第196話 魔人
マギーとブッチを見送ったテルザンテの街を離れ、俺たちはガリスの公都を目指していた。そして、新たな敵と出会うことになった。
ガリス公国の都ガリポリまでは、軍港都市テルザンテからおよそ200kmある。
タイラント海沿岸から、いったん大陸西部を貫く西方街道に戻り、後は街道沿いを北東へ進むわかりやすいルートだ。
出発した上弦の8日は、街道沿いのミヘーレンという街で宿を取ったんだけど、ちょうど街で亜人排斥派のデモ行進が行われていて、居心地が悪かった。
宿のおかみさんたちは、心配しなくていいよ、と言ってくれたし、市民の大半は昔ながらの多神教を信じ、亜人と融和的な考えの持ち主らしい。
けど、この街でも新興のイスネフ教会が出来てから、一部の狂信者が暴力的な行動を取ったりすることが出てきたそうだ。
「なんでも、公都のエラい貴族様たちの間に信者が増えてるらしくて、それでちゃんと取り締まってくれないらしいよ。まったくおかしな世の中になってきたねぇ」
おかみさんは、不本意そうに、でもうちはお客さんを差別したりは絶対しないからね、と付け加えた。
そんなこともあって、翌9日は宿場町には泊まらず、ガリポリまで50kmほどの街道筋で久しぶりにテントで野営したんだけど、予期していた以上の夜襲を受けた。
オークやコボルドなら今さら驚かないが、この夜襲ってきたのは、それとは違っていた。
最初にテントを囲んで来たのは、魔狼の群れだった。
不寝番のリナと粘土犬のワンに起こされて、“妙に統制が取れた群れだな”と思いながら第二波まで撃退した。
かなり減らしたかな、と思った時、森の中からデカい火球が飛んできた。
リナの魔法盾でひとつは防いだものの、もうひとつ飛んできた火球でテントが炎上する。
「魔法攻撃!?」
「森の奥に、ヘンなにおい・・・魔族かもしれないっ」
水魔法で鎮火しながら、カーミラの嗅覚が捕らえた相手の情報に愕然とする。
魔族だって!?まさかこんな普通の街道沿いに?
「撤退しますか?」
ノルテの言うとおり、あの遺跡とかにいたような奴だったら戦って勝てるとは思えない。でも、この火魔法はそこまでの威力はないが。
「待って・・・たしかに魔族に近いなにかがいるけど、上級魔族とか、そこまで危険じゃない、むしろ人間に近い?って精霊が」
ルシエンが“精霊の目”を駆使して、森の中を探っているようだ。
さらに飛んでくる火球をリナに防がせながら、俺は森の中に照明弾代わりの“雷素”を放り込んだ。
狼の群れと一緒に、複数の人型がちらっと見えた。
とりあえず人間サイズだ。ガラテヤやムニカの地下で見たような、巨大な魔族じゃあない。
ついでに周囲にいくつか雷素の塊を投げる。しばらくの間は、地面に照明が転がってるような状態になり、視界が確保できるだろう。
魔物の群れはこっちに発見された、と気づいたらしく、動きが加速した。
狼の第三波が森から飛び出してくる正面に、セラミックゴーレムのタロを出現させる。
先頭の二匹がそのままの勢いで巨体に衝突して悲鳴をあげた。
<魔狼LV6>だな。
タロにはもちろん、かすり傷さえつかない。
「右側から人型が来るぞ、注意しろっ」
「はいっ」
俺たちの陣形は、タロを正面の壁役にして右手にノルテとワン、左手に魔法戦士モードにしたリナ。俺が中衛、ルシエンが後衛、カーミラは遊撃だ。
ノルテのサイドに、短距離ランナーみたいな速度で走り出してきた人影から、砂塵みたいな突風が放たれた。
火球と違い、それ自体は暗い中でほとんど見えないから、隙を突かれた。
「きゃあっ」
威力はそれほどでもないのかもしれないが、目潰しのように激しい砂塵を浴びて、ノルテが倒れ込む。ワンがかばうように、人型の魔物の前に出る。
そこに魔物がなにか棒状の物を振り下ろす。
ワンはうまくかわして、噛みつこうと隙を狙う。
俺は駆け寄りながらそいつのステータスを見る。
<ベセル 魔人 LV10
呪文 「地」「風」
スキル 身体能力強化(小) 格闘(LV2)
HP増加(小) HP回復(小)
杖術(LV2) 呪い
物理防御力増加(小)魔物使役 >
「魔人だって!?」
俺の声と驚きとがパーティー編成でみんなに伝わる。
「「「魔人っ!?」」」
「魔法の他にも身体能力強化やHPの回復スキルがある・・・あと、“呪い”ってなんかわからんスキルがあるから注意しろっ、それと・・・“魔物使役”、これか!こいつが魔物を操ってるらしいっ」
読み取ったスキルをまくし立てながら、ノルテとワンに襲いかかってる奴に火素を飛ばす。
一発は素早い動きでかわされたが、足にワンが噛みついてくれたおかげで、2発目が命中した。魔法防御系のスキルとかはないから、そのまま炎上する。
刀でとどめを刺すと、普通の血とはちょっと違うドロッとしたものが噴きだして、あわてて避けた。
「ノルテ、大丈夫かっ」
声をかけながら生素で治療する。
「大丈夫ですっ、すみません」
目潰しだけでなく、細かい砂礫で小さな怪我もしてたようだけど、治らないような重傷ではなかったようだ。
「魔狼を頼めるか」
「はいっ」
回復したノルテに、隙をうかがってる2,3匹の魔狼に対する壁役を任せて、反対側に走った。
魔狼第三波の主力はこっちだ。人型ももう一体いる。
手強いタロを避けるように左に流れたやつらをリナとルシエンで迎え撃ってる。
俺が放った雷素の灯りはもう切れてるため、リナが近くの木を一本炎上させて照明代わりにしてるようだ。
もっともルシエンは暗くても関係なく、矢を放っているけど。
LV5~7の魔狼があと5匹、そしてLV11の魔人、こっちは魔法が「火」と「風」で、武器は剣のようだ。
リナが魔法盾を片手にかざしながら、前衛として魔狼を食い止め、ルシエンが矢で一匹ずつ片付けてる。
魔人は追いすがってきたタロと斬り結んでる。身体強化の効果か、それなりにタロの大剣を受け止めてる。
けど、そこに俺が不意打ちで雷素を飛ばしたから、かわすことが出来ずに直撃した。
でも、致命傷じゃない。挟撃されるのを避けるようにルシエンの方に向かった。まずいっ。
リナの横をすり抜けた2匹の魔狼とタイミングを合わせるように、弓を構えたルシエンに襲いかかる。
一射、二射・・・魔狼を撃ち倒したものの、もう剣の間合いだ。
俺が放った火素もかわされ、ルシエンの顔に滅多にないあせりの色が浮かんだとき、背後に現れた短刀が魔人の首を後ろからかき切り、とどめを刺した。
「ごめんなさい、カーミラおそくなった」
そんなことはない。カーミラは、森の中に潜んで不意打ちをもくろんでいた、もう一体の魔人の気配をとらえ片付けてきたんだ。
そして、最後にもう一働きしてくれたってわけだ。
「魔人って表示されたけど、見たところ遺跡で見た上級魔族より人間に近いわよね」
ルシエンにも判別(初級)スキルがあるから、こいつらが「魔人LV11」とかだってことは見えていた。けれど、人間的な意思はあまり感じられなかったと言う。
俺の感触でも、むしろ動きの早いアンデッド、みたいな印象だった。
そして、それぞれが使える魔法とか武器スキルに微妙な違いがあって、個性?というか個体差があるらしい。これまでの魔物とは明らかに違う気がする。
遺体を浄化する前に、もう一度詳しく見てみる。
暗い中で灯りをともして血?まみれの死骸をじっくり見るのは正直キツイけど、今後のためにも情報を得ておくことは欠かせない。
やや長い髪、顔の皮膚はひび割れている。目鼻口といった人間的な顔の作りはしているとは言えるけど、目は落ちくぼみ耳はやや長くとがり、なんていうか、悪魔の絵みたい、という感じもする。角は生えてないけど。
人間だとすると、顔立ちでは男とも女ともつかない。
ただ、気になることに着ている服装・・・薄汚れ所々破れてるけど、これは女物のように見える。
三体の魔人の遺体のうち二体は、着ている服が女物っぽかったのだ。
そして、間違いなく人が作った衣服だ。もちろん魔物が人を襲って剣を奪うみたいに衣類を奪った可能性もあるから、これだけではなんとも言えないが。
一体は首にネックレスをしていた。
汚れて傷つき、宝飾品としての価値はまったく無くなってると思うけど、もし魔物が人を襲って奪ったものなら、遺品と言うことになる。
触るのも気がすすまないけど、水魔法で洗ってアイテムボックスに入れておいた。
そして、リナを僧侶にして「浄化」を唱えさせると、普通の魔物と同じく魔石に変わった。つまり、魔物であることは間違いないようだ。
色々な疑問を残した、初めての魔人との戦いだった。




