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第156話 イスネフ教会

廃坑の魔物と激闘を繰り広げた翌朝、俺たちは神殿を訪れていた。ギルドが亡くなった冒険者たちの合同葬儀をするということだった。

 一昨日マギーたちが史料調査に訪ねた神殿を、けさは全員で訪れていた。

 武装はせず、地味目な服装に身を包んで。


 昨日は廃坑の外で3人、坑道の中でも3人、あわせて6人もの男たちが命を落とした。参加者約50人の掃討作戦で、ずいぶん大きな犠牲だ。

 そこで作戦を呼びかけたギルドが、費用一切を持つ形で合同葬儀を行うことになったんだ。


 亡くなった冒険者の中には家族持ちもいたらしく、小さな子ども連れの女が神殿の裏の祭壇の前で泣き崩れていた。

 この世界は死と隣り合わせ、ってのはわかってたつもりだけど、自分がいつ同じようになるかと思うとなんとも言葉が無い。


 神殿の長と思われる白髪の聖職者が、エルザークとはちょっと違う聖句を高く低く詠唱する。<修道士LV14(老)>と表示されたから、かなりの高レベルだ。


 一度詠唱が終わると、ギルドを代表してゼベトが喪主としての挨拶と、多くの犠牲者を出した事への詫びと悔い、そして亡くなった者たちの冥福を祈る言葉を続ける。


 それから、あらためて僧侶らの聖句が読み上げられ、俺たちは順番に祭壇前に置かれた棺の前に行き、祈りを捧げ花を投げた。


 その後はみなが協力して花で満たされた棺を裏手の墓地へ運び、既に深く掘られていた穴の底に降ろす。

 こっちの世界にはスコップってのがないのか、鍬みたいな道具で土をかけ、埋めていった。火葬ではなく土葬なんだな。


 葬儀が一通り終わったあと、俺は疲れた様子のゼベトの所に行き、昨日ギルドのみんなと別れた後で見てきた、古い封鎖された入口のことを話した。


 伯爵の館で見た、二百年前に“邪悪なる者”を封じたとされる坑道入口の絵に酷似して見えた、ということを。


 最初ゼベトは、コイツ何を言い出したんだ?という顔をしていたが、途中からは真剣な目つきで食い入るように聞き入っていた。


「そんな絵が領主様のところに残っているのか。初耳だな・・・だが、いやまさかとは思うが、そのヤバイ奴の影響で大量の魔物が湧いてるってことか?なら、そいつは今も生きてるってことか、おい?」

「俺にもわからないけど、迷宮とかならともかく、ただの鉱山跡であんなに魔物が大量発生するかな?」

「それは確かに謎なんだよな・・・」


 そしてゼベトは、少し考え込んでから言った。

「おれは遺族の相手があるから、まだここを離れられん。すまんが昼の鐘がなったら、ギルドに来てくれんか。一緒にお館に行って、ラーキン殿に封じられた入口らしきものが見つかったと伝えたい。場合によっては、領主代行として神都に調査依頼の使者を出すとか、何らかの判断を下してもらわなきゃならんかもしれん・・・」


 普通の国だと、領主の手に負えない案件は国王に報告して軍隊を出してもらったりすると思うんだが、このムニカは伯爵家の自治領みたいなもので、本来よそを頼れる筋合いではないらしい。

 ただ、それでもカテラ万神殿の大僧正を主と仰ぐ立場でもあり、邪悪な者の相手は神殿が専門だし、協力を求める可能性はあるのだという。


「伯爵に会えなくても、ラーキンさんでいいの?」

「俺がギルド長になってから、直接伯爵様にお目にかかったことはない。ずっと伏せっておいでらしくてな。だから、ラーキン殿がもう事実上の領主なのだ」


 そういうわけで、俺たちはいったん宿に戻って着替えてから、街で軽いものを食べ、これまでは観光もしていなかったムニカの港街を散策した。


 これまでの停泊地と同様、多島海の海産物が豊富なのはもちろんだが、ここは白嶺山脈も近いから、キノコとか果物とか山の幸も多い。

 そして、街全体が古びているのは否めないが、色とりどりの花で飾られた歴史のある家並みは、観光ガイドに載ってそうな美しさがあった。


 それに治安も悪くない。街中で物乞いの姿を見ないし貧民窟みたいな所もなさそうで、伯爵家はそれなりに善政を布いてきたってことなんだろうか。


 ただ、それでも通りをさらに街はずれに向かうと徐々に家々は粗末になってきて、こちらが貧しい人たちのエリアなんだろう、と感じた。そろそろ引き返すかと思ったとき、視界の隅に万神教の神殿よりずっと小さな、けれどどこかしら雰囲気の似た石造りの建物があった。

 アーチ状の入口の上に飾られた紋様に、見覚えがある。


 足を止めた俺の視線にノルテが気づいた。

「ご主人様?」

「あの模様、どこかで・・・」


 あっ、と声を上げたのはマギーだった。

「イスネフ教っ!?」


 そうだった。

 翼のある蛇が剣のような形をした、あの魔族の遺跡にいた神官たちが身に着けていたレザリウムとかいう、ネックレスみたいな装身具の飾り。


「イスネフ教会だね、こんな西方にもできてるんだ。それも、出来てから結構年数も経ってるよね?」

 ブッチが警戒感をあらわにする。あの遺跡での経験があるからな。


 でも、ここはそんな剣呑な雰囲気はなくて、むしろ貧しくひっそりと存在している、みたいな感じだ。

 その奥の方から子供の声みたいなのが聞こえる・・・


 近づいて低い塀の向こうをのぞいてみると、半裸の子供たちが草地で遊んでいる。そのそばには木の枝にひもをかけて、洗濯物を干している女たち。

 この光景は・・・


「救済の家に似ている。たぶん、この教会が孤児院的なことをしているのね」

 ルシエンの言う通り、王都デーバのはずれにあった、女たちの救済の家に似ている。

 ただ、ぱっと見、ここには亜人はいないようだが。


 古文書とかを探すために港で神殿やアカデミアの有無を聞いた時には、この教会の話題は出なかった。けど、せっかく見つけたんだし訪ねてみるべきだろうか?

 だが、そろそろゼベトとの待ち合わせ時間も近い。


「二手に分かれる?あたしは、ちょっとここはのぞいてみたいな」

 マギーはイスネフ教会を調べたいようだ。


「ルシエン、どうするのがいいと思う?」

「そうね、伯爵の所には身分的にもシローが行くべきだと思うから、カーミラだけ連れて行ったら?しゃべらなければ、お嬢様っぽく見えるし」

 しゃべらなければって、ひどいです、ルシエンさん。カーミラ自身はまるで気にしてないけど。


「私はこちらについてた方が、なにか危険があるといけないから・・・」

 まあ、確かに未知の場所にマギーたちが入るわけで、そっちを重視すべきだよな。


 結局、マギーとブッチ、ルシエン、ノルテ、あえて魔法使いになったリナの五人で、イスネフ教会を訪ねることになった。


 カレーナ姫に似せた僧侶姿は万神教の僧侶だから、ここではむしろ逆効果っぽいし、万一危険な目に合いそうな時には魔法使いがいた方が安心だ。ベスに似せたローブ姿は、見た目では魔法使いなのか単なるローブ姿の女なのかわからないだろうし。


 というわけで、俺はカーミラと二人でギルドに戻り、ゼベトと合流して、坂の上の伯爵の館を再び訪ねた。

 

 一昨日俺たちを案内してくれた、ちょっと雰囲気が怖い感じの使用人の老婆が、ゼベトがいるからなのか、先日と違いすぐに伯爵の息子ラーキンに引き合わせてくれた。


 ラーキンは前回と同じ古びた応接で俺たちの報告を聞いたが、心から驚いているようだった。だが同時に、なにか覚悟していたような雰囲気も見えた。


「少し待っていてくれ」

 そう言って席を外し、数分後、沈痛な面持ちで戻ってきた。そして、こう言った。

「ついて来てくれ、父が直接聞きたいと言ってる、同じ話を繰り返してもらうことになってすまないが・・・」


 ゼベトと俺は顔を見合わせた。ゼベトも直接伯爵に会ったことは無いとか言ってたよな。


 据えた臭いのする薄暗い、いやほとんど真っ暗に近い階段を降り、地下の廊下をさらに奥に進む。


 カーミラは最初はこっそり周りの臭いをかいでいたが、途中からはなにかを確信したように落ち着いて、そして迷宮で敵を察知した時のように張り詰めた表情をしていた。


「ゼベトギルド長、父の様子については街の者たちには他言無用だ」

 そうラーキンが言ったのを聞いて、俺は一瞬、病気で顔かたちが崩れたりしているんだろうか?なんてことを思った。


 ギーッと音を立て、荘重な古びた木製扉を開けると、中はろうそく一本の明かりしかない、書斎のような部屋だった。


 その奥に、豪奢な安楽椅子のようなものに腰かけた、高級そうなガウンをまとった人物がいた。


 ゼベトが、えっ、と声にならない声を上げてラーキンを振り向くが、ラーキンは何も言わず、向かいのソファーに俺たちを案内する。


 俺は言葉を失っていた。

 ステータスが見える俺には、これがまぎれもなくデカルノ伯爵だとわかっていたからだ。


 ラーキンの父、今年70歳を迎えたはずのデカルノ伯爵。

 悲しみに満ちた表情の、端正で青白い顔をした「青年」が、そこにいた。

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