第191話 帰国命令
八の月の新月の晩、俺たちは遠くパルテポリスのベハナーム教授と再び魔法通信を結んだ。
「ベハナーム先生、聞こえますか?こちらマグダレアです、現在メウローヌのポレルという街にいます」
リナの魔法の遠話で、約4千キロも彼方に送られたマギーの声。
それに対する返事は、少しだけタイムラグがあるようだが、しっかり返ってきた。
《マグダレア君、聞こえるよ。こちらベハナーム、感度は良好だ》
半月ぶりの遠話は、東方の情勢が深刻な変化を見せていることを伝えてきた。
前回、トスタンとゲオルギアがパルテア帝国に侵攻してきたことは聞いていたけれども、それを国境まで追い返した途端、俺たちも滞在したダマスコを新興の宗教国家イシュタールが突然制圧し、住民の多くを斬殺してしまったという。
ブッチはダマスコに知り合いが住んでいるそうで、真っ青になってる。
しかも、マギーの故郷であるアンキラは、パルテアと同盟を結んでいるものの、都市国家の戦いが激化している影響で、戒厳令に近い状態になっているらしい。
《帝国臣民の安全を守るため、海外にいる者には帰国指示が出された。当初の予定より早くなってしまったが、調査を中断して帰国しなさい。これまでに君たちが得た情報だけでも、十分派遣に値する成果を出してくれたと評価しているよ》
戦況を最初に聞かされたから、帰国命令にはさほど驚きはなかった。
半月前の通信でも、その可能性があるって言われてたし。
「わかりました。では、前回伺った通り、ガリス公国の帝国領事館に向かえばいいでしょうか?」
《いや、ガリスに向かうのはその通りだが、領事館には寄らなくていい。戦況の変化で機動船の艤装を繰り上げたため、出航日が近いのだ。テルザンテの軍港に直行してくれたまえ》
俺の知らない地名が出てきたが、ルシエンはガリスに行ったことがあり、だいたいの場所がわかるようだった。マギーに何日までに到着すればいいか聞いてもらう。
《現在の予定では、上弦7日には出航すると聞いている。君たちは今、ポレルだったな・・・ギリギリだな。費用は惜しまなくてよいので、必ず6日の夜中に到着してくれ。それと、ブッチーニ君にはデロス先生からお話があるので替わってくれるかね?》
デロス教授が話をかわるというので、マギーと交替してブッチがリナと手をつないだ。
そもそもマギーとブッチの直接の上司はデロス教授だから、そういう意味ではおかしくないんだけど、高レベル魔導師のベハナームじゃないと遠話がつなげないんだと思ってた。
それとも、俺たちみたいに、おっさん&おじいさんが手をつないでたりするんだろうか?想像したくないな。
《久しぶりじゃな。君たちの調査成果は素晴らしい、本来色々聞きたいのじゃが、超遠距離通話をつなげる時間が限られているので本題だけにさせてもらおう。ブッチーニ研究員、本日付けで君に新たな辞令が出たので伝える・・・》
「えっ?」
ブッチが驚くのも当然だ。マギーとブッチは4月に卒業して大学の研究員に採用されたけど、即、西方に調査のため派遣されたから、二人ともまだ大学で仕事らしい仕事はなにひとつしてない。それなのにいきなり異動か?
《本日付で、ブッチーニ研究員はパルテア軍に出向とする。軍での所属、任務については大学校が関与するところでは無いので、ガリス軍港に停泊中の帝国軍船にて辞令を受け取ってもらいたいが、聞き及んでおるところでは、帝国軍参謀本部付の情報分析官として准士官待遇になるとのことじゃ、以上》
「え・・・と軍の准士官ですか?」
《うむ・・・要するに君たちが得た魔族の情報はこうして戦争が本格化した以上、大学校だけでなく政府と軍部にも詳しく共有する必要があるから、ということじゃ。そのためにこうした形にさせてもらった。君は元々、軍の士官志望だったのじゃろう?》
「はいっ、ありがとうございます!がんばります」
《まあ、命を大事に無理はせずにな》
思いがけない展開だし、きなくさい感じだけど、軍事史を専門にしていたブッチは元々の希望が実現するわけで、本人が喜んでるんだからいいか。
そして、これはどうやら、軍の最高機密である機動船に円滑に二人を乗せるための方便でもあるらしい。軍の元高官であるベハナーム教授が手を回したんだろう。
国外にいるパルテア人の本国帰還は、ほとんどは普通の商船や長距離馬車を乗り継ぐような形になるそうで、二人の得た情報を一刻も早く持ち帰らせたいっていうエラい人たちの思惑が働いたようだ。
そして再び、通話先はベハナームに交代した。
《シローさんたちにもこれまで万全な護衛任務をしてもらった。予定より期間が短くなるのは心苦しいが、二人をガリスの機動船に届ける所までで今回の依頼任務を完了とさせてもらいたい。割り増し報酬を加えてギルド口座に送金するから、よろしくお願いするよ》
「わかりました。しかし、いま西方でもアルゴルがヘンなことになってますけど、まだ戦争自体はピンと来ない感じです」
《西方の人たちにはそうかもしれないな。だが、これは忠告だが、西方もこのままでは収まらないかもしれない。早めに君たちも帰国した方がよいと思う・・・》
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「けっこう日程がキツいわよ。今の馬車のペースじゃ間に合わないわ」
通信を終えた後、俺たちはさっそく、この後の計画を練り直すことになった。
ガリス公国の地理がある程度わかるルシエンによると、タイラント海に面したテルザンテまでは、西方街道でまだ350クナート、600km以上はあるって言うから、あと6日で着くのは困難だ。
馬車ではこれまで、魔法で支援しても1日100kmぐらいが限度だったからな。
「えっと・・・馬車でなく騎乗で行くってのは?」
ブッチが言い出した。たしかに、重い馬車を一頭で引かせるんじゃなく、一人一頭に乗っていけば、もっと速く進めるだろう。
問題は、騎乗スキルを持ってるのは俺とブッチだけだってことだが。
「それがいいかもしれないわね。私たちは多分大丈夫よ?」
ルシエンは動物と意思疎通できるし、カーミラはなにしろ運動神経がいい。ノルテもかわいがってる馬車馬のドーシャになら、問題なく乗れる気がする。
「え、あたし?・・・うー、がんばる」
一番自信がなさそうなのはマギーだけど、ブッチが「うちが教えるから心配ないよ」って励ました。
宿の主人に馬屋の場所を聞いておき、明日夜が明けたらすぐに訪ねることにした。
その晩は、珍しくマギーとブッチと俺の3人部屋ってことになった。
3人部屋が2つ、っていう部屋割りだったことが大きいけど、なんか女子たちで話をしていたみたいだ。
「明日から強行軍だし、そうするとうちらが一緒にゆっくり出来るのは最後かもしれないからね」
「シローの味わい納めかもしれないから、しっかり搾り取らないと、ふっふっふ」
マギーの目が怖い。
最初は相性が最悪だったノルテ、カーミラ、ルシエンの3人とこの二人だけど、なんだかんだ言って仲良くなってくれたようで良かった。
「・・・ちょっと待った、ソレなんだよ?」
体をお湯で拭いてる間に、マギーがなんかこっそり薬を用意してるのを見つける。
「え?なんでもないよ?」
(ちっ)
舌打ちしたよね?ぜったいしたよね?
「マギー、大丈夫だよ、うちらの魅力だけで十分楽しくなるって」
いつの間にかガラテヤ峡谷みたいな深い谷間をスケスケのひらひらのパジャマ?で飾ったブッチが艶然と微笑んでる。
「明日も早いから、さ・・・」
「うん、だからさっそくね」
「そうそう」
もちろんイヤじゃないよ、大歓迎だよ。でも、久しぶりの二人はめちゃくちゃアグレッシブで、すっかりオモチャにされた気分だった・・・




