第150話 新たなクエスト
帝国大学校の守衛所で、ベハナーム教授に呼ばれてきたと伝えると、どうやらあらかじめ来訪は登録されていたようで、すんなりと、敷地の奥の方の高い塔がある建物の4階だと説明された。
「部屋番号401って、こっちの文字もなんとか数字だけは読めるようになってきたかな・・・」
「シロー、あの角の部屋のようね」
全員でとも一人でとも言われていなかったので、きょうは結局みんなでベハナームの所を訪ねることにした。宿から歩いてもそう時間はかからないし、みんなに聞いたら、異国の学校ってのにも関心があるようだったから。
「よく来てくれた。まあ、かけてくれ」
「今回は本当にご苦労じゃったな」
ベハナームの教授室には、一緒に遺跡に入ったデロス老人も来ていた。同じ建物の一つ下の階に研究室を持っているそうだ。
この教授室はかなり立派な作りで、大きな応接セットみたいなのがあり、長いソファーみたいなのが二つと、一人がけの肘掛け椅子が二つ、コの字型に並んでいた。
教授たちが、一人がけの椅子にそれぞれ座ったから、俺とルシエンがその正面のソファー、カーミラとノルテが横のソファーに座った。
どこで聞いていたのか、っていうぐらいのジャストタイミングで、まだ若い秘書風の女性がお茶を出してくれた。こっちはお茶文化のようで、ただ、日本茶ではなくジャスミンティーとかに近い感じだろうか。
しばらくは、別れてから俺たちがどうしていたかとか、マグダレアとブッチは無事レポートを出しに来て卒業の目処が立ったこととか、普通の話をしていたが、それからおもむろに、ベハナームがあらたまった様子で切り出した。
「この度は、本当に助かった。あの遺跡は帝国領土の外にあるとは言え、あのような危険な存在が眠っている以上、今後は十分警戒しなくてはならないからね。当面は結界で勝手に出入り出来ないよう封じることになったから、ひとまず安心してくれ」
それは、とりあえずは妥当な判断なんだろう。
「そして君たちの冒険者としての腕前も、非常に高いレベルにあることがわかった。そこで、ひとつ護衛依頼をしたい」
「冒険者に対する仕事の依頼、でしょうか?」
隣りに座ってるルシエンが、俺の秘書みたいに聞き返した。
「その通り、うちの研究員による学術調査の護衛だ」
ベハナームのその言葉に、俺はドキッとした。マゴルデノアが予言した通りだったからだ。
ルシエンは俺の方をちらっと見た。
「俺たち、この後は帰国して、しばらくはリフレッシュするために、自由に旅して回ろうと思ってるんですが」
「ほう、それは素晴らしいことだ。ちなみに、どちらに行こうと考えているのか、伺ってもよいだろうか?」
「・・・エルフと、ドワーフと、人狼がいるところに」
俺がストレートに答えると、珍しくベハナームが言葉に詰まった。
「・・・それはそれは、ユニークな、いや、君たちとしてはごく自然なことかもしれないね」
「ええ、なので、もしたまたま、そのついでに寄れるような所、だったら構いませんけど?」
「ふーむ・・・」
「それでよいのではないかな?」
「デロス先生」
穏やかな笑顔を浮かべた老教授が口を開いた。
「率直に言えば、調査したいのは今回見つけたような魔族の遺跡が、他にも眠ってはおらぬか、じゃ。二百年前の勇者と魔王の戦いの生き残りが、他にもまだ封じられているようであれば、それは世界全体にとって大きなリスク要因じゃろう?」
「それはそうですが・・・でも、それって一大学とか一冒険者のレベルを超えているような気がするんですけど?」
「その通り。じゃから、我が国だけでなく各国の情報機関、プロの集団も間違いなく動いておるだろうと思う。じゃが、国や軍の調査では、各国が得た情報をその枠を越えて共有するのはなかなか難しい」
まあ、そうだろう、特に仲の悪い国同士は。
「西方と東方は経済の交流こそ盛んだが、政治や軍事のレベルでは良好な関係とは言いがたい。互いの得た情報は共有されぬ。だが、学者の世界はそうではない」
なんとなく言いたいことがわかってきたな。
「つまり、仲の悪い西方の国の状況でも、外交官や軍隊じゃ無く、学者の研究でなら入れるだろう、ってことですか?でも、その情報は共有されるんですか?」
痛いところを突いたのか、ベハナームは黙ってる。
「うむ。護衛してもらいたい研究員は、私の部下だ。そういうことじゃったな、ベハナーム先生」
「それはその通りです・・・ですが、デロス先生」
「いいのではないかね?調べた結果が他の国に知られたとしても、我が国には最上の、そして最も早い情報が入るのであれば。所詮、ことが起きれば我が国だけではいかんともし難いのじゃから」
「・・・わかりました、情報の共有については学術レベルでは認めましょう」
二人の間で話はまとまったようで、ベハナームがあらためて切り出した。
「もちろん、国家レベルでの情報収集もしているから、君たちには気楽に、と言うと語弊があるが、必ずなにかを見つけなくてはならない、などと責任を感じてもらう必要はない。調べた範囲ではなにも見つからなかった、というのも価値ある情報だし、他にも一般的な調査課題も用意している。・・・それに、そもそも調査するのは研究員で、君たちに依頼したいのはその護衛だ」
俺は仲間たちの顔を見て、一任されてるのを確認してから尋ねた。
「目的地と期間、そして報酬とかのもう少し詳しい内容を聞かせて下さい。それに、その研究者ってのはどういう人ですか?」
「目的地はレムルス帝国とメウローヌ王国、その他、この秋までの半年で帰ってこられる範囲で、西方の国々を。報酬はパーティー全体で1日小金貨10枚、また宿代と船や長距離馬車などを使う場合は、雇い主側負担ということでいい」
破格の条件だよな?
一人あたりだと、一日小金貨2.5枚=銀貨50枚だ。今回の商隊の護衛は、一人一日銀貨6枚だったから、一気に8倍だ。デーバで見た他の護衛クエストでも、こんなに割がいいのはなかったと思う。
ただ、それだけ危険もある、ってことだよな?今回みたいなとんでもない魔族がいるところを探すわけだから・・・稼ぐことが目的なら即承諾するような条件だけど、死んだら意味がない。
「あくまで調査、ですよね?ヤバイ相手の実力を調べろ、なんてこと言わないよね?」
「むろんだ、研究員が護衛が止めるのを聞かず無謀な振る舞いをするようであれば、ついていく必要はない」
なら、ありかな・・・その研究員ってのがヘンなヤツでなければ。
「安全管理については、私たちの判断に従ってもらうことを契約にも入れていただけますか?」
ルシエン、しっかりしてるな、その通りだ。
「心得た、さっそく契約書を作成しよう」
「なら、よいと思うわ、シロー。日程的にも本来の予定と両立は可能だと思う」
ルシエンも安心したようだ。
でももう一つ大事なことがあったよな。
「で、その研究員というのは、先生たち、じゃないですよね?」
「残念ながらな、行きたいのはやまやまじゃが」
そう、デロス老が笑った。
「マグダレアとブッチーニの二人だ」
「「「えーっ」」」
声をあげたのは俺以外の3人だった、声色がかなりネガティブなんだが。俺は声も出なかった・・・
「この度、当大学校の見習い研究員として採用し、デロス先生の歴史研究室に配属されることになった。正式には5日後、卒業と同時に発令されることだがね」
「シロー・・・」「ご主人さまぁ・・・」
大丈夫だ、大丈夫だと思う、きっと・・・
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「帰りに夕飯を食べてくわよね?」
この先半年間も?あの二人と同行することになって、機嫌が悪いルシエンとノルテ、そしてマイペースだけど単純に空腹でテンションが下がってるカーミラを連れて、大学校からの帰り道、街の中心部に向かう。
「その前に、ちょっとだけ寄りたい店があるんだけど・・・」
俺はおそるおそる切り出した。
こういう空気になるとわかってたら、別の日にすべきだったろうか?
「え、どこに?」
「いや、すぐそのへん・・・あ、あそこなんだけど」
高級そうな貴金属店の看板が出てる。
「えっ、シローが、貴金属?」
ルシエン、その思い切り“がらじゃないでしょ?”的反応はどうかと・・・いや、俺もそう思うけどさ。
日中、ギルドの女性職員に、「女性冒険者に人気の装飾品の店」ってのを聞いて、すっごく緊張しながら、店員に相談してきたのだ・・・
「お待ちしてました、試着と調整ですね、こちらへ・・・」
閉店間際の時間で予約なんかしちゃったもんだから、ちょっと焦ってた。
「あのさ、お土産っていうか、俺からも、なにかって・・・」
「まさかっ」「私たちにプレゼントしてくれるんですか!?」
会話を続けろ、がんばれ、俺。
「あの、迷宮でカーミラの革のベルトがちぎれちゃったし、せっかくだから、みんないつまでも粗末な奴隷の革ベルトとか、させておきたくないし、パルテアは貴金属も有名だって聞いたし、だったら、ネックレスとかブレスレットでも・・・って」
なんか皆さん、目が点になってますよ。
「・・・はー、男の子って、ちょっとずつ成長するのねぇー」
なにそれ、その母親的リアクション。
「信じられません、ご主人様なのに、まさかすぎて感激です」
なんか、褒めてるのか褒めてないのか微妙だ。
「あるじ、食べられる?」
いや、それは無理。
候補として最初に出されたのは、一応これかなぁって、選んどいた銀のネックレス。
冒険者が身につけても邪魔にならないような、宝石とかはついてないシンプルなデザインで、けど日常、上流の若い女性が身につけてても様になるぐらい、エスニックで精緻な模様が刻まれ、魔除けの呪文とかも彫り込まれているらしい。全部店員の受け売りだけど。
3人それぞれ首にかけてサイズのあうものを選び、鏡の前に立つ。
カーミラのは突然狼化しても首がしまらないよう、少し長めに調整してもらう。
うん、いい感じだ、何しろ素材がいいから。ファッション雑誌とかで、それモデルが美人だからオシャレに見えるだけじゃん?ってのがよくあるけど、うちの女子たちはその点OKなのだ。
「別のとか、ブレスレットとかでもいいから、今イチだったら・・・」
「これ、素敵です。でも高いんじゃありませんか?」
「シローが最初にいいと思ったのがこれなのよね、悪くないと思うわ」
なんか、気に入ってくれてるみたいだ。
俺も、おそろいの男性用デザインってのを出してもらい、はめてみる。
「みんなおそろい?」
「うん、奴隷だからじゃなく、これは俺たちパーティーの証ってことで」
ご機嫌なカーミラに答える。
「いいわね、それ」
ルシエンがにっこりする。そういえば最初に会った頃はこんな笑顔、なかったよな。
稼いだ金貨が十枚単位で羽が生えて飛んでいったり、夕飯の時間がちょっと遅くなったけど、その分もがっつり食べて東方の強い酒も少し飲んで、相変わらずノルテはケロッとしてるけど、カーミラはハイテンションになってる。
そして、宿に戻ってからも、お土産に買い込んだ衣装を見せてもらったり、たわいない話で盛り上がったり、あっという間に夜は更けていった。
もう、元の世界より、今のこっちの世界の方が自分のリアルになってる気がする。
それもまた、限られた生の中のかりそめのもの、そんな声がどこからか聞こえた気がするけれど、だからこそ今を、この仲間たちを大事にしよう、と思う。
いつか、旅路の終着点にたどりつく、その時まで。
これにて第二部完結です。ご愛読、評価とレビュー、ありがとうございました。
ご覧の通り、まだまだシローたちの旅は続きます。
引き続き、第三部を執筆中です。準備が整うまで少しだけお待ち下さい。
 




