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第159話 廃坑③

夕暮れに伯爵の館に集まった俺たちは、リナの転移を使い、廃坑に入るもう一つの入口に向かった。それは、岩山の奥に隠れるように存在する深い谷底の一角にあった。

 ルシエンと、レベル17の魔法使いであるギルド幹部のスエンテが、「地」の魔法で、廃坑の入口を塞いでいた岩石を除去していく。


 もう新月に近い下弦の十一日だ。暗がりの中、MPを節約するため、灯りはノルテとブッチが持つ松明に頼っている。


 人が通れるだけの隙間があくと、廃坑内のひんやりとしたよどんだ空気が、ゆっくり流れ出してきた。


「じゃあ、ノルテ、カーミラ、ブッチ、やばい相手が出たら無理することはないからな。念じてくれれば、遠話でリナと通じるようにしてるから」

入口を見張れる位置にテントを張り、でもずっと不寝番をする気満々の残留組にそう声をかける。


「カーミラ、夜の方が元気だから大丈夫」

 うーん、言われてみればそもそも人狼は夜行性だっけな?でも、カーミラはいつも寝付きがいいけどね。


「ご主人さまこそ気をつけて下さいね、無理しちゃだめですよ」

 ノルテの髪の毛をくしゃくしゃっとなでて、俺たちは廃坑に踏み込んだ。


 入口には、強化セラミックのゴーレム、タロが門番のように立ち、周囲を粘土犬ワンが巡回して魔物が近づけばすぐ3人に知らせることになってる。

 もっとも、それ以前に魔物が出ればカーミラが察知すると思うけど、岩石同化能力のあるストーン・ゴーレムがまだ残っている可能性も否定できないからな。



 坑道で先頭に立つのは、40年あまり前の記憶をたどるデカルノ伯爵と、その護衛のように付き従うギルド長のゼベトだ。その後ろで魔法使いのスウェンテが魔法の灯火を浮かべ、伯爵の息子ラーキンが横に並んで歩く。

 その後ろにかすかな光を放つ玻璃瓶を首にかけたマグダレアとルシエン、最後尾がリナと俺だ。


 8人全員を、ルシエンの結界魔法が柔らかく包み込んでいる。

 ガラテヤの遺跡でベハナームがやっていたのを参考にしているのだろう。疲れてきたら、スウェンテが交替することになっている。


 リナは当面は、ラルーク姐さんばりのスカウト姿で索敵要員にしてある。

 今回はカーミラがいないから、ルシエンとリナ、そして俺も索敵を頑張る必要がある。

 

 そして、かすかな光の下で、ルシエンとマギーがデカルノ伯爵をチラ見するのは何度目だろう。


 判別スキルのある二人には今はなにも聞くなと言ってあるので、口には出さないけど、七十歳になるはずの伯爵がどう見ても三十ぐらいの、息子のラーキン卿より明らかに若い外見なのはやっぱり異質だ。

 もっともルシエンは自分が何百歳になっても若いエルフなわけだが。


 そして、ギルドの魔法使いスエンテの方は、もっと露骨な視線を浴びせてる。領主への遠慮と敬意はあっても、なにかうろんなものを見ている目だ。


 だが、当の伯爵は、そんな周囲の視線も全く気にならぬ様子だ。

 かつて歩いた坑道の記憶を一心不乱にたどりながら、闇の中から何者かの導く声が聞こえでもするかのように迷い無い足どりで、一行の先頭を静かに歩いて行く。


 青白い顔、痩せこけた体は、まるで生身の肉体を持たぬかのようだ。


 この入口は、標高で言うと俺たちが昨日の日中・・・まだ一日半しか経ってないのにずっと前の事のようだ・・・に廃坑に侵入した岩山の亀裂のような入口より、かなり低い位置にある。


 だからこそ、最深部だと思われる「邪悪なる者」の所まで、伯爵の記憶では、半日もかからずにたどり着けたのだろう。


 最初にこの坑口が封じられたのは、約二百年前、古い絵に描かれた伯爵の祖先たちによるものだから、坑道として使われだしたのはさらに前だ。

 だが、伯爵が昼間語ったように、坑道内の状態は今も悪くなく、俺たちは普通に歩く速さで、どんどん傾斜したトンネルの中を下っていった。


 迷宮のように階層がはっきり分かれていないから、どれぐらい下ったときかはわからない。


 ただ、途中で普通には歩けないほど崩れた所が3カ所ほどあって、その都度俺の粘土スキルで階段を作ったり、魔法使いの重力制御で浮遊して降りたりして、さらに小休止を挟んで、出発から大体3,4時間歩いた頃だろうか?


 初めて魔物の気配があった。

 結界越しだからこちらの察知能力もあまり高くないが、ルシエンがなにかを感じたのが、パーティー編成の効果でわかる。


 地図スキルに赤い点が、10個あまり・・・まだ前方100メートル以上はあるな。


 リナを魔法使いモードに変身させ、俺からリナへの念話を魔法使いの遠話にしてみんなに知らせてもらう。


(結界で察知されずに通れるかもしれないから、一列になって壁際に張り付こう。もし気づかれたら、勝てる相手なら仲間を呼ばれる前に仕留める)


 ここの坑道は幅2メートルあまり。気づかれていなくても、偶然体が触れてしまうリスクもある狭さだ。


 だが、現れたのはLV3程度のゾンビの群れで、ただ意思もなく徘徊している、といった様子だった。


 幸い向こうは普通に坑道の真ん中を歩いて、通り過ぎてくれた。

 息を潜めて壁にくっついていた俺たちは、曲がり角の向こうに最後のゾンビが消えて、ようやくほっと息をついた。


 戦いになってもゾンビ十匹ぐらいなら問題なく片付けられたと思うが、それで他の魔物を呼び寄せるようじゃ意味がないからな。


(臭かったな)

 スエンテの素直な感想に、みんなちょっと緊張が解けた様子だった。


 それからまた、小休止を挟みながら坑道を降りていった。

 途中、結界を張る担当を交替しながら進み、さらに二度、魔物とすれ違ったが、幸い気づかれることはなかった。


 ガラテヤの遺跡は魔族の信奉者の人間たちがアジトに使っている様子があったが、この廃坑はなんとなく人間はいないような、つまり人工的な営みが無い感じがする。そう決めつけるのは早計だが。


 伯爵の話では、そろそろ最下層が近いという。


「!」

 突然、強い魔力、敵の気配だ。

 地図スキルにも、大きな赤い点と、小さな点がいくつか浮かび上がった。


 ルシエンが俺とリナのそばに来て、耳打ちした。

「数は少ないけど精霊が騒いでる。かなり大物だけど、人型でもアンデッドでもない感じ」


 魔獣系の魔物とかだろうか?

 情報をリナからみなに共有してまもなく、その赤い点がこっちに向かうスピードが上がった。これは、相手に気づかれているのかもしれない。


 現在の結界担当、スエンテが少し焦ってる気配が伝わってくる。

 スエンテだけはパーティー編成に入ってないから、そんな気がするってだけだけど。


 ゴソゴソって、「G」みたいな気配と音が、坑道に響く。って、一匹でこの足音ってでかくない?

 来たっ!


「うえっ!」

誰かのうめき声だ。どっちにしても、奴にはもう感づかれてたようだから、いいんだけど。気持ちはわかるし・・・


 現れたのは巨大なムカデだ。坑道の幅の半分ぐらいあるから、幅が1メートル、長さは見えないけど数十メートルはあるだろう。

 ムカデって漢字じゃ「百足」だっけ、でも百どころじゃないな、って、現実逃避ぎみに思いながらステータスを読み取る。


<魔甲ムカデ LV25><魔甲ムカデ LV12><魔甲ムカデ LV11>・・・でかいのに隠れて小さい?のも何匹か、もつれるように存在してるらしい。


 スキルを見ると、攻撃には毒があるようだ。そして、まずい!「物理攻撃無効」がある。魔甲蟹と同じか?

 リナを経由してみんなに伝える。


「武器攻撃は効かないぞっ!火属性魔法が効きやすいはずだっ」

 肉声でも叫ぶ。


 同時に少しでも時間を稼ぐため、向かって来るムカデの前に、粘土の壁を出現させて坑道を塞いだ。


 ズウンッ、と巨体がめり込んだ衝撃が坑道を揺さぶり、パラパラと小石が頭上から落ちてくる。


 すぐにあの程度の土壁は破られるだろう。けど、その間に、魔法を練ることはできる。


粘土壁が盛り上がり、一部が飛び散った。

節くれ立った槍みたいな2本の触覚を揺らしながら、赤黒い鉄球のような頭部が飛び出してきた。こいつは、LV12の子ども?の方か。


 そこに、ギルドの魔法使いスエンテの、狙い澄ました火球が命中する。


 脂分でも多いのか、一瞬でムカデの頭部は炎上したが、そのまま勢いは落ちずに突っ込んでくる。

 慌てて前列の伯爵らが左右に飛び退いた。


 リナがもう一発火球をぶつけ、ようやく前進が止まった。だが胴体はまだウネウネ動いてる、キショい。


 だが、その相手をするまもなく、さらに大きな衝撃が壊れかけた粘土壁を揺さぶり、バラバラにした。


 あのLV25の大物だ。


 ルシエンが風魔法で、触覚の一本を切り飛ばした。

 物理無効でもこういうことは可能なのか。一瞬、動きが止まった巨大ムカデが、再び向かって来る。


 その間に次の火球を練り終わったスウェンテが、正確に頭部にぶつけた。だが、炎に包まれても大して効いてないのか、動きは変わらない。


「マギー、俺の後ろにっ。これを」

 あまり戦闘向きじゃないマギーを俺の後ろに下がらせ、ノルテから借りてきた、スリングを渡す。マギーは二、三回練習しただけだからあたるかわからないが。


「わかった」

 マギーは自分のアイテムボックスから、薬生成スキルで作った火風弾を取り出す。


 リナが絞り込んだ火線で、ムカデのもう一本の触覚を焼き切った。

 再び、動きが一瞬だが止まり身もだえする。


 怒りに燃えた巨大な顎が、俺たちを捕らえようと開いた。


 そこに、俺は集めた火素を打ち込む。深く、なるべく体内深くまで・・・


 激しく長大な体が振り回され、坑道の壁にぶち当たる。口を閉じさせないように、セラミックのつっかい棒をその口内に出現させる。

 苦悶にもだえる奴の顎の間に、さらにマギーがスリングで放った火風弾が見事に飛び込み、ぱっと炎の花を咲かせた。


 内部から焼かれた巨大ムカデが、ズズンッと崩れ落ちた。


 だが、まだ終わりじゃ無い。

 小さい奴がいる、あと二匹か?小さいったって、ワニかアナコンダぐらいの大きさだけど。


 一匹をスエンテとルシエンが相手しているから、俺はもう一匹に火素を放つ。こいつはレベル10か。

 小型なだけに、口の中に炎を打ち込めない!これだけ近づかれたら、頭を焼けたとしても、もう突進を止められない!


 とっさに粘土の塊を空中に出現させ、ムカデの頭上に落としたが、そもそも坑道の天井は低いから、これぐらいじゃ潰せない。単に埋まっただけだ。


 そうだ。あれなら効果的じゃないか?

「リナ、魔法戦士だっ」

 その瞬間、リナが、パルテア軍の女指揮官アーレズ・アミラにそっくりの魔法戦士姿に変わった。


 すぐに粘土をはねのけて出てきた、魔甲ムカデLV10の頭を、俺は火素で焼いてわずかな時間稼ぎをする。


 リナがその間に、セラミック剣に魔法戦士のスキル「魔法付与攻撃」を使う。付与するのはもちろん「火」属性だ。


 自分の肩の高さまであるムカデの頭部に、恐れげもなく駆け寄ったリナの剣が、一閃する。

 シュンッと鋭い音を立てて、どんな剛剣もはじき返すはずの魔甲の顔面が切り裂かれた。


 俺はタイミングを合わせて、切り裂かれた頭部に火素を叩き込む。


 リナの剣がさらに一閃、硬い頭部が、ざっくりと割れた。


 ヒクヒクと動いていたムカデの頭部が、ガクッと地に落ちた。ようやく地図スキルに映っていた赤い点が消えた。


 どうやら魔甲ムカデは頭部を破壊しないとなかなか死なないらしく、さっき仕留めたと思っていたLV25の親玉も、まだ体がのたうち回り続けていた。


 リナが魔法剣を振るって頭部を割り、そこに俺が火素を打ち込んで焼くことで、ようやくとどめを刺すことができた。


「彼女はいったい・・・」

ラーキンが驚いているが、ここであまり会話を続けるのはまずいだろう。


 他の魔物が気づいて集まってくるかもしれないし、もう最下層が近いようだから、ルシエンに結界を張ってもらい、先を急いだ。


 実の所、パルテアを出る前に、リナが十分高いレベルになってきたんで、上級職に変身できないか試していたんだ。


 リナの「着せ替え」で、「なりきり」による能力を得られるのは、

①リナがそのジョブにチェンジできるだけのレベルや条件を満たしている

②俺が具体的な服装をイメージできる女性がいる

・・・という二つが、今わかっている範囲では必要な条件らしい。


 それで現在のリナが何になれるか試してみたところ、イリアーヌさんというモデルがいる「召喚士」と、ガラテヤの遺跡で同行したアーレズ隊長の「魔法戦士」になることができた。どっちも必要レベルはおそらく、魔法使いのLV15だ。


 現状うちのパーティーは前衛がやや手薄だし、俺たちが苦戦したストーン・ゴーレムを斬り倒したアーレズさんの魔法剣が強力だったんで、魔法戦士の方が育てがいがあると思った。

 そこで、ヘラート迷宮でマギーとブッチの訓練をするときに、リナは魔法戦士として経験を積ませて、現在はLV6にまでなっていたんだ。


 それがこんな形で役立ってよかったな。


(でも、あの状況だったら、別に魔法戦士にならなくても、あたしも魔法使いの火球でもよかったんじゃないかな?)

 歩きながらリナが抗議してきた・・・


(いや、それでも魔法剣の方がとどめを刺しやすかったと思うんだけど)

(でもー、あんな大物にあたしだけ肉弾戦するのって、どうなの。怖かったんだよ?かよわい女の子一人にそういうことさせるかな、フツー)


 ・・・答えられなかった俺に、リナの冷たい視線が突き刺さった。

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