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第188話 勇者記念館へようこそ

七の月・下弦の11日、夜明けと共に宿を発った俺たちは、期待に胸を膨らませサーキアの城市に向かった・・・

「イラッシャイ、イラッシャーイ、サーキア名物、勇者饅頭、できたてだよっ」

「お客さん、勇者屋敷に行くなら、馬車はここで停めてってね!」

「今だけおトクなGOTOキャンペーン、やってるよーっ」


 まだ新しい城壁に包まれた瀟洒な中世ヨーロッパ風の街、サーキア。

 でも、その城門を一歩くぐったとたん、まだ夜明けから1時間も経ってない朝だってのに、ココどこの観光地?ニッポンですか?って喧噪に包まれた・・・



 メウローヌは大陸一の芸術と文化の国だ。


 街道沿いの小さな街や村も、花で飾られ、家々も美しい造形美にあふれ、料理はうまいし女性はおしゃれで、辻に立つ流しの楽人の奏でる曲も吟遊詩人の歌も見事なものだ。


「なのに、ここって・・・」

「なんと言うか、残念ね」


 200年前、魔王の侵略を食い止めた勇者サーカキスの生誕地と称するサーキアの街は、今や団体観光客やおのぼりさんをあてこんだ、ありがちすぎる観光地化が進んでいた。


昨日泊まった宿屋のレンドロじいさんによると、政府が外貨収入目当てに「観光立国」をめざす政策を打ち出して以来、こういう街があちこちに誕生しているんだとか・・・


 実際すごい賑わいだ。

 目抜き通りは服装も人種も多種多様な老若男女でごったがえしてる。人間だけでなく、獣人やドワーフ、エルフっぽい姿さえ見えた。

 それを誰も気にした様子がないから、たしかに亜人差別とも無縁な平和な国なんだろう。


 それはいいんだけど・・・群がる駐車場の呼び込みに負け、馬車を預けて歩き始めた俺たちは、今度は食べ物と土産物の呼び込みに捕まっていた。


「サーキア名物、勇者団子、おばあさん手作りの勇者団子だよっ、ひとつ食べればオーク退治もちょちょいのちょいだぁ」

 ナニ太郎だ?お供は人狼とハーフドワーフとエルフですが何か?


「そこのにーさん、勇者カラメル、試食してってよっ、ひとつぶ300エルド、ひとつぶ300エルド走れるよーっ、元気百倍、勇者カラメルだよー!」

 昔はキャラメルって言えばおまけのオモチャだったよね?


「うーん、マズイっ!勇者青汁、飲んできなっ」

 それはパスっ、断じてパスっ。


 気がついたら、ノルテとカーミラは両手に名物を抱えて、ほとんど全種類制覇の勢いだった。

「さすがメウローヌです、名物にうまい物なしと言いますが、このまったりとしながらもしつこくない甘味、意外にいけますよ・・・」

 食レポしてるし。


「あんだけ食べても太らないって、ずるいよね」

「うん、うちも最近ウエストヤバいし、あれって一種の魔法じゃね?」

 マグ&ブチが小声でノルテとカーミラの食べっぷりを羨ましがってるけど、そう言う二人も結構食べてるのを俺は見逃してない。


 ルシエンと俺は、とりあえずフルーツジュースで喉を潤しながら、目当ての看板を探した。

「あったわ、あれね」

「勇者記念館、たしかに」


 地の果てまで続くかと思われた土産物屋と屋台の列を抜けた先に、ひときわ立派で、かつかなり新しそうな三階建ての石造りの館があった。


「これが勇者の生誕地?結構セレブな生まれだったんだね」

「あ、ここに書いてあるよ。なになに・・・“この建物は、一説には勇者サーカキスが滞在したとも伝えられる旧モンドリアン伯爵邸をイメージし、現存する史料に基づいて当時の様式を忠実に再現した、由緒正しいルメロス風建築です”?」

 マギーとブッチが顔を見合わせてる。


「よーするに、直接はなんの関係もないってことかしらね」

 ルシエン姐さん、バッサリだよ。

 “聖地”キャナリラの実態を見て以降、容赦なさに磨きがかかってる気がする。


「あ、こちらで拝観料をいただきますぅ。6名様ですね、今ならゴールド入場券がおすすめですけど、よろしいですかぁ」

「普通の入場券とどう違うんですか?」

 入口に出来た長い行列の先にようやくたどり着くと、入場券売り場のお姉さんが、営業スマイル全開で一番幼そうなノルテに向かって説明を始めた。


「はいはい、えー、バルテズ画伯による勇者の素顔想像画入り金箔塗り入場券が付いてまして、さらになんと!勇者が使った剣かもしれないと言われてるトゥローンのミスリル剣のレプリカを直接手に持つことができるという、プレミア体験コーナーに・・・」

「「いらんわっ!普通6枚でっ」」

 あ、ルシエンとハモった。


 立派な石造りの建物の内部に入ると、誰がプロデュースしたんだか、「世紀の○○展」みたいな展示がずらっと並んでた。


 まずは勇者年表。勇者サーカキスは、アマナヴァル歴766年にこの地に転生したらしい。

「アマナヴァル歴って?」

「いわゆる多神教、正式にはアマナヴァル教って言うんだけど、それがカテラの大神殿で今の形にまとめられたのがアマナヴァル元年だとする暦ね。最近は、レムルスの暦がよく使われるけど、それだと勇者転生は紀元前になっちゃうから。まあ、とりあえず二百年ちょっと前よ」


 勇者の転生よりしばらく前に、既に魔王は出現していて、北から人類世界に侵攻していたらしい。それを、転生した勇者は旧ルメロスから旅立って、各地で仲間を集め、それに応じて人類側の各国が大連合を結成し、一大決戦と共に魔王の城に勇者たちが突入し・・・って、そういう話だ。

 年表と想像図とかしかないから、今いちリアリティーがないな。


 勇者は肖像画を嫌って描かせなかったし、フルフェイスの兜をかぶってることが多く、その姿は謎に包まれてる、とかって書かれてる。


 でも、各地に「勇者が使った武器、と言われてる」とか、「勇者が乗った馬の馬具、かもしれない」とか、果ては「勇者が旅の途中で喉が渇いた、と剣で地面を突いたら突然湧きだしたと伝えられる泉、のまわりを囲むのに使われた石のかけら」とか・・・うさんくさい遺品が山ほど残されてて、それらがひとつひとつ、さもありがたくショーケースに入れて展示されていた。


 そして、この世界には娯楽が少ないんだろうか、各地から訪れた観光客が、身を乗り出し目を輝かせて見ている。

 子どもは「ボクも大きくなったら勇者になるんだっ」とかかわいいもんだけど、いい年したおばちゃんとかも「今の時代に勇者様がいたら、私がお支えするのに・・・」とかうっとりしてる。


「あ、あっちに肖像画コーナーがあるみたいだよ」

 みんなが人混みに辟易してる中、一応、この調査がお仕事のマギーとブッチはまだ熱意を失ってないようだ。


 人波をかき分け先に進むと、一段と豪華な一室に、三面の壁をびっしり埋めるように大小様々な絵がかけられていた。


「え、と・・・これ、どれが勇者なんだっけ?」

「全部・・・みたいね、一人のと、他の人と一緒のもあるみたいだけど」

 ルシエンも戸惑ってる。


 だって、全然一貫性が無いって言うか、同一の人物を描いたとは思えないぞ。


 黄金の全身鎧に身を包み、衆に抜きん出た巨漢の戦士。

 橋の欄干の上に起用に片足立ちしてポーズを取る、スリムな男。

 美しい女性の肩を抱き笑顔を見せるイケメン。

 そして、○ルばらの主人公みたいな礼装の男女不詳の美形まで・・・


「初めてのご来館ですか?ご説明致しましょうか」

 “学芸員フェラーラ”とか名札をつけた、貴族の執事みたいな格好の優男がにこやかに寄ってきた。


「あの、これって、どれが本物、とか・・・」

 コミュ力が低いのはわかってるけど、これをどう訊ねろと。


「はあ、勇者の全ては神秘のベールに包まれておりますから、名だたる巨匠・天才たちがその想像と創造の才をつくして、きっと勇者はこうであったろうと信ずる姿を描き出したものでございます」

「え、じゃあ、本人を見て描いたわけじゃないの?」

「はっはっは、なにをおっしゃるかと思えば、もちろんです。勇者の肖像画嫌いは当時から有名でしたから、これらは全て後代の作です」

「それって、肖像画じゃなくて単なる想像画じゃんっ!!」


 とんでもねーな。

 それでもなお、後期ルメロス様式がどうたら、とかどうでもいい蘊蓄を延々語ってる優男を置いて、さっさか進む。


 どうやら勇者サーカキスは、異世界からの転生者である、ってことは直接交流のあった人たちの証言が残されているそうだが、それ以外は、正確な年齢も人種も体格も、性別すらもはっきりしないらしい。


 好んでフルフェイスの兜をかぶったり、人と会う際には仮面をつけることも多く、相当人間嫌いの偏屈な奴だったらしい・・・


 それに比べると、まだしも一番手がかりになりそうなのは、一番奥の壁に、「当館の最重要展示物」として、純金の額縁に入れて飾られている小さな絵だった。


 もっとも、絵の技術自体は、この部屋の中で一番ヘタだ。ってか、一応この世界のその時代を代表する巨匠たちが描いた作品の数々に比べ、これは俺が見ても素人っぽく、学校の美術の時間に描いたみたいなレベルだ。


 それがなぜ最重要なのか?というと、ひとつにはこれが、パーティーの仲間と一緒に描かれたものらしいから。

 迷宮の宝箱みたいな物の上に腰掛けた2人と、それを囲むように集まった3人。

 いかにも戦闘を終えた直後みたいに、鎧姿で武器を持ってる。


 どれが勇者なのかは説明のパネルにもはっきり書かれていない。

 5人パーティーってわけではなく、実は6人目、パーティーの一員がこれを描いたから、5人しか姿がないらしい。

 それがもうひとつの理由。つまりこれが本物なら、あの時代に当の勇者パーティーのメンバーが描いた現存する唯一のもの、超貴重なものだと言える。だからこそ、「最重要展示物」なのだ。

 だが、その真偽については「諸説ある」と、ごくごく小さく注釈が書かれていた・・・なんだよそれ。


 でも、仮にこれが本物だとしたら・・・


 明らかにドワーフみたいながっしりした男。箱の上に腰掛けた逞しくしなやかな体を高価な鎧で覆ったイケメンの男。ほっそりとした長耳の美女。その後ろからのしかかるようにヘンなポーズを取ってる、いかにもお調子者の仮面の戦士。そして美女の隣りにそっと寄り添っている、ローブ姿の知的な男。


 エルフとドワーフが転生者だって可能性がゼロとは言わないけど、これまで俺が出会った転生者は人間ばかりだった。

 そういう意味では、逞しいイケメンか、お調子者の戦士か、知的なローブ男か。いや、そう思わせておいて勇者がこの絵の作者、つまり描かれてない6人目かもしれない。


「おい、見えないだろ、そろそろ場所を替わってくれよっ」

 後ろからつつかれてハッと我に返った。

「立ち止まらないでお進み下さあ~い」

 係員の誘導の声がする。俺たちのことだよね・・・


 俺だけでなく、その絵を凝視していたみんなが、やむを得ず後ろ髪を引かれる思いでその絵を後にした。


 去る直前に、絵の右下隅に、サインみたいなものが入ってるのに気づいた。


 ミミズが這ったようなその筆致は、アルファベットのMに似た、気のせいかも知れないけど、どこかで見たことがあるような線だった。

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