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第166話 言葉

俺たちを襲った幽霊の群れをなんとか退けることができた。だが、それを乗せていた船そのものが巨大な幽霊だと気がついた。

 俺が幽霊船の“正体”を判別したことは、パーティー編成してる仲間たちにもリナを通じて伝わったようだ。


 みんなも驚いてるのがわかる。


 船自体が幽霊、つまりアンデッドだから、物理的に砲撃されても効いてないんだ。そしておそらく、いくら亡霊たちを倒しても、あの船が本体みたいなものなんだろう。


(じゃあ、あの船の化け物を浄化すればいいってことかな?)

 リナの言うとおりだと思う。けど・・・


「あんなのを浄化できるかしら?魔物と術者のレベル差もあるし、まずすぐ近くに行かないと浄化できないわよね」

 ルシエンの言うとおりだ。浄化は相手のレベルが高いほど難易度が上がるし、なにせあの大物だ・・・


 俺たちパーティー内のやりとりについて来られてない船長が、いぶかしげな目を向けてるのに気付いた。

 これは説明した方がいいな。


 エナジードレインの被害に遭った者たちを治療していた、巡礼組のリーダーにも声をかけた。

 ラファというLV7の僧侶で、年は四十近いが、引き締まった体で若々しく見える。


「なんだって?あの船自体が巨大な幽霊なんだと・・・」

 まわりに集まってきた水夫たち、商人たちが絶句してる。

「どうすりゃいいんだ?浄化なんてできるのか?」


 ラファが少し考えてから口を開いた。

「力尽くでは難しいでしょうが・・・もしも、怨念とか恨みとかで亡霊化した者なら、呪いを解いてやれば自ら消えてくれるかもしれません」

 ラファが言うのは、成仏するとかって感じのことかな?


「幽霊船の呪いを解くって、どうするんだ?」

 船長が尋ねると、自信なさげに答えた。


「・・・わかりませんが、なんらかの方法で話を聞いてやることができれば、あるいは」

 具体策は持ってないようだ。


 レムリア語?で大声で呼びかけたら船が返事してくれるとも思えないけど、そうか、遠話とか念話だったらどうだろう?


「リナ、遠話で呼びかけることって出来るかな?」

「・・・試してみるしかないね。でも説得はあたしじゃなく、シローが話してよ、つないでみるから」

 肉声でリナが答えた。まわりの人たちに聞こえるように、か。


「わかった、頼む」

 船首楼の上の操舵席の所に上がり、リナと手をつないで精神をリンクする。みんなの注目を集めてる中で気恥ずかしいけど、そんなことも言ってられない。


(えー、はろはろ、チェック・ワンツー、そこのお船さんお船さん)

 ずっこけそうになった。


(うるさいわね、じゃーなんて言うのよ? あ、今のなしね・・・CQCQ、こちらリナちゃん、そこの幽霊船さん?えっとマーレッタだっけ、あんたよあんた、聞こえてる?オーバーっ)


 なんかもー、グダグダだよ。うん、リナは俺の人形だね、このコミュ力の低さは鏡を見てるようだ。


《我を呼ぶ者よ》


 !

 返事があった・・・


《我を呼ぶ者よ、そなたは人の子か?》


(えっと、シロー、パスっ)

 うわー、丸投げキタよ。


(あ、その、えー、シロー・ツヅキ、人間です。最初に話しかけたのは、リナって言って、俺が神様からもらった人形?だけど、怪しいもんじゃないです・・・)

 いや、十分あやしいわ、俺ら。

 慌てて取り繕ってみる。


(あの、俺たち、あなたと戦いたくないんだ。あっちのデカい船がいきなり砲撃したのは驚いたけど、俺たちは自分から攻撃する気はなかったんです。あんたの船から来たアンデッドたちには襲われそうになったから身を守ったけど、今からでも話し合えないかな?)


《・・・話し合う?話を聞きたいのか、我の?》

(う、うん、聞きたい、あんたのことを、あんたの言葉を聞かせてくれ、聞かせて下さい、ぜひ)


 ともかく、平和的に。戦いを避けられるなら、それにこしたことは無いよな。

 気がつくと、幽霊船の船体が近づいてくる。


《我の言葉、我の・・・》


 正直あまり期待はしてなかった。一縷の望みってやつだ。

 でも、幽霊船はみるみるうちに、この船に近づいて、さっきみたいにぶつかりそうな、それともすり抜けそうな距離に迫ってきた。


 そして、俺の申し出に答えて、ゆっくりと念話でその驚くべき物語を始めたんだ・・・


***********************


 「青い貴婦人号」が処女航海に出たのは、いつのことだったか。


 世界は魔王大戦の傷跡から立ち直りつつあり、とりわけ主戦場から遠かったアルゴルは復興景気に湧いていた、そんな時期だった。


 かつて無い豪華客船、速い船足と海上の迎賓館のような乗り心地と贅を尽くした内装、一ヶ月の航海の間に日ごと夜ごとに企画されていた超一流の遊興と美食・・・各国の貴賓や財をなした富裕層で予約は埋まっていた。

 

 だが、航海は不幸な結末を迎えた。

 戦の無くなった世からはみ出す者、豊かになる世からこぼれ落ちる者や寄生する者がいるのも、また歴史の必然だった。


 新月の夜、悪名高い海賊団に襲われた青い貴婦人号は、阿鼻叫喚に包まれた。

 船員や護衛は皆殺しになり、高い身代金を得られる者や若い女は連れ去られた。


 その乗客の中に、さる高貴な身分の、身重の女がいた。

 美しく、かつ高額な身代金も間違いなく得られる獲物。だが、騒動の中、産気づいたか苦痛にあえぎだした彼女を連れて行くのは面倒がすぎる、と判断した海賊の頭は手下に一言、「始末しろ」と命じた。


 苦痛にうめきながら必死に腹の子の命乞いをする彼女を、既に火が回り始めた豪華船の中で、非情な刃が貫いた。

 

 息絶える寸前、炎と鮮血の深紅の海でのたうつ彼女の口から、呪詛の言葉が絞り出された。


「私の命がけの願いの言葉も聞く耳持たなかった海賊ども!この先お前たちの言葉にも誰一人耳を傾けることはない。永遠に言葉の通じぬ、意の通じぬ地獄にさまよい続けよ!」


 瞬間、黒い稲光が沈みゆく船の上空に走り、生臭い風が深紅の海を吹き抜けた。



 その後、海賊船では昼夜を分かたず血で血を洗う惨劇が始まった。


 鹵獲した金品、虜囚の高額さは、すぐに海賊たちの仲間割れの元凶となった。

 それまで海賊王の恐怖の下で鉄の団結を誇っていたはずの海賊らは、互いの言葉を信じられず、互いの真意を疑い合い、暗闘・闇討ち・密告・制裁・裏切り・・・あらゆる醜い争いが続いた。


 船の上にはいつしか生者はなく、しかも死ぬこともなく、アンデッドと化した者たちが溢れていった。


 さらに、その海賊船は多島海を彷徨い、新月の度に飽くことなく新たな獲物を襲い、また新たな亡者を生み続けた。

 いつしか、海賊船に溢れるほどになった亡者らの断ち切られた望み、かなわなかった願いが降り積もり、船そのものが亡者へと、彷徨う亡霊へと変質していった・・・いつまでも満たされること無く。


***********************


《我は彷徨い続けた、亡者が亡者を生み、亡霊が亡霊を呼び、数えきれぬ暗い夜を・・・》


 そう、幽霊船は語った。


(誰もあんたの言葉に耳を傾けようとはしなかった、だから、そうか、そうだったんだね・・・)


《我の言葉を聞きたい、とそなたは言った》


(うん、あんたの、いや、あなたの言葉を聞きたい、俺はたしかにそう思った。あなたの話を信じるよ、マーレッタっていうのが、あなたの名前なの?)


《・・・マーレッタ? そう、マーレッタ、そうだ》

 何か大きな振動が伝わってくる。

 眼前に迫った幽霊船、その上に目をらんらんと輝かせる無数の亡霊たち、それらがまばゆく光り始めた。


《“マーレッタというのは美しく高貴な海の女神の名前だ、お前もそんな貴婦人になるのだよ”・・・お父様は幼い頃、私によくそう話したものだった。マーレッタ・シリル・クレノール、そうだ、私の名前だった・・・!あの子はっ!私のお腹に宿ったあの子はどこ!?》


 振動が大きくなる。

海が波立ち、小さな灘潮丸が揺さぶられる。


《こんなに沢山の命を集めたのに、これほどの魂を奪ったのに、それでもあの子を再生できなかった・・・》

 ああ、亡者と化した海賊船がそれでも略奪をやめなかったのは、そういうことだったのか。


(マーレッタさん・・・マーレッタ姫、俺にはたしかにあなたの言葉が聞こえる。だから、俺の言葉も聞いてくれないか?)


《私の言葉は誰も聞かない、誰も聞いてくれない・・・でも、あなたは聞いてくれた、あなたは何を私に聞かせたいの?あなたがあの子の居場所を知ってるの?》

 なんて答えたらいいんだろう?こんな目に遭った人になんて言葉をかけられるんだろう?


(あのさ、俺は無力で、あなたに何もしてあげられないかもしれない、あなたにあげられるものを何も持ってないと思う・・・)

 でも、今、会話をやめちゃだめだ。それだけはわかる。


(マーレッタ姫、あなたはもう海賊の虜じゃ無い、貴方はもう呪いから解放されてるんだ)


《呪い?私は呪われていたの?誰に・・・》

 それにどう答えたらいいのか、俺が迷っている間に、突然ひときわ大きな振動に灘潮丸が振り回された。


《私の、私自身の呪い!そう、私は・・・》


 まばゆい光が幽霊船を包み、触れそうなぐらい近くにいた俺たちも包み込んだ。

そして・・・


《私の言葉は通じた、私の声は聞かれた、そう・・・私の呪いは解かれた!!》


 真っ白な光の中で、声が小さく遠くなっていく。


 そして、どこか遠くでかすかな産声、赤ん坊の泣き声が聞こえる。


《待って、お母さんを置いていかないで・・・もう決してはなさないから・・・》


 最後に聞こえたその声は、もう幽霊船のそれではなく、かぼそいけれど必死で、想いがこもった、こよなくあたたかい声だった。

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