第151話 小さな異変
俺たちは、「マグダレアとブッチーニの学術調査の護衛」という形で西方へ向かうことになった。いったんアンキリウムにあるマグダレアの家に二人を置いてエルザーク王国に戻り、再び合流して西への船で旅を始めた。
アンキラから西方航路で四つ目の寄港地となったムニカは、それまでの各国を代表する港に比べるとずっと小さな街だった。
乗り降りする客も多くはなく、補給のために寄港するだけ、という感じだ。
その印象を裏付けるように、これまで寄港したアダン、ケレース、カテラでは二日ずつだった停泊が、ここでは一日だけだという。
今回の「白イルカ丸」は、前に乗った東風丸などに比べ一回り大きな貨客船だから、港の桟橋に直付けはできず、荷の積み卸しも乗客の乗り降りも、小さな「はしけ」を使う。
その分だけ時間もかかるので、朝ムニカに着いて翌朝には出港するというスケジュールは本当に補給を終えたら出る、という感じになる。
それでも俺たちの目的は行く先々の調査(とその護衛)だから、桟橋に降りると、さっそく、手分けして仕事にかかることにした。
「この街にはアカデミアはないんだよな?じゃあ、マギーとブッチは神殿だから、ルシエンとリナが一緒に行ってくれ」
「りょーかい」
マグダレアが、ちょっと考えこんでから付け加える。
「もし神殿の書庫に参考になるものがなかったら、ここの領主の館も訪ねたいと思うんだ。アカデミアがない街では、領主が直接、学者の後ろ盾になったり、一番古文書を収集してることも多いから」
「わかった、俺たちはいつもみたいに冒険者ギルドに行ってるから、リナを通して連絡してよ。領主の館に行くときは同行するからさ」
「ありがとう。西方の騎士身分のシローがいれば、取り次いでもらいやすいから、じゃあ、またあとでね」
ルシエンに加えて、身分の高そうな僧侶の衣装になった(僧侶への着せ替えのモデルはカレーナ姫だからね)リナを同行させるのは、もちろん「護衛兼連絡係」なのもあるけど、それ以上に、神殿に「古文書を見せてくれ」と頼みに行くのに、神職がいた方がずっと通りやすいからだ。
マグダレアもブッチーニも研究者の身分証は持ってるから、学術調査にご協力をって言うのは理屈としてはおかしくないけど、日頃交流の無いパルテアの大学から来たと言って、信用されるかは別問題だし、ブッチはケモミミで雰囲気も全く学者っぽくないし・・・
その点、ステータスを見せれば、ちゃんとレベル13の僧侶って表示される者がいるのは大きいし、リナは百科事典的知識があるから、それらしい聖句とか神殿の作法もわかってるからな。加えて、古文書の文字とかも読めるようなので、一緒に調べものもできる。
ルシエンも知識が豊富だし、本人も興味があるようなので護衛組にしている。
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俺たちは、パルテアを出てから、貿易風って言うのか、東から西への風を使う船が出る五の月になるのを待ち、海路でアンキリウムに戻った。
そこで、娘との再会を喜ぶマグダレアの両親の所に二人を残して、俺たちはいったん、エルザークの王都デーバまで帰った。
ギルドに、上級魔族のことや、それと絡んでパルテアで受けた新たなクエストのこととかを報告をするのが、一番の目的だった。
あらかじめ通信文を送っておいたアトネスク副ギルド長だけでなく、ギルド長のヤレス殿下まで話を聞きたいと言うことだったので、王宮内の建物に報告に行くことになった。
しかも、そこには軍の幹部として、ミハイ侯爵まで同席していた。
そう、紀元祭の前にカレーナのお供で訪問した、あの老侯爵だ。
魔王の側近だった上級魔族の発見ってのは、王族や軍の幹部が直接聞きたいっていうぐらい重大なことだったらしい。
その後、王都にいる間に、おそらく配下の魔法使いの転移を使ったんだと思うけど、ゲンさんまでやってきて、同じように詳しい話をさせられた。
“接客を伴う飲食店”で、美味い飯と酒をおごってくれたのはいいんだけど、ハトーリにひどい目にあった話をしたら大笑いされて、「けどな、いつか、あいつと知り合っといてよかった、って思うことがあると思うぜ?やっぱりロクでも無いヤツだ、とも思うだろうけど・・・ヘンな術をかけられてないといいがな」って、フォローになってないことを言われた。
それから、ギルドの買い取り窓口で、仕入れてきたスパイスについて相談したら結構いい値段で買い取ってくれたり、来月が上半期の人頭税の期限だと言われて役所に4人分の納税に行ったり、かなりお金も稼いだんで、長旅で傷んだ武器防具を買い換えたり矢を補充したり、デーバにいたのはわずか3日間だったけど、色々盛りだくさんだった。
再び、アンキリウムに戻ってマギーたちと合流し、そこから西方行きの船に乗ったのは、六の月の上弦の四日だった。
これだけ短期間に行き来できたのは、もちろんリナの転移のおかげだ。
リナが転移魔法を覚えたのは、東風丸に乗っていた時だったから、アンキラやエルザークの土地は、まだ「登録」できていなかった。
だから片道はリアルに移動する必要があったけれど、いったん登録しながらデーバまで戻った後は、転移の多用でさっさと戻れたんだ。
リナのレベルアップで、飛べる距離も回数も、そして登録出来る地点の数も増えてきたのが大きい。
そして、「白イルカ丸」は、都市国家群のアダン、多島海の要衝ポレロ島のケレース、そして大陸各国の信仰の中心とも言えるカテラを経由して、この六の月下弦の九日朝、古い歴史を持つ港街ムニカに至った。
クエストの方は、これまでの所、特に進展がない。
停泊地は基本的に各国の主要都市なので、マギーとブッチは、アカデミアという一種の学術ギルドと、魔族関連の古文書を保存していることが多い主要な神殿を訪ねて、魔族や勇者に関する記録があれば片っ端から閲覧し書き写すようにしている。
だが具体的な記録はほとんどなく、現在もなにかありそう、と疑われるような史料は皆無だった。
その場合は残りの時間は、マギーはその土地の特徴的な薬草や伝統的な薬について、ブッチはちょっときな臭いけど街の防衛設備や街道の整備状況、衛兵の装備などを見ているようだ。
俺たちは二人の護衛をする者と、冒険者ギルドに行って魔物や迷宮など最近なんらかの変化が無いかを聞き込んで来る者に、分かれて行動していた。
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そして・・・
4か所目の停泊地であるムニカの冒険者ギルドは、港の外れに立つ古い煉瓦造りの塔のような建物だった。
これまでの停泊地では一番小さく、ドウラスのギルドぐらいの印象だった。
街の規模も人口4、5万人らしいからドウラスなみだ。外洋船が停泊するいわば国際港としては少ない方だろう。
ギルドの中に入ると、朝一番のクエスト取得で混雑する時間は済んだ後で、冒険者の数は少なかった。
入り口に一番近い窓口で、エルザークから護衛任務で立ち寄った冒険者だと告げて、特に危険情報などが出ていないか尋ねる。お決まりの挨拶みたいなものだね。
「お前さんたち、護衛任務ですぐ発つのなら、別に危険というわけじゃないが」
だが、中年のギルド職員の反応は、これまでの停泊地とはちょっと違っていた。
「ムニカは治安がいいのが自慢だったんだが、ここの所、山の方で急激に魔物が増えてる。最近の大雨で土砂崩れが起きて、そこに廃坑らしいもんが見つかったんだが、どうもそのあたりから魔物が湧き出てるらしい。まあ、この街からはかなり離れてるから、すぐにどうこうって話じゃないがな」
ムニカは、白嶺山脈が多島海に迫っている境目に位置しており、昔は近郊に鉄や銅の鉱山があったらしいが、既に掘り尽くされて廃坑になったものばかりで、入口さえわからなくなっているところが多いらしい。
そんなかつての鉱山らしい坑道の入口が土砂崩れで偶然露出した、ということだ。
「どんな魔物が出てきてるんだ?」
「それがな、オークとアンデッドが多いんだが、未確認だがゴーレムが出たなんて噂もある。既に初級と中級のパーティーが3つ、消息を絶ってて、まもなく合同討伐隊が出る予定だ。だから、山の方には行かない方がいいぞ」
ゴーレム、と聞いて俺たちは顔を見合わせた。
「ゴーレムって言っても、色々あるだろ?」
「・・・見かけて生還した奴らは初級パーティーでな、ゴーレムを見た事なんてなかったから、ストーンゴーレムかアイアンゴーレムか、さえ見分けられなかったんだ。だから、そもそも眉唾なんだけどな」
職員自身は、ゴーレムが出たなんて逃げてきた初級パーティーの与太話とでも思ってるようだ。
だが、実際に最近ストーンゴーレムと戦ったばかりの俺たちには、それが偶然の一致とは思えなかった。
念のため、ギルドの壁に貼られた周辺地図で、その廃坑の場所と、魔物が増えているエリアを聞いておいた。
この港町からは10kmぐらい離れているようだ。
依頼掲示板を見に行くと、たしかに最近の日付の魔物の討伐依頼が多数貼られている。
俺は帰りの船中でも読み書きの勉強を続けた甲斐があって、今じゃレムリア語で書かれた定型の依頼文ぐらいなら、大体読めるようになってるんだ。
朝イチの依頼受託タイムを過ぎても、これだけ残っているものが多いってことは、ここのギルドの冒険者の数では手が回りきらない状況で、徘徊する魔物が増えていきかねないことを意味するから、よくない状況だ。
そして、職員が話していた合同討伐のクエストも貼られていた。
ちょうど明日夜明けからだ。これが数回目なのか、初回なのかは書いてないが。
「気になりますね、ゴーレムが突然出たって」
「ああ、クサいな・・・」
そんな話をしていると、リナから念話が届いた。
(いまから神殿を出るとこ。ちょっと曖昧だけど、他ではあまり聞かない魔除けの聖句が百年以上昔から伝わってて、ここの領主の伯爵のご先祖様が残したらしいって話なの。だから領主様の所に行ってみようって・・・そっちはどんな感じ?)
ますます怪しい。
領主の館の場所を聞くと、俺たちは直接向かう方が早そうだったので、現地合流にした。
そして、坂道を上って山手の、魔物が徘徊するというエリアにかなり近い所に、そのデカルノ伯爵、という領主の館はあった。
地図スキルで遠くに2,3の小さな赤い点が映るのは、見晴らしがいいから行ったことの無い範囲まで映っているからだろう。距離があるので、当面は放置でいいと思う。
蔦にすっかり覆われ、本当に人が住んでるのか?って疑うぐらい、古い石造りで、生気の無い、なんていうか・・・
「ここ自体が夜になったらアンデッドが出そうな雰囲気だよな」
「や、やめてくださいっ」
つい口に出したら、ノルテがおっかながってる。
5分ほど待つと、マグダレアたちが、ふうふう言いながら坂道を上ってきた。
「シロッチ、おまたー」
ブッチはいつも通りだ。
「なんだか、薄気味悪いところ、って言ったら失礼かな・・・」
「まあ、みんな思うよね」
マグダレアの不安に相づちをうって、古い茨に覆われたアーチをくぐる。
地図スキルに映るものはないけど、察知スキルでは、たしかに屋敷の中に人の気配はある。人、だよな?
作りとしては立派な、だが長年手入れされずに荒れた感じの館の入口で、マグダレアが声をあげた。
「こんにちはー、学術研究で当地を訪れた者です。伯爵さまにお取り次ぎを願いますー」
マギーの声は女性にしては少し低めでやわらかい感じだから、聞いた人に警戒感はかき立てないと思う。
でも、その声はむなしく屋敷の庭に響くだけだった。
「どなたか、いらっしゃいませんかぁー」
中に気配はあるんだが・・・あきらめかけた頃に、カーミラの耳がぴくっと動き、まもなくして、奥の暗がりから近づいて来る足音がした。
「・・・」
無言で俺たちの前に姿を現したのは、古めかしいメイド服みたいなのをまとった、背中の曲がった老婆だった。
息をのんだマギーにかわって、俺が話しかけた。
「お約束もいただかずにお邪魔し、すみません。自分は、エルザーク王国の騎士、シローと申します。こちらは、パルテアの学者さんたちです」
大丈夫だよな?俺だってその気になれば、ちゃんと礼儀正しく話せるのだ、やれば出来る子だから。
「パルテア帝国大学校の研究員でマグダレアと申します。伯爵家に伝わっていたと見られる魔族に関する伝承について、教えていただきたいと思いまして・・・伯爵様にお話を伺えないでしょうか?」
マギーが、大学の職員証と各国共通のアカデミアの身分証を出して掲げた。
老婆はじっと、なにを見つめているのかわからない視線で俺たちの方を眺めてから、うなずいた。でも、まだ無言だ。
「・・・しばしお待ち下され」
ようやく、古めかしい言葉でそう告げると老婆はきびすを返し、薄暗い廊下を奥に消えた。
そして、数分後、再び戻ってきた老婆がぼそりと言った。
「お入り下され、こちらへ」
希望がかなったはずなのに、一層緊張感が高まった。
お待たせしました、
第三部 亜人戦争篇、開幕です。
 




