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第199話 吸血鬼

俺たちが倒した魔人が身につけていたネックレスは、失踪したベゼルという娼婦の持ち物だったらしい。

 取り乱したケプテをなんとかなだめて事情を説明したものの、それで納得がいくはずもなかった。

「その魔物がベゼルのネックレスを奪ったってのかい、それとも、まさか、そんなこと・・・」


 その先は口に出そうとしないけど、あの魔人が女物っぽい服を着てたこと、ネックレスを普通に身につけていたことからすると、考えたくないことだが、あれがそのベゼルって娼婦自身だった可能性は否定できない。


 冒険者ギルドの職員ソントンも、別の意味で衝撃を受けていた。

「まさか、どうやって・・・人が魔人に」

「やめてよっ!!」

「すまん、だが、しかし・・・3体の魔人を倒して、うち2体は女物、1体は男物の服を着ていたってことだな?」

「暗かったし、女だってズボンを履いてることもあるだろうから自信ないけど・・・体型とかは普通の人間よりかなりゴツくて、正直男とも女ともわからなかったし」


 歯切れの悪い俺の説明を、ベゼルと顔見知りだったらしいケプテは、途中から耳を塞いで聞くまいとしてる。知り合いが魔物になったかも、なんて言われたら耐えられないよな。


 昔、魔王を崇拝する連中が、信者に魔物の肉ばかり喰わせて魔人に変えた、とかいう話があったはずだ。

 眉唾だと言われる話だけど、もし本当にそんなことがあったとしても、この事件に関してはもう一つ別の疑問も生じる。


 つまり、これまで、市内で殺した娼婦の遺体を荷物に紛れ込ませて荷馬車で運び出したんじゃないか、って可能性を考えてたわけだが、あの時俺たちが戦ったのが本当に魔人と化した娼婦だったなら、死体ではなく生きて、身分証無しでこの街の城門の厳しいチェックを通り抜けたことになる。

 推理はふりだしに戻っちゃうわけだ。


 ケプテに案内されて、南西の城壁そばの貧民街にある安宿を訪ねた。


 宿って言うけど、廃墟みたいな土壁の長屋に、ウナギの寝床みたいな蚕棚が2段にずらっと重なって並んでるだけだ。


 一人あたりの広さは元の世界で言うカプセルホテルほども無いだろう。そして灯りらしい物も無いし、本当に雨露をしのげるだけって所だ。

 1日銅貨2枚だとか言うから、千円するかしないかってところだな。この時間に寝てるのは大抵娼婦で、別の長屋は男用らしく、そっちは日雇いの労働者が多いってことだが、この時間はあぶれなければ仕事に出ているという。


 寝てる女が多いから足音をしのばせて、上の段にはわずかな荷物だけ置かれて無人の蚕棚に来た。


 ケプテが身をかがめ、その下の段で寝てる女に声をかける。


「ザキラ、ごめんよ、ザキラ・・・」

「あン?ああ、ケプテねえかい。今なんどき?」

「まだ昼前だ、ごめんよ、ベゼルのことで・・・」

「!」

 寝ぼけ眼だった娼婦が、はっと目を開いてこっちを向いた。


「なんかわかったのかい?」

「それなんだけど、こいつを見てくれないか・・・」


 そのネックレスは間違いなくベゼルの物だ、とザキラという娼婦は証言した。


 ずいぶん長く蚕棚の上下で暮らしてた二人は、たまたま似たような境遇だったこともあって、かなり仲が良かったそうだ。


 無論だからと言ってあの魔人がベゼル本人だという証拠にはならず、奪った物だったかもしれないけど、ルシエンは蚕棚に残されてたベゼルの衣類を見て、魔人が着てた服となんとなく趣味が似てるって、ケプテには聞こえてないところで口にした。


 ケプテも夜の仕事があるから寝直す、っていうのでいったん別れ、俺たちも相談の末、一度宿に戻って寝ようってことになった。


 夕方には商業ギルドからの調査結果を聞きに行くことになってるし、夜は娼婦たちの多いエリアで張り込みみたいなことをしよう、って話になったんだ。


 でも、明るい時間だし、ベッドに入っても、自分が魔人に変えられちゃうこととかを想像しちまって、熟睡なんてできなかった・・・


 そして、夕方、冒険者ギルドに再び顔を出した俺たちに、ソントンが残念そうに、「どうも外れみたいだ」と告げた。


 毎日定期的に公都から出る荷馬車を運用している業者は限られているそうで、それらはいずれも、事前に積み荷は開けて確認してるから、死体なんかが、それもいくつも続けて紛れ込んでるなんてあり得ない、と答えてきたそうだ。

 商業ギルドがどこまで熱心に調べてくれたかわからないから、これで絶対無かったとは言えないけど、可能性はあまり高くない、ってことだ。


「どうしましょうか?」

「まあ、一晩ぐらいなら徹夜してもいいけど。でも、娼婦が客を取るようなエリアにみんなでずっといたら、目立つわよね」

 そこが問題だよな・・・



「その・・・ヘンじゃないですか?というか、やっぱりわたしじゃムリがないでしょうか・・・」


「い、いや、ノルテ、似合ってる、じゃなくて全然おかしくないから」

「そ、そうよ、ノルテ、魅力的だから・・・」


「・・・」

 こっちの世界にもあるんだ、って妙に感心した10cm以上あるヒールで背を高くして、ようやく“小柄な女性”になったノルテを、派手な衣装と化粧で飾り立て、なんとか娼婦に見えるようにした。

 

 なんちゃって娼婦でもいいのだ、“客”は俺だから。

 それに小柄すぎるのをのぞけば、こういうロリ巨乳がタイプって男は少なく無いはずだ。


 あーだこーだ議論した結果、ようやく決まった方針は、ノルテが娼婦役、俺が客役で娼婦が多いエリアで、絡み合いながら周りの様子をうかがうってものだ。


 カーミラとルシエン、そしてスカウトモードになったリナは、“隠身”スキルがあるから、俺たちの回りの警戒だけでなく、別の娼婦が多い通りを巡回することもできる。


 覗き見用のスキルが無い俺とノルテが、消去法で言わば囮役になったってわけだ。


 もちろん、パーティー編成と地図、察知スキルは併用するから、互いの位置関係や情報はわかる。


 深夜の人通りが減ってくる時間に合わせて、ケプテに聞いておいた、娼婦の失踪が一番多かった通りに向かった。


「け、けっこういますね・・・」

 ノルテが人目を気にしながら小声で言う。


 善良な市民はもう少ない時間だからこそ、薄汚い細い路地には多くの娼婦と、それを目当てにした、そんなに身なりの良くない男たちがうろついている。


 そこを恐る恐る歩いて、適当な店の壁にもたれかかったノルテに、打合せ通り、そう間を置かずに俺が通りがかって誘いをかける。

 遅れて他の客に声をかけちゃられちゃったら面倒なことになるからな。


 そして、いかにも価格交渉してます、みたいな感じでしばらく喋りながら、ちょっと細い横道に入って、あとは抱き合いながらノルテに周囲を見張ってもらう。


 素晴らしいぱふぱふ感だ。

 なるべく時間をかけてリアルに演技をしないと。


 ちょっと長すぎだろう、って時間をかけて、すっきりしましたよ、って別れると、また場所を変えて似たような演技を繰り返す。


「あふっ、ダメですっ」

 段々ノルテも俺も、演技なのかリアルなのか、よくわかんなくなってきた。


(お取り込み中悪いけど、ちょっと怪しいのを見つけたわよ)


 突然のリナの念話にびくっと体を離して、それから二人とも“しまった”って顔をする。


(そこから2本奥の暗い通り、娼婦じゃないけど・・・ただ者じゃ無いわ)


 呼ばれた所に向かうと、殆ど灯りの無い、治安の悪そうな地区の入口で、突然現れたルシエンに首根っこをつかまれ止められた。

 同じように、ノルテはカーミラに止められてる。


(声は出さないで、気配もなるべく消して)

 リナを経由して、俺の目を見るルシエンの念が流れ込んできた。


 指示された方を見ると、銀色の髪、真っ黒なドレスの女が、若そうな男と絡み合ってる。


 一瞬、先日のエヴァって呼ばれてた娼婦かと思ったけど、違った。

 もう少し若い?少女と言っても通りそうな年齢の、ものすごく整った顔立ちの、やばっ、こっちを見た!?


 100m近くあるはずなのに、しかも物陰からそっとのぞいていたつもりの俺の方を、間違い無く意識して見たその女が、ニヤっと、その美貌に似合わない笑みを浮かべた気がした。


 そして、再び若者と絡み合い、キスしてるんだろうか?

「えっ?」

 思わず声が漏れた。


 突然、若者の体から力が抜け、その場に膝をついて、倒れたんだ。


 そして女は、ちろっと舌を出して艶然と微笑むと、ふっと消えた。


「「「えっ!」」」

 今度は俺じゃない、ルシエンやカーミラまで、突然闇に消えた女に驚いてる。


 俺は慌てて地図スキルを見る。

 急速に薄れていくかすかな光点が、離れていく。

「追おう!」


 カーミラの嗅覚と、ルシエンの精霊スキルで探知した情報を地図に反映させながら、全力で走る。

 

 そして、貧民街を抜けて城壁沿いに出た所に、女が立っていた。

 真っ黒なゴスロリ風の衣装。月の光がきらめく白銀の髪。

 娼婦のようで娼婦では無い、あたりまえだ!


<リリス 吸血鬼 女 LV51>


 吸血鬼、だ!

 しかもなんだ、このとんでも無いレベルの高さ。


 さっきの男は、血を吸われて昏倒したのか。


「・・・妾になんの用じゃ」

 一見少女のようだけど、近くで見るとそんな雰囲気じゃない。

 って言うか、スキルだけで無く、なぜか年齢も見えないな。


「おぬし、淑女の年齢を詮索するとは感心せぬぞ」

 え?俺、いま、口に出してた!?


「阿呆が、何を考えておるか顔に出ておるわ」

 マジっすか?え、ルシエン、なんであきれた顔してんの、そんなにわかりやすい?


 ルシエンは俺の疑問には答えず、かわりに女吸血鬼に質問した。

「夜の一族の高位の者と見受けるわ。あなたが娼婦たちを襲っているの?」

 吸血鬼はルシエンを値踏みするように銀色の瞳でしばし見つめた。


 突然、その瞳が銀色から深紅に変わり、カッと見開かれた。

「痴れ者がっ、妾がそのようなつまらぬ真似をするか!」

「「「「!!!」」」

 その途端、暴風のような魔力にさらされ、俺たちは思わずよろめいていた。


 ヤバいっ、こいつヤバすぎるっ。上級魔族なみの威圧感が全身から放たれてる。これまではあえて隠してたのか。

 そして、こちらを攻撃しようと言うのか、深く息を吸い込んだ。


「フーッ!!」

 その時、カーミラが先手をとって飛びかかった。

 隠身をかけていたのか、俺の目に映ったのは、吸血鬼の体にもうカーミラの手が届く、その瞬間だった。


「!」

 カーミラの体が弾き飛ばされた。


 そのまま、壁に跳ね返された剛速球のように、一直線に俺にぶち当たる。

「ぐひゃっ」

 つぶれたカエルみたいな声が出てるのは俺ののどからだった。


 俺は地面にたたきつけられ、でもおかげでクッションになったか、カーミラは無事・・・じゃない。

 胸を押さえてる。あばらが何本か折れたみたいだ。


 けど、見る見るうちに治っていく。

 そうだった、カーミラにはHP回復スキルがある。しかも、アースドラゴンの肉を喰らってからさらにレベルアップしているんだ。


 痛みで転がってた俺には、ルシエンが“癒やし”をかけてくれた。


「ほう、人狼の娘、少しは遊び甲斐がありそうじゃのう」

 だが、カーミラは怪我こそ回復したものの、膝をついて荒い息をしている。力の差は歴然だ。

 こんなのと戦って勝てるわけが無い。本能的にそう感じていた。


「待って!」

 今度は攻撃しようと身構えた吸血鬼を闇の中から近づいてきた声が止めた。


「・・・なんじゃ、そなたが邪魔をするか」

「もう、今夜はたっぷり吸ったはずよ。無益な殺生はあなたの流儀じゃないでしょ?」

 銀の髪をなびかせて割って入ったのは、あのエヴァという娼婦だった。


「なぜそなたが、この者たちをかばう?」

 少なくとも吸血鬼は、話を聞こうって気分になってるようだ。


「ま、待ってくれ。俺たちは、娼婦が大勢失踪してる事件を調べてるだけだっ、あんたが無関係なら、敵対するつもりなんてないから」

 必死に主張する。


「ふ、つまらぬ」

 吸血鬼の瞳が銀色に戻ると同時に、暴力的な魔力の嵐は収まった。


「あれは妾ではない」

「・・・“あれは”って、知ってはいるんだな」

 吸血鬼の口ぶりから、思い当たることがあるって察して重ねて聞いた。


「誰がやったか知ってたら教えてもらえないか。大勢犠牲になってるし、それに多分、魔人に変えられてる・・・」

「ほうっ、そこまでは知っておるのか」

 初めて吸血鬼の口ぶりが変わった。俺をじっと見つめてくる。凍りつきそうなぐらい冷たくて、どうしようも無く高ぶってくるぐらい魅力的なまなざしだ。


(気をつけて、吸血鬼の“魅了”スキルよっ)

 ルシエンの念が流れ込んでくる。


「妾は若い男の液しか好まぬ。赤いのか白いのかはその日の気分によるが・・・妾の下僕となるなら知恵を分けてやってもよいかのう」

 真っ赤な舌をちろりと出して唇を舐めた。

 あまりのなまめかしさに、俺はごくっとツバを飲み込んだ。


「だ、だめですっ、ご主人様を殺さないでっ」

 ぶるぶる震えながら、ノルテが勇敢に俺の前に出て両手を広げる。


だが、吸血鬼がひと睨みしただけで、魔力の波をくらって気を失ってしまった。

 倒れそうになった小さな体を後ろから抱き留める。


「ふ、興ざめな。殺すわけが無かろう、美味な液が飲めるものを・・・まあよい。その無謀な勇気に免じて、今宵は見逃してやるわえ」


 何事もないようにそう言うと、吸血鬼はひとこと付け加えた。

「魔王の眷属は、見た目通りの存在とは限らぬ。人間ごときが分を過ぎた存在に関わろうとするな」


 そう言い残すと、助走も何もせずいきなり城壁の上に飛び上がり、さらに宙に舞った。


 なにか黒く小さな翼ある者に形が変わった、と思う間もなく、今度こそその姿は、闇の中に消えていた。

そして、振り向くと、俺たちを救ってくれたはずの娼婦の姿も、既に無かった。

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