第18話 領兵と奴隷
領内討伐の一日目、長い戦いがようやく終わった。領兵たちとも少しずつ知り合い、帰路につく。
俺はまだ痛む頭と、これもMP枯渇の副作用なのかすごく意識が沈んだウツ状態のまま、地べたに座り込んでいた。
スカウトが残敵がいないか周辺を調べるとともに、5、6名の元気な者が選抜され、洞窟の中にも足を踏み入れて調べているらしい。
その間に、カレーナともう一人の僧侶が、負傷者の治療にあたっているが、どうやら既にこときれている者もいたようだ。
僧侶の呪文では、かなりのケガまで治せるようだが、手足を失ったものを再生させることまでは出来ないみたいだ。ましてや死者を生き返らせる呪文なんて、レベル一桁の僧侶が持っているわけもないか。
そもそも、神様は<死んだらやり直しなし>とか言ってた気がする。RPGみたいな世界とは言え、やはり命は安くない、ゲームとは違うんだな。
魔法使いの女の子が、俺の様子を見に来てくれた。
「大丈夫ですか、どこかケガを?」
「いや・・・MPを使い切ったみたいでフラフラするだけだから・・・」
「あー、じゃあやっぱりあの、突然出現した壁って、あなたの魔法なんですね!」
察してたんだ、さすが魔法使い。多分他の連中は、唯一の魔法使いである彼女がやったと思ってくれてるだろう。
「んー、魔法とはちょっと違うんだけど。特殊なスキルで、ただMPを大量消費するからキツい」
「でもすごいです。動きを止めてくれたおかげで私の火球があてられました。これまで実戦で全然あてられなくて、みんなのお荷物になってたから・・・ありがとう」
お礼を言われてしまった。
俺は足止めだけで、仕留めたのはこの子の実力なのに。
「私も魔法を使いすぎると、頭痛とか吐き気がすることもあるんです。魔法を使わない人は、わかってくれないんですよね」
そう言えば、戦う前のキョドった感じがなくなってるな。この方がいい。
名前はベスと言うらしい。
LV8の奴隷戦士も声をかけてきた。
「あれはベスの魔法じゃなかったのか?」
「私じゃありませんよ。私だってびっくりしました」
と、やりとりしている。領兵同士、当然知り合いなんだろう。俺だけが新参者だ。
奴隷戦士はグレオンと名乗った。
「助かったぜ、まずい状況だったからな。剣の腕は頼りねえなと思ったが、そういうのが得意なんだな。セシリー様が目をかけてるわけがわかった」
「剣のことを言われるとつらい・・・あんたは強かったな」
実際こいつの戦い方は、隣にいて頼もしかった。2、3匹は倒したはずだ。
俺が対面のLV4オークに押されっぱなしでもなんとかしのげたのは、側面が安全だったからだ、と思う。
身長は俺より頭ひとつ高いし、体重は5割増しはあるだろう。いかにもツワモノだ。RPGなら安定の前衛です。
やがて、洞窟に入っていた者たちが出てきた。オークたちの巣になっていた場所を見つけたもののすぐに行き止まりで、もうオークも、捕らわれているような女もいなかった、とカレーナたちに報告している。
聞き耳を立てていた俺が、よくわかっていない顔をしているのを見て、ベスが言いにくそうに教えてくれた。
「オークは人間の女の人をさらって・・・子どもを産ませるそうです」
なんてこった。魔物の繁殖ってナゾだったが、そういうことがあるのか。
とりあえず犠牲になっていた女はいない、というなら、悪い話ではないが、だから討伐を急ぐ必要もあるんだな。
もう一人の僧侶が、オークの死骸を浄化して魔石に変えている。
「おーい、手の空いている者はこっちに来てくれ!」
周辺を調べていたスカウトが呼びかけている。
なんでも、もう一つ小さな洞穴らしいものが見つかったらしい。ただ、急傾斜なのと穴が深くて調べるのが難しいということで、土砂で埋めて塞いでしまおうという話になったそうだ。
もし、背後を突いてきたオークがここから出てきたのだとすると、迷宮とどこかでつながっている抜け穴の可能性がある。
今後の治安を考えると塞いでしまうのが上策だ。
グレオンら、体格のいい戦士たちが洞穴の上の土砂や岩を崩そうとしている。
俺は粘土を大量に出したら塞げないかと思ってこっそり試してみたが、さすがにもうMP切れがひどくて、サッカーボール大ぐらいの粘土を出したところで限界だった。
それを穴に投げ込むと、他の男たちと肉体労働の方で貢献することにした。
日頃の運動不足のせいで、きっと明日は筋肉痛だな。
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そろそろ日が傾く時間だったのと、犠牲者も出て戦力ダウンも著しかったことから、その日は引き上げの指示が出た。あと領内に残っているのは、コボルドや魔猪といった低レベルな魔物だけなので、それは明日未明から駆除するのだと言う。
俺たちが連れて行かれたのは、兵舎の隣にある、一段とみすぼらしい、外観は平屋の石造りの建物だった。ほとんど窓がない。
「奴隷棟」と呼ばれているようで、グレオンとスピノというLV2の奴隷戦士も一緒に連れられてきた。
守衛のいる入口を入るとすぐ地下への階段を降り、ひとりずつ鉄格子のはまった独房みたいな空間に入れられた。俺は新参者だからか、階段に一番近い端だ。
部屋と呼ぶには狭すぎる。幅1メートル×奥行き2~3メートルか?まさに寝るだけの空間だ。天井が低かったらカプセルホテルぐらいのスペースだな。
だが、ホテルとは違い、布団さえない。石の床の上に藁が積まれているが、これで寝ろってことかよ。馬小屋状態だ。
おまけに、奥の方に木蓋のついた大きめの陶製の瓶が置かれている。まさかと思うが・・・あれがトイレか。もちろん、紙もないな。ひょっとして、藁? 痔のやつとかどうすんだよ。
つくづく、奴隷にされたことを実感するな。
しばらく藁の山に座り込んで、うつになっていると、小さな手桶に入った水とボロ布、そして飯が運ばれてきた。
水は手洗いと、体を拭えってことか。返り血を浴びたり汚れてる奴も多いしな。感染症予防とかって概念があるのかはわからないが。もちろん、宿のようにお湯なんて期待してないけどさ。
飯は、まあ食事と言うよりメシと言う言葉が似合う。やたら大きな深皿、日本風に言うならどんぶり一つに木のスプーンだけだ。中には粥がたっぷりと、野菜やキノコ、肉団子的なものが入ったごった煮になってる。
量は多いが、味はバンの宿が高級レストランに思えたほど、残念な代物だった。肉団子は何の肉なんだか臭みがやたら強いし、味付けはただしょっぱかった。せっかくキノコや野菜が入ってるのにな。
日本人としては、だしの味ってもんを教えてやりたいね。
隣りの独房から、きょう同じ班で戦ったLV2の戦士が壁越しに声をかけてきた。スピノというこの男は、聞くと俺より年下らしいが、戦闘奴隷になって2年になるそうだ。
きょうも手柄をあげてはいなかったようだが、レベルは低いのに無難に持ち場を守っていた。
この地下には男の奴隷用の独房が並んでいて、俺たち以外にも、館の力仕事や庭仕事をする下男的な者たちもいるらしい。
1階には守衛の部屋と、女奴隷の部屋があるそうだ。女奴隷は館の下働きに使われているそうだ。基本的にメイドなど客の目に触れるところで働いているのは、奴隷ではなく自由民の使用人らしい。
やっぱりこの世界は、奴隷制度が普通にあるんだな。
スピノは元々農家のせがれで、一家は街壁の外で畑を耕していたが、魔物が増えて働き手だった父親が命を落としたらしい。作物も荒らされるなどして、2年前に家族の税が払えなくなり、成人前だったスピノが売られたと言う。
物納ならぬ人納のような形で領主の館に使われるようになり、自ら志願して戦闘奴隷になったと言う。
「兵になった方が、返済が早いからな」
奴隷にはもちろん給料など無いが、経済奴隷の場合、働きに応じて金銭換算され、元が取れたと見なされた段階で自由民に戻れるそうだ。
命の危険がある戦闘奴隷は、その働きが高く計算されるので、早く自由になりたい者は希望することも多いと言う。
また、体力や体調は戦闘力に直結するので、待遇も奴隷としては比較的いい、飯の量も多いしな、と。
もうひとり一緒に戦ったグレオンは、ドウラスの鍛冶屋の息子だったらしい。スピノによると、ここの戦闘奴隷では一番古株で、先代の伯爵が迷宮討伐のために奴隷商人から買い取り、他の迷宮でも戦闘経験があると言う。
俺も自分が奴隷になったいきさつを、少しだけでも話そうかと思ったのだが、口を開こうとした途端、激しく首がしまり、いや、しまった気がしただけなのかもしれないが、なにも言葉が出なくなってしまった。
これが呪文で契約をさせられた効果なのか。
どういうことまで話せるのか、色々試してみたのだが、出来たのは、
“魔法によって奴隷契約を結ばされた、内容は口外できない呪文がかかっている”
ということを、婉曲的に知らせることまでだった。
だが、スピノはそれで察して、さして気にしていないようだ。
そういうケースもあるって聞いたことがあるな、と。正直、人の話を聞くより、自分が話す方が好きなタイプのようだ。俺とは真逆だ。
飯を食い終わるとすぐに、奴隷房の通路にともされていた、わずかな灯りも消されてしまい、寝るしかなくなった。
見回りの兵がご丁寧に就寝の点呼をする。
明日は未明に出動だ、と言われているし、そうでなくても二日酔い?明けに一日戦闘と山歩きで、とことん疲れた。ひ弱な現代人で浪人の俺は、もう疲労困憊と言っていい。
だから、寝る。藁の山をならして敷いてごろ寝する。
だが、実はまだ眠るわけにはいかないんだ。意識が途切れそうになったころ、ようやく帰ってきた。リナが。
鉄格子も余裕ですり抜けられる動く人形に、とりあえず周辺の情報収集を頼んだのだ。たまたま、階段に一番近い独房で、他の連中の前を横切らなくていい位置だったから出来た、とも言えるが。
濃紺のジャージ姿は俺の中学の体育の格好だ。その下にはもちろん、体操着とブルマーだ、これははずせない。でも、わざわざ濃い色のジャージを着せたのは、少しでも目立たないようにさせるためだ。
足音を忍ばせて戻ってきたリナは、藁の中に潜ってきた。
「寝ないでよ、こっちはネズミに襲われかけて必死だったんだから」
耳元でひそひそささやく。
「悪い悪い、さらわれたら大変だったな。てゆーか、お前ケガとかするの?」
「知らない、試そうとかしないでよ。死んだら多分、ゲームオーバーだから」
さらっと物騒なことを言う。ま、確かに神様からのボーナスだからな、大事にしろってことか。
階段を上るのもリナのサイズでは大仕事なので、行って来られたのはこの奴隷舎と、隣の兵舎の入口ぐらいまでだったようだ。
だから、得られた情報なんて、夜明けの半刻前に起こされそうだ、とか、朝の配給は黒パンらしいとか、そんなどうでもいい話だ。
「女の兵士は領主の館に部屋があるらしいよ、残念だった?」
関係ない。断じて、そういう偵察ではない。
いやマジな話ね、リナを偵察に行かせたのは、今後こういう使い方が必要になったら出来るのかを試す、というのが目的だから、大した情報が得られなくてもガッカリなんてしてないよ。ほんとだよ。
それともう一つ、きょうの戦いでは「粘土遊び」は目一杯使ったが、リナをあまり使ってないので、スキルレベルを上げるのに寝る前に使っておこう、って狙いもあった。だから内容はなんだってよかった、なんて、もちろんリナには言わない。
そして、眠りに落ちた俺は、またあのレベルアップの空間を夢に見た。
カチカチと音を刻み、俺の冒険者レベルは7まで上がっていった。




