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第183話 バブルの女

キャナリラの繁栄を可能にしている「龍脈」を魔物の攻撃から守ることが出来た。

「ここは、最初は本当に聖地と呼ぶにふさわしい島だった」


 龍脈に湧いた魔物の撃退し、その発生源と言える巣を排除した後、管理棟に戻った俺たちは、ようやく落ち着いて、シマールから話を聞くことができた。


 何百年も前、様々な種族が争う大陸を逃れ、最初にキャナリラ島に移住してきたエルフたちは、この地で信仰と思索を中心にした清貧な生活を送っていたという。

 魔法と様々な匠の技に長けたエルフのことだから、戦乱が無く、森と海の恵みが豊富なこの地での生活は自然と豊かなものになっていった。


 そして、エルフたちはこの島の地下深くに龍脈が流れていることを発見し、優れた知恵と魔法でそれが利用できること、ホムンクルスを創り出し稼働させるエネルギーとしても使えることを発見する。

 だが、当初はそれはあくまで知的好奇心の発露、知恵と学術の可能性として実現され、一部の者たちが面白がるだけのものだったと言う。


 転機が訪れたのは約200年前、魔王が現れ世界がかつてない破壊の渦に飲み込まれたとき、新たに多くの者たちがこの地に逃れようとしてきた。

 本来なら厳しい基準を満たしたエルフだけを受け入れてきた聖地だったが、エルフたちは議論の末に緊急時として基準を緩め、その一部を受け入れた。


 その新規移住者の中に、後にバブリカと呼ばれる、転生者の女がいたという。


 彼女は別世界の最新の文化と風俗をこの地に持ち込んだ。

それは、刺激的で、人生を色鮮やかにするものだった。


 禁欲的で清貧な生活をよしとしながら、心のどこかで退屈を持て余すようになっていた島のエルフたちは、最初は反発する者も多かったが、いつしかその新たな文化に魅せられていく。


 刺激に慣れればより強い刺激が求められる。

 そしてバブリカは、ある意味で天才だった。


 豊かになりたい、人の脚光を浴びたい、美しい異性と愛し合いたい、そんな欲望を追求することが善であり、それこそ社会がめざすべきことだと、難しい理屈を語ること無く、彼女自身の行動で人々を惹き付けていった。


 そして、いつしかキャナリラでは、市民権を持つ者たちは最大限の快楽を追求することが生きる意味となり、エルフの秘術と龍脈からの無尽蔵の魔力を利用して、それを支えるためのシステムが構築されていった。


 住民の数を上回るホムンクルスと魔法装置によって、日々自動的に魔力が汲み上げられ社会のインフラを動かす。

 エルフは時折その保守管理にあたるだけで、通常は関与せずともホムンクルスが生産する生活財とサービスで暮らしていくことができる。


 その保守管理も、たまには魔物を狩ったり変わったことがしたい、あるいは、より多くの娯楽を楽しむ余分な原資が欲しい、などと思う者だけで十分手は足りた。


 こうして、「理想郷」ができあがった。少なくとも、そう望む者たちにとっての理想郷が・・・。


「シマールさんは、その、最初の頃からいたんですか?」

 ノルテがたずねた。


「わしは子どもの頃に、親に連れられてこのキャナリラにやってきたがな、その頃はまだ、こうなる前だった。ただ、いい年になった頃には退屈してなぁ、なんどか大陸に帰ろうかと思ったんだが、そこにバブリカたちが来てな。これだ!と思って他の連中と一緒に浮かれて、遊びほうけとったよ」

 シマールは、苦々しげにそう語った。


「だがな、いずれは飽きるさ、所詮なにも意味の無い、くだらんことだ。そんなことはわかっとる。なら、誰かはこのシステムを見守っておらんといかんのだからな。このキャナリラの中枢を、みんなが遊びほうけていられるようにな。しかもこの数十年、なぜだが魔物の湧き方が激しくなっとるしな」


「シマールさんの実力があれば、大陸に戻っても、どこに行ってもやっていけると思うのですが・・・それでもここを守りたいと?」

 ルシエンが、まだ腑に落ちないといった様子で問いただした。


 おっさんは、少なくとも今では、キャナリラの他の連中とは考え方が違うようだ。

 それに、豊富な知識やさっきの戦いぶりを見るだけでも、冒険者として、いやもっとどっかの大国の偉い立場にだってつけるぐらいの実力者だと思う。

 だから、ルシエンの疑問はもっともだろう。


「ふむ、何百年も生きとるとな、そういう地位とか成功とか言うのも、いかほどの物かと思うようになるもんだ・・・それにな」

 そこでおっさんは口調を変えた。


「ここの連中がやっとることは、さよう、くだらんことだ。だが、それで何が悪い?王様だ英雄だって、自分の正義を振りかざして領地を取り合ったり、殺しあったりすることが、ただ誰に迷惑をかけるでもなく快楽にふけっとるよりも立派なことだと、お前さんは言い切れるのかね・・・」


 その言葉に、ルシエンも俺も、黙り込むしか無かった。


「この島が強力な結界で覆われているのも、他の地域に極力影響を及ぼさないためだ。本来の設定されていた以上の高度な文明が広がると、世界が不安定化するとも言われているからな」


 シマールは、俺たちを龍脈管理センターの敷地の奥にある古い建物の方へ連れて行った。ずっと昔、ここが整備された頃の、今はもう使われていない管理棟だそうだ。


 そのそばに、誰が手入れしているのか、赤や黄色、紫と、派手な花が咲き乱れる花壇があり、金ぴかの像が建てられていた。


「これがバブリカとその愛人たちの像だ。今も、時々観光というか願掛けというか、一種の聖地として訪ねてくる若い奴は多いぞ」


 ルシエンたちは感心しているのかいないのか、無言で見つめてるけど、俺は別の意味でのけぞった。


 コレって間違いないよね?


 エルフのイケメン数名を足下に侍らせて、一段高くなった所でポーズを取る派手なおねーさん。


 バブルの頃のニュース映像とかで見る、ボディコンって言うの?股下何センチってレベルのミニのワンピ、体の線にぴったり張り付いてる。

 ワンレングスって言うんだっけ、当時はやった髪型。

 そして、手に持った扇子?


 これ・・・俺は生まれてもないけど、バブル時代の日本だよね?


 バブリカって、日本人の女か。

 そして、こっちの世界に転生してきたのが200年前とか、以前ゲンさんが言ってた、“転生元の年代と転生先の年代はズレがある”って、あれだな。


 ゲンさんと俺が元の世界で死んだ時期は2年しか違わないのに、飛ばされてきたこっちの世界での年代は13年離れていた。

 バブリカも元の世界の生年月日はたぶん30年ぐらいしか違わない人なのに、こっちに来るときは200年も昔に飛んでる・・・


「“キャナリラ中興の祖 バブリカ初代永世クイーン”ですって・・・」

 ルシエンのちょっとげんなりした口調で我に返った。


 像の台座にそう刻まれているらしい。

 この人はどういう経緯でこっちに転生したんだろう?どんな人生を送ったのかな?

平成生まれの引きこもりオタクとしては、たぶん同時代に生きててもまったく接点がなさそうなキャラだけど。


 俺がおそらく彼女と同じ国からの転生者だってことを話したら、シマールは特に驚いた様子もなく、真面目な顔でこう言った。


「お前さんはお前さんだ。どこの世界、どんな国に生まれようが、自分が正しいと思った道を進むしか無かろう?ただ、その時にな、お前さんと対立する者にも、それぞれに正しいと思ってることがあるんだと、ちらっとだけ頭の隅に置いて生きればいいさ。それ以上の答えは、何百年生きてもわからんよ。あとは神の領分だろうよ」

 なんかすっと胸に落ちる言葉だった。


***********************


 シマールは別れ際に、想定以上に危険な任務にあたってくれた礼だ、と言って俺に酸素ボンベみたいなものを一つくれた。

”魔力の缶詰め”だと言う。農場で見た燃料タンクみたいなものに似ていたが、龍脈から汲み上げた魔力を精製して人間やエルフが利用できる形に変換したものだという。


「こいつは小型だが簡易精製装置もついているから魔力の湧き出すところに行けば再充填もできる。ただし、その詳しい仕組みは言えん。本来は禁術の類で、島の結界の外で量産されるようなことがあると、この世界の修正力にひっかかるおそれがあるからな」

 修正力?気になる言葉だったが、それについては聞いても何も教えてくれなかった。


「今夜は“チャンピオン大会”だからな、若いもんは楽しめばいい。だが、自分たちにとって大事なものがなにかは見失うなよ・・・」

 最後にそう言い残したシマールに見送られ、俺たちはまたユニコーン馬車に揺られていた。


 本日最後のミッションは、セイレーンから言われてた“チャンピオン大会”への参加らしい。

 朝、ホテルを出るとき、アテンド役のラノーラスとビスカシアからそう聞かされていた。もっとも、今回は歌わされるわけではないそうだ。


「皆様はちょうど素晴らしい時期に来島されました。これはキャナリラ最高のイベントですし、今夜の結果がキャナリラでの正式なお住まいや社会的ステータスにもつながりますので、どうぞ存分にお楽しみ下さい」


 詳しいことはお楽しみです、と教えてくれなかったけど、これまでホテル住まいだったのが、何らかのコンテストみたいなのがあってその成績で部屋を斡旋してくれるとかってことみたいだ。


 俺たちはここに永住する気はないし、シマールのおかげで一応島の謎も解けたので、そろそろ帰ろうかって気分になりかけてるんだが。

 島一番のイベントらしいし、それぐらいは見ていこう、ってのがみんなの一致した意見だった。一日働いたから、あとは楽しもうって気分もあるし。


 そろそろ日が落ちる頃、ユニコーン馬車が到着した先は、海に近いキャナリラの中心街の中でも、ひときわ高層ビル?が多く、色とりどりのレーザー光線が夜空に向けて放たれている、不夜城みたいな一角だった。


 その中でも六本木ヒルズみたいなタワーの下に、珍しく他の馬車も多数着いてる。しかも、やたらと装飾され魔法の光を放ったりしてる派手派手しい馬車が多い。なんかここからもうアピール合戦って感じだ。


「ようこそ、紳士淑女の皆様、夢の一夜へ」

 ドアボーイみたいな制服姿のイケメンが馬車の扉を開け、俺たちを迎えた。


 そこから今度は、お店の黒服みたいな別のイケメンに案内され、赤いカーペットが敷かれた廊下を進むと、俺たちは男女別の更衣室みたいなところに連れ込まれた。

 男女別ってことは、俺は一人だけってことだ。


 そこで、もうホムンクルスだとわかってるエルフ美女が、俺の銀の腕輪からデータを読み込むと、サイズに合わせた洋服を取り出し、手早く着せ替えさせてくれた。

 青いジャケットにスリムパンツ、みたいな、なんか合コンに出る若い男、みたいだな。でももう少しお金がかかってオシャレにしたような感じだ・・・


 その後ちょっと待たされたのは、女子たちの方が着替えに時間がかかるからだろう。


 その間も壁越しにもアップテンポな音楽が聞こえてくる。これは・・・


 再び黒服がアテンドして、着替えてきた女子たちと合流すると、みんな顔を赤くしてる。


 みんな、これでもかってぐらい派手なメイクで盛った髪型に飾りをつけ、バブリカ像みたいなボディコン・ファッションだ。

 現実にこんなのを目にすることがあるなんて、にも思わなかったけど、こんだけ超ミニでどうやって街とか歩いてたんだろう?


 カーミラは満月の夜ってことで、顔が上気していつになく艶っぽい表情だ。俺に腕を絡めてきて、プリプリでボリューミーなものが押しつけられてくる。体にぴったりした服装だからなおさら形がはっきりわかる。

 ルシエンが恥ずかしそうに、でも張り合う表情になって、もう一方の腕を取る。

 見たことの無いピカピカ照明が切り替わる廊下にまわりをキョロキョロしていたノルテが、先を越されたって顔をしてる。でも目が合うと恥ずかしそうに下を向いちゃった。


 ノルテとブッチ、マギーの三人はすごく胸開きの広い衣装だから、破壊力がハンパない。特にノルテは外見のロリさと相まって、一部の趣味の人たちには最終兵器と言っても過言ではない倒錯的な魅力をかもし出していた。


 そして両開きの重厚な扉が開かれ、中に踏み込むと、DJみたいな陽気な声が響き渡った。


「えぶりばでぃっ、ご機嫌かいっ」

「「「「「イエェーイッ!!」」」」」

「最高のダンスと自由恋愛の祭典へようこそっ、今夜はオールだぜぃっ」


 頭がクラクラするような大音響のディスコミュージックときらめくミラーボールに七色のレーザー光線。

 フロアでは隙間が無いほど密集したエルフの男女が踊り狂い、その中央にはひときわド派手な女たちがことさら露出度の高い格好でアピールするお立ち台がスポットライトを浴びている。

 そこに欲望丸出しで群がってる男たち。


 バブル末期のようなクラブ空間が広がっていた。

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