第158話 魔と神
廃坑の奥には巨大な“邪悪なる者”が眠るという。マギーとブッチが調査している魔族かもしれない。40年以上前、それを目にして配下を失い、命からがら逃げ出したという伯爵は、そこへ再び行きたいので護衛して欲しい、と言い出した。
「いくら何でも危険すぎるでしょ」
「それはわかってるが、伯爵様が行くと言われる以上、我々としては従うほかない・・・」
俺たちはムニカの冒険者ギルドの最上階にある、ギルド長の部屋で声を潜めて議論を続けていた。
こちらはイスネフ教会に行っていた仲間と合流した6人全員。
ギルド側はゼベトと、副ギルド長のモーガン、廃坑内にも入ったLV17魔法使いのスエンテという男の三人で、ギルドの幹部陣と言うことらしい。
伯爵からの、41年前に目にしたという巨大な“邪悪なるもの”が幻でなかったのか確かめに行きたいから連れてってくれ、という依頼。
それを受けるべきかどうか。
俺たちとしては、御免被りたいってのが正直な気持ちだ。
たしかに、俺たちの旅の目的である魔王に連なる者たちの調査、そのものである可能性は高い。
けど、ベハナームたちと交わした約束でも、危険を冒して詳細を突き止める必要までは無い、ということになっているし、現状わかったことだけでも十分貴重な情報として報告ができる。
そして、魔王の眷属かもしれない巨大な魔族を直接確かめに行くって言うのは、間違いなく危険極まりない行為だ。
伯爵からの依頼には、同席していた息子のラーキンも困り顔をしていたし、俺たちの帰り際にかけられた言葉は、
「無茶な依頼だとわかっている。領主の立場として私もこんな話を聞いた以上、この目で確かめるべきだとは思うのだが・・・断ってくれても構わん、とは私の立場では言えんが・・・ともかく考えるだけ考えてみてくれ」
という、どうしたらいいか向こうも迷っているものだった。
で、これが単純に、俺たち冒険者に対する依頼なら、判断も俺たちだけですればいいと思うのだが、面倒なのはギルドの立場だった。
41年前の出来事で精鋭の騎士らを失った伯爵家は、その後自前の兵力を補充することなく現在ではほとんど領兵を持たなくなっている。
それでも治安が維持できているのは、代わりに冒険者ギルドを金銭面で支援して契約を結び、事実上冒険者ギルドが伯爵の兵という形になっているからだそうだ。
つまり、ゼベトらは伯爵の無茶ぶりに護衛として付き合う義務があるのだ。
もっとも、このことはギルドに登録している一般冒険者には適用されないので、事実上、ギルドから俸給をもらっている幹部・職員だけが縛られているのだが。
「ギルド職員で、あの廃坑内で戦力になると言えるのは我々三人だけだろう?」
副ギルド長のモーガンも、明らかに断りたそうな様子だ。
先日廃坑内に入ったゼベトの精鋭パーティーのうち、スエンテはギルド職員でもあるが、他の4人はフリー冒険者だったらしい。
そして他の職員は、もう引退した元冒険者や、事務方、魔物の解体が得意な者などで、あまり戦力にはならないようだ。
「とは言え、契約は契約だし、領主様の命だからな・・・シロー卿たちが断れば、我々だけでも、供をせねばならんだろう」
ゼベトの苦しげな発言にスエンテが追い打ちをかけた。
「ギルド長と副ギルド長が共に不在、というわけにはいかんだろう。何かあったらギルドも立ちゆかなくなる、モーガンにはせめて残ってもらわんとな」
「お前はいいのか?」
「いいわけはないが、仕方ないだろう?オレとゼベトの二人は行くしかないよな。それに、オレが行けばいざと言うときは転移で逃げ出せるし」
「そうだな、スエンテが同行してくれれば心強い。戦闘ではなく、あくまで領主様の意向は【見に行く】だけだから、奥まで行って気が済んだらさっさと帰還しよう」
ギルドの三人の間ではそんな形で、騎士のゼベトと魔法使いのスエンテの二人が供をする、という話でまとまりかけたが、モーガンが再度異論を挟んだ。
「待てよ、スエンテだけなら転移できるとして、パーティー編成のスキルを持つ俺がいなきゃ、他の者を連れて帰れないだろう?」
ゼベトが、“そうか、知らせてなかったな”という顔をして、俺の方を見た。
「大丈夫だ、シローは錬金術師だが元冒険者でな、パーティー編成が可能だ」
「え、そうなのか?」
「・・・まあ、そうだけど、それって結局、俺たちも行くのが前提じゃ?」
こういう話になっちゃってるわけだ。
「頼むっ、伯爵様は報酬ははずむと言ってるわけだし、なにより以前似たような魔族のいるところに入ったことがあるんだろ?」
「それにあんたらの実力は、昨日の廃坑での戦いでも折り紙付きだしな」
ゼベトとスエンテに頼み込まれ、俺たちは困った状況になってる。
いや、別にこの土地に義理があるわけじゃなし、仲間を危険にさらすなんてダメだとはっきり断るべきだよな?
「あの、シロー・・・あたしも可能なら見に行きたいんだけど」
ところが、再度断ろうとした俺を遮ったのは、マグダレアだった。
「その、危険なのは重々わかってるけど、あたしたちが研究員に採用してもらえたのはこのためだし、ううん、それ以上にあたし自身が知りたいし」
ガラテヤ峡谷で危険な目に遭った上で、なおそう言うマギーは、本気なんだろう。
「もちろん、安全管理に関してはシローの判断に従うって契約は理解してるから、無理にとは言わないけど・・・ダメかな?」
昨日の廃坑での戦いで俺たちはかなりの経験値を稼ぎ、マギーもLV10まで一気にレベルアップしているし実戦にも慣れてきたのは確かだけど、それにしたって危険だよな・・・
でも結局、俺は伯爵の護衛を引き受けることになった。
うん、自分がこういうとこ甘いってのは、よくわかってる。
廃坑に入るのは、デカルノ伯爵、ラーキン、ゼベト、スエンテ、マグダレア、ルシエン、リナと俺の8人。
緊急事態が起きたら、スエンテには単独で転移してもらい、他は俺のパーティー編成に入ってリナの転移で逃げる、という計算で最大限の人数だ。
ノルテとカーミラ、ブッチの3人には、岩塊で封じられている廃坑入口まで同行してもらい、そこで待機。退路の確保と警戒にあたってもらうことにした。
タロとワンも出して3人のお供をさせるから、オークの群れぐらいなら出くわしても問題にならないだろう。
ちなみに、伯爵が今も若者にしか見えない外見をしていることは、「街の者に話さぬように」と息子のラーキンに言われているので、ゼベトはスエンテとモーガンにはそのことを話して、口止めしていた。
どっちにしろスエンテは同行するわけだしな。
出発は伯爵の都合で日没後、ということで、館に集合することになった。
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「で、あのイスネフ教会はどうだったんだ?」
いったん解散して宿で早めの夕食をとりながら、俺は、別行動になったあと教会探訪組が経験したことを聞かせてもらった。
マギーとブッチが顔を見合わせて、どこから話そうか?って態度だったが、先に口火を切ったのはブッチの方だった。
「スッゴイ真面目な人たちだなー、ってのが第一印象かな?」
「そうだね、それに善意に満ちてるのも確かだよ?身寄りの無いお年寄りとか、孤児たちの面倒も見てるし・・・でも」
「でも?」
手放しで褒めてるわけではない様子に重ねて尋ねると、二人は口ごもった。
「排他的で独善的で選民思想に染まった、いけ好かない連中」
代わりに辛辣な言葉を吐いたのは、ルシエンだった。
「・・・とも言えるかもしれないわね」
詳しく聞くと、イスネフ教会で暮らす人たちは、清貧で不正を憎み、心正しき弱者を哀れむ気高い心の持ち主が多いらしい。
ただ、その「心正しき弱者」というのは、あくまで人間族でイスネフ教を信仰する者に限定されるらしい。
「人間族とうちら亜人とで、露骨に扱いが違うんだよねー」
ブッチがしかめっ面で言うには、どうも彼らの信仰の中では、唯一神が自ら創造したのは純粋な人間族だけで、亜人などは他の邪神共が唯一神の創造をまねて作った不完全な生き物に過ぎず、人間に奉仕すべき存在なのだと考えられているらしい。
そして、この大陸で広く信じられている多神教は邪教であり、多数の神々などというのは邪神、魔物の首魁に過ぎないと言う。
それらを信仰する者たちは、いずれ訪れる終末の日に、唯一神の浄化の炎に焼かれて地獄に落ちるのだそうだ。
なんて言うか、ステレオタイプな・・・でも元の世界だって十字軍の頃とかは、どっちの神が本当の唯一神かで殺し合ったわけだし、似たようなものだったのかもな。
ただ、その話の中でも聞き捨てならなかったのが、魔王についての言い伝えがある、というくだりだった。
「この街のイスネフ教会は出来て数十年だから、古文書なんて無いんだけど、イスネフ信者の間でずっと口伝で広まってる話があってね」
マギーがそこでメモを取り出し、ブッチにも確認する。
「人間族が奢って神の御技に手を出し、神の高みに上ろうとすると、魔王が現れ世界を滅ぼす。その前にイスネフ教徒は、正しき教えをこの世界にあまねく広げる義務があり、その布教には手段を選んではならない、だそうよ」
ちょっと待った。
「それじゃあ、魔王はイスネフの神様の教えのために行動してるみたいじゃん?」
普通、神と悪魔って最大の敵だよね。
「うーん、そうは言わなかったけど」
「あ、でもね、こう言ってた。“魔王もまた神の意志の下にある”って、ねー?」
「そうそう、それは言ってたね。人間の増長を戒めるため、みたいな?」
普通だったら、単なる宗教上のお説教、おとぎ話の類と聞き流すだろう。
でも、ここは、あの怪しげな女神は別にしても、魔族やら勇者やらが実在するような世界だ。
マギーとブッチのやりとりを頭の片隅に聞きながら、俺はどういうことなんだろう?って、この世界の仕組みについて、初めて真剣に考え始めた。




