第182話 VRゲーム
住人が働かなくても豊かな暮らしを実現しているかに見える聖地キャナリラ。地下深くの龍脈から魔力を汲み上げているらしい。ところが今そこが何かに襲われている。
『・・・俺から行く、ルシエンがしんがりを頼む』
『わかったわ、気をつけて』
シマールの後を追うため、俺に続いてカーミラ、ノルテ、ブッチ、マギー、そしてルシエンと、みんなが操る銀色のホムンクルスが縦穴に飛び込む。
縦穴の縁に沿って結界が張られていたらしく、一瞬それを突き破る感触があるが、そのまま加速して落下していく。
前を落ちていくシマールに追随しようと、コース取りを意識すると、翼でも付いているかのように軌道を変えられる。
本当に飛んでるみたいだ。
俺たちの体は穴の縁の建物の中にあるはずなのに、没入感がすごい。
VRゲームだとしたらすごく良く出来てる。これはクソゲーじゃないな。
だが、落下するにつれ、急激に魔力の、それも敵意というか悪意に満ちた魔力の気配が強まってくる。
それは途中で、再び結界らしいものを抜けた、と感じたとたん、いっそう強まってきた。
前方、つまり下に目を向け、地図スキルを意識する。ちゃんと使えた。
小さく空洞の中心、真下に重なり合う多数の赤い点と、数個の白い点、これはさっき突入した自律型のホムンクルスだな。でも、既に数が減ってるぞ。
『来るぞっ』
『どんな魔物なんだ?特徴とかスキルは?』
戦う前に重要なことを聞いておかないと。
『お前らは見たことがなかろう、純粋な魔力生命体だ。こっちが意識した姿に実体化する。魔力のコアが体内のどこかにあるから、それを武器でも魔法でも一定以上のダメージを与えれば消滅させられる。飛び道具もあるから気をつけろっ』
早口でシマールがそこまで叫んだ途端、視界に飛び込んできた。
なんだあれは?
龍?いや、ドラゴンじゃなくて東洋風の細長い方の?
俺がそう意識したからだろうか?
鱗に覆われひげや爪を持つ空飛ぶヘビ状の、そう十二支の龍そのものみたいなヤツが2匹、いや3匹、向かって来る。
『ナーガ!?』『意思のある槍っ?』
でも、仲間たちからあがった叫び声は違った。そうか、それぞれにイメージした姿に見えるんだ、結構連携を取るのがやっかいかもしれない。
『なんでもいい、あの長いヤツを迎撃するぞっ』
とりあえずざっくり特徴で決めつけると、ヒュンっと風を切って後ろから緑色に光る矢が飛んできて、一匹の龍の頭に命中した。ルシエンか!?
見事に龍の頭がはじけ飛び、それとともに後ろの胴体も霧散するように消える。
コアを打ち抜いたってことか?初弾ですごいな。
『みんな、形でなく魔力を見る意識をしてっ、一番濃いところにコアがあるみたいよ』
『その通りだ、大したもんだな森エルフ』
ルシエンの言葉をシマールが肯定する。
俺たちは次々に魔法や武器で、地底から湧き上がってくる龍を退治した。
マギーはこの間うまく使えたスリングを意識してるようで、光る弾丸をいくつも飛ばす。
それを逃れたやつは、カーミラとノルテ、ブッチが武器で退治する。カーミラは青く光る短刀、ノルテは黄色い輝きのハンマー、ブッチは紫色っぽい片手剣だ。
俺はみんなの様子を見ながら、魔法と鈍く輝く刀とを使い分ける。
俺たちが十分戦えると見て取ったか、いったん空中で止まっていたシマールが、再び下降を始める。
『龍脈の近くまで降りる、たぶん大量に湧く“巣”があるはずだから気をつけろ』
縦穴を深く深く下降しながら、さらに湧き上がってくる魔物と戦う。
火の玉みたいな球状のやつ、病原体のようにイガイガのついた形で、そのイガイガをミサイルみたいに飛ばしてくるやつもいた。
シマールはものすごく強い。
基本的にエルフらしく遠隔攻撃なんだが、普通エルフが持ってない雷みたいな魔法?を連射して、次々に魔物を屠っていく。
だが、とにかく数が多いから、一人だけだといくら強くても敵の群れに突っ込んで包囲されちゃいかねない。だから俺たちサポート要員が欲しかったんだろう。
俺たちは遅れないようにおっさんに追随し、まわりに展開し戦線というか面を形成して、敵を掃討していく・・・なるほど、確かに「掃除」にも似ている。
そして、おっさんと同じぐらい活躍してるのはカーミラだ。
そうだ、もう上弦の十四日、満月だ。体のキレや動きの速さがすごい。ほとんど空中を駆けるような動きで、次々に青く光る刃で魔物を切り裂いていく。
圧倒的だ・・・
そんなことを思って見とれてたのは俺だけじゃなかったようだ。
『きゃあーっ』
絶叫があがる。
ブッチが、魔物が飛ばしたイガイガのかけらを避けきれず、体をかすめた!?と見えた途端、銀色のホムンクルスの左腕が赤黒いアメーバみたいなものに包まれた。
マギーが「生素」を放ったようだが、アメーバは離れない。
俺は「聖素」で浄化を試みるが、それも効いた感じがしない。
気づいたシマールが何かを唱えた。
アメーバが蒸発する。
さらにルシエンが「大いなる癒やし」を重ねがけする。
『はあ、はあ』
マギーがようやく苦痛から逃れたようだ。
『なんか、体の中に触手が突っ込まれたような、メチャクチャ痛くて、それにゾッとする感じだった・・・』
『今のは“破魔”?』
『そうだ、浄化じゃなく、魔を祓うことで治せるから覚えとけ』
ルシエンの問いにおっさんが答えた。
なるほど、魔力そのものの生命体ってことか。
そこからさらに下降していくと、段々穴が広く、大空洞と呼んでいいような様子になってきた。
こんなのが、島の地下に広がってるって信じられない。
縦穴の壁面もテラテラと赤っぽくってるから、暗くはないがどんどん魔力が濃密になってくる。
なんて言うか、海の底に潜ってるみたいに、まわり中から圧迫感を感じる。そして、重低音の波動に全身が揺さぶられる感じがする。
これが龍脈につながってるってことなのか?
龍脈、つまりは「地下深く流れる魔力の源泉」に。
『来るぞっ、真打ち登場だ、転移してくるからな、互いの背中に注意しろっ』
おっさんハイエルフの指示で、俺たちは七人で背中合わせになるように飛行し、球面状に展開する。
!!
突然、俺から見て左上、ノルテの足下に巨大なタコかイカみたいに多数の触手を持った赤黒い魔物が出現した。これは、ヒドラか?
このデカさで転移とかありかよっ。
触手がノルテの足に伸びる前に火素を飛ばすが、たいして効いてない。
思いついて今度は雷素を飛ばす・・・効いた! 火に抵抗力があるのか雷が弱点属性なのかはわからないが、おっさんも雷系の攻撃みたいだったし。
だが、それでもコイツは強い、触手を切り飛ばしてもまた生えてくる。しかも・・・
『こっちにも来たっ!』
悲鳴に近い、マギーの叫び声だ。一番戦闘力の低いマギーの正面に二体目のヒドラが出現し、ウネウネ触手を伸ばしてくる。
ルシエンの光の矢が、その触手を無視して胴体に命中する。
2本、3本・・・ついに体が痙攣しはじめ、触手の動きが止まった。
『触手をやってもダメよっ、コアを探しなさいっ』
『すまんっ』
そうだった!魔力の流れを意識しろっ。
カーミラが触手をかいくぐり、オオォーンッ、と雄叫びをあげながら巨大なヒドラの胴体に飛びかかる。
そして、短刀がひときわ魔力を濃く感じる部分に突き刺さる。
巨体が霞み、蒸発していった・・・
『よくやった、カーミラ!』
その間に、俺がさっき触手を切った奴には、シマールの雷撃魔法が直撃し、光球に変わり、消えた。
さらに降りていくと、空洞の底の方に、なにか青紫色というか、もう黒に近い、でもギラギラと輝きを放ち、ゆらゆらと波打つ帯状のものが見えてきた。
黒いのにギラギラ輝くって矛盾してるようだけど、そうとしか言いようが無いんだ・・・ひょっとすると紫外線みたいに俺たちの視力では見えない波長のエネルギーが流れてるってことなのかもしれない。
あれが、あれこそが龍脈か。
『よし、あそこだっ』
金のホムンクルスが指さしたのは、その長大な非実体のエネルギーの大河の近くに浮かんでいる、黒っぽい影のような、繭みたいな形の球体だ。
『あの球体が、魔物が湧く“巣”だ、あれを破壊しろっ!』
おそらくは龍脈に寄生するように、そのそばに漏れ出るエネルギーで形成された、魔物の住み処、いや“繁殖場所”なのだろう。
そこからはさらにわらわらと大小の魔物が湧き出てくる。
そして、最後の抵抗とも言うように、あのヒドラがもう一体、出現した。
触手の一本が俺の足をかすめ、それだけでちぎられそうな激痛が走ったが、ルシエンがギリギリで破魔を唱え、魔を祓ってくれた。
『助かるっ』
自分で生素を込めて回復させる。
俺は相手の魔力のコアを探りながら、別の触手がマギーに伸びたのを刀でたたき切った。
『そこかっ!』
そのまま本体に接近し、練り上げた雷素を叩き込む。
ついにヒドラが消滅していった。
そして俺たちが大物を引きつけてる間に、シマールは、ついに「巣」を捕らえていた。
強力な雷撃が、一発、二発、三発・・・次々叩き込まれ、全体が光に包まれて、そして消えた。
『お前ら、よくやった。予想以上の働きだったぞ・・・いかんっ!!』
突然、シマールが上を見上げて叫ぶ。
俺たちが後にしてきた地上への縦穴、そのずっと上の方に、ヒドラが“転移”で出現していた。
そして、背後を取った俺たちでは無く、そのまま地上に向けて急上昇していく。
『追え、追いかけろっ、本体をやられるっ!』
そうか、俺たちがここにいると感じてるのは、VRシステムで動かしている、ホムンクルスだ。
本当の俺たちの体は、縦穴の縁に建った、あの小さな建屋の中だ。そこを襲おうとしているのか!?
全員が全速力で銀色のホムンクルスを飛ばす。
最後のヒドラを追いかける。
やつも無制限に転移できるわけじゃないようだ。
俺たちの転移魔法のように、見えてる範囲だけなのか、どんな制限があるのかはわからない。
だが、ともかく追うしかない。
けれど・・・スタートで差が付いてた分、魔法や矢の射程まではなかなか追いつけない。
焦りの中で、俺はそうだっ、と思いついた。頼むっ!
ついに地上への横穴につながる空洞が、上方に見えてくる。
まだ距離が遠い、せめて数秒でも足止めできれば・・・
『あきらめるなっ!』
一番速度の出るおっさんの金のホムンクルスが先頭を飛びながら叱咤する。
そして・・・
ヒドラが縦穴に張られていた最後の結界を突き破り、穴の縁の建屋に触手を伸ばしたその時、強力な雷撃魔法が建屋の陰から放たれた。
全身を痙攣させながら、それでも勢いがついて建屋に乗りかかりかけた巨体を、今度は土色の長剣が薙ぎ払い、そのままぶつかってきた魔力に満ちた巨体をがっちりと受け止める。
ようやく動きの止まったヒドラを、やっと追いついた俺たちの魔法と矢が乱れ撃ちする。
巨体がゆらゆらと揺れ、大量の魔力を周囲に散らしながら、ついに消滅した。
(遅いよ、危ないとこだったわよ)
『助かった・・・リナ、それにタロも、ほんとに助かった』
魔法使い姿のリナに加えて、セラミック剣をかっこ良く構えたタロもなんだか得意げに見える。いや、自慢してくれていいよ、それだけのことをしてくれたから。
そう。俺たちのホムンクルスは、地下深くに離れてしまってるけど、置いていかれたリナと、俺の体自体は地上に残されたままだ。
だったら、「お人形遊び」や「粘土遊び」のスキルは普通に“この場所で”使えるはずだ。
VRの没入感が高すぎて、うかつにもギリギリまで気がついてなかったけど、なんとかまにあった。




