表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
206/503

第195話 世界に関するジェラルドソン仮説

マギーとブッチが乗り込んだパルテア帝国の機動船は、夜明けと共に出航した。丘の上からそれを見送った後、俺たちは機動船を開発した転生者、ジェラルドソン博士を訪ねた。

 水平線に小さくなっていく「ミフルダテスⅢ」を見送って、俺たちは見えるはずはないけど、最後にまた手を振った。


「行っちゃいましたね」

「なにかとお騒がせな娘たちだったけど、いなくなるとちょっと寂しいわね」


 馬で街に戻ると、すいた小腹に屋台の饅頭をシェアして、それから昨日聞いたトーマス・ジェラルドソン博士の泊まっている宿に向かった。


 俺たちの庶民的な宿とは違い、代官の館がある高級地区の一角だ。


 宿の受付には執事みたいなちゃんとした格好の初老の男が立ち、用向きを伝えると、小間使いのような少年が小走りに奥の廊下に消えた。


 しばらくすると、いかにも寝起き姿でパジャマみたいなものを着て、髪はボサボサのトーマスが出てきた。


「ああ、そういえば約束していたか?」

 おいおい、話したいから来てくれ、ってそっちが言ったんだろうに。


 なんつーか、技術のこと意外は本当に頭が回らないって言うか、常識がないって言うか。よくこのおっさん、こっちの世界で無事に20年生きてるよな。


 連れて行かれたトーマスの部屋は、さすがVIP、寝室以外に大きな応接間のある続き部屋だった。


「なにか注文はあるかね?」

 トーマスはこれから朝食らしく、俺たちをソファーに座らせると、宿の従業員の女に自分の朝食を頼んでからメニューをよこした。


「軽くつまんだばっかりだし、じゃあ、このフルーツジュースを4つ」

「・・・それから、そのトーマスさんと同じものを2つ、お願いしてもいいでしょうか・・・」

 上目遣いにノルテが俺の顔色をうかがってる。


 もちろん、いいですとも・・・

 ノルテとカーミラの食欲を甘く見てた。見送りに行く前に宿で朝食も食べてるのに。


「そうそう、思い出したよ。聞きたかったことは、君は何年から来たんだ?」

 人を呼び出しておいて、ようやく要件を思い出したらしい。トーマスが切り出したのは、どうやら前にゲンさんと話した時間軸のズレのことだ。


 トーマスは俺より30年ぐらい前の時代から、こっちに来たようだ。

 つまり、キャナリラのバブリカと同時代になるのか。でも飛んだ先は200年ぐらいズレたと。


 さすがに技術系で色々仮説を持ってるらしく、並行世界がどうとか時空のひずみがどうとか色々熱弁を振るわれたけど、俺にはさっぱりわからなかった。


 ただ、次のセリフは俺の眠気を覚ますものだった。

「君はこの世界は、なぜ存在するんだと思う?」

「え・・・なぜ存在するか、だって?」


 なぜこんなRPGの中みたいな、剣と魔法の世界があるのか?


 この世界が妙にRPGくさいってのは最初から気になってたけど、“なぜそれがあるのか?”って、あらためて問われると皆目わからないのは事実だ。


 だが、トーマスは基本的に人になにか聞きたいんじゃなく、自説を人に聞かせたいやつだった。段々わかってきた。

 それに転生者相手じゃないと、この世界がどうとかって話はできないしな。


「私は、この世界は我々転生者の意識集合体が創り出した世界じゃないか、という仮説を持っている・・・」

 は?意識なんちゃらって、なんだ?


「えっと、“我思う故に我あり”的な哲学とか?」

「違う、愚かなことを」

 カチンとくるな、なんだよじゃあ。


「我らが思う故にかくあり、だな、その論法で言えば」

 ますますわからん。


「つまりだ。君も私も、我々が知る限りの他の転生者もみな、なにかこうした科学技術が未発達で、新たな挑戦のしがいのある、君の言葉で言えば“RPG的な剣と魔法の世界”だったか?そういう世界になんらかの強い関心を持っていた」


 ん?まあ、たしかに俺とゲンさんについては、こういうファンタジーRPGが大好物だとは言える。

 ハトーリは、やつも忍者になりたい、とか言ってたし、あいつの頭の中の忍者世界は本当に戦国時代のリアルなやつじゃなく、忍者漫画的ファンタジー世界と言えなくもないな。

 そして、トーマスは剣と魔法を望んだわけじゃないが、科学技術が未発達なこれぐらいのレベルの世界を、自分が発展させたいと思っていたと・・・


「そういう多くの者が望んだ、“最大公約数的な世界”として、この転生先世界が形成された、あるいは形成された世界に、それを望む者が転生した・・・例えばそういうことだ」


 トーマスの言うことは俺にはちゃんと理解はできなかったけど、すぐに反論もできなかった。

 “俺たちがこうした世界に関心があったからこの世界ができた”は、さすがに無いだろーって思うけど、こうした世界があって、そういうのに関心があった俺たちがそこに引き寄せられた、神サマが転生先として選んだ、とかってのは、なくもないのかな?


 でも、ちょっと待て。

「じゃあさ、俺たち転生者なんてほんのわずかしかいないだろ?この世界に元々いる人たち、ルシエンやノルテやカーミラはじゃあ、なんなんだよ?」


「それは君自身が答えを持ってるんじゃないかね。RPGが好きなんだろう?自分が操作できないゲーム内世界に元々いるキャラクター、NPCと言ったかね、彼女たちはそういう存在、この世界の従業員みたいなものかもしれん・・・」


「えっ!?冗談じゃないぞっ、ノルテたちがゲームのモブキャラだって言うのかよ!ふざけんなっ」

 思わずカッとして、そう叫んだ。


 3人とも大事な俺のパートナーだ。システムが用意したお決まりのモブキャラ、であってたまるか。だいいち、そんなことを本人たちの前で口にするとか、あり得ないだろ?

 ただ、そう叫んだ頭の奥で、なにかがすっと腑に落ちたような感覚があることもまた感じていた。


 ルシエンもノルテもカーミラさえも、トーマスの顔を見つめ、無言でなにか考え込んでいた。



 トーマスは本当に悪気はなく、単に人付き合いが俺以上に不器用なたちらしく、「悪かった悪かった」と、奴なりに申し訳なさそうに3人に繰り返しわびた。


 そして、もし公都ガリポリかフート侯爵領に行く機会があれば、ぜひ侯爵を訪ねてくれ、と言って俺に自筆の紹介状を持たせた。

 フート侯爵というのは、トーマスがこの世界で好きなだけ発明に打ち込むのを全面的に支援してくれている太っ腹な大貴族で、転生者だと言えば何かと力になってくれるだろう、という。


 正直、エラい人と関わりを持つのはあまり気が進まないし、なにか力になって欲しいことがあるわけでもないんだが、トーマスが詫びのつもりで言ってることはわかったので、とりあえず受け取っておいた。


 まもなくガリス公国の紋章入りの馬車が、トーマスを迎えに来た。


 今日も、別の機動船のテストや気球の飛行データ解析など予定があるそうで、もう出かけなくちゃならないと言う。


 ならもうちょっと早起きしろよ、と思うが、昨夜は昨夜で未明まで新たな発明のアイデアを練ってたそうだ。

 トーマスには今はこの世界が楽しくて仕方ないみたいだった。


 そして出かける間際になって、突然やつはなにか思い出したようにこっちに向き直った。 

「大事なことを忘れていた!本題は他にもあるのだ」

 なんだよ、これから本題、しかも忘れてたとかって。


「君は面白そうなスキルを持っているだろう、しかも錬金術師だしな。だから、私の技術開発に協力してもらいたい」

「え?いや、俺たち旅してるところだし、そろそろ出発しようと思ってたし、第一なんでそんな協力をわざわざしなきゃなんないの?」

「なにを言っている!人類の進歩にわずかでも貢献できるのだぞっ」


 やっぱコイツは変人だ。

 うちの女の子たちをモブキャラ扱いしたばっかなのに、平気で自分の都合だけ押しつけてくるとか、どういう神経してるんだ?


 というか、こっちの世界で会う転生者って、これまでのところ変人ばっかりなんですけど?

 むしろ、「この世界に転生するのはおかしい奴限定」ってシロー仮説が成立しそうだ。


(賛成、あんたも含めてね)


 うわ、自爆!? リナ、それはないだろう、この良識と寛容の見本のような男をつかまえてさ。


 ひょっとしたら、この時、俺がトーマスに協力していたら、その後の展開がなにか違ってたのかもしれないけど、そんなフラグはへし折るのだ。

 名残惜しそうなトーマスは、馬車に乗り込んでからも窓から顔を出していた。


***********************


 トーマスと別れ、俺たちはテルザンテの冒険者ギルドを訪れた。


 もうマギーたちの調査クエストは終了したわけだから、魔族関連の情報を集める必要があるわけでもないけど、冒険者として他国を訪れたらギルドに顔を出すのが習わしだ。

 それに、ここからはまたフリーの冒険者だから、いい仕事があれば受けようって考えからだ。

 その後、戦争がどんな状況かも気になるしな。


 テルザンテの人口は隣接する軍港の関係者もあわせると10万人を超えるらしいけど、冒険者ギルドは思ったより小さく、ドウラスとかムニカのギルドぐらいの規模だった。


 急激に経済成長し軍事力増強を進めているガリス公国では、兵の募集がさかんで、腕に覚えのある者は冒険者ではなく軍人になるらしく、冒険者は慢性的に不足しているらしい。


 だから、軍がわざわざ出るような規模でも無い、街道の盗賊や魔物が多くなって、治安が悪くなる一方だ、というのがギルドで聞いた話だった。


 そしてガリス軍が亜人を採用しなくなって久しいため、数少ない冒険者の中には亜人がちらほらいた。

 ギルドの受付にもブッチみたいな猫人が一人いたし、クエスト掲示板を見ていたりギルドにいた冒険者の中には、犬人が3人、蛙人も2人いた。


 ただ、蛙人のコンビに話を聞くと、ガリス国内はこの数年で急激に居心地が悪くなっていて、そろそろ拠点を別の国に移そうと考えている、とのことだった。

 俺たちがパルテアに行く船の中で蛙人の商人と知り合った話をしたらうれしそうにしていて、蛙人同士の結束というか同族意識はかなり強そうだった。


 クエスト掲示板を見ると、護衛や薬草などの採取といったお決まりの任務に加え、魔物の討伐依頼もかなり日付の古いものが残ったままだ。

 それだけ治安が悪く、冒険者の数が足りないんだろう。


 でも、特に目を引かれるようなクエストはなかった。



 そして、戦争に関する詳しい情報も、ここのギルドには入っていないようだ。


 まあ、首都というわけでもないし、軍の基地が隣接しているとは言え、だからこそ一般冒険者には情報が降りてこないのかもしれないし。

 小さなギルドだから、魔法通信みたいな情報入手手段もないようだし。


 とは言え、どうも気になる。

 アルゴルまで参戦したり、このガリスでも亜人差別が強まっている空気を見ると、戦火はまだ拡大するんじゃないだろうか?


「私もそう思う、できれば早く公都ガリポリまで行きたいわね。あっちの方が情報が集まってそうだし。それに地方都市より公都の方が亜人差別が少ないかもしれないから」

 ルシエンも同意見だったので、翌朝出発することにする。


 マギーとブッチが乗っていた2頭の馬のうち1頭は売り払い、1頭だけは荷馬兼替え馬として連れて行くことにした。みんなの背嚢をまとめて荷馬に積むことで、機動力もいくらか増すだろう。

 

 午後は街と商港の観光をして、お土産物を探したりしたけれど、正直そんなに目をひく物はなかった。観光地としてはメウローヌの方が上だな。

 

 こうして、俺たちは翌日の夜明けと共にテルザンテの港町を離れ、陸路公都ガリポリをめざすことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ