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第172話 海坊主

アルゴルの漁船団に護衛として同乗した俺たちが、問題が起きている海域に近づくと、突然あたりが霧に包まれてしまった。

 既に夜も明けているし、さっきまでは天気も良かったはずだ。


 ところが、いつの間にか湧き出した霧に覆われ、今は朝なのか夜なのかさえもはっきりしない。

 十二艘の船のうち、目視できるのは近くにいる半分ぐらいだ。


 波間にトーナらしい魚がはねるのが時々見えるから、このあたりが例の新漁場なんだろう。


 男たちは特に天気を気にする様子も無く、またトーナの一本釣りを始めた。

 このセビラ瀬、と言われる漁場は、これまでもこんな天気だったかららしいが。


 素人目にもこっちの方が魚群が多いのはわかる。

 あっという間に甲板にトーナが積み上がっていく。途中からは、漁師たちは手分けして何人かが船倉にトーナを放り込むのに専念している。


 靄がかかってよく見えないけど、近くの漁船からも威勢の良いかけ声や釣果を喜ぶ声があがってるから、豊漁のようだ。


 だが・・・

「シロー、精霊が騒いでるわ」

 最初に気づいたのはルシエンだった。

「あるじ、魚じゃない匂い、魔物?」

 潮と魚のにおいが強くて、カーミラには水中の魔物の発見は難易度が高いようだ。


 地図スキルは視野が悪くて映る範囲が狭いけど、一応漁船の白い点は全部入ってる。

 そして、その外側に赤い点が現れた。

 数が多い。20、30、もっとだ。


「魔物かなにかがいる! あっちの方だ、漁船を戻らせることってできるか?」

 俺はボンデに伝える。


「なにっ?旗を振っても見えないかもしれんが・・・」

 やらないよりマシって感じで、舳先の若い男に合図の旗を振らせる。


 すると、気がついたらしい何艘かの漁船で男たちの声があがる。

 呼びかけあってるようだな。


「この船はあっちに向かえるか?」

「もちろんだ」

 幸丸の漁師たちに号令がかかると、すぐにみな釣り竿を置いて、櫂を漕ぐ者と船室に戻り武器を取ってくる者に別れた。

 思った以上に統率が取れてて軍隊みたいだ。


 カイエンの指図で俺たちが指した方向に勢いよく漕ぎ出した。カイエン自身は操舵席に着いた。船長がボンデで航海長がカイエン、みたいな役割らしい。


 霧の向こうに2艘の漁船と、それを取り囲むように水面から顔を出している者たちが見えてきた。


<鉄砲魚LV4><鉄砲魚LV3>・・・<海坊主LV15>!


 二種類の魔物がいるらしい。トーナよりも大きな、とがった口の魚と、セイウチかアザラシみたいな、黒っぽい頭をした海獣みたいな奴だ。


 鉄砲魚の方から、なにか船上の漁師たちに向けて飛んでいる・・・水?ただの水か?

 でも、悲鳴があがり、屈強な漁師たちが甲板に倒れたか自ら身を伏せたかしている。


「ありゃあ鉄砲魚だな、ただの水鉄砲なんだがすげえ勢いで、あたると大けがしちまうぞ」

“テッポウウオ”って元の世界にもいたと思うけど、こっちは文字通り“鉄砲魚”なのか、手抜きなネーミングだよな・・・


 だが、ヤバいのはもう一方のでかいやつだ。

 数匹混ざっている海坊主が、鉄砲魚の大軍の指揮をとってるみたいで、妙に統制が取れてる。


 そして、俺たちの船に気づくと、一匹の海坊主がこっちにガンつけてきた?

 思わずのっぺりした黒い頭を見直した。


 その途端、それまで無かったような大波が、幸丸に向かって襲ってきた。


 え?これって奴の力か?

 ここまで波はわりと穏やかだったはずだぞ。


 カイエンがうまく舵をきってくれたのか、波の上に乗りあがるようにしてなんとかやりすごした。 


 俺はその間に海坊主のスキルまでちゃんと見てみる。

 どうやら、『海の天気』なんて謎スキルを持ってる。ひょっとして、急に霧が出てきたのもコイツの力なのか?


 あれが敵のボスらしいと、ノルテも気づいたらしくスリングを構えたが、ルシエンがその動きを制した。

「ちょっと待って・・・精霊は敵意は無いと言ってるみたいなの」

「敵意が無いってことはねえだろ、攻撃されてるじゃねえか」

 ボンデが声を荒げる。


「いや、でもたしかに鉄砲魚に襲われてる連中も、そんなに大けがはしてないみたいだぜ?あれだけの数に襲われたら、普通死者が出てもおかしくないだろ?」

 操舵席から、カイエンの方が冷静な声をあげた。ちょっと高いところにいるから状況がよく見えるみたいだ。


「旗を振って引き上げの合図をさせてくれないかな?」

 ひょっとすると、この先に進ませたくないだけなのかも・・・と、根拠は無いけど考えたからだ。


「おう、危険だしな」

 ボンデの指図で、舳先で大旗が横に何度も振られる。


 突出していた3艘の漁船が、鉄砲魚に構わず、櫂を漕いで引き返し始めた。


「攻撃が止まったぜ」

 カイエンが驚きの声をあげた。

「まじか・・・魔物のくせに知恵があるみたいだな」


「カーミラ、なにか感じるか?」

 カーミラは『結界察知』ってスキルを持ってる。


「うーん・・・あるよ!結界、ちょっと遠いけど、あっちの方」

 ビンゴだ。


 俺は無生物の仕掛けとかを見つける「発見」スキルを意識して使う。

 カーミラが見つけてくれた方を注視すると、たしかに1kmは離れてないあたりになにか壁状の存在があるらしい・・・


 だけど、これ以上は危険だ。


 他の漁船が引き返したことで、幸丸が一艘だけ魔物の中に取り残された状態だ。


 見たところ海坊主が3匹、鉄砲魚は水面に口先を出してるのだけで何十匹もいる。

海坊主は今のところ攻撃する気配はないけど、目蓋の無い表情のわからない目をじっと俺たちの方に向けている。


 敵意はないのなら、討伐するのが正しいかどうかわからないし、そもそもこれだけの数と戦って勝てる保証もないし・・・

「ボンデさん、これで引き上げるってことでいいかい?」

 

「むー、本当は安心して漁が出来るように駆除してもらいたいところだが・・・」

「大将、こっちがこの先に行かなければ攻撃してこないんなら、それでいいんじゃねえか?戦いになったら、他の小さな船が危ないだろ?」

「なら、この船だけ、海域の調査を継続しよう。せっかく護衛を雇ったんだ、出来るときにやっといた方がいいだろう」


 ボンデとカイエンの話し合いの結果、一番大きくて船足も速い幸丸だけでもう少し、調査を続け、他の船は港に戻すことになった。


 いったん他の船と合流してその方針を伝え、幸丸の船倉の魚を他の船に移せるだけ積み替えていた。

鮮度がいいうちに市場に出せるだけ出したい、ってことと、少しでも船を軽くしておきたいってことらしい。



 こうして他の11艘の漁船と別れ、俺たちは第二ラウンドに挑むことになった。


 あくまで「調査」だ、魔物の退治のつもりはない。


 けど・・・そんな人間たちの思惑は、海坊主たちにはどうやら通じなかったようだ。


 カーミラの結界察知と俺の地図スキルを使って、結界が張られている海域を絞り込もうと帆走を始めた俺たちを、どうやら奴らは、懲りない不法侵入者と認定してしまったらしい・・・


 これまでになく濃くなった霧の中で、どんどん波が高くなってきた。もう嵐と言っていい。

 見ると、三匹の海坊主が波間の一カ所に集まって、こっちをにらみつけている。

 いや、攻撃するつもりなんてないから、やめてくれよ。


 幸丸の漁船としては大きな船体が、木の葉のように揺さぶられる。


 その上、役に立たなくなった帆を畳もうとする漁師たちを、鉄砲魚が集中射撃で攻撃する。

 帆柱がギシギシ音を立て、今にも折れそうだ。


 業を煮やしたボンデが叫ぶ。

「あいつらをやっつけろ、でないと生きて帰れないぞっ」


 俺たちがためらっているうちに、漁師たちが手に手に銛を持って、海坊主を狙い始めた。

「まずいだろ、これ以上刺激しない方が・・・」

 止めようとしたが遅かった。


 何本かの銛が海坊主の近くの海面に落ちた途端、海坊主が、水魔法を唱えたらしい。


 ひときわ大きな波が、飛びかかる猛獣のように幸丸の甲板を襲い、俺たちは海に投げ出された。

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