第140話 薬師の娘
パルテポリス郊外に忍者屋敷を構えるハトーリ・ハンツは、とにかく変人だった。そして、そのからくり仕掛けのテストをさせられた俺たちは、高い報酬はもらったものの、それぞれひどい目にあった。
わけのわからない忍者オタクのおやじのせいで、心身共に疲れ果てた俺たちは、翌日は完全にオフにして、一日だらだらすることにした。
特に女子たちはひどい目にあったようだから心配だし。
みんな起きたのは昼近くになってからで、とりあえず外出するときは安全のため2人以上で、ってことにしたら、カーミラとノルテは買い食いに、ルシエンはリナを連れて観光してくるって、出かけていった。
意外に元気だな、みんな。
あれ?俺は・・・まさかのぼっちだよ。
せっかくまったりハーレムで親睦を深める一日を・・・とか思ってたのにあえなく挫折した俺は、結局午後も半ばになると退屈して、出かけることにした。
ひとりで出かけるなよって言った手前、粘土犬のワンを出してお供にする。寂しくなんかないぞ・・・
貧富の格差の激しいパルテポリスの、比較的品のいい、文教地区?みたいな方を歩いてみると、学校とか大学みたいな建物があり、若い、俺と同じぐらいの年に見える連中がぞろぞろ出てくるのが見えた。
服装自体はまちまちで、貴族の子弟みたいに豪華な服の奴から、かなり貧しそうな子までいるけど、みんな同じ赤紫色の短いマントを背中に垂らしてるから、それが一種の制服なのかもな。
魔法の杖みたいなのを持ってる子もチラチラいるし、気になる。けど、こっちの文字が読めないから、門の前を通ってもなんの学校なのかわからない。
時間的に下校するところだろう。
目的もないから、なんとなくその流れについて歩いて行くと、学生向けの軽食屋とか、筆記具、かばん、靴とか雑貨の店が並ぶ通りに出た。学生街だね。
その中でもやっぱり目をひかれたのは、薬とか魔法具みたいなのが並ぶ店だ。
アンキラのメナヘムの店とかよりずっと大きくて、店内も明るく整然としてる。
ふと、魔石から作った薬がまだ少しあったよな、こないだの店と値段を比べられるかな、と思い出し、レジみたいな所に立ってる女性に聞いてみた。
「買い取りですか?ああ、残念ながらうちは完成品の薬は売る方が専門なので、薬草とか原料でしたら買い取るんですけど・・・」
なるほど、ここで原料から薬を作って売る差額で商ってるわけか。
そう思って薬棚を見回すと、見覚えのある大きな丸薬があった。鑑定すると「静海丸」って出た。きのうカーミラに飲ませたやつだ。
「そこの薬って・・・」
「ああ、ハトーリ師の高級忍薬ですか。ちょうど入荷したところで、各シリーズ揃ってますよ?ご所望のものはなんですか?」
「あ、いや、きのうハトーリのおっさんにひどい目にあったんで、その薬に見覚えがあるなぁって・・・」
「えっ!ハトーリ師に会ったのっ?」
奥の棚を整理してた、バイトっぽい若い女の子が食いついてきた。
レジの女の人もちょっと驚いてる様子だ。
「上忍ハトーリ師は、滅多にご本人が姿を見せることは無いと聞きますよ。うちが仕入れる時だって、お弟子さんが届けてくれることばかりですし・・・」
「お兄さん、ハトーリ師ってどんな人?紹介してくれない?」
バイト女子は興味津々なようだ。目がくりくりして元気のよさそうな、日焼けしてるがわりとかわいい子だ。
「い、いや、会うのはやめといた方がいいと思うよ?特にかわいい女の子とか、危険だから・・・」
「あらぁ、超かわいいだなんて正直だねー、ナンパは仕事が終わってからね」
超とか言ってないだろ。機関銃みたいにまくし立ててくる、ちょっと苦手なタイプだ。
ハトーリ謹製の薬は、原料も製法も謎だが他に類を見ない効果があるとのことで、最低でも一個で小金貨10枚以上するそうだ。あの変態、金には困ってないんだな。
それで思い出した。
「あの、この小判?って使えるのかな」
「ああ、平形金貨ですか、小金貨5枚の扱いになりますね。一応使えますよ」
なるほど、昨日はわびと言ってこれを10枚渡されたから、金貨50枚相当ってことだな。一応ギルドの依頼料とは桁が違う額で、誠意を見せたってことか。
店内を見て回ると、魔法を付与した武器とか防具、それから設置式の結界装置なんてもあるのを知った。
こういうとこ、ゲームっぽいよね。火属性を付与した剣とか、毒耐性のある鎧とか、こういうのも錬金術のレベルを上げると作れるようになるのかな、いやむしろ、鍛冶とか工芸スキルか。
「お兄さん、錬金術師さんなの?」
さっきのバイト女子が話しかけてきた。油を売ってるんじゃなく一応、陳列品のホコリを取ってるってポーズを取ってる。
「ん?あー、判別スキル持ちなの?」
「うん、初級だけどね、頑張って身につけた。あたしと同じぐらいの年みたいなのに錬金術師LV17ってなかなかじゃん、うちの学校でもなかなかいないよ?」
「学校?」
「すぐそばにある、帝国大学校だよ。海外からも優秀な学生が集まってるんだよ」
どうやらさっきの学校はそれらしい。帝国大学校ってなんか大層だな、じゃあこの子は、あのマントを肩にかけた学生たちの一人だったのか、学校帰りにバイトのシフトに入ったと。
判別すると「薬師」というジョブだった。ここで薬の生成もしてるのかな。ちょっとギャルっぽい感じだけど、ジョブレベルの割に色んなスキルのレベルが高い。
そして同い年なのか。
<マグダレア 人間 女 19歳 薬師 LV8
スキル 薬知識(LV5) 薬生成(LV4)
鑑定(初級) 知力増加(小)
発見 状態異常抵抗
アイテムボックス 判別(初級)
言語知識(LV5)
「生素」 >
あれ?どっかで聞いた名前だけど・・・
「あっ・・・」
「どうしたの?」
「アンキリウムで、魔法薬の店に・・・」
「ええっ!うちの実家、知ってるの?」
世の中狭いってか、ご都合主義だな、色々。
俺は、やっとメナヘムってメタボおじさんの名前を思い出した。
で、両親が連絡がとれなくて心配してることや、おやじさんが具合が悪くて「元気なうちにひと目娘に会いたい」、と涙ながらに俺に頼んだこと(※嘘)とかを話した。
「いやー、手紙とか書くのって面倒くさいじゃん?お金もかかるしさ」
まあ、同意だけど、俺も人のことを言えるようながらじゃないけどさ。
「今ちょうど最終試験と卒論の追い込みでねー、それが終わったら、就職するまでの間は休みがちょっとあるから、帰ってやってもいいんだけど・・・先立つものがねぇ」
十九歳なのに卒論とかあるのか。「大学校」だから大学なんだな・・・考えてみたら15で成人って世界だから、19で卒業する学校は大学で不思議はないのか。大学入れなかった俺より上だな。
「テーマとかって決まってんの?」
「一応、卒論は実地調査が必須でね、あたしのテーマは薬と魔法の歴史ってやつなんで、どっかほんとは遺跡発掘とかに行かなきゃならないんだけど、近くの遺跡はもう先生たちが徹底的に調査済みで面白いことってなさそうだしねぇ」
遺跡だって?
「あのさ、未知の遺跡とかが見つかったら?」
「そんな都合のいい話、あるわけないじゃんー。もしあったら大発見だよ、絶対行きたいね~あたし、古代語だって読めるから現場に行けたらちょー役に立つよ?」
「実は、それがあるんだけど」
「えっ、うそっ」
おれが話を続けようとしたとたん、罵声が飛んだ。
「こらぁ、マグダレアっ、いつまで油売ってるんだ、仕事しろっ」
「あ!すいませーんっ、お客さんにまた口説かれちゃっててー、テヘッ」
おいっ、誰が口説いてんだよっ。
マグダレアは、小声で俺たちの宿の名前を聞くと、慌てて駆け去った。
 




