第141話 竜と人狼
アンキリウムの魔法薬店の娘マグダレアは、パルテア帝国の首都にある帝国大学校の留学生だった。魔法と薬の歴史についての卒業論文を書くため、未踏の遺跡を知ってるならぜひ連れてって欲しい、と頼み込まれた。
パーティーのみんなと近くの店で夕飯を食べながら今日あった意外な出会いのことを話し、宿に戻ったら、その当人が待ってた。
  
本当に未踏の遺跡を知ってるなら、金は払えないけどそれ以外なら何でもするから、自分と仲間の学生を連れて行って欲しい、と頼み込まれたのだ。
正直、あのストーン・ゴーレムと関係がありそうな遺跡は気になってはいたので、帰り道にでもついでに寄るつもりだから、その時同行するのは構わないかな、って思ったんだけど・・・
「でも、危なくないかしら?たしかパルテアの外は戦争になってるんじゃ」
「あの遺跡の所から帝都まで、十日近くかかりましたよね?」
ルシエンとノルテが不安要素を挙げた。
たしかに、俺たちだけならともかく、普通の学生を連れてくのは危険か。
「そこをなんとか・・・卒業単位ヤバいんですよ、留年とかマジ仕送り止められちゃうし」
胸の前で手を合わせて、お願いポーズだ。かなりの破壊力だ、けど、うちの女子たちの視線がさらに冷たくなるから、逆効果だと思う・・・
「移動の大変さとか道中の危険を考えると、リナの転移で飛べるかな?」
「うーん、かなり距離あるよね、途中で休みながら行けば可能かなぁ、でもどっちにしても6人までしかいけないから、うちのメンバー以外は2人しか連れてけないよ?」
等身大になって話に参加してるリナに聞いてみると、街道の途中で飛べそうな距離ごとに「登録」をしてきてくれたって言う。
「転移魔法が使えるんだ!だったら十分期限内に提出できます、ぜひ、あたしともう一人だけでいいんで、背に腹は代えられないから・・・」
おー、同級生を何人か見捨てたな。
結局、マグダレアたちの筆記試験が終わった後、8日後の下弦の三日にリナの魔法転移を使って、例の遺跡に向かうことになった。
基本的に帝都まで往復で連れて行ってはやるし、遺跡には一緒に入るけど、自分の身は自分で守るつもりで行くこと。
そして遺跡でなにか価値あるものを見つけたら、基本は人数割り、つまりこちらが4でマグダレアたちは2で分配、ってことで一応合意した。
「危ない目にあって結果的に護衛してもらったりしちゃったら、護衛料はアンキリウムのうちの親に請求して下さい」
それでいいのか。
俺たちは、翌日から、ただ観光だけして時間を潰すのももったいないので、冒険者ギルドで情報を得て、パルテポリス近辺にある「ヘラートの迷宮」という所に潜ることにした。
街道を行き来する人が多く時々軍隊も見かけるから、作り直したセラミック自走車は使えず、歩いたら二刻=4時間ぐらいかかったけど、みんな不平も言わず、ピクニック気分でお喋りしながら歩いてくれた。
途中の小さな村でイチゴに似た果物を売ってて、もう時期が終わりだから安くするよっておばあちゃんに言われ買ってみたら、意外に美味かった。こういうのも旅の楽しみだよね。
カメラがあったら、こういう風物と美少女三人を写真に撮ってやるのになぁ、って思う。
迷宮前にも小さな村が形成されてて、冒険者相手の宿とかも充実してたから、そこに泊まることにした。
このヘラート迷宮ってのは、既に地下二十階層以上まで討伐が進んでいて、なお底が見えないそうで、帝国はもとより近隣諸国からも腕自慢の冒険者たちがやって来るそうだ。
システムもよく出来てて、迷宮入口の所に、「ガイド魔法使い」みたいな奴が何人もいて、有料で希望の階層に転移してくれる。
俺たちは初日は五階層から入ったんだけど、そこは出てくる魔物のレベルこそ、オーガLV10とか、オークロードLV12とか結構高いものの、多くの冒険者に討伐されていることで数は少なく、大抵1体ずつしか出ないから、それほど危険なく高レベルの魔物と戦う、っていう経験が積めた。
途中、多くの冒険者とも出会ったけど、そのレベルは玉石混淆って感じだった。
下は一桁だけのパーティーも多く、死者も少なからず出ているらしい。
上は全員がLV25以上なんてとんでもないパーティーもいて、そういう連中は、いきなり入口から二十階層以上に飛んで、討伐完了をめざす最前線で戦っているらしい。
俺たちは、最後は十七階層まで挑戦してみたけど、アースドラゴンLV30っていうドラゴンが出てきて、しばらく戦ったものの厳しそうだと判断して撤退した。
ワイバーンをのぞけば初めてのドラゴンとの戦いで、ドラゴンとしては低レベルのヤツらしいんだけど、まだまだ上には上がいるって痛感した。
治せる程度のケガしかせずに済んだのは幸運だった。
迷宮で経験を積むのと並行して、ハトーリに、あの遺跡に危険が無いか、入る方法とかを知りたいって、あまり期待せず依頼してきた。先日の話があったからね。
もちろん、忍者屋敷に訪ねたのは俺一人だ。みんな「とんでもない」って一緒に行きたがらなかったから、リナに転移で近くまで飛んでもらい、あとはワンだけをお供に歩いた。
ハトーリは、おやすいご用でゴザル、同行して案内してやってもよいでゴザルよ・・・とか言ってたが、もちろん遠慮した。
いや、間違いなく強いんだろうし、一緒の方が安全だろうと思うけど、うちの女子たち絶対イヤって言うから。
「ゲンツ・アキヤマって知ってるよね?最近、各地で謎の遺跡が見つかってて、魔族の遺跡かもしれないから、何かわかったら知らせてくれって言われてるんだけど」
「オォウ、東洋の転生者どうし、ゲンツとも知り合いでゴザッタか。ガッテン承知でゴザル」
そうして、また望月の日が近づき、どうしようかと思ったんだけど、当のカーミラが興奮した顔で「アースドラゴンと戦いたい」って言い出した。
満月が近づくと好戦性もものすごく高まるみたいだ。
「あの竜に今度は勝つ・・・」
まじか・・・そういえばカーミラの両親は竜に殺されたんだったよな。
「ルシエン、どう思う?」
「うーん、いくら人狼の戦闘力が高まるって言ってもね、そもそもあのアースドラゴンとまた遭遇するとは限らないわよ?」
それはそうだな、他の冒険者に討伐されてる可能性もあるし。
けど、他にカーミラの衝動を発散させようとしたら、またアンキリウムみたいな3日間を過ごすことになるんだよね?いや、イヤじゃないけど、決して。
「危なくなったら即、転移して逃げるってことなら出来るよ。迷宮に入ってすぐで登録しておけばいいから」
リナの言葉で考えが決まった。
「行ってみよう。少しでもムリそうなら、即逃げて、その場合はアンキリウム方式で・・・いいかな?」
ルシエンとノルテが顔を見合わせた。
「ま、まあ、しかたないわね、あれはあれでアブナイし・・・」
「そうですね、ご主人様についてきます」
そして、下弦十四日の夕方、カーミラがもう抑えようがなくなってきた所で、あらためて迷宮十七階層に入った。
パーティー編成を通じて、いつも以上に鋭敏になったカーミラの感覚が共有される。
魔物の気配とかが、まだずいぶん遠いうちからびんびん伝わってきた。
カーミラは五感が研ぎ澄まされているだけで無く、戦闘力も大幅に上がっていた。
十七階層では、ジャイアント・スパイダーLV17の群れとか、トロールLV20とかに遭遇し、先に察知して仕掛けることが出来たって有利さもあるけど、カーミラは文字通り目にもとまらぬ動きで、敵の背後に回っては急所を切り裂いていった。
レベルは特に上がってないはずだけど、ハトーリの所で限界まで能力を引き出されたってことも、ひょっとすると能力向上に影響しているのかもしれない。
そして、十七階層の終わり頃、大きなくぼみがあり、そこに四つ脚の竜が地面と一体化するように身を伏せていた。
あの、アースドラゴンだ。
少なくともこの2日の間に、誰かに討伐されてはいなかったようだ。そして幸い一体だけだ。
前回の戦いで、毒のブレスを吐くこと、足下の土砂を崩したり、迷宮内に地震を起こすような力もあるらしいことはわかってる。
「カーミラ、気をつけろっ!」
冷静さを失わないよう注意を飛ばす。
距離、100メートルぐらいまで近づいた途端に、
「オォォーンッ」
咆吼と共に、毒のブレスを放ってきた。
距離が遠いから、まだルシエンの風魔法で押し返せる。
だが、厄介なのは、彼我の間に毒の霧が漂って近接戦に挑むのが難しくなることだ。
でも、こっちも二度目の戦いだから無策じゃない。
リナのパーティー転移で、一瞬でアースドラゴンの背後に飛ぶ。
カーミラとルシエン、隠身持ちの二人は既に気配を消しており、出現と同時に走り出す。
カーミラは、鱗だらけの尾をくぐって、ドラゴンの下腹部を下からダガーで突き上げる、えげつない。
普通なら刃を通さないドラゴンの体も、一番弱い部分のひとつを、大幅に底上げされている人狼の全力で突かれれば、無傷とはいかない。
悲鳴みたいな叫びと共に、ドラゴンの首が振り返る。
そこに、ルシエンが至近距離から狙い澄ました矢を射た。見事に片眼を貫く!
今度こそ紛れも無い悲鳴があがる。
そして、まわりの洞窟の壁が地響きを立て、土砂や岩まで振ってくる。
危ないっ。
ルシエンとカーミラは、つぶされないようドラゴンの体自体を盾にしている。俺とノルテ、リナは、リナの魔法盾で落下物を支える。
隠身を使えない俺たちを見つけ、残る片眼で睨み付けたドラゴンの口が大きく開かれる。
そこにありったけの粘土を出現させ、文字通り口封じをする。
「リナ、盾は代わるから」
「りょーかい」
セラミック盾に脚をつけて出し簡易避難小屋のようにした傘の下で、リナが「魔力強化」を使って次の魔法を練り始める。
アースドラゴンはうめきながら、迷宮の幅一杯ある巨体をこちらに向けなおし、突進しようとする。それを俺の火球と、もうひとつの眼を狙うルシエンの矢で牽制。
さらにカーミラが、ドラゴンの脚の後ろに体重を乗せたダガーの一撃をぶつける。
ドラゴンにもアキレス腱なんてあるんだろうか?
さすがに竜の鱗に覆われた脚を切り裂くことは出来なかったようだが、片脚に痛みを与えられた巨体がぐらりと傾き、苦し紛れに尾を振り回す。
根元に近い部分にいたカーミラは、さほどスピードはついていないものの、その太い尾にはじき飛ばされ、吹っ飛んだ。
「カーミラっ!」
だが、壁面に激突するかに見えたカーミラの体は、空中で人型から狼の姿に変わり、壁を足場にジャンプするようにして、ドラゴンの背に飛び移った。
そのまま、驚異的なバランス感覚でドラゴンの背を駆け、首の後ろ、延髄にあたる部分に噛みついた。
苦しげな咆吼があがる。そして、カーミラを振り落とそうと振られた首は、つんのめるようにして俺たちの前に落ちてきた。
カーミラは飛び退く。
そこに、リナが魔法使いLV13の強力な攻撃呪文、「魔槍」を打ち込む。狙いはアースドラゴンの口だ。
同時に、俺はドラゴンの顎の中に詰め込んだ粘土を回収した。
一瞬大きく開いた赤い口の中に、練り上げた貫通力を乗せて、魔力の槍が突き刺さる・・・
グシャっと鈍い音をたて、アースドラゴンの後頭部から、貫通した魔力が飛び出した。
ゴゴゴゴっと、十七階層の地面にひび割れが走り、巨体がゆっくりと力を失って倒れ落ちた。
こうして、俺たちは初めてドラゴンとの戦いに勝利した。
それにしても、こんな超大物が「階層の主」でさえなく、まだまだ下の階層があるってどんだけ大変な迷宮なんだよ・・・今の俺らじゃ、ここまでが限界だ。
しかし、アースドラゴンを倒した後も大変だった。
リナとルシエンが、「竜の鱗とか血とかは高値で取引されるはず」って言うから、浄化する前にできるだけ解体して、持ち帰れる部分は持って行こうってことになった。
硬化セラミックのノミやハンマー、ノコギリを創り出して、主にノルテが解体作業にあたったんだけど、アースドラゴンの体はあまりにも硬かった。
結局、鱗を3枚剥がせた他は、爪とわずかな肉、流れ出る血液をセラミックのボトルに詰められたぐらいだった。
まだ狼状態だったカーミラは、鱗を剥がしたあとのドラゴンの肉を生でかじってたけど大丈夫か?
そしてそのカーミラは・・・結局のところ翌日、つまり望月の日の夜にはまた衝動が抑えきれなくなって、丸一日は「あのミッション」を繰り返すことになった。
うん、一日だけなら平気だよ?ってか、リア充だこれ。
でも底なしの体力に圧倒されて、あらためてステータスを見た俺は、いつの間にかカーミラの「HP回復」スキルが大幅に強化されてるのに気がついた。
これって、もしかしてドラゴンの肉を食べたから!?
 




