第186話 ドワーフ一家
アルゴル王国が亜人排除を掲げて戦争を始めたことで、俺たちは急いで隣国メウローヌへと移動した。
セルベル峠を越え、メウローヌ側の国境の街アンデラに入り、俺たちはようやく一息つくことができた。
メウローヌは亜人差別とは無縁で平和的な国、という評判だから、ここからは慌てる必要はないだろう、ってことで、最初は今夜ここで宿を取るつもりだった。
ところが、元々山の中の小さな街で宿屋は数軒しかなく、しかも今は俺たちと同様に亜人が大勢、アルゴルから脱出しようと、街道を埋める勢いで列をなしているから、どれも満室だと断られてしまった。
アルゴル王国には元々亜人が少なめの国とは言え、犬人や猫人を中心に数千人が暮らしていると言われるから、公職追放とかの直接的な打撃がなくても、これから迫害が強まることを恐れて、メウローヌなどに移住を考えた者がかなりいるようだ。
実際、ここに至るまでも街道には家財道具を積んだ荷車を押す、犬人の一家とか、幌無しの安い駅馬車にぎっしり乗った蛙人の家族とかをたびたび見かけた。
俺たちは混雑している区間では、あえて夜間、馬車を進めたりもしたほどだった。魔法の照明や察知スキルとかが使えるからこそ出来たことだが。
そういうわけで、国境の街で宿を取れなかった俺たちは、やむなく先へ進むことにした。
「ドーシャも疲れてますし、次の街までは今日中には難しいですね」
「また野営でいいんじゃない?ここからはそう急ぐ必要もないし、このパーティーなら問題ないでしょ」
馬の疲労を気にするノルテに、マギーが応じた。
実際、急いで日没までに次の街まで行けても、そこの宿も埋まってるかもしれないしな。
中古の安物とは言え一応は幌馬車なので、車内で寝られるのもいい点だ。
もっとも、座って6人ならともかく6人全員で寝るには狭すぎたので、二度目の野営からは俺ともう一人二人は、結局テントを張って寝ているんだけど。
アンデラを出て、小一時間で日が傾いて来たので、街道沿いの木立の陰になる平地を見つけて馬車を止めた。
カーミラとブッチが夕食の得物を獲りに、ルシエンとマギーは薪と食べられる野草採取に、そして俺とノルテは馬を馬車からはずして休ませてから、テントを組み立てる。なんとなく得意分野で役割分担ができてる。
そうして、食材調達チームが戻ると水魔法と火魔法を使って料理だ。
パルテアで各種スパイスを入手して以来、パーティーの食事はさらに本格的になってる。今では、ノルテに教わってみんなかなり料理の腕を上げてるし、俺もちょっとは出来るようになってるのだ。みんなが上手だから、ほとんどは火の番だけど。
そうして、山鳥の焼き肉や、麦粉の団子とハーブのシチューがいい感じにできあがってきた頃、俺たちのと同じぐらいのサイズの幌馬車が近づいて来た。
なんだか子どもの声みたいなのが聞こえた、カーミラの様子を見ると気のせいじゃなかったようだ。
「子ども連れの家族、このにおい、人間じゃない」
ちょっと離れた所で馬車は停まり、小さなシルエットがこっちに歩いてくる。
「あっ」
声をあげたのはノルテだ。ルシエンが少し警戒するような様子を見せる。
小柄でがっしりした横幅、ひげもじゃの顔の中年男・・・ドワーフ?
「こんばんは、旅の者だが、そこの空き地にうちの馬車も止めさせてもらっても構わんかね?」
<ゴメリ ドワーフ 男 47歳 LV9
スキル 暗視 HP増加(小)
採掘 頑健
鍛冶(LV5) 鎚技(LV3)
鑑定(初) 力増加(小)
冶金(LV1) 御者(LV1)>
まちがいない、ノルテは人間とドワーフのハーフだけど、正真正銘のドワーフだ。
身長はノルテより低いけど横幅と体重は倍ぐらいありそうだ。
「・・・こんばんは、もちろん構わないよ」
ステータスを見てて返事が遅れたけど、ちゃんと愛想良く答えられた、はずだ。
馬車を動かすために男が戻ると、ノルテが聞きたそうにしてる。
「うん、間違いなくドワーフだった。鍛冶のスキルも持ってた」
「やっぱり・・・ぼんやり覚えてるお父さんの雰囲気に似てました」
俺たちの馬車とテントの隣りにもっとオンボロな馬車を止めて、出てきたのはゴメリの家族だった。
奥さんのニーエさんは41歳でLV6、そして、8歳の息子、5歳の娘、2歳のよちよち歩きの息子と、3人の子どもを連れていた。
せっかくなんで一緒にご飯でもと誘ったら、シチューを振る舞ったかわりに、一家はニーエさんの手作りパンと、餞別にもらってきたという干した果物、そしてゴメリのおっさんの秘蔵の酒とかをわけてくれた。
酒は強すぎたけど、あとはうまかった。
「やっぱりお前さんはドワーフの血が入っとるのか、鍛冶スキルも持っとるとは素晴らしいな・・・」
強い酒にもケロッとしてるノルテと、ドワーフ夫婦の話が盛り上がってる。
アルゴルにもドワーフは全部で数百人いるらしい。
ゴメリ一家は首都ではなく、メウローヌ寄りのケテロンという地方都市で鍛冶屋をしていて、そこには5家族20人ほどのドワーフが集まっている地区があったそうだ。
だが、8日前の布告以来、早くも迫害が始まっていて、小さな子どもを抱えるゴメリたちは、子どもが危険にさらされるのを懸念して、4日前に、住み慣れた国を出ることにしたそうだ。
「死んだおやじが若い頃に移民してきてから五十年以上になるからな、わしらは生まれたときからアルゴル人のつもりだし、出来ればずっとあの街で暮らしたかったんだが・・・」
他の家族は、年寄りがいたり住み慣れた街を離れたくない、という者も多く、ゴメリたちの他にはもう1家族だけ引っ越しの準備をしていたそうだ。
「ドワーフは環境を変えるのには保守的なひとが多いから。でも子どもたちになにかあってからじゃ遅いからねえ・・・」
ニーエさんは、眠たくなってきた様子の2歳の末っ子をあやしながらため息をついた。
ゴメリのおっさんは、メウローヌの田舎にいる知り合いのドワーフを頼って、工房で働かせてもらうつもりだそうだ。
ノルテが、夫妻が父親の代に移民してきた、というのを聞いて、遠慮がちに切り出した。
「なに、ドワーフの国だって?そうだ、わしらの親たちもそこから移民してきたって聞いとる。もうずいぶん傾いてて、親父が移民を決めた頃はもう国なんて規模じゃなく、山ひとつかふたつの村みたいなもんになってたそうだが・・・」
「やっぱり本当にあるんですね!」
ノルテが父親と生き別れになった話をすると、夫妻は互いの記憶を確認し合っていた。
「あたしのじいさんが子どもの頃に聞かせてくれたんだけど、たしかプラト公国の南だか西だか、だったと思うよ・・・でも、そうそう十何年か前だね、あそこはもうちゃんとした王様もいない無法地帯みたいになってるからね。たしかどっかの領主だか盗賊の親玉みたいなのが、ドワーフの集落を攻めたって。ほら、あんた、あの時だよ」
「そうだった、たしかアルゴルにもまた流れてきた奴らがいたな。ボーリンのやつに聞いたんだったか・・・」
はっきりしたことはわからなかったが、少なくともかつてのドワーフの国は、現在のプラト公国の南か西の方にあった。そして、昔より規模は小さくなっていたが、十数年前までは、まだ数千人のドワーフが暮らす村があったらしい。
そして、人間の武装勢力に襲われて、多くのドワーフが各地に散った・・・ということだ。
ノルテは父親たちがどうなったのか、心配そうだ。
「オーリンって言って、よく覚えてないんですけどドワーフの王様の子孫だなんて聞いたような気が・・・それはちょっとあやしいって言うか、単なる自慢話みたいなものだったかもしれませんけど」
「すまんな、なにぶんわしら夫婦は生まれたのがもうアルゴルだからなぁ。ただ、その十数年前にアルゴルやメウローヌに流れてきたドワーフの中では、そういう名前の男は聞いた覚えがないな」
ゴメリは役に立てなくて申し訳ないな、と頭を下げた。
「いえいえ、そんなことありません。どこをめざしたらいいか、教えてくれたんですから。ありがとうございます」
「そうだよな、この調査が一区切りしたら、一緒に行ってみよう」
「エルザ-クに戻るんだったら、その時陸路でプラトの方を回っていけると思うわよ」
俺とルシエンが励ますと、ノルテは気丈に微笑んだ。
ドワーフ一家の子どもたちが本格的に舟をこぎ始めたので、俺たちは互いの馬車とテントに引き上げた。
そして、きょうの日直になったノルテとテントで横になって、ドワーフの村のことをあれこれ想像して話をしながら眠りについた。




