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第180話 働くおじさん

二日酔いだろうか?ガンガン痛む頭を抱えた俺たちは、翌朝早く、ユニコーン馬車で街から離れた山間へ、《労働奉仕》のために向かっていた。

「あれが目的の農場みたいですよ」

 ノルテがユニコーン馬車の窓から前方を見て指さした。


 ぼったくりバーみたいなディナーショーの店で借金を抱えるハメになった俺たちは、夜明け前に馬車に乗って、街を離れた山間に向かっていた。


 どうやって状況を把握されているのか、おそらく銀色の腕輪に記録される行動履歴や口座残高を役所で把握しているんだと思うけど、ホテルにメッセージが届いていて、早朝から一日労働奉仕をすることが指示されていたんだ。


 ユニコーンはこれまたなんの指示もしなくても、勝手に目的地に馬車を引いていく。


 ルシエンにはこの島の正会員として月に10万エルゴが、他のメンバーにはそれぞれ一時金として1万エルゴずつが支給されていたはずだけど、昨日一日で、俺たちは逆に5万エルゴの借金を抱えていることにされていた。


 俺とマギーとブッチは散財した張本人のようだから、何も言えずに小さくなってるし、ルシエンはルシエンで、自慢していたエルフの聖地が実はとんでもない所だったらしいとわかって、不機嫌で黙り込んでる。

 カーミラはいつも通りマイペースなんだけど、きょうは上弦十四日、満月がせまっていることで、昨日からかなり不穏なハイテンションになってきてる。


 というわけで、しっかり者で二日酔いとも無縁なノルテが、なんとなくみんなの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれてる状況だ。一番年下なのに。


 到着した農場は、山間に整然と開かれた広大なもので、区画ごとに様々な野菜や果物が作付けられているようだ。

 

 そしてユニコーン馬車に似た、耕運機とか散水機だろう、大小の車輪付きの装置が動いているのが見える。

 無人のものもあれば、誰か人型の者が乗っているのもある。


 この世界ではトラクターとかコンバインなんて知られてないから、みんなは唖然としてる。


 もう間違いないよな。

 ここは、俺たちの世界から様々な文明の利器を、少なくともそのアイデアを持ち込んで実現されてる社会なんだ。

 ただ、動力はおそらくガソリンでも石炭でも無い。一種の魔法だ。


 農場の管理棟みたいな所に着いた俺たちの前に、さっそくエルフの男が出てきた。


 もちろんこいつも無駄にイケメンだが、これまで街中で働いていた連中よりがっしりした体格で、少し年齢層高めに見える、つまりおじさんっぽい。それでもナイスミドルな感じがするのは、なぜか悔しい。


 そしてこの中年農夫っぽいエルフも、やはりどこかで見たことがあるような顔だ。


「きょうの労働奉仕の方々ですな、よくお越し下さいました。ボレノールと呼んで下さい」

 シブいおじさん風エルフのボレノールが、やるべき作業を教えてくれる。


 管理棟の中に置かれた魔法装置にはステータス画面みたいに多数のデータが表示されている。

 そこで、各作物の生産計画の量と昨日までの実績の数値を比較して、過不足を確認。さらに別画面で表示される天気の見込みで、補正した生産計画を立てる。

 その結果を、畑で働いている者たちやトラクターみたいな自動機械に指示し、必要な魔力を注ぎ込む、というのが俺たちの仕事だそうだ。


 コンピューターってものを見たことがないこっちの世界の人たちには、最初は戸惑う作業のようだが、俺なんかには簡単だ。データをコピー&ペーストして、生産計画のプログラムに入力すれば、あっという間に結果が出る。


 みんなに教えながら、すぐにその部分の作業は終わった。

「すごいです、ご主人さま」

「ほんとだ、シロッチはなんでわかるの?」

 ノルテやブッチが尊敬の目で見てくるのがちょっと心苦しい。


 で、これを機械に入力か。

 データを出力したカードみたいなのを、管理棟の裏に並んだ魔法式トラクターのコンソ-ルにタッチすると、コンソールがチカチカ点滅しながら、修正された生産計画が画面に浮かぶ。


 そこに、ボレノールの指示に従って、MPを流し込むように意識を集中する。

 すると、点滅していたコンソールは明るく点灯し、機械からAIみたいな音声が流れる。

《修正計画ヲ承認シマシタ、コノ計画ニ従ッテ作業シマス》


 うまくいったらしい。トラクターが畝に出て行く。


 みんなも俺のやる様子を見ていて、隣りに並んでるトラクターに同じようにデータを入力していく。

 ルシエンとマギーがすぐにうまく出来たのは、魔法を使えるから、MPを流し込む意識に慣れてるからだろう。マギーも、“生素”は使えるからな。


 でも、魔法が使えないノルテやカーミラも、しばらく試しているとコツをつかんだようだ。

 やっぱりこれは、戦士や冒険者みたいに魔法が使えないジョブでも、MPは存在しているってあかしだな。


 ただ、みんなで手分けして、100台ぐらいのトラクターに設定していくと、やっぱり俺とルシエンが速いし、こなせる数も多い。これはジョブやレベル的に、MPの保有量が違うってことだろう。


 中には、故障しているトラクターというのもあって、そっちはもう少し高度な作業が必要だったが、ボレノールの指示で魔法装置から修正プログラムを読み出し、それを流し込んでMPを注ぐと、また動けるようになった。


 その後は車庫を出て、隣の従業員宿舎みたいなところに連れて行かれた。

 今度はあの有人式のトラクターに乗っていたやつだろうか、作業員風の男たちが何人か集まっていた。


 お揃いの帽子をかぶってるせいで耳は見えないけど、顔立ちはエルフとも人間ともつかない、全員がそっくり同じ顔のおじさん風だ。この農場はエルフにしては妙に年齢高目だな。

 そして、みな無表情だ・・・これってもしかして?


「えっと、この人たちにはどうするんだっけ?指示を伝えるの?」

「いや、同じようにMPを注ぎ込んで下さい」


 俺たちがボレノールの顔をどういうこと?ってまじまじ見つめていると、なにか腑に落ちた様子で、ルシエンが先頭の作業員の所につかつかと歩み寄り、なにも言わず、その男の胸にデータカードを押し当てる。

「ルシエン?」

 ルシエンは目を閉じて、呪文を唱えるときのように意識を集中してる。


《・・・ぷろぐらむ転送完了。修正計画ヲ実行デキルヨウ、不測ノ状況変化ニ応ジ、耕作機械ノ運用ヲ制御シマス》

 作業員の口から合成音声みたいな声が流れた。


 そうだったのか。こいつは人間でもエルフでもない、一種のロボットなんだ。

「ありがとうございます。それで結構です」


 どうやらこいつらは、自動運転のトラクターとかでは対応できないような不測の事態、例えば急な天候変化や害虫の大発生などに対し、より高度な判断を自律的に下せるように用意されたものらしい。


 俺たちはまた手分けしてロボットたちにMPを注ぎ込んでいく。


「ありがとう。皆さん、大変優秀ですな。市民堂から送られてきたスケジュールよりずっと短時間で済みましたよ。おかげで今後ひと月ほどは、メンテナンスの必要はないでしょう。お一人5千エルゴの報酬が市民口座に入金されますからな、後ほどご確認下さい」


 ボレノールから礼を言われ、ここでの作業を終えた俺たちは、農場に併設されたカフェに案内され、自動サーバーで軽食と飲み物を提供された。


 こっちの世界は昼食を摂らない人がほとんどだけど、これはMPを注ぎ込む作業をした者に対して回復を促進する意味もあるらしい。


 使われているのはこの農場で収穫された野菜や果物のようで、試食でもあるみたいだ。

 食べ終わった後、AI音声で、《オ味ハイカガデシタカ?ゴ感想ヲオ聞カセクダサイ》とメッセージが流れたから、俺たちの感想が今後の栽培方針とかにも参考になるのかもしれない。


「・・・なるほど、キャナリラってこうやって労働力を確保してたんだね」

 食事を終えて、マギーがやっと納得がいった、とばかりにうなずいている。


 どうやらここでは、肉体労働は魔力で動く自動機械やロボットが担い、そのメンテナンスやMPの供給を、エルフや俺たちのような命ある者、MPを持つ人間族が担っているんだ。


 そして、全員が毎日そんなことをしなくても十分なので、これは一種のアルバイトとしてエルゴを稼ぎたい者や、俺たちのように借金をしてしまった者がやればいいと。

 他の余裕のある連中は、おそらく昨日のプール・リゾートやユニコーン競馬場で、好きなことをして暮らしている、ってことなんだろう。


「なんだかヨユーだよね、めちゃリッチってゆーか、ほとんど遊んで暮らせるとか、まあさすが理想郷ってゆーのかなぁ」

 ブッチは羨ましそうだ。


「でも、わたしたちが注ぎ込んだMPだけで、あれだけの“機械”っていうんですか、自動馬車が一か月も動けるんでしょうか?すごすぎませんか?」

 ノルテの疑問はもっともだな。

 だが、それにはマギーが答えてくれた。

「あたしたちが注いでMPは、たぶん行動を変更するためのスイッチになるだけで、元々の作業をする力みたいなのは、別だと思うよ。どの車も給水桶みたいなのを積んでたから、たぶん、そこにどこかから魔力を大量に供給してるんだと思うな」


 その通りなんだろう。

 実の所この農場は、俺たちが注いだよりも桁違いに大量のMPを消費して、稼働しているらしい。


 自動トラクターに、どうやってか仕組みはわからないが、MPをためる燃料タンクみたいなのが付いていた他、管理棟にもガスタンクみたいなものがいくつもあった。

 あのコンピューターというかデータ処理装置みたいなのを動かすためだろうし、トラクターにもそこから「給油」するのかもしれない。


 問題はじゃあ、その魔力はどこから供給されてるんだろう?ってことだ。

 そんなに大勢の人間とかエルフがいる様子じゃなかった。常勤のエルフは、ボレノールだけらしかったから。


 俺がその考えを説明すると、みんなうなずいていたが、ルシエンとカーミラだけが、えっ?て顔をした。


「シロー、ひょっとして、あなたも気づいてなかったの?」

 なにをだ? ルシエンがカーミラとアイコンタクトした。

「あるじ、ボレノール、エルフじゃないよ」

「え?」

「この島、エルフがいた場所、ほんのちょっとだけ・・・」

 カーミラはどう説明していいか困ってるようだ。


 それを見て、ルシエンがやっぱり自分が説明しようと思ったみたいだ。

「あのね、ボレノールも農場の車に乗ってた連中と同じでホムンクルス、つまり人工生命体よ?」

「「「「えっ!?」」」」

 ノルテもブッチもマギーも驚いてる。俺だけじゃなくてよかったけど・・・


「そもそも、ラノーラスもビスカシアもホムンクルスだったわ。この島で本物のエルフがいたのは、神殿とか本当に数えるほど。あとは、遊びほうけてた連中だけね」


「「「「えぇーっっ!!!!」」」」

 今度こそ俺たちは絶句した。


「こんなとこ聖地じゃない、ぜったい聖地じゃない、エルフの恥だわ・・・」

 眉間にしわを寄せてブツブツつぶやくルシエンのほっぺを、カーミラがなぐさめるようにペロペロなめてた・・・

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