第14話 甘い罠
俺は前日に約束したとおり領主の館に向かい、伯爵令嬢らの歓待を受けることになった。
日が傾いた頃、町の奥の緩やかな坂を上って、領主の館に向かった。
途中に練兵場のような広い草地があって、十人ぐらいの兵と、同じぐらいの人数の服装がまちまちな男たちが集まっていた。
男たちの方も、弓とか剣とか、なにか武器を持っていて、オークと戦った時の冒険者たちのような雰囲気だ。
みな緊張感を漂わせていて、街壁の門衛たちがゆるい雰囲気だったのとは大違いだ。
なにかあるんだろうか。
領主の館は、3階建てのいかにもヨーロッパの貴族のお屋敷風だ。さらに、尖塔が高く突き出しているのは、物見台みたいなものかもしれない。丘の中腹に立っているから、街全域だけでなくかなり遠くまで見えそうだ。
館の門前で誰何されて、名前と、カレーナ嬢に呼ばれたことを伝えると、態度が慇懃になった。
持ち物のチェックもあったが、剣を宿に置いてきたせいか、あまり警戒もされず簡単に済んだ。手に持った包みの中身を聞かれたんで、プレゼントだと言ったら微妙な顔をされた。はずしたんだろうか?
ただ、そっちが注目をひいたせいか、リュックの中の革袋までは開けられなかった。水筒のように使われている革袋だが、中身はリナだ。真剣に隠そうと思ったわけじゃないが、なんとなく恥ずかしいからな。
宿の部屋で、革袋の中に入れと言ったとき、リナが
「暗いよ狭いよ怖いよ~」
と、お前は昭和生まれか、というノリをしたのでデコピンした。
名前をつけた時だったか、<個性化学習システムが起動>とかいう謎メッセージが聞こえたけど、どうも変な個性が育ってる気がするな。
いかにもなメイドさんに案内され、幅の広い階段を上る。その途中、1階の奥の方にも、かなりの人数の気配を察知した。ものものしい雰囲気だ。
2階の廊下を進み、精巧な意匠の刻まれた扉を開けると、そこは思ったよりこじんまりとした部屋だった。ただ、壁に肖像画やタペストリーが掛けられ、かなり豪華な作りで、あらたまったお客を迎えるのに使われていそうだ。
ちょっと緊張してきた。
小ぶりな円卓が置かれ、周りに椅子が4脚。卓上にはナイフとスプーンが並べられている。
そういえば、元の世界でフォークを食事に使う習慣は、中世の中頃からだって聞いたことがある気がする。
バンの宿の食事は木のスプーンだけだった。
席を勧められ、そんなことを考えていると、奥の別の扉が開いてセシリーと見慣れない白髪の老人が入ってきた。飾りのついた古めかしい軍服っぽい格好だ。
セシリーの方も当然だが鎧はきておらず、しかし男っぽい礼装で、雰囲気はフランス革命ものの古典的人気少女漫画の男装ヒロインみたいだ。違うのは赤毛のショートカットってところだが、美人と言うよりハンサムな女子と言う方がしっくりくる。
俺はとりあえず立ち上がってお辞儀をした。オジギ、ニッポンジンだよな。
「こたびは姫様の危ないところに助太刀してくれたそうじゃな、礼を申す」
老人は鷹揚にうなづいた。
「当家の家臣を束ねるセバスチャン卿だ」
とセシリーが遅れて紹介する。「卿」ってことは貴族とか騎士とか、偉いんだ。
「はじめまして、シロー・ツヅキと申します」
一応礼儀正しく名乗りながら、「判別」をかけると、『騎士 LV10(老)』と表示された。騎士ってジョブがあるんだ。それにレベル高いぞ。
こんなおじいさんなのに強いのか?でも、また(老)だよ。ひょっとして、年をとってもレベルは下がらない代わりに、(老)がついて能力値は低下する、とか?
それなら、あの商人のおばあさんは、(老)がついてたから商人としての能力が下がっているけど、本屋のじいさんはまだまだ元気、とか。
シロー仮説だ。いずれ実証する必要があるな。
「まずは座られよ。姫もすぐお見えになろう」
いちいち時代がかった話し方だな。
ふと、セバスチャン老人が何かに気づいたように口にした。
「おぬしは、レベル1の冒険者と聞いていたが、レベル4なのか?」
不意打ちだ。あっちも判別スキル持ちだったのか!
「わしは、人を見る目にはいささか自信があってのう」
って、俺の驚きようを見抜いたのかもしれないが、それ単にスキルじゃん。
だが、俺以上にセシリーの方が驚いていた。
「なに!セバスチャンどの、まことですか」
その時、再び奥の扉が開いて、貴族の姫君らしいドレス姿のカレーナが入ってきた。
胸が大きくあいて、豊かな山脈と谷間が力強くアピールをしている。すばらしい。
カレーナがにっこり微笑む。
「シロー、あらためて礼を申します。こたびは助かりました」
そして、皆に席を勧め、メイドに合図をする。カレーナが円卓の奥側の肖像画を背負う席、左右にセシリーとセバスチャン。カレーナの正面に俺だ。
うん、正面からちょっと見下ろすアングルもいいね。
「それで、何を驚いていたのですか」
「シローのレベルが4に上がっているそうです」
セシリーの言葉にカレーナも驚きをあらわにする。
「まあ、1日で3レベルも上がるなんて聞いたことがないわね・・・でも、オークリーダーを倒すほどの剛の者ですもの、レベル4でも驚くことではないかもしれませんね」
なにげなくチェックしてみると、昨日はLV5だったカレーナとセシリーもLV6になっていた。
昨日の戦闘の結果だとすると、やはり夜寝ている間に上昇するってことで確定だな。この世界の身分の高い女性ってどんな格好で寝るんだろう?
いかん、大事なことを忘れてるだろ。
俺は、レダにこしらえてもらった花束を包みから出して、仰々しく片膝をついた。
「本日はおまねきいただき、光栄のいたり」(でよかったっけ?)
「・・・・・」
沈黙が重い。
ごめんなさい!リセットしていいっすか?
「まあっ! わたくしに?」
「は、はぁ」
声が裏返ってるぞ、俺。
「嬉しい!」
「・・・・・」
おぉーっ! ウルトラレアが出た!
彼女いない歴18年11か月、はじめて女子にプレゼントを渡すなんつー高難度ミッションを我完遂ス!
レダさんGJ!
「マロニアもフラエも大好きな花なのっ、どうして私の好みがわかったの!? いやだわ、これって運命なのかしら」
いやいや、予想を超越した神レスですよ。カレーナ嬢が頬を染めて目を輝かせてる。
レダさん最高!
ピンポイントでカレーナ嬢の好みを、しかも2種類、競馬で言えば馬連で当てるとか、マジ神っす。
それからは、カレーナのテンションが高まりすぎるのを、セバスチャン老人とセシリーがちょっとなだめながら、晩餐になだれ込んだ。
食前酒を勧められ、続いてスープやサラダを食べながら、この街のこととか、伯爵家の長い歴史なども聞かされた。
「して、おぬしはどこの出身なのか。髪の色、目の色、この地方ではあまり見ぬし、言葉も少し異国の響きがあるが」
いやいや、言葉は自動翻訳だからね、セバスチャン老。
しかし、どうする?
実のところ、“異世界転生もの”ではいつも主人公が、自分が転生者であることを一生懸命隠そうとする、というお約束の展開には違和感があった。
とりあえず話しちゃっとけば色々取り繕わなくていいし、むしろ後の展開が楽なんじゃないの?と思うのだ。
「えー、実は俺は、こことは別の世界から来たんです」
3人とも、キョトンとしてる。
「転生って言うんでしょうか。元の世界で事故に遭って死んだと思ったら、神様にあって、もう一度別の世界で生かしてやろう、みたいなことを言われまして・・・」
んー、反応がないな。もっとコミュ力があれば、とつくづく思う。
「変わった格好をしているし常識もないし、妙な奴だとは思ったが、そうだったか。頭を病んでいるのだな、可哀想に」
いや、セシリーさん、そんな同情のまなざしはいらないから。
「セシリー、そんなことを言ってはいけませんよ。神の御言葉を聞いたとシローは言っているのですから。未熟な私に神の御心はわかりませんが、きっとシローはとてもつらいことがあったのでしょう。心が現実から逃避しているのも、神の救いかもしれません」
いやいや、カレーナさん、あんたの方がもっとひどいと思う。
だが、セバスチャンは俺の目をじっと見ながら何やら考え込んでいた。
「姫・・・たしかに荒唐無稽な話ではありますが、彼が言う“転生者”については・・・じいはかつて耳にしたことがありますぞ」
3人の視線が、老騎士に集まる。
「この世にはご存じのように、数百年に一度、魔物たちを統べて人の世界を破滅せしめんとする、魔王が現れると記録されております」
カレーナとセシリーがうなづく。
やっぱり魔王とかいるんだ。剣と魔法の世界だからな。でも、この口ぶりなら今は大丈夫なんだな。
「そして、その魔王を打ち破れるのは、救世主たる勇者が現れ、勇者を擁する国が諸国をまとめ上げた時だけだと申します」
「それは知っています。二百年前の大戦の折に魔王の封印に成功したのも、時の勇者がその身を犠牲にしたおかげだと、それは貴族の子弟が必ず学ぶ、祖国の偉大な歴史ですものね」
勇者ーっ! 魔王と勇者はもうセットだからね。
「では、その勇者はどこから現れたのか。全くの謎ですが、先代様のご健在の折にお供をした王都で、“勇者は異世界からの転生者だとの噂がある”と、国軍の幹部たる魔導師より聞かされたのです」
「・・・あくまで噂、なのですね」
少しかすれた声でカレーナが言う。
セシリーがごくりとつばを飲み込んだ。
「さよう。しかし、噂では、転生者は勇者の他にも、時折この世界にひそかに現れており、みな神に授けられた並外れた才を持っている、とも申します」
あれ、なんか凄そうだぞ転生者って。
まあ、神様がほんとにチートスキルをくれてたら、そうなるか。除く俺。
なにげに気まずい。
「シローどの」
カレーナがきらきらしたまなざしで見つめてきた。両手を体の前で合わせたポーズだから、挟まれた巨乳がすごい破壊力になってる。
「ぜひ、私たちに力を貸して下さい!」
それからは、なんだか俺に対する期待値が過剰に高まって、メインディッシュが終わる頃には、迷宮の討伐やその前段としての領内の盗賊や魔物の平定やらの重要な作戦を打ち明けられ、ぜひ参戦して欲しい、と頼み込まれた。
俺が、いやまだ昨日の一戦しかしたことがない素人だし、腕に覚えもないし、とさんざん言い訳をして逃れようとすると、そんな謙遜を、と来る。
「そうでした!まずは昨日の働きへの褒美を、と約束していましたのに。それが先でしたよね」
不意にカレーナが言い出した。
「恥ずかしながら、当家はたまたま今は手元不如意で、未来の勇者殿にふさわしい金品を差し上げるのは難しいですが、まずは壁内に屋敷を用意いたしましょう。そして、お世話役をつけますよ、優秀な召使いか、あるいはしつけの行き届いた若い娘でも。どうぞ、ここを第二の故郷と思って下さいな」
若い娘、でぴくっと俺が反応したのを見て、視界の隅でセシリーが目を細めた。そして、セバスチャンになにか目配せしたようだった。
やがて、老騎士が
「わしは公務があるので、これで失礼致す」
と席を立つと、セシリーがメイドになにか指図をして、
「堅苦しい話はこのへんにして、ちょっと場所を変えましょう」
と提案した。
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しばらくして、メイドに案内されたのは、もう一つ上の最上階の、貴族の私室のようだった。灯りが少なく薄暗いが、先ほどよりさらに豪華な内装だった。
メイドは俺をふかふかのソファーに座らせ、その前のテーブルにアルコール度の高そうな酒のボトルとグラスを置くと出て行った。
まもなく脇の扉から、そっとカレーナとセシリー、だよな・・・二人が出てきて俺の左右に腰を下ろした。
カレーナはかなり恥ずかしそうに、俺に触れるか触れないかの距離に座る。先ほどより少しカジュアルで可愛らしい、それでいて胸あきはさらに広いレモン色のドレスだ。
そして、セシリーは別人のようだった。背中が大きく開いた紫色のドレスは、長身で引き締まった体のラインを惜しげもなく見せつける。スカートの裾は深いスリットが入り、白い太ももが俺に密着してくる。
しかもドレスの生地が薄くて、下着に包まれた豊かな果実が余すところなく俺を刺激してくる。
体中の血が集まってきそうだ。
「あら、見てるだけで、なにか言ってくれないのかな?」
セクシーなアルトで耳元でささやかれた。俺は思わず、腰をひいて体の一部を隠す姿勢になってしまった。
唇は濡れた輝きを放ち、化粧も艶っぽい。
それから二人となにを話したか、覚えていないぐらいひたすら酒を勧められて、途中で“体にいいお薬”というのも与えられて、気づくと俺はこれまでに経験がないほど意識がもうろうとしていた。
いつのまにか、セシリーの唇が俺の首筋を這い、俺の手はセシリーの胸をまさぐっていた。
俺の背中には、ためらいがちながら熱く柔らかい感触が押しつけられていた。
カレーナの消え入りそうな声がする。
「ねえ、私これ以上は・・・」
「大丈夫よ、もうこっちのものだから」
なにか声が聞こえるが、意味は理解できない。
「仕上げに入りましょう」
「わかったわ・・・ふう。そなたら二人の誓いを神の名の下に証し立てん・・・」
詠唱が聞こえる。頭が働かない。
「シロー、もっと気持ちいいことしたいでしょ?じゃあ、約束して」
俺はただ人形のように肯く。
セシリーは俺の耳元で、自分の言うことを口に出して繰り返すように告げる。
「“我は汝の下僕としてその意に従い”」
俺は言われるがままに続ける。
「“領内の討伐を全うすると命にかけ誓約する”」
「ダメだわ!効力が出てない、なぜかしら」
カレーナが焦ったように言う。
「何か既に他の約定がかかってるのかしら」
その言葉に、セシリーが俺の体をまさぐる。チュニックの中から、一枚の金属板を見つける。
「ギルド証? ギルド員になったのか、昨日の今日で」
「冒険者ギルドに登録された後だとすると、身分を書き換える隷属魔法は簡単には効かないわよ」
二人が俺の上でひそひそ声を交わす。二対の柔らかい感触が顔に被さって甘く息苦しい。
「彼自身が強く望んで契約を結ぶ、という形になれば上書きできるはずだけど・・・」
「どうすればいい?」
「まず、共通語じゃなく、真正語で約定させることはできる?聖属性呪文にはその方が」
「わたしの台詞をまねさせれば、できると思うけど」
「あと、強い契約を成立させるには、なにか彼が強く望む対価を与える必要があるわね。いったいどうしたら・・・」
「強く望む対価か、強く望む・・・くっ、これしかないか」
セシリーが突然ドレスを脱ぎ始めた。
「なにをする気!?」
「こいつ、ずっとあたしを欲しがってた。最初からバレバレだった」
不意に汗ばんだなめらかな肌が俺の体に被さる。
「だから、望み通りの対価を与えてやるわよ」
「だめよ、そんなことまで!」
唇が押しつけられ、耳元へと滑り、ささやく。
「わたしが欲しいでしょ、なら続けて言って」
床に落ちてるのは俺のベルトだな。あたたかい手が体に触れる。
「うそ、こんなに」
何を見てるんだろう。
俺には意味がわからない音楽的な韻律の声が響く。
「サルファスノトゥンネ・セシリー・イストレフィ」
ただ言われるままに繰り返す。
「さるふぁすのとぅんねせしりいすとれひ?」
そして、本能のままセシリーに抱きつき、そのまま組み伏せて彼女を下にする。
形のよい胸に俺を抱きしめながら、セシリーの声が続く。
「サルメステ・エンクゥルルイオス!」
俺は無我夢中で繰り返しながら、女を押し開く。
「・・・さるめすてえんくるるいおす ッ!!」
バチッと脳の中で激しい火花が散った。
その瞬間、俺はセシリーの中に意識ごと飲み込まれるように没入していった。
セシリーが満足げに浮かべた冷たい微笑に、気づくことはなかった。




