第192話 技術大国ガリス
パルテア本国のベハナームと結んだ遠距離通話で、戦争が急速に拡大しているためマギーとブッチに帰国命令が出された。技術大国ガリスでパルテアが建造させている機動船に6日後までに2人を届けなくてはならない。
ガリス公国へと急ぐ旅は、速度の面だけで言えば順調だった。
ベハナーム教授と遠話で話した翌朝、夜明けと共にポレルの街の馬屋に飛び込んだ俺たちは、馬車をただ同然で引き取ってもらい、かわりに買い足した5頭の馬と馬車馬のドーシャで騎乗の練習をした。
馬屋の店員が親切に指導してくれたおかげもあって、心配していたマギーも1時間足らずで前の馬について進むことは問題なくできるようになった。
ルシエンやカーミラは案の定と言うべきか、最初から俺よりうまかった。俺、一応騎乗スキル持ちなのに・・・
昼前に着いたメウローヌの首都ベレールは、さすがは「花の都」と呼ばれる世界的な都市で、美しく歴史を感じさせる街並みが魅力的だった。
時間があればゆっくり観光も調査もしたかったけど、残念ながら先を急ぐから、二手に分かれて学術ギルドにあたるアカデミアと冒険者ギルドに少し立ち寄っただけだった。
冒険者ギルドでは、治安が良かったメウローヌでも最近、迷宮の発見が相次いで、魔物も増えてることを聞いただけだ。
もっとメウローヌで時間をかけておければ良かった、と俺たちが気づくのは、かなり後になってからのことだった。
馬が疲れないように時々HP回復呪文をかけたり、水呪文で出した冷たい水を飲ませてやったりしながら進んだおかげで、ポレルを出て4日目にはガリスとの国境を越えることができた。
だが、そこからは状況がはっきり悪くなった。
最大限先を急いだため基本的に街には泊まらず、行けるところまで行って野営、ってのはメウローヌ領内から同じだったけど、ガリスに入ると明らかに治安が悪化したのだ。
メウローヌでも夜間、コボルドぐらいは出たものの、ガリスでは野営した二晩、いずれもかなり規模が大きな盗賊団に襲われた。
俺も含め軽い怪我はほぼ全員がしたし、一度はマギーが流れ矢で結構深い傷を受けて本当に焦った。
もちろん、すぐ魔法で回復させたし、俺たちパーティーの力も上がってるから、攻撃魔法や粘土ゴーレムのタロも容赦なく使いまくり、二晩で合計30人以上の盗賊を返り討ちにした。
けど、こんなに危険があると、普通の旅人や隊商とかは野営は出来ないと思う。
それに、襲ってきた相手だから仕方ないとは言え、人間を殺すのはまだ抵抗がある。こういうところが甘いのかもしれないが。それに、魔物と違って魔石が手に入らないから実際的なメリットも少ない。
もっともおかげで経験値はかなり稼いだようで、マギーは薬師LV12、ブッチは猫人LV13になった。
うちのメンバーでは、カーミラが人狼LV17に、リナの魔法戦士がLV10まで上がり、魔法による身体強化っていう一種のバフを使えるようになった。
今のところ自分に対してしか使えない魔法のようだけど、魔法攻撃もできる前衛として、かなり使えるようになってきた感じだ。
ガリスに入ってもう一つ明らかに違うと感じたのは、進んだ科学技術だ。
通り過ぎた大きな城市で、いくつかモクモクと煙を吐く煙突を見かけたんだ。
つまり、あの機動船に使われてたスターリング機関だか、それとも蒸気機関だか確認はできなかったが、動力機関を備えた工場かなにかがあるってことだ。
最初転生したスクタリとかエルザークは古代か中世の世界みたいだ、と思ってたけど、これはもう大航海時代も超えて、産業革命のレベルってことになる。
元の世界の物差しをあてはめるのが適切なのかわからないけど、時代が数百年進んでいる印象だ。
そして、まだ数がごくわずかだってことは、つい最近出現した技術ってことになる。
テビニサ海軍の機動船『海雷』号で聞いた、“ガリス公国の天才科学者ジェラルドソンが蒸気機関とスターリング機関を発明した”って話を思い出した。
間違いなくそいつは転生者で、そいつの登場でガリスの科学技術レベルが突出して高くなってるってことなんだろう。
マギーとブッチは馬上で意見を交わし、可能な限りメモを取っていた。
そして武装も強力だった。
比較的小さな街でも、街壁の上には商船に積まれてるような大砲が備え付けられてたし、一度は銃身が何本も束ねられた、大型の銃みたいなのも見た。ガトリング砲だっけ?まさか機関銃とかじゃないと思うんだけど、確かめる時間はなかった。
いずれにしても、近年ガリスは工業国として急激に力を増していて、領土も人口も少ないのに、宗主国にあたるレムルス帝国や反対側に隣接するメウローヌに匹敵する経済力・軍事力を持ちつつあるって言われている理由がわかった気がした。
ただ、貧富の格差もすごく広がっているみたいだ。
どの街でも、パルテポリス以上に物乞いや貧民を多数見かけたし、奴隷も多いみたいだ。それも、文字通り劣悪な条件で酷使されている様子の奴隷だ。
煙突の立った工場で働かされているのかもしれない。
それに、亜人の奴隷が多いような気もした。
犬人やリザードマンが足に鎖をつけられて、重い物を運ばされてるところを何度も見かけ、ブッチやカーミラが不快そうににらんでた。
「ガリスは変わったわ、悪い方に。十年ぐらい前はもっと開明的な国だったと思ったんだけど、なにがあったのかしら・・・」
ルシエンも得体の知れない不安を感じる様子だった。
長居して気持ちがいいところではなさそうだけど、急ぎでなければじっくり調べたいところだった。
そして、期限の上弦6日の昼前、西方街道にガリスの公都ガリポリに向かう看板が現れた頃、俺たちは街道から離れ左に曲がった。
目的の軍港都市テルザンテまでは、ここから新しい石畳の道で30クナート、50kmぐらいらしい。
これなら確実に夕暮れには着けるだろう。
馬を休ませ、途中の街で買い込んだ飼葉をやりながら、俺たちも水と軽食を摂ることにした。
「・・・もうすぐだね」
マギーがつぶやいた。ブッチが視線を交わしうなずく。
「うん・・・みんな、これまでありがとうね」
ノルテたちが、パンをかじってた手を止める。
「みんなのおかげで、うちら何度も危ないところを助けてもらったし、ちゃんとした仕事にも就けた。それに・・・」
二人がニコッと微笑み、そこからはまたマギーが引き取った。
「本当に楽しかった。こんな遠くまで旅することなんて初めてだし、不安もあったけど、みんなのおかげで最高だったよ」
「・・・わたしたちも、二人のおかげでいつもとっても賑やかで楽しかったです」
ノルテの言葉にカーミラがうんうん、って首を縦に振った。
そうだ、港に着いたら、機動船に乗るマギーとブッチ、特に軍務に就くブッチとはそこでもうお別れかもしれないからな。
「・・・また会おうな、俺たち色んなところを旅して回るし、またパルテアやアンキラにも行けるんじゃないかな」
「そうだね!うちの両親、シローを気に入ってて、婿にできないかって言ってたし」
「「「それはダメ(です)っ」」」
マギーが投げ込んだ爆弾に、3人が声を揃えて反発する。まさか、そんな話が出てるとか、ネタだよね?
「それはそれとして、ゼッタイまた会おうね」
ブッチが珍しく真顔で話を切り替えた。
「ええ、風の神々の導きを。あなたたちにも良い風が吹きますように」
ルシエンがそれに応じて、ささやくように言った。
あたたかな時間を破ったのは、思わぬ物だった。
「・・・!」
カーミラが急に空を見あげて、ぽかんとしている。
次に気づいたルシエンは眉間にしわを寄せて、なんだろう?と考え込んでる。
俺の視力ではっきり見えるようになるには、もう少し時間がかかった。
「気球だ・・・」
「ききゅう、ですか?」
ノルテが聞いたことの無い言葉に首をかしげるのは当然だ。
縦長の楕円球みたいな巨大な袋の下に、四角いかごが吊り下げられてる。
人影らしいものが乗ってるようだ。その縮尺で言うと、かなりデカい。元の世界で見た海外の気球レースの気球よりもっと大きい気がする。
火を焚いてる様子は見えないから、熱気球じゃなくガス気球だろうか?
「空気より軽いガスを、あの袋の中につめて飛んでるんだ。俺が元いた世界にもあった」
「そうなんだ!空を、飛んでるんだよね、人が・・・」
マギーとブッチは呆然としてる。
「ガリス軍の制服らしいのを着てるわね」
ルシエンがさすがの視力で詳しい情報を教えてくれた。
「昔は無かったはず、それに昔からあったら他の国でも話題になってるわね」
その通りだ。気球で好きな方向に向かうのはすごく難しいって聞いた覚えがあるから、どの程度軍事的な価値があるかはわからないけど、少なくとも空を飛べる手段を持ってるのと持ってないのとじゃ、圧倒的に違うだろう。
「海の方に向かってるよね?」
ブッチが気づいたように声をあげた。
たしかに、風は陸から海へ吹いてるようだから、それに乗って、港の方に行こうとしているのかもしれない。
「行きましょうか」
ルシエンの声で、俺たちは休憩を切り上げ、気球の後を追うように馬を進めた。
でも、陸風が強いのか気球はかなりのスピードで流れていて、距離が徐々に開いていく。やがてその姿は完全に見えなくなった。
「あれって、軍にとっては役立ちそう?」
「うーん、どれぐらい自由に操れるのかな?でも、どこの国もひとつふたつは手に入れたいと思うよね、高いところから戦局を見られるだけで断然有利だし・・・」
マギーとブッチが、これも報告しなきゃねって話をしてる。
そして日が傾き始めた頃、緩やかな丘を越えると、一気に視界が開けた。
海に面した広大な都市。工場だろうか、煙突から幾筋もの煙が立ち上り、縦横に走る石畳の道には、荷馬車と、奴隷が引く荷車が多数見える。
驚いたことに、ひとつの煙突の煙が移動している・・・と思ったら、まさかのSLか!?スピードは馬より遅いけど、直線的にひかれたレールの上を、重厚な鉄の塊が煙を上げながら進んでいるのが遠くに見えた。
それはたしかに、蒸気船とかがあるなら蒸気機関車もあって不思議はない。
やっぱりこの国だけはもう、産業革命の段階に来てるんだ。
そして、遠く眼下には、広い港に並ぶ何隻もの巨船。煙突らしきものを備えた船が、十隻近くありそうだ。距離は1km以上はあるだろう。
あの一隻がパルテア帝国の発注したものだとして、他はどうなんだろう?
現代文明を知ってる俺でも驚いてるぐらいだから、他のみんなは呆然としている。
それでも気を取り直して、目の前に伸びる道を遮るように設けられているゲートに向かった。
ここからは一応、軍の管理するエリアらしいけど、荷馬車を操る商人や、作業着姿の職人など、大勢の人の出入りがあって、衛兵にそれぞれのギルド証を見せると、割とあっさり通してくれた。
今度はゆるやかに下る石畳の道に馬を進めて、やがていくつもの看板が十字路に掲げられているところまで着た。
「“第二工廠”の看板の方に行けって言われてるから、こっちね・・・」
「船の名前は、陛下の御名よね?」
「うん、“ミフルダテスⅢ”って船腹に書かれてるからすぐわかるって」
パルテアの現皇帝は、ミフルダテス3世というらしい。もっとも、既に実務はほとんど皇太子が執り行ってるって噂だった。
俺たちが、第二工廠って表示に気を取られて角を曲がり、進み始めてまもなく、友好的でない気配が急浮上すると共に、怒鳴り声が上がった。
「おいっ、止まれ!貴様たち、何をしている!」




