第161話 アンデッド・ロード
俺たちは「魔王の蹄」と称される巨大な魔獣が廃坑の最下層に眠っているのを発見し、なんとか無事、脱出することが出来たのだが・・・
テントの前で抱き合って喜ぶマギーとブッチ。
その傍らで、デカルノ伯爵はローブについていた黒いフードを引き出してかぶり、ラーキンはさらにその上から黒い外套を着せて、光を浴びないようにしている。
俺とルシエンはその様子を横目で見ながら小声を交わした。
「なんとか、なったわね」
「そうだな、これでよかったんだと思う」
その時、うちのパーティーのテントの隣りに、もう一つ小さなテントが張られて、近くの岩に馬がつながれているのに気づいた。
馬は落ちつかなげにブルブルと鼻を鳴らしている。
「あれはギルドの」
スエンテがゼベトに話しかける。
「あー、モーガンも来てくれてたのか」
テントの入口の布が巻き上がり、寝ぼけ眼の副ギルド長が出てきた。冒険者レベル19のモーガンだ。
なにか嫌な予感がした。
「おー、ゼベト、スエンテ、無事だったか、心配したぞ」
「モーガン、わざわざお迎えか?ご苦労なこった」
スエンテが軽口を返す。
「いや、さっき小さいが地震があってな、なにかヤバイもんでも出たかと気になって来たんだ」
ひょっとして、魔甲ムカデとの戦いの時か?ベヒーモスの寝返りか?
「あ、そっちはラーキン様ですか、失礼しました・・・ところでそちらは、具合が悪そうですな」
モーガンが伯爵たちの所に歩いて行く・・・!
まずくないかっ!?
「・・・ん、えっ!?」
遅かった。
「あ、アンデッド!ラーキン様っ、離れて!」
目に映る光景が、その瞬間、スローモーションになった。
モーガンが腰の剣を引き抜き、伯爵に斬りかかろうとする。
身を守ろうとしたんだろうか、伯爵は両手を振り上げ、剣を振りかざしたモーガンの腕をつかんだ。
その途端、モーガンの体が力を失い、ゆっくりと倒れこんだ。
伯爵のローブにモーガンの剣の柄がひっかかったか、フードがめくれる。
曙光を顔に受けた伯爵が苦しげに身をよじる。
「なっ!?伯爵がアンデッドだと・・・」
「やめろっ!」
俺は剣を抜きかけたゼベトと伯爵たちの間に割って入り、立ち塞がった。
しまった。
こうなる可能性を考えてないわけじゃなかったのに、それが今、ここで起きるとは思ってなかった。俺のミスだ。
モーガンは冒険者だ、ルシエンたちと同じく「判別(初級)」のスキルがある。
だから、あいつにはラーキンの横に立つ男が、
<アンデッド・ロード LV3>とだけ、表示されて見えたんだ。
俺のように「判別(中級)」なら、それが紛れもなくデカルノ伯爵であることも表示されるが、「判別(初級)」では個人名までは見えない・・・だから、ラーキンが正体不明のアンデッドに襲われると勘違いしたんだ。
そして、伯爵には「エナジードレイン」のスキルがある。剣で斬られそうになった伯爵の防衛本能が働き、腕をさわられたモーガンは精気を吸われて昏倒したんだろう。
「伯爵様、いつからあなたはアンデッドになど・・・」
「やめろっ、言うなっ!」
俺はゼベトに向かって叫んだ。
あいつはなぜ俺が止めるかわからないだろう。俺にだって確信はない、けどおそらく・・・
「アンデッドだと?・・・私が?」
伯爵はなにかつまらぬ冗談でも聞いたかのように動きを止めた。
顔面を蒼白にしているのは、伯爵ではなく息子のラーキンだった。
「私がアンデッド・・・!!」
もういい、もうやめよう。
「そうか、私は年を取らぬ。私は日を浴びるのが苦痛だ。私には食欲も性欲も睡眠欲もない。いつからだ・・・」
伯爵は呆然と立ち尽くしている。
そうだ、伯爵がなぜアンデッドに身を堕としても魔物にならず、こうして高潔な住民想いの領主であり続けられるのか?
逆だ。
伯爵は今も高潔な住民思いの領主でいる。伯爵の魂は今も人間の頃と変わらぬそれだ。
だから、アンデッドに変わり果ててしまっても人間として振る舞っていた。
伯爵は気づいていなかったんだ。
“自分がアンデッドになってしまった”ことに。
「・・・あの時からか。41年前、廃坑の中でアンデッドに喰われ、だが生き延びた時から、いや、生き延びたと思い込んでいたときから・・・既に私は死に、亡者になり果て、この41年間は、アンデッドとして存在していたと言うのか・・・」
<ジュスト・デカルノ アンデッド・ロード LV3>
初めて会ったときから、俺の目にはそう判別されていた。
最初はわけがわからなかった。
だがそのうち気づいた。
この人は、この元人間は、今も自分は変わらず人間だと思っているんじゃないか?
死んだ伯爵夫人や息子のラーキンは、判別スキルなど持っていなくても、家族としてそのことに気づいていて、それでも現実を見ないように、伯爵にも現実と向き合わせないように、ずっと振る舞ってきたんじゃないか?って。
だからこそ、その秘密を漏らさぬため、屋敷には新たに人を入れることも出来ず、誰とも極力接触しないように、昔から本当に伯爵家に忠義を尽くしてくれた者だけを信じて、そばに置き続けてきたんだろう。
ほとんど使用人がいない館になってしまったのは、その結果だ。
「父上・・・もはや終わりです」
ラーキンが涙を流していた。
俺の説明を聞いたゼベトとスエンテ、うちのパーティーの仲間たちも、言葉を失っていた。
ラーキンは無言でうなずき、伯爵は小さな岩に座り込んで顔を覆っていた。
「ご主人様、なんとかしてあげられませんか?」
「そうね、シロー、あなたの悪知恵はこういうときのためでしょ?」
いつもながら、きみたち主の扱いがひどすぎないかな・・・俺をなんだと思ってるんだよ。
「よい」
デカルノ伯爵が顔を伏せたまま口を開いた。
「私を“浄化”してくれ」
「ち、父上っ」
「私はアンデッドなのだろう?ならば、浄化して葬り去ってくれ。そして領内を安んじるのだ」
「・・・ちょっと待ってくれ」
俺に考えつくのは、マイナス100点をせめてマイナス90点にするぐらいでしかない。
それでも、この人や死んだ奥さんの思いを守る方法ぐらいはあるんじゃないか?
「なんの解決にもならないかもしれないけど・・・」
そう前置きして話し始めた俺の考えを聞き終えると、なぜか伯爵は、からからと笑い出した。
「父上の笑い声を、初めて聞きました」
「芝居よな、一芝居打てと・・・よかろう、それが今できる最善だと私も思う」
その後のことは、事実だけを記しておきたい。
デカルノ伯爵は自決した。自らが持つ「浄化」の呪文で、自分自身を浄化したのだ。
そして、街の記録では、彼は街の治安を守るため、自ら息子らと魔物の湧き出す廃坑の調査に入り、多くの魔物を討伐したのと引き替えにそこで亡くなったとされた。
廃坑は落盤が多く危険で、今後も開発は期待できないと結論づけられ、厳重に封鎖された。
伯爵は言わば名誉ある戦死を遂げ、その後は嫡男のラーキンが継ぐことになった。
正式にはカテラ万神領の承認を待ってラーキン伯爵の継承となるが、これまでの良好な関係を考えれば、なんの問題もなく認められるだろう。
41歳のラーキンは伯爵継承後、カテラに嫁いでいる姉の息子を養子に迎えるつもりだそうだ。
そうそう、俺の生素で回復したモーガンには、ゼベトがこんな説明をした。
「お前が斬りかかったアンデッドはな、廃坑内の状況を詳しく聞き出すために、比較的知性のありそうな魔物を捕らえて連れてきてたんだ」
「なに、じゃあ、これから尋問するつもりで捕虜にしてたのを俺が勘違いして?」
「ああ、だがお前に乱暴したように、突然暴れ出したからな、やむなく浄化したよ・・・」
「・・・そうだったのか。じゃあ、情報がとれなくなっちまったな、すまん」
「いいって事よ、みんな無事だっただけで十分だろ?」
モーガンが単純な男でよかったよな。
え?そのシナリオは俺が考えたんじゃないよ、スエンテだよ。あいつならこれぐらいで信じるだろう、とかって。
しかし、この単純な男が次のギルド長になって大丈夫なんだろうか?
実は新伯爵ラーキンが領軍の再整備を始めたいってんで、その指揮官としてゼベトを登用したいと言い出したんだ。
実際、やばい魔獣がすぐ近くに潜んでいるとわかった以上、少しでも備えは必要だろう。
ゼベトとラーキンは実は幼い頃からの知り合いらしく、ゼベトも仕官に異存はないようで、モーガン新ギルド長の就任も秒読みだ。
んー、この街の冒険者たちの今後はちょっと心配だな。副ギルド長になるスエンテは苦労しそうだ・・・。




