第200話 (幕間)闇に棲まうもの
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夜が明ける前こそ、闇は最も深いと言う・・・そんな時刻。
それでも大都会は眠ってはおらぬ。
薄汚い裏通りから、欲望を満たした男がそそくさと抜け出して何食わぬ顔で歩き出した。
残された女は、今夜の稼ぎを数え直し、そろそろあがろうかと乱れた服を整える。その時、別の男が近づいてきたのに気づく。娼婦を探しているにしては違和感のある、みょうに隙の無い足取りだ。酔ってもいないだろう。
細い通りをすれ違うだけかと、気を取られていた女の後ろから、ぬっと別の腕が伸びた。
「んっ」
声もろくに上げられぬまま、首に回された腕と鼻口を塞ごうとする布。なにかを吸い込んだ、と思った時には、もう意識は途切れていた。
「待ちなさい」
フード付きのマントで顔を隠し、意識を失った女の体を2人がかりで物陰に運んだ男たちの足が止まった。
振り向いた先にはなにも無く、だが、1人が突然昏倒して倒れた。
女の体を支えていた片割れが失われたことで、よろけたもう1人は、声の主が年若い娼婦でしかないことに驚き、他に仲間がいるのかと思わず周りを見回した。
それは無駄な動きだった。肉眼で追い切れぬほどの速さで女の腕が伸び、男の首を締め上げた。
数瞬の間、抵抗していた体ががくっと力を失った。倒れる男を放置し、落ちそうになった娼婦の体をもう一方の腕で支えた。
純粋な人間とは言えぬ彼女の膂力からすれば、容易なことだ。
「よくも毎晩毎晩あきもせずに。しかもケプテにまで手を出すなんて。さて、どうしたものかしら・・・」
意識を失った加害者と被害者をどうするのがまだしも穏便だろう。
この事件の調査などという厄介な依頼を引き受けたらしい、あの若い冒険者たちにでも何とか引き渡す方法があればよいのだが。
そういえば、亜人の娘たちを連れて、自分が薦めた店で食事はできたのだろうか?感想を聞いてみればよかった。
だが、そんな余計なことに意識を取られていたためか、異変が起きたのに気づくのが一瞬遅れた。
強力な魔力の高まりに、暴漢2人を子ども扱いした、若く美しい女の表情が険しくなる。
「だれ?いえ、人のわけはないわね。あなたは、“なに”?」
「・・・これはこれは。高貴なる紳士に向かって無礼であろう、卑しき売女は青き血への礼節も知らぬか」
直前までなんの気配もたしかになかったそこに、身分の高い貴族の衣装に身を包んだ年齢不詳の男がたたずんでいた。
「高貴なる紳士ですって?ご冗談を・・・わが片割れたる一族でさえ、そこまで禍々しい魔力を身にまとっている者はまずいないわ。そう、あなたが黒幕?」
「ふむふむ、あのような者たちと同列に扱うとは益々無礼な。そして、汝は知るべきでないことを知ろうとしているようだな。増長の代償はその身で支払うがよい」
そう口にした途端、男の手のひらから黒い稲光が発した。
だが、それが貫いた場所には既に女の姿は無く、紫色のドレスは男の側面に迫っていた。
「あらあら、お行儀の悪いお客さんね」
何事もない口調で返事をしながら放たれた掌底は、しかし恐るべき速さだった。
「!」
それを男は、手のひらで受け止める。いや、手のひらに届いてすらいない。その手前になにか目に見えぬ壁があるような、不自然な止まり方だった。
「魔人、ではないわね。そんな小物のはずがないわ」
初めて女の声から余裕の色が消えた。
突然、増大した魔力が爆発的に広がり、彼女の体と精神を揺さぶった。
思わずよろめいた足を踏ん張り、ドレスの裾をめくると、白い太腿にベルトで固定してあったナイフを引き抜く。
いつしか、まわりには通りの家並みも見えなくなり、どろりと粘り気のあるような黒々した闇に包まれていた。
「ハァッ!」
電光石火の突きを男の首筋めがけて放つ。避けることはできなかった。
キンッッ! 甲高い音と共に鋼の刃が砕け散った。女の目が驚愕の色に染まる。
男が首を振る。
「わしにかすかとは言え痛みを感じさせた者はいつ以来だろうか。女よ、特別に他の者どもとは違う扱いをしてやろう・・・」
男が手をかざすと、触れてもいないにも関わらず、女は息が出来ぬかのように喉をかきむしり、やがてその体は力なくくずおれる。
「口ほどにもない。だが、ただの魔人にするには惜しい器やもしれぬな・・・」
声だけを残し闇が晴れた時には、もうそこには誰もおらず、いつもの薄汚れた通りが延びているだけだった。




