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第165話 乱入者とゴースト

幽霊船に見つからないようやり過ごすことを選んだ俺たちは、ルシエンとリナに結界を張って船を包み込んでもらった。ところが、そこに思わぬ乱入者が現れた。

 月の無い暗い海を、巨大な船影がみるみる近づいてくる。


 そして再び風を切って飛んでくる砲弾の音・・・激しく水しぶきがあがった。


 幽霊船を狙った砲撃のようだ。

 亡霊たちが後方を指して声をあげることなくざわめき立っている。


 青白く光る幽霊船が、新月の海上で唯一の灯火のように目立っているが、後方に目をこらすと、巨大な影の上にほの明るい煙か雲のようなものが立ち上っているのが見える。


 なんだろう?煙突?ボイラー?・・・まさかな。


 だが、同じ風を利用して帆走しているにしては異常な速度で追いついてきていること、あの仄明るい煙のようなものが、なんらかの燃料を燃やして出ている排気だとすれば理屈が立ちそうなこと・・・やっぱりあれは「動力を持った船」なんじゃないのか?


 それが石炭を燃やす産業革命頃の蒸気船なのか、重油を燃やす現代世界の船なのか、そういうことはわからないが、なんらかの汽船とか機動船のように見える・・・


「いったいあれはなんだ」

 沈黙を破ってゾンダル船長が思わず口走った。

 それからハッとして幽霊船の方に目をやるが、既に連中の注意も後方の船に移っているようだ。


 俺は、こっちの世界の人が驚いているのを見て少しほっとした。

 こんな古代か中世みたいな世界で、動力を持つ船は普通にある、とか言われた方がむしろ戸惑うからな。やっぱり異質なものらしい。


 轟音に驚いて、船室に隠れていた乗客たちの中から何人かが甲板に上がってきた。


 連中は幽霊船と交錯したことを知らないから、俺たちほど緊張感が無い。

目を丸くして、謎の巨大船が幽霊船に砲撃する様子を見ている。

 やがて、火の手が上がった。


「おぉっ、当たったぞ!」

 砲弾が幽霊船に命中したんだろうか?爆発音と共に、幽霊船から赤い炎のような光が立ち上った。

「いいぞっ、やっちまえ!」

 誰かが大声で叫んだ。


「ばかっ、やめろっ」

 船長が思わず静止した・・・だが遅かった。


 パリンッと何かが砕け散るような音と共に、眼前の景色が変わった。


 見えているもの自体は変わらない。だが、これまでの水中越し、あるいはガラス越しだったような景色が、普通の、リアルな光景に戻った。

 大声と共に、これまで薄皮一枚、亡霊たちの感覚から俺たちの船を隔てていた結界が、破れてしまったんだ。


(ああっ!)

 念話でリナの悲鳴が聞こえる。

 ルシエンが非難する視線を甲板の商人たちに向けたが、男たちは気付いてもいなかった。


 その途端に、ざわつく皮膚感覚と共に、これまでは感じなかった腐臭・死臭が、幽霊船の方から海上を漂ってきた。

 その甲板上で、これまで砲撃に気を取られていた亡霊たちの視線が、一斉にこちらを振り向いた。


 そして、浮かんだのは憤怒と呪いの表情だ。


 ちがう、砲撃してるのは俺たちじゃない。思わずそう言い訳したくなった。


「おい、へんだぞ」

「当たってるはずなのに・・・効いてないのか?」

 謎の巨大船、機動船の砲撃に歓声を上げていた商人たちが、状況の異常さにようやく気付いたようだ。


 そう、砲撃を浴び火の手が上がったはずの幽霊船は、それでも全く被害を受けていないように見える。赤い光に包まれてはいるが、火災が起きてるわけでもない。

 要するに、いくら攻撃されても全く効いてない様子なんだ。どう言うことだ?


 そして、その甲板の上にひしめく亡者たちは怒りに燃えていた。


 存在が突然ばれてしまった俺たちの船と、砲撃しつつ接近してきた巨大な機動船、その両者をかわるがわる睨み付けていた連中の中で、誰が指図したのか、いやそんな指揮系統なんてそもそもあるのかわからないが、突然、一団が機動船に向かって駆けだした。

 ・・・そう、海上を!


 マジかよ。

「海に飛び込んで助かった」ってゾンダル船長の話から、てっきり連中は海には入れないんだとばかり思ってたんだが、船を離れて海面の上を走ることも出来るって、そんなのチートにも程があるだろ!


 わらわらと海の上を駆けて機動船に向かっていくのは、何十人・・・いや、百人以上いそうだ。

 アンデッドのあんな大群に襲われたら、軍船で多数の兵が乗り込んでるとしたって、ただでは済まないだろう。


 そして、他人の心配をしてる場合じゃない。

 残されたさらに多くの亡霊たちは、甲板からこっちを指さして声なく騒いでいる。


 いったん姿を消していた元々の獲物が見つかったことで、どうしてくれようかと意見を戦わせてでもいるかのようだ。


 お願いだから、こっちはほっといてくれないかな?あっちの方が大きな獲物っぽいしさ・・・俺はそんな身勝手なことをつい考えちまった。


 ん?

 その時、結界が破れたことで、先ほどまでとはもう一つ変わってることがあるのに気付いた。


 ステータスが見えるんだ。


 当初は距離が遠すぎてはっきり船上の亡霊たちの姿が視認できないからだと思ってたし、途中からはおそらく結界ごしになったことで、俺には幽霊船の連中のステータスが見えてなかった。


 だが、今は見えるようになってる。

<ゴーストLV3><ゴーストLV2>・・・ほとんどの亡霊は、レベル1~5のゴースト、つまりは幽霊だよな?


 中には少数だが、<レイスLV8>とか<アンデッド・ロードLV10>とかもいるし、腐乱した姿のゾンビやグールも混じってるが、普通の人の姿を保ってる奴はゴーストが多いようだ。


 こっちの船の結界が破れたことで、なぜあっちのステータスが見えるようになったのかはわからないが・・・


 そんなことを考えていたのは多分一瞬だ。

 亡霊たちの一団が、こっちの船に向かって海上を駆け出し始めるまでの。


 やめてくれ。

 俺たちは争う気なんてないんだから。


 けど元々、連中は本能的に人を襲って仲間を増やそうとしているんだろう。

 全員ではない。

 幽霊船にまだ多くを残したまま、それでも数十人の、主に海賊姿の連中が、憤怒の表情で海面の上を、わずかに浮かび上がって走ってくる。


「やるしか無いぞっ!」

 船長が叫び声を上げた。仕方がない、その通りだ。


「ラファさん、みんなの武器に浄化をかけた方が・・・」

 巡礼組の巫女がリーダーの僧侶に声をかけた。

「そうだな。皆さん!武器を持つ者はここにっ、アンデッドに効くように清めます、早く!」

 

 その声に、船首楼につめていた水夫たち、そして様子をうかがっていた商人の護衛らが集まってくる。


 俺たちのパーティーも、ちょっと顔色の悪いノルテやマギーを含め集まった。これは船酔いのせいか、幽霊話が苦手って方かどっちだろう?


 結界を張り通しだったルシエンとリナにかわって、俺がみんなの武器に「聖素」をまとわせていく。

 二振りしかない銀の短剣は、カーミラとブッチに持たせることにする。ノルテも前衛型だが、使い慣れてるハンマーの方がいいだろう。


「来るぞっ!」

 船縁で見張ってた水夫が声を張り上げた。


 こっちに駆けてくる姿は、見たところゴーストばかりだ。

 だが姿は見えないが・・・


「みんな、廃坑で戦ったレイスみたいに姿が見えずに突然現れる奴がいるかもしれないから、気をつけろっ」

「そうね、カーミラは奇襲に備えて一歩下がって見ていて」

「わかった、カーミラ気をつけてるよ」

 俺の指示にルシエンとカーミラが答えたと同時に、第一波が襲ってきた。


 非実体の存在とも言えるゴーストには、船縁の高さとかは関係ないらしい。海面を駆けてきた連中が、船縁に沿ってふわりと浮上し、甲板に乗り込んで来る。


「「「「浄化!」」」」

 巡礼組の僧侶と巫女、リナとルシエンが一斉に浄化を唱える。


 一種の範囲攻撃みたいになって、最前列のゴーストの群れがまとめて蒸発した。


 その後から、ひるむこと無く船縁を越えようとした奴らは、俺が薄く船縁沿いに張り巡らしておいた聖素の霧に突っ込んだ。

 声なきうめき声と共に、非実体の存在が青白い炎を上げながら実体化する。


 肉体が無い亡霊を剣で切ったりできるかは怪しかったが、聖素にひっかかって実体化した奴なら、清められた武器で切れるはずだ。この間のレイスみたいに。


 狙い通り、水夫や商人の護衛たちが、浄化された剣やナイフでゴーストを仕留めていく。

 ノルテも聖素をかけたハンマーで、マギーはこの間も使ったスリングによる聖弾で戦えているようだ。


 そして、案の定と言うべきか、突如甲板上に現れ俺たちの背後を突こうとしたレイスを、集中して気配を探っていたカーミラの銀の刃が切り裂いた。


 船縁に再び並んだ僧侶組が、第二波に向かって浄化を唱える。

 俺は撃ちもらしを聖素で始末する。


 ギリギリの攻防だったが、接触から数分で元海賊と思われるゴーストの群れはなんとか撃退された。


 だが、2,3百メートル離れた所を併走する幽霊船の上には、まだ数倍する亡霊の群れがひしめいている。

 そっちは海賊より身なりのいい連中が多い。そして、なぜかとても悲しげな表情に見える、いや、表情が見える距離じゃないけど、そう感じるんだ。

 それが気になる。


 巨大な機動船も、もう1km以内、はっきりその姿が視認できる所まで近づいている。

 さすがに甲板上の様子までは距離もあるし暗いからよく見えないが、おそらくこちらと同様、戦闘になっているんだろう。間違いなく軍船だろうから、魔法使いや僧侶のジョブを持つ戦える者だっているはずだ。


 だが、砲撃が止んでいる所を見ると、乱戦というか、少なくとも苦戦しているのかもしれない。


 そんなことを考える余裕が出来たからか、俺はスキルの地図をあらためて見て、違和感の正体に気付いた。


 俺たちの船の二、三十個の白い点、遠くに入り交じる赤と白の多数の点、そして大きな赤い点・・・俺たちの船と、あの謎の機動船上で戦ってるやつらと、そして眼前に見える幽霊船だ。


 なぜ、幽霊船だけは大きな赤い点一つ、なんだ?


 ハッとした。


 あらためて亡霊がひしめく幽霊船を見る。判別する。


<マーレッタ 幽霊船 LV35>


 俺はなんてバカだったんだ。


「幽霊船」なんだよ、そうだ、幽霊が乗り込んだ船じゃない!・・・船の幽霊、だったんだ。

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