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第187話 勇者転生の地

翌朝、再び馬車での旅を始めた俺たちは、次の街で別方向に向かうドワーフ一家と別れた。

 ゴメリたちドワーフ一家と夕食を共にした晩は、めずらしく魔物にも盗賊にも襲われなかった。


 翌朝、隣の宿場町まで馬車を連ねて進んだ俺たちは、知り合いの住む街へと進路を変える一家と、互いの無事を祈り合って別れた。


 そして、きょうはそのまま大陸西方街道を進んでいるわけだけど、新たな目的地ができた。かつて勇者がいたと言われる地方都市サーキアだ。


 昨夜酒を飲みながら、俺たちが“魔族や勇者の歴史について調べている学者の護衛をしている”と話したら、ゴメリがさも納得した、という様子で

「だから勇者生誕の地に向かってるのか、あそこは外せないよな」

と言い出したんだ。


 事前にちゃんと調べてなかったのが迂闊だけど、200年前の勇者はメウローヌの首都ベレールではなく、西部の街サーキアに現れたという伝説だそうだ。

「もっとも当時は、今のメウローヌ王国なんてまだなかったけどね」

 軍事史に詳しいブッチが解説してくれた。


 200年前は今のメウローヌとガリスにまたがる広い領域が、“ルメロス王国”という国の版図だったそうだ。


 まだレムルス帝国も建国前のことで、魔王との戦いで勇者たちのパーティーを支援し、人類連合の主力になった国のひとつがこのルメロス王国だったらしい。

 結局、大戦であまりに大きな被害を受けて衰退し、いまのガリスにあたる領地を新興のレムルス帝国に割譲したそうだ。

「つまり、現在のメウローヌが事実上ルメロス王国の跡を継いだようなものだけどね」

 

 サーキアまでは50クナート、約90kmほどだから、頑張れば今日中に、ゆっくり進んでも明日には着けるだろう。

 別に急ぐ必要も無かったけれど、峠を越えて緩やかな下り坂の道だから思ったより行程がはかどって、日が傾き欠けた頃には「サーキアまで5クナート」という看板が見えた。


「どうする?サーキアまで行ってもいいけど、この村に旅籠でもあればそこに泊まってもいいかな」

 交替で手綱を握っていたマギーがみんなに意見を聞いた。そうだよな、別に夕暮れに初めての街に駆け込む必要はない。どうせ明朝には着けるんだし。


 それに、メウローヌに入ってから街道沿いの治安もいいし、小さな村でもこぎれいで、観光するにも悪くない感じだ。文化度が高いと言われてるのもうなずける。


「じゃあ、宿屋らしいのを見つけたら、そこで空きとか聞いてみよう」

 御者席の隣りに座って、俺は道沿いに増えてきた建物に目をこらす。街道に面した所には木造や煉瓦造りの平屋の建物が点在していて、その向こうには麦畑が広がっているようだ。


「えーっと、『ノルーシュ自慢の味』、それからあっちは、『パンチの効いたエール』かな・・・」

 看板の文字を苦労しながら読み上げる。

 ここはノルーシュ村っていうらしい。そして居酒屋とかは何件かあったけど、残念ながら宿らしい看板は見当たらない。

 結局、その集落は通り過ぎちまった・・・


 そして、結局サーキアまで行くしか無いかな、って雰囲気になってきた頃、麦畑の向こうの少し斜面になった上に、古い礼拝堂か修道院みたいな建物が見えた。

 もう人が住んだりはしてない雰囲気だけど、特に不気味な感じはしない。

「あれはかなり昔の様式の神殿ね」

 ルシエンが幌の中から身を乗り出して見ている。

「あっちはたぶん城壁の跡だと思うし、ここにも街があったのかしらね」

 

 しばらく行くと、またほんの十数軒の民家が点在する小さな集落があった。

「あ、『旅の宿クアンテン』?あれって、泊まれるところかな」


 小さな川沿いに、珍しく二階建ての煉瓦造りの建物があって、そこには酒のジョッキとベッドの絵が描かれた看板が出ていた。

 もうサーキアまで2,3kmしかなさそうなあたりだ。

「どうする?そんなに上品な宿ではなさそうだけど」


「問題ないでしょ、空いてるか聞いてみようよ」

「うち、そろそろお腹空いたかな」

 マギーとブッチの声に、ノルテのお腹がぐーっと鳴って賛成を告げた。

「りょーかい」


 止めた馬車から俺とカーミラが降りて、その旅籠の扉を開けた。

 一階が居酒屋と受付、二階におそらく客室っていう、スクタリのバンの宿みたいなよくある作りだ。


「いらっしゃーい」

 バンの宿の娘よりはちょっと大きい、高校生ぐらいの女の子がジョッキを客に運びながら、声をかけてきた。


 幸い、部屋は空いてるそうで、馬の面倒も見てくれるという。

 3人部屋が2つ、夕食と朝食込み、お湯付きで一人銀貨1枚、適正価格だった。


「料理おいしそう、へんなにおいもしないし、いい感じ」

 カーミラのOKも出たので、ここに決めた。

 酒を飲んでいる客の中に犬人らしい姿もあって、普通に人間の客たちと同席してたから、亜人にとっても居心地が悪くなさそうだし。


 湯で体を拭いてさっぱりしてから、居酒屋で夕食を摂った。

 料理もバンの宿と比べるのが失礼なぐらい、洗練された味だった。


「いい鴨肉が入ったんでね、それをこの辺でとれるハーブで包み焼きすると、いい香りがつくし、脂も落ちていいのさ」

 宿屋兼居酒屋の親父らしからぬ?スマートな老主人が、ワインのおかわりを注ぎながら解説してくれた。


<レンドロ 人間 男 61歳 商人 LV8>

 ジョブは商人と出るけど、料理スキルがLV5だったりするから、これなら美味しいのもうなずける。接客の女の子は年齢的に娘ではなさそうだ。孫か使用人なんだろう。


「そういえば、クアンテン、っていう宿の名前はどういう由来なんですか?」

「この集落のあたりが元々クアンテンって地名なんだが・・・知らないのかね?」

 マギーの質問に、老主人はちょっと心外そうだ。


「このクアンテンは勇者様の拠点になった街があったところなんだよ。大戦ですっかり破壊されちまったが、わしらはなんとか生き延びた者たちの子孫でね、うちも8代程前のご先祖が、クアンテンの神殿で下働きをしてたんだ」

「えっ、勇者の生誕地って、サーキアの街じゃないんだっけ?」

 ブッチの言葉にあるじはカチンと来たらしい。


「なにを言ってるんだ!あんなのは観光客めあてのうそっぱちだ。あそこは元々マーベル村って言ってな、クアンテンの郊外のなんも無い農村だったんだ。そりゃあ、勇者様だって何度か行ったことぐらいはあったかもしらんが・・・」

 それから、レンドロはそれまでのスマートな様子はどこ行ったの?ってぐらい、熱い地元愛で熱弁を振るった。


 なんでも、サーキアは大戦後にクアンテンが破壊されたあとで、元々農村だったあたりに焼け出された人たちが徐々に集まって出来た、比較的新しい街らしい。

 それはいいんだけど、2、30年前に領主が「勇者の街」を観光の目玉にしようってんで、街の名前までマーベルから「勇者サーカキスの街」みたいな意味の「サーキア」って名前に変えて、大々的にアピールし始めたそうだ。


 なんだか平成の町おこしみたいな話だな。

 まあ、具体的な記録とかはほとんど残されてないようだから、本当のところはよくわからないけど。


「勇者様は奥ゆかしい方で、偶像崇拝になるようなことをしてはならぬと、肖像画さえ描かせなかったし、その私生活は謎に包まれているのさ。だが、もしまたこの世界に魔王が現れるようなことがあれば、眠りから覚めて再び降臨されるに違いない」

「あれ?勇者って、死んだんじゃないの?」

「な、なにを馬鹿なことを言っとるんだぁっ!!」

 うっかり地雷を踏んじまったらしい・・・


「勇者様は決して死んだりせんっ。先の大戦で魔王を封印した後、万が一にもその封印が解かれることがあってはならんと、自らを封じ、眠りにつかれたのだ」

「どこで眠っているんですか?」

「・・・それはわからん。だが、きっとどこかで世界を見守っておられるのだ」

「眠ってるのに、見守ってるの?」

「う、うるさいっ、勇者様にはなんでもアリなのだっ」

「ちょっと父さん、もうやめときなさいよ。ゴメンナサイね、お客さん・・・」


 熱弁モードに入っちゃったレンドロの娘らしいアラフォーの女性が、厨房から出てきて頭を下げる。

なんか予想外の展開だったけど、色々ウソかホントかわからない知識も得られたし、これはこれで楽しいかも・・・

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