第138話 上忍
パルテポリス郊外の「忍者屋敷」をクエストで訪ねたところ、依頼主のハトーリという男が行方不明で騒ぎになってた。ところが、カーミラが「ハトーリはすぐ近くにいる」と言い出した。
「なんだって!ハトーリがこの近くに?」
「うん、家の中のどこか」
はっきり場所がわかってるわけじゃないようだ。
鼻をクンクンならしてるのはいつもの?カーミラだが、さらに五感を研ぎ澄ましているような様子だ。
「ルシエン、わかるか?」
「うーん、そう言われればそんな気もするけど、ここは精霊の活動を阻害する特殊な結界もあるみたいで、探ろうとする対象が“ぼやける”のよね・・・」
ルシエンの『精霊の目』『精霊の耳』でも探知できないらしいが。
「たぶん・・・こっち?」
カーミラが四つん這いになりながら、部屋の奥の方に行こうとする。
そっちは壁だ・・・そうか、からくり屋敷か。
カーミラがじっと見てる壁を、コツコツノックしてみる。
「!」
「音が変わったわね」
ルシエンだけでなく、俺たちにもわかる。裏に空洞があるな。
茶碗を下げに来た女忍者に話してみる。
「先生の気配、ですか!・・・たしかに、その裏には隠し通路がありますけど・・・いえ、開けてみましょう」
全然別の所の壁と床を手早くさわると、何かがカチッと音を立て、それからあらためて壁を押すと、一部がくるりと反転して隙間ができた。
俺たちだけじゃ入り方がわからなかったな。
ひと一人隠れられる小さな隙間があり、さらに部屋と部屋の間を通っているらしい細い通路があった。どこからかかすかに光が入り、真っ暗ではない。
カエーデという女忍者についてその通路を進んでいくと、行き止まり?じゃない。上の方に、羽目板みたいなのがはまってる。
カエーデが、それをはずすと、軒下に通じる50cm四方ぐらいの穴が空き、覗いてみると屋敷の裏庭に出られるようだ。
「ここは脱出路兼、隠し進入路でもあるのですが・・・」
「ここから出てったってわけじゃないよね」
そんな面倒くさいことを、屋敷の主がする意味がわからない。
「今の通路、途中に濃い気配、あった・・・」
カーミラが後ろから声をかけてきた。
「なんだって?」
今度はカーミラについて、細い通路だから一列になってさっきの方に戻る。と、すぐにカーミラが足を止めた。
「このへん、多分ハトーリいるよ」
ただの暗い通路の途中だ。
暗くて互いの顔もよく見えないが、俺たちは顔を見合わせた。
「・・・ちょっと待って、確かに私も感じるわ」
ルシエンもなにか気づいたようだ。
俺には相変わらずわからない。そこで人を探る「察知」、ではなく無生物を探る「発見」のスキルを意識して全開してみる。と、なにか違和感があった。
「これって?」
「多分すごく高度な結界ね、屋敷全体の結界の内側にさらに特殊な二重結界だと思う」
カーミラには、嗅覚や聴覚だけでなく、結界察知ってスキルもある。それの効果だろうか?
「あ、たしかにここまで来れば私も感じます。これは先生の結界?」
カエーデも声をあげた。判別すると彼女にも結界察知のスキルがあるようだ。
「カーミラ、なるべく場所を絞り込んで教えて、私が破魔で破ってみる」
ルシエンには結界を正確には察知できないようだが、迷宮ワームのとかの結界を破ることができる「破魔」のスキルを持ってる。逆にカーミラは察知できても結界を破るスキルがないからな。
「うーん、ここかな?」
「・・・私もこのあたりかと」
カーミラとカエーデが結界の範囲を絞り込み、ルシエンが丁寧に破魔の呪文を詠唱した。
「あっ!」
その途端、俺たちが踏んで通った通路の床の一部が、ぼんやり光り始めた。
そして、俺にもその男の気配が感じられるようになった。
「間違いありません、ハトーリ先生です。でも、こんな所に仕掛けがあるなんて聞いてませんよ」
その床板をあれこれいじり回すと、はめ込んだ板が外れ、中には薄青く光る蜘蛛の糸みたいなものに全身を包まれ、繭みたいになった中年の男がぐったりしている。
体は動かせないようだが意識はありそうだ。
「先生っ」
「あ、ちょっと」
カエーデが触れた途端、蜘蛛の糸が彼女の体にも絡みつき、あっという間に繭の中に取り込まれてしまった。
鑑定スキルで見ると「ジゴクグモの糸」とか表示される。いかにもヤバそうだ。
どうしたらいいんだ?
(シロー)
腰の革袋の中のリナが呼びかけてくる。
「どうした、なんかいい知恵があるか?」
(うん、パーティー編成して転移魔法で飛べないかな。二重の結界のうち内側のは解けてるから、屋敷の別の場所までならいけるかも)
そうか、蜘蛛の糸まで一緒に転移したら困るけど、それでも弟子の忍者たちが大勢いるところに出られれば、なんとか出来るかも知れないな。
うちのパーティーはリナを除くと4人だから、忍者2人を加える余地はある。
「パーティー編成」
と唱えると、2人の意識が参加してくるのを感じた。
「リナ、たのむ」
「りょーかい、“転移”!」
一瞬、なにか抵抗するような酩酊間があったが、やがて俺たちは光の中に包まれ、一瞬後には、さっきお茶を飲んでた客間にどさっと投げ出されてた。
忍者2人は、無事蜘蛛の糸から解放されて忍び装束だ。
「・・・せ、先生っ」
「うう・・・た、助かったでゴザル」
ゴザル?
<ハトーリ・ハンツ 人間 男 38歳 上忍 LV26>
間違いない、こいつが依頼人のハトーリだ。
でも、不思議なことに、俺が詳しくステータスを見ようとしても、スキルとかは表示されず、名前やレベルだけだ。
それでも、「上忍」っていう初めて見るジョブだってわかった。
「あんたがハトーリさん? 冒険者ギルドで“からくりテスター”の依頼を受けて来たんだけど、あんたが行方不明だって屋敷の人たちが探してて・・・」
「おう、そうでゴザっタか!本当に感謝でゴザルが・・・ともかく今は急ぐでゴザルっ」
「先生、なにか重大な事件がっ?敵襲ですか!」
「・・・い、いや、その」
なんか、四十男が足をすりあわせてもじもじしてるぞ、キショいな。
「ま、まず、オシッコでゴザルっ!」
そう叫ぶと一瞬で消えてしまった・・・
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ようやく落ち着いたハトーリは、主上の間、とかいう豪勢な和室もどきの部屋で、掛け軸を背にあらためて俺たちを迎えていた。
つーか、まず最初にびっくりしたのは、この人、金髪碧眼の思いっきり白人だった。
「おーいえぇーい、セッシャはLA出身のニンジャでゴザールよ、オヌシはじゃぱにーずでゴザッタか、さすがでゴザル」
って、アメリカ人かよっ。
ゴザルゴザルうるさいけど、話し込んでわかったのは、ハンツはやはりロス出身のアメリカ人だった。
日本の漫画とかサブカルの大ファンで、一応仕事は映画のスタントマンとかをやってたらしいが、自宅を忍者屋敷もどきに改造しちゃったほどの忍者オタクだったらしい。
で、やはりある事故で人助けをして死んでしまい、こっちに転生することになったんで、「本物の忍者になりたい」とわかりやすい望みでこうなった、というわけだ。
「セッシャの尊敬する、ハトーリ・ハンツォにちなんでハトーリに改名シマシタでゴザルよ」
・・・もしかして服部半蔵のことか。
で、自分の忍術修行だけじゃ飽き足らず、究極の忍者屋敷を作ろうと最近は各種のからくり仕掛けにこだわって、自ら試作して弟子たちを実験台にしてたらしい。
今回は、「侵入者を捉えたら絶対逃がさない」からくりってのを思いついて試作し、本当に逃げられないか自分で試して見たところ、本当に逃げられなくなってしまった、そうだ。
(あほ!?この人、あほだよね、ゼッタイ)
リナ、念話で絶叫するのはやめろ、激同だけど。
「・・・というわけで、やはりセッシャの考えたトラップは完璧でゴザッタ、さすがセッシャでゴザル」
満足げだし・・・
丸一日、師匠を捜し回ってた忍者の弟子たちも、縁側に並んで残念そうな目で見てた。
「それで、俺たち、クエストを受けてきたんだけど、からくりのテスターって、まさかさっきみたいなのを?」
「おう、そうでゴザッタっ」
・・・忘れとったんかい、このおやじ。
「弟子たちは、この屋敷の構造をもう熟知してゴザルし、どういうからくりが効果的か調べるには、ふさわしくないところもあるのでゴザル。そこで、第三者に全力で挑んでもらいたいでゴザル」
ゴザルゴザルいちいちうるさいけど、内容はわかったよ。
でも、さっきみたいなのが沢山あるわけ?
「よくぞ聞いてくれたでゴザル。気づかずに踏み込めば、火に焼かれたり水に沈められたり、くすぐり地獄の刑にあうものも・・・」
おいおいおいおい・・・冗談だよね?簡単なお仕事じゃないの?死んじゃうよね、それ?
縁側の弟子たちが、水が引くようにサーっと姿を消した。さすが忍者、ってそこじゃねえっ!
「依頼を受けたのはシローよね?人数は1人でいいクエストだったし、私はちょっと・・・」
ルシエンが壁際にすすっと下がった時には、カーミラはもう姿を消してた。
「ご主人様、私はどんくさいですし、体のサイズも標準的じゃないので・・・」
ノ、ノルテ・・・お前もか。
「おー、おなごはおなごで、色責めのからくりもあるでゴザルよ」
嬉しそうに言うなっ!
「ぜ、ぜったいいやっ!」
ルシエンも全力の隠身で姿を消した、が・・・
ハンツが一瞬消えた、と思ったら、数秒後。
両手にルシエンとカーミラまでぶら下げて、再出現した。まじか・・・コイツ、強いなんてもんじゃない、ド変態だけど。
「忍術比べまで出来るおなごとは、実に楽しいでゴザルな。たっぷり修行していくでゴザルよ」
ゴザル、いや、上忍ハトーリ・ハンツは、心底嬉しそうにニタニタと笑った。




