第162話 (幕間)諜報戦
ムニカの廃坑深くに眠る魔王の眷属が発見された、その当日のうちに、遠く離れた東の国でそれを察知する者がいた。
「そなたの耳目に、映ったものがあると?」
「左様にゴザル」
忍びは多くは語らぬ。ただ問われたことに答え、与えられた任を果たすのみ。
「聞こう」
「ハッ。セッシャの傀儡が、カテラの西に達したようにゴザル。その地下深く、そう、迷宮なれば十階層よりは深い、二十階層はありますまい・・・その地下にて、大いなる魔を直接目にしたようにゴザル」
側仕えの者さえ入らぬ奥の間に、誰の目にも留まらず入り来たった忍びの報告を受け、主はただ一人黙考した。
「大いなる魔・・・先日の遺跡と同じか」
「種類は違えど、魔王の下僕のうち力ある者であるカと」
「目が生きておるなら、それも封印されているということか?」
「・・・」
珍しく問われたことにすぐに答えぬ様子に、主がいぶかしむ。
「・・・“封印”というよりむしろ、眠っているような波動にゴザッタ」
「ほおぅ、それは奇態な。そんなことまでわかるか、さすがだな」
「傀儡の術がかかっている者が感じたことは、セッシャにそのまま伝わるでゴザルよ。傀儡はあくまで自分の意思で、行動しているだけ、そう思ってゴザル。あの者はセッシャに会ったことさえ覚えておらぬでゴザル」
「恐るべき、いや、見事な術よな」
「されど気になることがもう一つ・・・」
「なんだ?」
「術の効果が、思ったより早く弱まってゴザル。これではいつまで傀儡が使えるか・・・」
ひとたび彼の術にかかったものが、抜け出すことなど容易には出来ぬはずであった。
「距離が遠くなりすぎたからではないのか・・・まあよい。にしても、わずか二月で、二体目の魔王の下僕を見いだすとは、よほどその者たちは強い星を持っておるようだな」
「御意・・・」
主はその気になれば自らを一瞬で殺めることさえ出来るその男が、本当の所、何を考えているのか今もってわからなかった。
自分にこのように重用され、他のどのような腹心とも分かち合えぬ秘密を共有していてさえ、この男が真に自分に忠誠心を持っているとは信じかねた。
そう、この男はなんというか、主に忠節を尽くすという「役柄」を面白がって演じている、そんな風に感じることもあるのだった。
だが、それならそれでよいのではないか?
この男が、他に類を見ない忍びの技を持つことは確かなのだから、その忠節がかりそめのものであっても、使えるうちは使うまでではないか。
主の意識は、それきりまた別の方に向いた。
「開戦の兆しは?」
「もはや時間の問題かと、今なら先んじて止めることも可能でゴザルが?」
「よい、捨て置け」
「・・・」
主が常ならせぬ説明をしたのは、むろん親切心などでは無く、自らの謀を自慢したかったのかもしれぬ。
「あえて奇襲させ、帝国は被害を受ける。それで反戦派の連中も黙るだろうよ。なればあとは、反撃に出て国土を奪おうと何をしようと思うままよ・・・」
察知している敵の奇襲を、味方にも知らせずあえて受けると。
「なれば、それに乗じてかの国を叩くべく、黒幕はかの国と噂を・・・」
「うむ、抜かるでないぞ」
「しかと・・・」
その声が主の耳に届いた時には、既に漆黒の闇の中に忍びの姿はかき消えていた。
 




