第152話 伯爵の館
港町ムニカで魔族の情報らしきものを得た俺たちは、領主であるデカルノ伯爵の館を訪ねた。
俺たちはリナを含めれば総勢7人だが、さすがにアポ無しで貴族の家に上がるには、ちょっと大人数すぎるだろうってことになった。
「研究者と護衛の騎士、っていうのが妥当かしらね」
ルシエンとマグダレアが意見を交わし、老婆の後ろに続いたのは、俺と人形サイズで腰の袋に入ったリナ、そしてマグダレアとブッチーニだけ、ということになった。
他のみんなには、広い玄関を入った脇にある、なんと言うのか、門衛の詰め所的な、簡素なテーブルと椅子が置かれた所で待っててもらうことにした。そこは当然のように無人だったが・・・
パーティー編成しているから、俺やリナが危険にあったり魔物に出くわせば、それはルシエンたちにも伝わるはずだ。
そして、老婆に連れて行かれた、長く人を迎えたことが無さそうな、すえたにおいの客間には、大きな3人掛けぐらいのソファーと向き合う形で一人掛けの椅子が二脚、置かれていた。
アンティークの調度品は、たぶんそれなりに良い物なんだろうけど、とにかく年期が入って色あせた感じが際立っていた。
俺の察知スキルでは、屋敷内には少なくとも3、4人の人の気配はある。というか、数人の気配しかない。これだけの貴族の屋敷としては少なすぎる。
敵意を持った魔物とか盗賊とかの気配は無い。それは、とにかく薄気味悪いこの屋敷の中では、ちょっとほっとすることだった。
まもなく、人の気配が近づいて、老婆が開いた扉から中年の男が一人入ってきた。
俺たちは立ち上がって貴族に対する礼をし、名乗った。
「初めまして、伯爵様。エルザーク王国の騎士、シロー・ツヅキと申します、こちらは・・・」
<ラーキン・デカルノ 男41歳 騎士 LV10>
特に強そうではないが、善良そうな顔つきで引き締まった体躯の、とりあえずちゃんとした領主、という印象だった。
「あ、いや、私は伯爵ではない」
え?
「伯爵の嫡男で、領主代行をしているラーキンだ。父伯爵は高齢で具合がよくないのでな、私が代わって話を聞こう」
「そうでしたか、失礼しました・・・」
マグダレアが神殿で調べてきたことを話す。
「・・・その魔除けの聖句については私も聞いたことはある。先の魔王大戦の後に、邪悪なる者が当地にも残されており、地に潜って消えていったということだったかな」
おそらく、伯爵家には昔話のように伝わっているのだろう。それがさして重要とも思っていない口ぶりだった。
「それでたしか、祖先が高位の聖職者を招いて、再び邪悪な者が地上に現れぬように力ある聖句を唱えてもらい、それを代々語り継いだ、とか言う話だったな・・・」
「では二百年前の大戦直後から伝わっているんですね・・・」
マギーとブッチが、メモを取りながら質問を重ねた。
ラーキンは一旦部屋を出て、銀の額縁に入った古い小さな絵を持ってきた。
そこには、洞窟の入口のような所で、貴族の前に立った僧侶が祈りを捧げている様子が描かれ、俺には読めない文字で何か書かれていた。
マギーがそれを読み上げる。
「“黒き者、暴虐なる者、地を這う大いなる蟲、目覚めることなく、漏れ出すことこれなく、よみがえることこれなきかな・・・”でしょうか?」
「それだ、当家に伝わっているのはその言葉だな。これは、大戦後に当地を委ねられた初代伯爵が描き残させた絵図なのだ」
「この洞窟、どこにあるかご存じないですか?」
俺はラーキンに訊ねたが、思い当たらないようだった。
結局ラーキンはそれ以上のことはよく知らないし、史料といえるものも絵の他には無いと言うことだ。
俺は、廃坑の方から多くの魔物が現れているというので、ギルドが明朝から討伐を行う予定だという話をすると、ラーキンはそのことも知らなかったようで、ため息をついた。
「あそこは当家の所領の外側ではあるのだが、かつて徴税権を認められたこともあった場所だから、本来は当家が治安を維持せねばならん。そうは思うのだが・・・」
この没落ぶりというか、使用人もほとんどいない有様じゃ、そんな力もないってことだろうな。
それでも一応確認しておく。
「その洞窟は、廃坑のことではないんですかね?」
「・・・いや、私も以前、廃坑のあたりを視察に行ったことはあるが、このような景色は記憶に無いな。ただ、関係ないと言い切れるほど詳しくもない。すまんな」
色々気になるところはあるけど、それ以上は現時点で得られる情報はなさそうだったので、俺たちは礼を言って、いったん引き上げることにした。
ノルテたちと合流し、館を出て街に戻りながら、今の情報を伝えた。
「これからどうするの?ムニカでの停泊は今夜だけなのよね?」
ルシエンは俺にと言うより、マグダレアとブッチーニに尋ねた。
「そうね・・・これは調査すべきこと、だと思う」
「だよね、魔族の調査はうちらの役割として、最優先事項だもんね、まさか本当に二度も出くわすなんて、正直思ってなかったけど」
ブッチも同意する。
俺たちは船着き場に戻り、白イルカ丸の途中下船の手続きをした。
一銭も払い戻してはくれないけど、船賃は護衛料とは別に調査経費から出ることになってるから、俺たちの懐は痛まない、これ大事だね。
「明日はどうする?俺たちは、ギルドの魔物討伐に参加しようかと思ってるんだけど、神殿で文献調べを続けるか?」
マギーとブッチに尋ねると、二人が顔を見合わせ、ブッチの方が答えた。
「よかったら、うちらも討伐に同行したいかな。廃坑の魔物と、あの絵の話と、なにか関係がありそうな気もするし、正直神殿の史料はほんのちょっとしかなくて、もうほとんど見たから・・・」
一応二人とも、パルテアを出る前に、パルテポリスのギルドで初級冒険者としての登録はしてある。
そして、パルテポリスを出る前に少し、ヘラート迷宮の浅い階層で俺たちのパーティーに入れて実戦経験も積ませたから、力量も把握はしている。
ブッチはオークぐらいが相手なら前衛も十分務まるし、マギーもHP回復の「生素」が使えるから後衛の治癒役としてなら連れて行ってもおかしくない。
二人とも、ルシエン先生の実戦指導で弓も多少は使えるようになってるし。
「わかった、ただし冒険者ギルドで参加条件を聞いてからな?レベル制限とかがあるかもしれないから」
「うん、それでいいよ」
冒険者ギルドに戻って、「明朝の合同討伐に参加したい」と言うと、よそ者のくせに物好きだな、という顔をされた。
このクエストは冒険者ギルドの自主的取り組みだからだ。
商業ギルドが、周辺との交易ルートの治安維持という名目で多少お金を出してくれてはいるが、依頼者にまではなっておらず、そのため報酬はギルドが予算から捻出して、LV5~10が一人銀貨3枚、LV11以上で銀貨5枚、という安さなのだ。
だから、この街で暮らす冒険者たちは半ば義務感、半ば自分たちの生活空間を守るために参加するが、よそから来てたまたま滞在中の冒険者が参加するのは予想外だったようだ。
「ご主人様は、騎士として困っている街の人々の力になりたい、とお考えなんです」
とかノルテが説明したら、半ば本気で感心されて、ちょっと居心地が悪い・・・でもおかげで、よそから来た亜人混成パーティーにもかかわらず、ギルドにいた連中が好意的な態度になった。
「ノルテ、お手柄ね」
「はい、何日かいることになりそうですし」
ルシエンとこっそりそんな会話をしてる。
しかし、「レベル5以上」と参加条件が緩かったおかげで、問題なくマギーたちも参加させられるのはいいんだけど、ギルドにいた冒険者たちのレベルはかなり低めで、これで本当にストーンゴーレムとかが出たら大丈夫なんだろうか?って心配になった。
それに、アンデッドが出るようだから、その対策も必要だ。
ギルドとして何か考えているのか職員に聞くと、明日、神殿からも何人か参加してくれるので、それぞれの武器に「浄化」をかけてもらえるそうだ。
たしかに、普通の武器でも対アンデッド用の浄化をかければ、ある程度はゾンビとかにも効くようになる。ただ、一応効く、程度だし、持続時間も限られるから過信は禁物だ。
俺たちはデーバで武装を更新してきた際に、アンデッド戦の切り札になる銀の武器も、多少は買ってきた。とは言え、銀の短剣が2本と、銀の鏃付きの矢を二十本ほど・・・本当に多少だ。
だって、高いから。銀の武器なんてそうそう買えないよ。
でも、俺とルシエン、僧侶モードにしたリナがアンデッド用の魔法を使えるし、俺とマギーで「聖素」を練り込んだ丸薬もいくらか作っておいたから、それが使えるだろう。
マギーの薬生成スキルはさすがのもので、俺が知らない薬の作り方を色々教わった。
その代わりに、錬金術師がいないと作れない薬を協力して作り、山分けしたんだ。
さらに、パルテポリスを出る際に、ベテラン錬金術師であるデロス教授が、餞別として2冊、西方語で書かれた(俺でも頑張れば読める)錬金術の本をくれたのも大きかった。
それまでは自分で試行錯誤するだけだったために気づかなかった、錬金術の使い方や練習方法が書かれていて、俺の実質的な錬金術スキルはかなり向上していると思う。
ムニカは港町だけあって宿は沢山あって、ちょっと表通りをはずせば、銀貨一枚で朝夕二食付きの部屋が借りられた。部屋は二人部屋ばかりだったので、俺はきょうは「日直」のルシエンと同室だった。
ノルテたちがどうやってローテーションを決めてるのかは、聞いても教えてくれないんだけど、最初のいきさつがあったので、マギーとブッチは入っていない。そして、カーミラは満月の頃に優先的になるからか、普段はノルテかルシエン、ってことが多い。
で、ルシエンと一緒だと、半ば「作戦会議タイム」になるのもお約束だ。けど・・・
「伯爵の館で待ってる時、カーミラが一度、“くさい、死体のにおい”って言ったの・・・」
ピロートークにはグロすぎる。
「私も死の気配、みたいなのを感じた。ただ、害意とか魔物の気配はなかった、それが不思議なんだけど、危険は感じなかったわ」
「死体が埋まってるとか、実は伯爵は既に消されていた・・・みたいな?」
ミステリーっぽい。
「うーん、それも考えたんだけど、シローの話だと息子はわりとまともな人なのよね?伯爵家にはまだなにか秘密があるのは間違いないと思うけど・・・」
互いに考えついたことを話し合ったけど、結局まだ、パズルのピースが足りなさすぎる感じだ。
耳に心地いいルシエンの音楽的な声を聞いているうちに、俺は寝落ちしてた。




