第147話 帝国の脅威
ガラテヤ峡谷の遺跡の地下深く眠る上級魔族を目にした俺たちは、そこを守る暗殺者や神官の群れと戦い、なんとか脱出した。
ブッチを襲った暗殺者を倒した後、俺たちはさらに追ってくる敵を排除しながらなんとか地上に脱出した。
その後も突然現れたストーン・ゴーレムやゴブリンの群れに包囲されかかったけど、ベハナームやアーレズたちはさすがに強かった。
強化した風魔法を関節部分に集中して浴びせ、最後はアーレズが魔法剣で膝関節を破壊して、一体のストーン・ゴーレムを行動不能にした。すごいね。
それを見て、ゴブリンたちは散り散りになって逃げていった。
デロス老によると、ストーン・ゴーレムは昔から、魔族が警備などによく使役していたから、二百年前に配備されたものではないかとのことだ。
ゴブリンの方は、おそらく直接の関係はなく、むしろ他の魔物は襲わないストーン・ゴーレムがいる場所は安全だと考えて、群れが住みついたのだろうという。
それでも、また暗殺者とかに狙われるとおちおち休憩もできない。
俺たちは峡谷の向こう側が見通せる場所まで避難すると、そこから有視界の転移で、あのパルテア国境へと飛び、関所の宿舎に入ることにした。
リナは遺跡ではずっと、人形サイズの僧侶にして革袋の中で「瞑想」させていたおかげで、なんとか短距離転移なら出来る程度に回復していた。
それでも、きょうはこれぐらいで休ませてやった方がいいだろう。
国境の関所は、軍の士官と高名な学者たちがついているおかげで、ほとんど顔パスみたいな状態だった。この間とはエライ違いだ。
「間違いなくイスネフ教徒でしたね」
「うむ、そこは偽装という可能性も低そうだな、このレザリウムは本物だ」
アーレズの言葉に、ベハナームが、返り討ちにした神官たちが首にかけていたネックレスみたいなのを並べて返事をする。
レザリウムというのが、この、翼のあるヘビが剣のような形をした金属製の飾り物、それを数珠みたいなのにぶら下げた物の呼び名らしい。
「とは言え、イシュタールが国として魔族に通じているとは言えますまい」
回収したいくつものレザリウムを一緒に調べながら、デロスが慎重な言い方をする。
アーレズもその点はわかっているようだ。
「そうですね、デロス教授。今やイシュタールのみならず、各国に、わが帝国にさえ、イスネフ教は浸食しています。一部の狂信者がなにをしようが、それでイシュタールを追求するわけには行かないでしょう・・・」
「そもそも、唯一至高の神を信ずるイスネフ教徒、広く信じられている多神教の神々すら邪神であり悪魔であると主張する彼らが、よりにもよって魔王や上級魔族を信奉するなど、普通はありえぬしな」
「普通は、ですな」
「ええ、普通は、です・・・」
学者たちが視線を交わしてうなずき合う。
「しかし放置は出来ますまい。魔王の側近中の側近、その爪牙とまで呼ばれた上級悪魔ダズガーンが、まさかわが帝国の目と鼻の先にいるとわかった以上は」
「えっ」
俺はデロスの言葉に驚いた。俺にはステータスとかなにも見えなかったんだけど?
「ああ、君は判別中級しかもっていなかったね?」
ベハナームが、驚いた俺に教えてくれた。
「ステータスを偽装したり、スキルを隠蔽したり、そういうスキルや魔法もあるのだよ。それを見抜くには、通常、判別上級、などが必要になる」
「それに、今回はあの悪魔のステータスが見えなくても、壁画の所に書かれてましたね」
口を開いたのは、ノートを開いたマグダレアだった。
「“アシュガンの地に、偉大なる王の右なる爪牙ダズガーンが築きし祭壇の間”、そう書かれていました、先生」
「ほう、古代文字の勉強もしっかりしているようだね、マグダレア、その訳で上々だ」
あの危険な場所でしっかり記録を取ってきた教え子に、ベハナームが満足げに肯定した。
「シローさん」
それから俺の方に向き直って、あらたまって言う。
「我々は軍と政府に、直ちに一報を入れたいと思っている。これは明らかに、帝国安全保障会議の招集が必要なレベルの脅威だ。どう対処することになるかはわからないが、放置はできない。これから直ちに帝都に帰還するつもりだ」
たしかに、これだけヤバイものを見つけたら、隣接国の有力者としてはそうなるかな。俺たちはでも、きょうはもうこれ以上リナを酷使したくないし・・・
「皆さんは元々、学生たちの同行者だから、今夜はゆっくりしてくれればいい。明日帝都に戻り、夕方、大学の私の所に寄ってもらえないだろうか?」
それから、マグダレアとブッチーニの方に話しかけた。
「君たちはきょう見たことを、そのまま客観的なレポートにして明日、提出しなさい。ブッチーニ君はサーマット先生の研究室だったな、先生にも話しておく。今回の事は他言無用だ。代わりに、そのレポートをもって卒業論文として認定する」
二人が息を飲むのがわかった。
「シローさん、二人を明日、安全に帝都まで連れ帰ってほしい。そして、おそらく明日の夕方、冒険者としての君たちに正式な依頼を出すことになると思う。なるべく好条件になるようにするので、前向きに検討してもらえればありがたい」
それから、ちらっとアーレズの方を見てから続けた。
「今回の働きも、ボランティアでは済まされないだろう。一日分の護衛料を払わせてもらうよ、国軍がね」
「え、閣下っ、それは」
「もう閣下じゃないよ、アーレズ」
にやっと笑うと、ベハナームたちは出て行った。
「・・・なんだか大変なことになってきましたね、ご主人様」
みんなの視線が俺に集まってる。こういうのは苦手だ。
「うーん、ともかく明日話を聞いて、冒険者のクエストとしていい条件なら受ける、それだけかなぁ」
「あるじー、カーミラ、お腹空いたよ」
うん、カーミラのマイペースぶりがこういう時は癒やしだよね。
「そうですね、まずご飯ですっ」
ノルテもご飯と聞いて気持ちが切り替わったようだ。
まだちょっと早いけど、そしてここの宿舎はメシマズだったけど、これだけ朝から大変な経験をしたんだし、まずは燃料補給しよう・・・
そして・・・
「ベハナーム教授たちに感謝ね」
普段、食事にあまり注文をつけないルシエンが珍しく嬉しそうだ。
そう、彼らが宿舎の方に声をかけておいてくれたんだろう。
俺たちは例の旅人用の大食堂じゃなく、VIP用なのか、こんなとこあったの?っていう感じの応接室みたいなところに案内され、嘘みたいに美味しい食事を振る舞われた。
やれば出来るじゃん、パルテア帝国。
ワイン風の食前酒、卵と季節の野菜のスープに前菜、魔物臭の無いほどよい焼き加減のステーキ、香ばしいパンに、デザートのケーキ・・・まじフルコースですよ、コレ。
普段貧乏学生してるらしいマグ&ブチコンビは、
「もう学生寮の食事には戻れないよおー」
と言ったきり、ノルテに負けないペースでガツガツ行ってた。
そうか、たった今、俺は真実にたどり着いたよ。食べた量が胸に行くのだ、なんという素晴らしい錬金術・・・
「コホンっ」
ル、ルシエンさん、視線が冷たいですよ。
そして部屋の方も例の男女別大部屋ではなく、エライ人の視察用なのか、別棟に案内された。前室があり、その奥に4人部屋と2人部屋の2ベッドルームがある作りだ。
イメージとしては、VIP夫妻の二人部屋+随行者用の四人部屋、かな。
まあ、どっちでもいいので俺たちパーティーで四人部屋、マグダレアとブッチーニに二人部屋を使ってもらおうと思った。
ところが、女子たちが湯で体を拭くから前室に行ってて、と追い出されたら、二人部屋の方からブッチーニに呼ばれた。
「ん、なにか問題あった?虫が出たとか・・・」
その後ろで、すーっと扉が閉められた。
「えっ」
ブッチーニとマグダレアが、俺を挟み込むように近寄ってきた。
「あのね、本当にありがとう。あたしのことも、ブッチのことも守ってくれて。自分の身は自分で守るから、なんてえらそうなこと言ってて、結局頼りにしちゃったでしょ」
「こっちの方がいい部屋みたいだし、シロッチはこっちで一緒に寝ようよ?ね、“ご・しゅ・じ・ん・さ・ま”~なんだよねっ」
二人がそう言って密着してきて、もつれるように広いダブルサイズのベッドに倒れ込んだ。
二人ともただ湯で体を拭いただけじゃないような甘い香りがして、なんだかおかしな気分になってきた。クラクラするけど体がすごく熱いぞ。
「わー、もうこんなに元気だよぉ、さっすが“薬物の魔女”マーちんの薬、凄い威力だわぁ」
「ふ、ふ、ふ、超強力媚薬“トノガタ2号”の効かぬオトコはおらぬでゴザルよ」
あれ、どっかで聞いたことあるような口調・・・気のせいだよね。
「わーわー、すごいすごい、ほれほれ、つんつん」
「ブッチ、あたしもあたしも・・・」
もう何が何だかわからなくなってきたけど、これでいいのだ・・・
なんかその後は、頭がぐるぐるして、ぷるぷるのむにゅむにゅで、この絡みついてくるのはしっぽだったり、時々息が出来なくなったり、ベッドがギシギシはずんだり・・・
「こ、こらぁーっ!」
突然小さな塊が部屋に飛び込んできた。
「ひ、きゃーっ」
「や、やめて、あぶないからっ、ハンマー振り回さないっっ」
「きょうはわたしの日なのに、わたしの日なのにっ!なかなか帰ってこないと思ったら・・・ふえぇーん、ご主人さまぁっ」
俺は頭がぼーっとして、半狂乱のノルテをみんなが取り押さえてようやく、裸になってマグ&ブチとご乱行だった状況がのみこめてきた。
「「「すみませんっ」」」
なぜか、俺もマグ&ブチと一緒に土下座させられ、ルシエンと、なぜか等身大になったリナの冷たい視線を浴びせられてた。
カーミラはこんな時でも、二人部屋の方をくんくん嗅ぎ回ってマイペースだが、あっ、まずい、カーミラの嗅覚は人間とは比較にならないから影響も大きいんじゃないか?
「それ、嗅ぐな、カーミラ、媚薬だからっ・・・遅いか」
「ふぅふぅ、はぁはぁ」
満月間近の顔になっちゃったカーミラの様子を見て、みんなもマズイって気がついたみたいだ。
「どうしよう、ここで狼化されたら・・・」
「ちょっとあなた、解毒剤は持ってるんでしょうね?」
ルシエンがマグダレアを問い詰める。
「い、いちおう、あると言えば・・・でもこれ男性用だし、まだ開発中で副作用とか・・・」
「何でもいいからカーミラになめさせなさいっ、さもないとあなた、“喰われる”わよ?」
「ひぃーッ、出します出しますっ」
あわててアイテムボックスから山ほど得体の知れない薬箱とか瓶を取り出し、マグダレアは調合を始めた。
そして、くっさい液体をカーミラに、みんなで押さえつけて半ば無理矢理なめさせた・・・あ、効いてるのか?
「はぁはぁ、ふぅーっ」
ちょっと疲れてはいるようだが、普段のカーミラの天然スポーツ女子っぽい表情に戻ってきた。
「体力を消耗するから、あとは安静にしてもらえば・・・でも女子にも効くのねこの薬、おかしいな(ブツブツ)」
「じゃあ、それ、俺にも・・・」
マグダレアにそう言って、残った薬をもらおうとすると、待ったがかかった。
「ご主人さまは、そのままでいいです」
「ノルテ?」
「・・・浮気した罰です、きょうはいつもの倍、かわいがって下さいね」
にっこり。絵に描いたようないい笑顔だ・・・でも、目が全く笑ってない。
ごめんなさい、私が悪うございましたっ。
「じゃあ、あんたたち、4人部屋に来なさい。早く!」
ルシエンが、マグ&ブチとカーミラを連れて、そそくさと出て行った。
そして俺は、自分の思い通りにならない体で、ミッション・インポッシブル番外編に突入したのだった。
 




