第149話 助言
上級悪魔が眠る遺跡に入った翌朝、俺たちはまたリナの転移魔法を重ねて、帝都パルテポリスへと戻ってきた。
「リナ、ほんとにお疲れさま、あとはゆっくりしてくれ。けど、昨日よりスムーズだったよな?」
「うん、一日でMPが増えた実感はないんだけど・・・まあ、さすがあたしだね、もっとほめていいよ?」
リナには連日無理をさせたけど、昨日ほど急いではいないので、休憩を長めにとってしっかり瞑想してから再転移するようにしたのと、リナ自身も慣れてきたってのもあるのか、昨日よりはかなり楽そうだった。
マグダレアとブッチはレポートを仕上げるため、すぐに学生寮に戻った。
俺たちは宿を取って汚れ物の洗濯を頼み、その後はそろそろ帰国も考えているので、ノルテ、カーミラ、ルシエンには、パルテポリス散策とお土産物探しに行かせた。
そのついでに、ゲンさんの通信文にあったスパイスとかが、もし安く買えるようなら荷物に入る範囲で買ってきて、とお金を多めにもたせた。
スパイスは、売って儲ける以前に、手に入ると俺たちの食生活も改善するからね。
鉱石の方は、さすがに商売になるほどの量は仕入れるのも運ぶのも大変そうだから、パスかな。
その間に、俺は冒険者ギルドに再び顔を出して、新たな危険情報とかがないかを確認した。
そして、宿で考えてきた通信文をゲンさん宛に返信した。かなりお金がかかるけど、レムリア語で口頭で言えば通信文にしてくれるのは楽だった。内容はもちろん、例の魔族の遺跡のこと、それとハトーリに会ったこともひと言。
ベハナームは、マグダレアとブッチには「他言無用」だと言ってたけど、俺たちは言われていないし、そもそも命令される立場でもないしね。
俺たちは自分で見つけた遺跡に調査に入った、そこに彼らも同行した、という関係だから。
それに、なんとなくあれは、自分たちだけで抱えておいてよい事じゃないような気がするしな。
そう考えて、遺跡については大体同じような内容を、デーバのアトネスク副ギルド長宛にも送ることにした。
アトネスクには頼まれてたわけじゃないけど、たしか冒険者登録の時に、「仕事先で他の冒険者にも関わる重大と思われる情報を得た場合は、ギルドに報告すべし」って説明を受けた覚えがあるから。
ギルドのエライ人って言うと真っ先に頭に浮かんだのがアトネスクだった、ってだけだ。
ところが、考えてみればあたりまえだけど、通信文を口頭で頼むと、受付の職員はその内容を知ることになる。それで、「ちょっと待ってて欲しい」と言われて、職員はここのギルドの幹部を呼びに行った。
なんか大事になりそうな気配だな・・・
しばらくして上の階の立派な部屋に連れて行かれた俺に、流暢な西方の言葉で話しかけてきた男を見て、驚いた。
長い耳、褐色の肌、ダークエルフだ。亜人がギルドの幹部なんだ。
<マゴルデノア ハイエルフ 男 212歳 LV24>
ん、ダークエルフじゃなく、ハイエルフって種族なのか?前にこのギルドでちらっとみかけたダークエルフは、そのままダークエルフって表示されてたけど・・・
そしてなんと!二百歳超えだよ、俺がこれまで会った最高齢だ。
エルフとかは長寿だとは言われるけど、実際に人間じゃあり得ない年齢を初めて見た。
「副ギルド長のマゴルデノアだ。すまぬが、少し話を聞かせてくれぬか」
ぱっと見は人間なら壮年期ぐらい、わずかにしわが刻まれ、しかし十分まだ若々しく、思慮深そうな人物で、スキルとか呪文は多すぎて、すぐには把握しきれなかったが、とりあえずルシエンの上位互換みたいだった。
思わずステータスに見入ってて、俺はまだ自分が名乗ってもいないことに気づいて、あわてて挨拶した。
「いや、気にしなくていい。異国のギルド所属の冒険者をいきなり私信に関することで呼びつけ、心苦しく思っている。だが、職員が耳にした内容がまことなら、由々しきことだからな、容赦願いたい・・・」
十分の一以下の年齢の若僧に、ずいぶん丁寧だ。
口調だけでなく、悪い人じゃなさそうに思う。ルシエンがいたらどう感じるかはわからないけど。
俺は、ちょっと迷ったものの、結局、あの遺跡で見たことを包み隠さず話すことにした。
口が軽いヤツって思われるかも知れないけど、アトネスクに通信を送ったのと同じで、なんかこれは自分の扱える範囲を超えてる話で、もっと知恵のある人に知ってもらった方がよさそうに思った、ってのが本当のところだ。
「そうだったか・・・よく話してくれた」
マゴルデノアは聞き終えてそう言うと、しばらく目を閉じていた。ただ、その頭の中で、なにかものすごく色んなことを考えているんだろう、ってことは感じた。
「シロー、そなたがその遺跡を見つけてくれたことは、神々のはからいだったかもしれぬ」
いや、そんな大層なもんじゃないと思いますけど、俺は。
「先入観のない、そしてつまらぬ利害関係を持たぬ者が最初にそれを見つけ、曇らぬ目で見てきてくれた、それはそなた自身が思っている以上に大きなことだよ」
マゴルデノアはそう俺を見つめながら言った。それからなぜか、ちょっと苦笑いに近いような笑顔を見せた。
「そして、このタイミングで当ギルドに来てくれたのも幸運だった。ギルド長が不在で、私だけがいる時にな」
「え?それ、どういうことっすか」
目を白黒させてる俺に、真顔に戻って続ける。
「各国の首都ギルドにはよくあることだが、ギルド長は帝室に連なるお方でな、人間の王族というのは、世界全体の危急に関わることであっても、まず自国の利を考えてしまう傾向が残念ながらあるようだ。このこともギルド長が最初に聞いていれば、握りつぶされてしまったかもしれぬし、最悪、そなたの身が危険にさらされたかもしれぬ」
そんなにヤバイ話だったのか、これ。てか、この人、二百歳超えってことは、実際に魔王とか勇者とか見たこともあるんだろうか?
「ご期待に添えず残念だが、先の大戦の時、私はまだ幼子だったからな、魔王も勇者もこの目で見てはおらぬよ。だが、世界がまことに滅びかけ、その中を私たちも一族と共に逃げ惑い、多くの仲間が死んだことはよく覚えているよ。あのようなことは繰り返してはならぬ」
太平洋戦争の時に小学生だったじいちゃんが、空襲とか学童疎開とかの話をしてくれるみたいな感じか、時間スケールが違いすぎるけど。
「この国はおそらく、その上級悪魔を滅ぼそうとはせず、箝口令を敷くだろう。だから、その前に聞けてよかった」
え、ベハナームとかが調査に同行したのに、なにもしないってこと?
「封印ぐらいはしようとするだろう。滅ぼそうとして滅ぼせる自信が無ければ、寝た子を起こすより、為政者の生きている間には起きないことを願って手を出さない、人の子は、えてしてそういうものではないか」
うーん、そう言われればそうかもしれないけど、人間と比べてずっと人生が長いエルフには違う見え方をするってことか。
「その上で、これからのこと、これからそなたの身に起こりうることを話そう」
マゴルデノアは俺の目を、あるいはそのさらに奥まで見通すようなまなざしで見つめながら、ゆっくり口を開いた。
俺の身に起こること、だって?
「慎重に振る舞っておれば、口封じをされる可能性は低いと思うが、しばらくはそなたも同行者も用心を怠らぬことだ。そして、そなたらはこの国の有力者から何らかの依頼を受けることになるだろう」
「えっ?たしかにベハナーム教授から、依頼があるようなことを言われてるけど・・・」
さっきはそこまで話してないのになんでわかったんだろう。予知とか予言なんてスキルはなかったけど・・・
「そなたは面白い星を持っているようだ。そなたは勇者ではないし、聖者でもない」
なんだよそれ?
「だが・・・特別な役割、車輪を回す、あるいは埋もれた宝玉を見いだす者かもしれぬ・・・いや、依頼の話だったな、おそらくは、北か西への調査であろう」
「えっ・・・と、調査って、また今回の遺跡調査みたいな?」
「そうだな、あるいは調査の護衛か、人捜しのような依頼かもしれぬが」
「・・・もし、それを断ったら?」
「わからぬ。それですぐに殺されることは無いと思うが・・・もし、そなたが何かしたいことがあり、それと対立することでないのなら、形の上では引き受けて、但し、常にその影響を考えながら、思慮深く行動するのがよいと思う」
なんとも微妙な助言だな。
「俺がやりたいことってのは、今のところ、この世界の色んな所を旅して回りたいと思ってて、同行者はふるさとや同族から引き離されちゃった亜人たちで、その同族を探してやりたいって思ってるんですけど・・・」
こんなことまで話す必要はなかったかもしれないけど、マゴルデノアは温かい笑顔を向けてきた。
「そうかね、それは素晴らしいことだ。ならば、その望みを伝えて、それと共に依頼をこなすのでもよければ、と申し出るといい。おそらくかなりの希望は通るはずだ。彼らにとっては、それでも利があるのだから」
そして彼は、最後に遠い目をしてこう付け加えた。
「この国の民もそなたらとなにも変わらないし、今は目先の損得にとらわれて、そなたらを害するように見える者たちも、最終的には敵対する存在ではないのだ。そして、小なる者が常に弱き者ではないし、時に恐れを知ることこそが真の勇気でもある。命を大事にせよ、人の子よ」
マゴルデノアの言うことは、俺にはまだよくわからなかったけど、ただ、彼が自分の長い生の中で経験したことを俺に伝えようとしてくれてるんだ、ってことはわかった。
「・・・そういえば、マゴルデノアさんは、ダークエルフじゃなくてハイエルフ、なんですよね?」
俺は気になってたことを思い切って聞いてみた。
「ああ、判別スキルか。そう、元々はダークエルフだがね。知っての通り、エルフとダークエルフは近縁種だが、どちらも経験によってハイエルフという共通の上位種、そなたらの言葉で言えばジョブとかクラスと言うのか、そうなることがあるのだよ」
知らなかった、エルフもダークエルフも上位種はハイエルフなのか。だったら、エルフとダークエルフが、反目する意味もないんじゃないか。
「ダークエルフって、こっちには大勢いるんですか?」
「残念ながら東方でも数は減っている。今や全てあわせても万には届くまい。西方には肌の白いエルフが多いようだが、彼らもかつてほどはおらぬだろう。そなたの連れにはエルフの娘がいるそうだが、これから益々大変な時代になるが生き急ぐなと伝えてくれ。ダークエルフあがりの言葉など、聞く耳持たぬかもしれぬが」
「その・・・この世界じゃ、なんでエルフとダークエルフは仲が悪いんですか?」
口に出してから、失礼な質問だったかな、って思った。
「それは・・・今となっては誰にもわからぬよ。つまらぬことだ」
マゴルデノアは、なんて言うか、ちょっと自嘲気味な感じの疲れた笑顔を見せた。
「・・・すみません、へんなこと聞いて」
「いや、むしろ、エルフもダークエルフも、そなたのように疑問を持つべきなのだ。幸いそなたは亜人蔑視とは無縁のようだが、種族の違いでいがみ合うなど愚かなことだ。命あるものは全て、つながりあって生きているのだから」
「・・・そうですね、ほんと、そうですよね」
俺はただ、ハイエルフの言葉を心の中で噛みしめていた。
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日が傾き始めた頃、宿でノルテたちと合流した。
「ご主人さま、スパイスは色々買えましたよ。今度料理する時にも使ってみますね」
楽しみだな。
俺はスパイスには全然詳しくないけど、胡椒みたいなメジャーなものだけじゃなく、20種類ぐらい見つけたそうで、市場でいくつもの露店を回り値切って買ってきたらしい。
ちょっと臭いを嗅がせてもらっただけでも、食欲がわくものから目や鼻がつーんとしてくるものまで色々だった。
ルシエンとリナには、マゴルデノアから聞いた話を伝えた。
ルシエンは、212歳の元ダークエルフで現ハイエルフの副ギルド長、っていうことにすごく驚いてたけれど、生き急ぐなって彼の言葉には特に反発もせず、考え込んでるようだった。
そして日が沈む前、下校する学生たちとすれ違いながら、俺たちは帝国大学校へと向かった。




