第170話 アルゴル王国
西の大国、アルゴルに到着した俺たちは、パルテアのベハナーム教授と超長距離の遠話を交わし、戦争に関しては当面気にせず調査を続けるようにと言われた。
「アルゴル王国では、現在の王都のカスティリアより、このジベリアスの方が歴史のある街だから、ここで何日か文献調査をしたいかな・・・」
ベハナーム教授との超遠話の後、俺たちは当面の方針を話し合った。
マギーとブッチは、元々アルゴルの古都でもあったこのジベリアスで、アカデミアの史料を調べたり専門家を訪ねたり、いくつもある神殿で保存されているであろう古文書を調べることに何日かかけたい、という考えだった。
アカデミアや市内ならそう危険はないから、俺たち護衛組は二手に分かれて、一方は冒険者ギルドに向かうことにした。
高級宿らしくおしゃれなカフェで豪華な朝食を取った後、きょうはノルテにリナと一緒にマグ&ブチの護衛についてもらうことになった。
ルシエン、カーミラと俺は、昨日はちょっとのぞいただけだった冒険者ギルドに、詳しい情報収集に行く。
ギルドは丘を下って市場とか工房街に近い通りの奥、煉瓦造りの大きな三階建ての本棟と、高くそびえる塔からなっている。
中に入ると、夜明けの受注タイムは少し過ぎた時間帯だったが、それでも数十人の冒険者がいた。
ざっと見たところ平均レベルが10ぐらいで、上級職もちらほらいる。さすがに大都市だ。デーバとかパルテポリスに近い水準だ。
クエスト掲示板に載っている魔物の討伐依頼には特に目を引くものはない。
迷宮もいくつかあるようだが、それも妙なものは感じない。
護衛依頼を見ると、さすが港町というべきか、陸路の商隊の護衛とかだけでなく、船の護衛、漁民の護衛の募集ってのもあるな。
「しかし、普通の漁師さんとかがわざわざ護衛を雇って船に乗せるなんて、漁が出来ても、もとが取れるのものなのかな・・・」
何気なく口にした俺の言葉に、ルシエンが反応した。
「そうね、普通の漁船が護衛を雇うなんてあまり聞かないけど・・・ああ、このあたりね、ふーん・・・」
壁に貼られた地図と見比べながら、なにか考え込んでる。
「かなり遠洋に出る大きめの漁船団、それも決まった方角に出る船が護衛を必要としている、のかしら・・・気のせいかもしれないけど」
しかも護衛クエストにしては、必要レベルが全員LV10以上、パーティーでLV40以上という、かなり難易度の高い指定になってる。
その割に報酬は安いから依頼が残っているんだろう。漁民がそうそう高額な報酬を出せるとも思えないしな。
気になったので、クエスト受付の窓口で聞いてみると、どうもわけありだった。最近、そっちの海域で4艘の漁船が相次いで行方不明になってるらしい。
そして一度、魔法使いのいるパーティーが護衛で乗り込んだところ、何か海上に結界のようなものがあると察知したということだ。
「もっとも、そいつらは特に魔物とか危険な目には遭わずに戻ってきたから、本当の所はわからんがね」
窓口のおっさんは半信半疑という感じで、何か大きなサメとか魔物に襲われてる可能性の方が高いと思ってるようだった。
「どうしてそんな危険な漁場に、護衛を雇ってまで行きたいのかな?」
あまり割のいい漁ではなさそうなのに。
「それがなぁ、最近潮の流れが変わって、そっちの方が魚群が多くなってるらしい。それで護衛依頼を出してるのは、それぞれの漁業組合の代表とかで、護衛が乗った船の他にもたくさんの船がまとまって漁に出るみたいだな」
そういうことか。漁民一人ではとてももとがとれないけど、漁協とかのグループで雇ってる形なんだな。
よく聞くと、今回も依頼を出している船主の中に、その魔法使いパーティーを乗せて行った船があるということだったので、その船からの護衛依頼を受けることにした。
「お前さんたち、よその国から来たんだろうに物好きだな。まあ、こっちは助かるが・・・」
今夜、真夜中の鐘の一刻後に、漁港で「幸丸」という漁船のボンデというベテラン漁師を訪ねるように、と言われた。
彼らは護衛が見つからないなら見つからないで、組合の船を連ねて漁に出るつもりらしかった。
俺たちは漁船に乗ったり水上戦をする時に役立ちそうな装備を買い出しに行き、アイテムボックスに収納する。
それから、まだ宿に戻るには時間もあったので、漁港の場所を確認しておこうと思い立った。
なにしろここの港は広大だ。暗くなる前にあたりだけでもつけておきたい。
漁港は俺たちが船を下りた商港からは、2kmぐらい離れた所にあった。
そして、大は千石船並み、小は公園の池の手こぎボートに毛が生えた程度の大小数え切れないぐらいの漁船が並んでいた。
一度来ておいてよかった。
夜中にいきなりこの中から一隻の漁船を見つけるとか、無理ゲーだから。
網を直していた漁師らしいおっさんに尋ねると、幸丸の名前は知らなかったものの、船主の所属する組合の名前は知っていて、漁船の係留場所は組合ごとに決まっていると教えてくれた。
それを頼りにしばらく探し歩くと、かなり大きめの漁船が並んでいる場所に出た。
なるほど、遠方に行く漁船はやっぱり大きいのか。
なんて言うか、カツオの一本釣り漁とかのニュースで見たような、かなり大勢乗れるサイズの漁船だな。
たぶん少しでも船が大きい方が揺れ方は少ないだろうから、その点でも助かる。
きょうはもう、漁民の多くは漁を終えて引き上げた後なんだろう。
無人の係留地を歩くと、オンボロだが他よりさらに一回り大きい、「幸丸」と書かれた船を見つけることができた。
リナを連れて来てたら、ここで転移用の登録をさせられたのにな、とちょっとだけ残念に思った。
***********************
夕方、リナと遠話をつないでノルテやマギーたちと合流し、街中で夕食を取ってから宿に戻った。
「望郷の館」は高級宿なので食事も素晴らしいんだけど、まわりの客層が貴族とか成金っぽい連中が多く、みんなでわいわい喋りながら食べる、ってのにはなじまない。
せっかく初めて訪れた街の雰囲気も楽しみたいし、時々は外で食べようってことになったんだ。
マギーたちは、アカデミアの書庫だけでなく、市内の3つの神殿を訪ねて古い書物とか伝承とかを調べてきたけれど、残念ながら魔族に関わりがありそうな史料とかは見つからなかったようだ。
ただ、百数十年前にこの港から出た豪華客船が海賊に襲われて幽霊船になったっていう伝承は、かなり有名な話として伝わってるらしい。
それって、マーレッタさんの話だよな?
彼女はこの地がアルゴルの都だった時代の貴族で、今はその一族の館は無くなってるけど、館の跡ってのは一応どこだかわかってるらしい。
そのうち、お参りに行ってみようかな。
俺たちが、ギルドで受けてきた海の失踪事件と結界の話をすると、反応がわかれた。
ブッチはあまり関心が無さそうで、明日も市内で調査を続けようかな的な感じだ。
たしかに魔族と関連がありそう、とまでは言えない感じだし、海のものとも山のものとも言いがたいが・・・いや、海のものなのは確かだけどさ。
一方マギーはなにかひっかかったようだ。
「正直、漁船の遭難は可哀想だけど事故なんじゃ無いかなぁって思うんだけど、結界?ってのはひっかかるわ」
そう言われると、マギーは妙に勘がいいところがあるし、調べてみようかって雰囲気になった。
結局、明日は、って言うかもう今夜からだけど、全員で漁船団の護衛に参加しようってことになった。
トーナという魚の漁は魚群の見つかり方によっては2,3日かかけて追いかけることもあるらしいので、宿のフロント的な仕事をしている品のいい老人の所に伝えに行く。
いったん明日でチェックアウトにして、クエストに必要なさそうな荷物は背嚢につめ、宿で預かってもらえることになった。
その荷物の仕分けをして、それぞれ湯で体を拭くと、もうかなり遅い時間になっていた。
「夜中に出発だから、早く寝ないとね」
マギーが言うとおりだ。たぶんもう、3,4時間しか寝られない。
それでも高級ホテルのふかふかのベッドで、みんなすぐ眠りについた。




