっ」

 若者が叫んだ。


 その場に駆け寄った若者と男爵が、取り押さえられたリーダー格の男のフードをはずす。


 男爵が底冷えのする声をかけた。

「詳しく聞かせてもらおうか、ソントン」


 そこには、男爵らと共に事件の調査にあたっていたはずの、冒険者ギルド職員の顔があった。

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