第155話 廃坑②
ムニカの廃坑内を進み、アンデッドの群れと戦っていた俺たちのところに、他のパーティーから助けを求める遠話が響いた。
助けを求める遠話は、おそらく俺たちとは逆の、右の坑道に進んだ2組目のパーティーのものだろう。
俺は、左坑道に作った粘土壁ののぞき穴をふさいで完全に密閉してから、ナバルら神殿のパーティーに駆け寄った。
「5組が支援に向かったんじゃないのか?」
「わからない。けど、ともかく向かおう。どっちにしろそろそろ合流タイムだ」
俺たちは真っ暗な坑道を魔法の灯りで照らしながら、足早に引き返した。
カーミラが素早く先頭に抜けだし、くんくん鼻を鳴らす。
「あるじ、アンデッドが出たみたい。さっきはいなかったのに」
追いついた俺にそう告げる。
「さっきはいなかった?」
「うん、ぜったいいなかった。それから、ゾンビやスケルトンじゃないよ」
突然現れた新手のアンデッド、要注意だ。
十字路まで戻ると、ちょうど正面に進んでいたゼベトの主力組も、戻って来るのが見えたが、他にも魔物の気配がある。
「シロー!そっちは無事か」
「ああ、ともかく向かおう」
「すまんが先に行ってくれっ、こっちはオークの追撃が来てるから、潰してから行く!」
戦いながら引き返すのは大変だ。
わかった、とゼベトに答えて俺たちはそのまま十字路を過ぎ、右坑道に入った。
左側より少し広い?だが、足下が悪く所々落盤した跡みたいなのもあるから、あまり急げない。
戦況を把握できないかと思って、「雷素」を前方の通路の奥の方まで飛ばす。
何か影が見えたような気がする。
地図スキルに赤い点と白い点が入り交じるように多数浮かぶ。近づくと倒れている者もいるが、それ以外の姿は見えない。
「あるじ!近いよっ」
カーミラの声と同時に、すぐそばに何かがあらわれる気配を察知して、反射的に横に身を投げた。
ひんやりする風みたいなものが、体をかすめていった。
そして・・・
「うおっ」
神殿組の狩人が叫び声を上げると共にがっくりと膝をつき、そこにのしかかるような半透明のローブ姿が出現した。
<レイス LV9> ローブ姿の実体感のない存在は、そう表示された。
まずいっ。
「そいつに触られるなっ、精気を吸われるぞ!」
そうだ、あれはスクタリの迷宮で戦ったヤツだ。
四階層の主のアンデッドのパーティーにいた、突然現れたり消えたりして、しかもエナジードレインの能力を持つ厄介な相手だった。
俺の隣からカーミラが消え、レイスに斬りかかる。
デーバで買ってきた二振りの銀の短剣のうち、一本はカーミラに持たせてある。
だが、カーミラの刃が届く寸前、レイスは霞のように消えた。そして・・・
「わあぁっ」
今度の絶叫は、神殿組の騎士のものだった。
地図スキルに赤い点が複数映った。一体じゃないのか! だが、姿が見えなくなるだけで、ワープしてるわけではない?
だったら・・・
「聖素っ」
自分の体のまわりに、アンデッドを浄化する聖素のベールを創り出すイメージ、それを周辺に薄く広げていくように・・・あたりが霧に覆われていくようなイメージだ。
「!」
見えていなかったレイスが、苦痛に身をよじるように出現した。
1つ、2つ、3つ・・・4つ!?
即座に一体をルシエンの銀の鏃の矢が射貫き、一体をカーミラが切り裂く。そして一体は神殿パーティーのLV11僧侶ナバルらが、取り囲んで浄化を唱えた。
聖素の霧自体は、薄くてとてもアンデッドを消滅させる力は無い。けど、あぶり出すぐらいのことは出来る。
ここのところ、デロスからもらった錬金術の専門書を読んで、使い方を色々練習していた成果だ。
残る一体のレイスは、存在を薄れさせながら聖素の霧の無い方へ遠ざかっていく。
俺はそれを追いかけるように、聖素の霧を吹き流すような感じで坑道の奥に移動させた。
レイスは移動速度はそんなに速くない。ただ、見えないだけだ。
聖素の風に再び補足されて、シュワシュワと煙を上げながら姿を現した最後のレイスに、追いかけたカーミラがとどめを刺した。
ゆっくりと、ローブ姿が蒸発していった。
だが、まだ終わりじゃない。
「助けを求めてきた連中は!?」
「坑道の奥にいるわっ」
ルシエンが暗闇の中を見つめて声をあげた。
そっちに再び雷素の照明弾を投げ込む。
闇の向こうに、もつれ合うようにいくつもの人影と、人ではない影が浮かぶ。
「モナ、二人を頼んだ!」
ナバルたちが治療を巫女に任せ、メイスを振り上げて増援に駆けていく。
俺たちもそれに続く。
冒険者たちの2つのパーティーがレイス数体と戦い続けているが、既に何人か倒れている者がいる。
二組も五組も対アンデッドの主力になる僧侶がいない。
俺たちの方にアンデッドが多いと思われていたから、浄化持ちじゃないパーティーをこっちに振り分けたためだ。
五組には錬金術師がいるから弱いなりにその聖素と、二組の魔法使いの火魔法で、かろうじて戦えているようだ。
だが、レイスはやはり突然消えては現れるから、攻撃手段があっても防ぐのは難しい。
俺は再びさっきのように聖素の霧を生み出し、坑道を満たすように吹き流した。浮かび上がったレイスは五体だ。
多数の浄化持ちがいる神殿組と俺たちがかけつけたことで、浄化の青白い光が次々浮かび、たちまち決着がついた。
「はぁ、はぁー」
「大丈夫ですか、ご主人様」
膝をついた俺のところにノルテが駆け寄ってきた。
きつかった。
この空間には聖素は高濃度で集められるほど無かったから、自分の体内からMPを使って聖素をひねり出した、って感じだ。
だから、すごく消耗した。
ナバルたちとルシエン、リナが、精気を吸われて倒れている冒険者らを治療していく。
だが、中にはもう事切れている者もいたし、それより・・・
「・・・アンデッド化した、のか?」
「・・・そうだ。やむなく、俺たちの手で葬った・・・」
一人は最初に襲ってきたゾンビに噛みつかれ、自らもゾンビ化してしまったらしい。
それを仲間の魔法使いが焼いたという。
見るに堪えないありさまだった・・・俺たちはその場で神殿の僧侶たちに聖句を唱えてもらい、頭を垂れた。
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その後、オークの群れを退けたゼベトたちと合流して、さらに探索を続けたものの、下層につながっているとみられた坑道は、所々落盤がひどく進めそうになかった。
魔物たちはそれでも地上まで上がってきているわけだから、どこかに別の抜け穴があるのかもしれないが、見た限りでは下層との間は岩だらけの縦穴が崩れたような、まるで奈落に落ちていくような感じだった。
ロッククライミングが出来るような装備とか十分な照明とかがないと、危なくてどうにもならない。
ギルド長のゼベトが、やむを得ないという様子で、撤収することを宣言した。
それまで探索できた範囲を詳しくメモし、眼前の大穴を各パーティーの魔法使いが地魔法でできる限り埋める。さらにその上から魔法の封印もかけた。
掃討を完了できなかったとは言え、そもそも地図も無い廃坑を完全に制圧するのは一日やそこらでは無理な話だ。
それに、きょう倒した魔物は総計で三桁に近いはずで、当面の脅威は大幅に減らせたはず、というのが救いだった。
リナと他のパーティーの魔法使いの転移魔法を使って遺体を坑道から運び出し、その他のメンバーも地上に戻った時には、既に日はかなり傾いていた。
周辺の警戒に回っていたパーティーも、その任務を終えて、廃坑の入口の亀裂の所に戻ってきていた。
そして、その連中の報告の中に、ひとつ気になる情報があった。
なんでも、山の中にかなり入った方に、昔の坑道を塞いだ跡らしい所があった、というのだ。
遺体を持ち帰るのは、ここのギルドの冒険者たちがやるというので、俺たちはここで別れて、その「坑道を塞いだ跡」とやらを見に行くことにした。
薄暗くなってきた岩山の間、場所を聞いていなかったら普通に歩き回ったのでは見つかりそうにもない谷間に、それはあった。
「・・・あの絵の景色に似てるんじゃない?」
「たしかに・・・そう思って見るからそう見えてるのかもしれないけど」
「ちょっと地形が違う気もしますけど、ずっと前のことだから土砂崩れとかで地形も変わってるかもしれませんよね・・・」
そう、伯爵の館で見た古い絵に描かれていた、洞窟の入口。
今は入口があったと見られる場所は、いくつもの大岩で塞がれているので様子が違うが、まわりの岩山の感じとかが、貴族の前に立った僧侶が祈りを捧げていたあの絵の場所に、たしかに似ているような気がした。




