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第167話 助太刀

遠い昔、海賊に襲われ非業の死を遂げた高貴な女性の呪いから生まれた幽霊船は、その呪縛を解かれ、何処かに消え去って行った。

 真っ暗な海に青白く光り浮かんでいた巨大な幽霊船は、海から湧き上がる泡に包まれるように見えた。


 それからゆっくりと蒸発するかのように形が崩れ、夜空へ舞い上がっていく。

 光の霧になって、風に導かれ何処かへ、高く遠く彼方へ。


 俺たちが見守る中で、それはやがて、西の空高く燐光を撒きながら消えていった。


「な、なんだったんだ、あれは・・・」

 ゾンダル船長が、絞り出すような声をもらした。


「幽霊と化していた女性の魂が浄化され、天に召されたのだな・・・」

 僧侶のラファをはじめ、甲板の隅で俺とマーレッタのやりとりを見つめていた巡礼の男女が、膝をついて聖句を唱えはじめた。


 マーレッタだけでなく、アンデッドになった多くの人たちの魂のために、祈ってくれてるんだろう。

 俺たちも、しばらくの間黙祷する。


 天国ってのがあるとしたら、お腹の中の子どもとマーレッタは出会えただろうか?


 ムニカの伯爵のこともあったし、今回のことも・・・生きてるって、どういうことなんだろう。この世界では、魂とか心ってのは、元の世界のありようとは違うんだろうか?それとも、あっちの世界だって俺が気づいてなかっただけなんだろうか?


「あっちはどうなったのかしら」

 そんなことを考えてた俺は、ルシエンの言葉に現実に引き戻された。


 地図スキルには・・・まだ、向こうで赤と白の点が入り乱れているのが映っていた。

「魔の気配はさっきまでよりずっと弱い・・・けど、まだいるわね」


 船首楼から出てきた水夫たちが、船縁に立って目をこらしてる。


 真っ暗闇だが、機動船の煙突?から漏れる赤い炎らしきもののおかげで、船影が見えないと言うことはない。


「船長、海の掟じゃ、可能なら助けに行ってやるべきだが・・・」

 水夫長の言葉には、ちょっとネガティブな空気があった。


「ああ、アンデッド相手じゃ俺たちはろくに戦力にならん・・・・」

 こっちを見る。

「乗客であるあんたらには、われわれ船乗りと違い他の船を助ける義務は無いが・・・」

 言いにくそうだな。


(有視界だから飛べなくはないけど、一回飛んだら、そこでMPが切れそうだよ)

 リナが先回りして答えてくれた。


 たしかに、援軍に行くなら帆船を接近させる時間は惜しい。


「マギーとブッチは残ってくれ、護衛組だけで応援に行こうと思う」

「シローどの、わたしとミナも連れて行ってもらえまいか?アンデッドの浄化は神に仕える者の務めゆえ」

 僧侶のラファだ。ミナというのは、このLV4の巫女だな。

 ちょっとレベルが低いが、こっちも浄化の使い手ではある。

「わかった、相手はレベルが高いのもいるかもしれない、気をつけて」


 そしてリナに声をかける。

「すまないけど頼む。飛んだ後は休んでくれ」

 ノルテがマギーからスリングと聖素の弾丸を、俺はブッチから銀の短剣を受け取って、リナ、ルシエン、カーミラ、ノルテ、ラファ、ミナと臨時のパーティーを編成する。


(じゃ、飛ぶよ、目標ナゾの船っ、転移!)


 いつもより時空が歪む感覚に時間がかかった気がしたのは、リナの疲れ具合かもしれない。これが終わったら、ちょっといたわってやろう・・・



 暗い甲板の上に再出現すると、あたりは死臭と腐臭に満ちていた。

 カーミラが不快げに鼻を鳴らす。


人形化したリナを腰の革袋の中で僧侶モードにして瞑想に入らせると共に、ラファとミナを囲むように、パーティーの四人で背中合わせに身構えた。


 戦いはまだ続いていた。


 幸い俺たちが転移した広い甲板の中央部は今は無人だが、甲板の両端にはアンデッドを必死に防いでいる兵士らがいるようだ。


 そして、足の下の船内にはもっと多くの魔物の気配がある。


「まず、甲板上の奴らを掃討しよう。後ろの方が多そうだから、そっちにカーミラとラファとミナ、一緒に来てくれるかな?ルシエンとノルテは前方を。3匹いるはずだからそっちを片付けてきてくれ」

「わかったわ」

 地図スキルに映った光点の数を見て、ノルテのハンマーにあらためて聖素をまとわせると、二手に分かれた。


 後甲板にいるのは7,8匹か。それが10人ほどの兵士と戦っているようだ。

 これだけ長引いてるってことは、対アンデッド武装とか浄化持ちがいなくて、防御に徹してるって可能性もある。


 カーミラを先頭に、俺と巡礼組が続いて走る。


 甲板上に見える灯りは、兵が松明に火をつけて振り回してるようだ。

 見たことがないデザインの鎧だ。樽を並べたバリケードみたいなのを作って、そこにこもり、乗り越えようとするゴーストを松明を振り回して防ごうとしてる。


 やはり、銀の武器とかは持ってないようだな。松明は、火で少しでも追い払えないかってことか。火魔法が効くんだから、普通の火でもアンデッドはいやがるものなのか。


「おーい、助太刀するっ」

 万一にも誤射されないように駆け寄りながら叫んだ。


 兵たちは覚えの無い援軍に驚いたようだ。

 そして、ゴーストにも聴覚ってあるのか?何匹かがこっちを振り向く。


 レベルは3~5ぐらい、海賊みたいな姿の奴がほとんどだ。

 こっちを襲ったのは海賊団の亡霊か。


 ゾンビやスケルトンと違って非実体系のアンデッドは、魔法の方がいいだろう。

 俺はまた、聖素をまわりの空間からかき集めるイメージをして、霧状に押し流した。


 それまで透き通ってたゴーストたちが、うめきながら不透明化する。

 カーミラが飛びかかって、銀の短剣で蒸発させていく。やっぱり一度あぶり出した方が、銀の刃も効きやすそうだ。


 ラファとミナも、俺たちにほとんど遅れずついてきて、浄化の呪文を放つ。腕はたしかなようで、次々にゴーストが消えていく。

 兵たちが唖然としている間に、最後の一匹は俺が銀の短剣で消滅させた。

 ゾンビほどは臭くないのが救いだ。


「あ、あんたたちは?」

「あの船に乗り合わせていた護衛の者だ。あっちは片付いたんで魔法で転移して応援に来た。状況を教えてくれ」

 かすかに甲板上の灯りが見える灘潮丸を指さして、尋ねてきた兵に逆に聞いた。


<ボリス 人間 男 27歳 戦士 LV8>

 船乗りじゃなく普通に戦士ジョブだ。


「そ、そうか、感謝する。俺はテビニサ海軍のボリス、すまんが前甲板の方にも取り残された仲間がいるはずなんだが・・・」

「あっちも仲間が応援に行ってる・・・、ちょうど片付いたみたいだ」

 俺は地図スキルで、甲板前方の赤い点が消えて白い点の数は変わってないのを確かめ安心した。


「そうなのかっ、ありがたい。・・・あとは船内に侵入した奴らだな」

「やっぱり船内にも?」

「ああ、こっちはゾンビとゴーストぐらいで、ゾンビはなんとか火でやっつけたんだが、もっとヤバそうなのがぞろぞろ中に入ってったんだ」

 やっぱりそうか。アンデッド・ロードとかレイスとかもいるようだったからな。


「下に降りる階段は?」

「案内する、だが、ゴーストにやられて気絶してる奴らが・・・」

「エナジードレインだな、ラファ、ミナ、治療を頼んでいいかな?」

「うむ、傷ついた者を癒やすも聖職者の務めだからな、承知した」


 エナジードレインで昏倒している者が2人、亡くなった者も2人いるようだ。そこにラファたちを残し、ボリスら3人の兵が俺たちを案内して船首楼の方へ向かった。


 そこにルシエンとノルテも合流してきた。

「ルシエン、兵の被害はどうだった?」

「1人死亡者がいる、1人は衰弱状態ね。健在なのが3人、衰弱した兵の手当をしてる」

「バリド、様子を見に行け、俺たち二人は下に行くと伝えろ」

「了解ですっ、隊長」

 ボリスの命令で若い兵が甲板を駆けていった。


 俺はその間にルシエンにこっそり、

「こいつらテビニサ?の海軍だって言うんだけど、テビニサってどこの国だっけ?」

と尋ねた。

「都市国家のひとつ、かなり有力な新興国よ。ただ、こんな船を作る技術があるなんて予想外だったけど・・・」

 なるほど。これってどう見ても中世風世界にはなじまないもんな、元の世界で言えば産業革命レベルまでは行ってるから数百年はズレてる。


 船首楼の横に、幅の広い、数人並んで降りられる程の階段があった。


 途中で何度か折り返しになってる階段をボリスらについて二階層駆け下りると、途端に魔物の、アンデッドの濃厚な気配だ。


「あるじ、アンデッド・ロードがあっちに!他に二十匹か三十匹、人間と戦ってる」

 ここまで来ると、兵の案内よりカーミラの嗅覚の方が詳しい。


 地図スキルに赤と白の点が入り交じって映り出す。

「いくぞっ」


 幅の広い通路を駆けていくと、死臭が俺にもはっきりわかり、アンデッドの群れの後ろ姿と、その向こうにバリケードが見える。赤い火球と青白い浄化の光が見えた。


 応戦できる魔法職がいるんだ。少しほっとすると同時に、後ろから聖素の霧を送り込んだ。


 青白い光がいくつも上がり、見えてなかったアンデッドもあぶり出されて姿を現した。

 レイスだ。


<レイスLV8><ゴーストLV5><ゴーストLV3><グールLV6>・・・

 色々混じってる。


 巡礼組にも来てもらった方がよかっただろうか?

 一瞬後悔したけど、ここまで来たらもうスピード勝負だ。


 ノルテが走りながら器用にスリングを振り抜いた。


 大きめの聖素の弾丸が、アンデッドの群れの真ん中に飛び込んではじけた。

 ぱっと青白い光が広がって、何匹かがジュワジュワッと蒸発していく。

 

 アンデッドたちはこっちをより大きな脅威と認識したみたいだ。


 俺たちは足を止めて射撃戦に持ち込む。肩の高さの粘土壁を出して相手の接近を足止めしつつ、越えようとする奴を浄化と聖素で消していく。


 バリケードにこもっていた兵らも、勢いづいて反撃に出たらしく、挟み撃ちの形になった。


 だが、その時だった。

「うわーっ」

 バリケードの奥から悲鳴があがった。地図スキルに、かなり大きな赤い点が二つ増えてる。


「なんだっ!?」

 ボリスが声をあげた。

「わからんけど、レベルの高い奴が2匹、あっちに急に現れたみたいだ」

「たぶん、結界を張って入り込んだんだと思う」

「うん、結界が揺れる感じした」

 俺の疑問にルシエンとカーミラがそれぞれ答えた。


「ともかく、目の前の奴らを片づけようっ」

 こっちに残ってるのはもう、そんなに多くない。


 壁を乗り越えようとするグールを、ボリスが剣でたたき落とし、ルシエンが浄化した。

 最後の一匹は、ノルテが聖素をまとったハンマーで粉砕した。


「あっちは艦長たちの本陣のはずだ、行ってみようっ」

 ボリスに続いて俺たちも、バリケードに向けて走って行く。まだ戦闘は続いてるようで、浄化の光が見えた。


 だが、地図スキルでまた一つ白い光が減った・・・いや、まずい、赤い点が増えた。

「誰かアンデッドに噛みつかれて魔物化しちまったらしいぞ!」

「なんだってっ!?なんてことを!」


 バリケードの低くなってるところを乗り越え、奥へ駆ける。

 見えた!


<リッチLV13><アンデッド・ロードLV10><ゾンビLV5>

 ゾンビは、水夫の格好をしてる・・・やられちまった奴か。


 その姿にひるんだボリスを追い越して、俺は火素を飛ばした。

 これは見せ球だ。


 リッチが振り向いてこっちに強烈な吹雪の魔法を放った。

 ルシエンが風魔法でそれを押し戻し、相殺する。


 魔法の打ち合いで挟み撃ちされるのはまずい、と思ったんだろう。

 それまで、一番奥から飛んでくる火球と魔法合戦をしていたアンデッド・ロードが思った通りの呪文を唱える。


「静謐だわ」

 ルシエンがハッとする。

「後は武器で」

 ボリスの剣にも聖素をかける。

「これで効くから」

「そ、そうなのか」


 弓を取り出したリッチに、一瞬早く、ルシエンが放った銀の鏃が突き刺さる。


 アンデッド・ロードはカーミラの刃に受け太刀一方だ。そこに俺が聖素を放つ。(なぜ魔法が使える?)と奴が思ったかどうかはわからない、錬金術師のスキルを知っていたかもしれない。

 いずれにしても、青白い光に包まれた古びた鎧姿はシュワシュワと蒸発し、リッチの後を追った。


 ボリスは、ゾンビの前で剣を振るえずにいた。

「マーテンっ、お前なのか!?」

 親しい同僚だったのだろう。


 ゾンビが無表情に接近してくる。


 いよいよつかみかかられそうになり、ボリスが目をつぶって剣を振ろうとした時、浄化呪文がゾンビの背後から放たれた。

 アンデッド・ロードの消滅で静謐が解けたんだ。

 生き残りの兵の中にいた僧侶が、青ざめた顔で立ち尽くしていた。

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