第133話 東の帝国
激闘をくぐり抜けて、俺たちは護衛クエストの目的地であるパルテア帝国の領内にとうとう入った。その晩は国境の関所に設けられた、入国者用の「宿泊所」という名の収容施設に泊めさせられた。しかも、お金を払わされてだ。
3日ぶりにテントじゃない建物で、襲撃を心配することもなく眠った。
しかも夜明けに出発する予定もなく、久しぶりに寝坊していい状況だったけど、それでも習慣ってのは大したもので、夜明けから半刻ぐらいで目が覚めた。
元の世界じゃ相当な夜型だった俺としては、不思議な気がする。
昨日の夕暮れ、命がけでストーン・ゴーレムたちとの戦いを乗り切った俺たちが、峡谷を越えて坂道を登り切ると、岩山の間の一本道に防柵と関所が設けられ、岩壁の上の方には見張り小屋みたいなものも見えた。
関所の番小屋も見張り小屋も、石造りでかなり堅牢な作りで、さすがに東方の大帝国の入口だな、って感じがした。
見慣れないデザインの鎧姿の衛兵が、10人ぐらい槍を持って、俺たちの馬車を待ち構えていた。
レベルはLV7~15ぐらいで、戦士やスカウトだけでなく魔法使いもいたから、いざって時には遠話でどこかと連絡も取れるようにしているんだろう。
最初はよくわからない東方の言葉で話しかけられ、どうやら自動翻訳機能は働かないようだな、と思ったが、オスマルフが代表して説明し、それから全員のギルドカードを見せるように言われた。
商人たちは商業ギルドの、俺たちは冒険者ギルドのカードを見せ、それと同時に衛兵の中のスカウトが俺たちのステータスを読み取って、矛盾が無いか照合しているようだった。
さらに、少し年かさの兵士が、俺たちにわかる言葉で一人一人、あらためて名前や入国目的を尋ねた。
パルテアとか東方では「セムハ語」ってのが共通語らしいが、俺たちが使う西方の「レムリア語」と呼ばれる言葉も使える者は少なくないらしい。
「しばらく前に峡谷で大規模な崩落があったようだが?」
と聴取の際に聞かれた。
どうしようかと思ったんだが、
「ストーン・ゴーレムに襲われて逃げたら、俺たちを捕まえ損ねて岩棚から落っこちたようだ・・・」
と、嘘ではない説明をした。
ゴーレム自体はみんな目撃してるから、全員で口裏合わせをしてない以上、全く知らないって言い張るのは難しそうだと思ったからだ。
でも、取り調べの兵は、
「寝ぼけてるのか?そんな危険な魔物が出るわけなかろう。せいぜいゴブリンの上位種とでも戦ったのを大げさに言ってるんだな?」
とか決めつけやがった。
周辺では遺跡だか何だか、妙なものを見つけたことも話したけど、まるで取り合おうとしなかったので、それ以上は主張しなかった。
いや、信じないならそれでいいし。
念入りな?入国審査が終わると関所は通されたが、まだ終わりではなく、関所の内側の小さな集落に設けられた、兵舎のような建物に連れて行かれた。
ヘイバルによると、入国当日はここで強制的に宿泊させられ、翌朝もう一度、お尋ね者などではないかを調べられてから、正式な入国が認められ解放される、という段取りらしい。厳重というか面倒くさいな。
本当はパルテア人のオスマルフだけは、もう自由にしていいんだが、護衛のこともあるし一緒に行動する、とのことだ。
入国税に加えて、この強制宿舎の宿泊・食事代として、一人銀貨5枚ずつ徴収された。結構高いよな?しかも、メシマズだったし・・・
部屋は男女別で、大部屋に多数のベッドがならぶ、本当に兵舎みたいな所だった。
当然クッションなんて効いてない簡単なベッドだ。まあ、テントで寝袋、よりはいくらかいいよ。
俺たちの後に、日が暮れてから他に2台の荷馬車と、騎乗した旅人が5人ほど到着し、乗ってきた男たちが同じ部屋に泊められることになった。
彼らも妙にレベルの高いゴブリンの群れに襲われて、必死に追い払ってたどり着いたらしい。
「俺たちの後ろの商隊は、逃げられなかったようだな・・・」
カイルというアンキラ出身の商人が、沈んだ様子で教えてくれた。
日没までに着けなかった以上、悲観せざるを得ないってことか。
ただ、護衛のペリーズという冒険者によると、数は多かったものの、判別できた範囲ではゴブリン・リーダーとゴブリンだけで、ゴブリン・ロードとかゴーレムとかはいなかったらしい。
なら、レベルの高い護衛がついてれば、なんとか切り抜けて野営しているかもしれない。そう思いたい。
そして、翌朝、俺の錬金術師レベルが17に、リナの魔法使いも一気にLV17、僧侶がLV12、そしてノルテがLV14に上がっていた。リナのレベルが上がると、おそらくMPも増えたり、転移できる距離とかも伸びるはずだから頼もしい。
この旅の間に、それぞれのスキルもちょっとずつレベルアップしているし、パーティー全体として、かなり戦力アップしている印象だ。
俺たちは食堂でまたまずい朝食を支給され、ただ、おかわりは自由だとわかったので、ノルテが男たちの誰よりも食べてた。ほんと、小さな体のどこに入ってくのか?アイテムボックス並みだ。
そして、再び入国審査の兵に呼び出されたのは、昼近くなってからだった。
どうやら、俺たち旅人の証言を元に、夜明けから兵たちが峡谷のパトロールに行ってきたらしい。
幸い、野営した商隊も1グループ、救出されたらしい。取り残されたのは1グループだけだったのか、他にもいたが助からなかったのか、そのあたりは聞くことができなかったが。
多数の魔物が出ていた痕跡も確認されたものの、潰された荷馬車の残骸については原因不明で済まされ、谷底にはただ大小の岩が散らばっていただけで、大規模な落盤、で片付けられたようだった。
まあ、よその国のことに口出しする気もないけど、とりあえずもうちょっと周辺の治安をよくして欲しいよね。
ようやく正式な入国が認められ、俺たちが乗る荷馬車は帝都パルテポリスめざして、再び街道を進むことになった。
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パルテアに入ってからは街道がかなり整備されていて、簡単だけど石畳みたいなものも敷かれている。
「舗装」と呼ぶにはボロいけど、かなり地形も平らになってきたこともあって、馬車のスピードはこれまでよりかなり速い。
途中の宿場町は比較的貧しそうで、粗末な身なりの人が多かったが、人口はどこもかなり多いらしく活気に満ちていた。
さすがは、西のレムリア帝国と並び称される東の大国、パルテア帝国だ。
ただ、治安はあまりいいとは言えなかった。
町と町の間隔が長いこともあって、俺たちは野営することが多かったが、たいてい夜中にゴブリンの群れに襲われた。ゴブリン・リーダーとかが1,2匹いて群れを率いているパターンだった。
ちょうど新月を挟んで四の月に入る、夜が暗い時期だったのも悪かったのかもしれない。
おかげで結構寝不足だ。商人たちも俺たちも日中交替でうつらうつらした。
そういう時、オスマルフの馬車はノルテが操車したりもした。
幸い日中襲われたことは無かったし、盗賊が出ることもなかったが、それは軍隊が駐屯していたり、行軍しているのを度々見かけたことと、関係があるのかもしれない。
パルテアも戦が近いって噂は本当らしい。
そして・・・パルテア領内を進み始めてから6日目の朝、4度目の野営を終えて出発してまもなく、“それ”が飛来した。
最初は地図スキルに赤い点が映った時に、どこだろう?とあたりを見回した。
肉眼で見える範囲には灰色の乾燥した土地が広がり、すぐに目につくものはない。
赤い点が動くのが随分速いなって思ったのと、カーミラが声をあげたのは同時だった。
「なにか飛んでる・・・あるじ、かなり大きい、強そうなのが来るよ」
砂埃で霞んだ青空に、最初ぽつん、と見えてきたそれは、みるみる近づいてきて、それでも、俺たちからおそらく1kmは離れているだろう。
俺にはまだ点にしか見えないけど、1つ、2つ、3つと数えていると、不意にその進路を変え、少し離れて通過していく。俺たちに気づいたんだろうか?
大きく羽ばたき、カーブしながら飛んでいく・・・あれは、まさか、竜!?
長い首と尾と、でかいコウモリみたいな形の翼。
遠目でよくわからないが、キラッと光った気がするのは、体が鱗か何かに覆われてるのかもしれない。
「ワイバーンのようね」
後ろの馬車から小走りに駆けてきたルシエンが、抑えた声でそう言った。
「ワイバーンって、ドラゴンの仲間だっけ?」
RPG的には小型の飛竜とか、そういうのじゃなかったか。
「一度見たことがあるだけなんだけど、そうなるかしら・・・」
ルシエンも自信なさげだ。
腰の革袋から顔を出して上空を見ていたリナが、百科事典的知識を補足する。
「ドラゴンの亜種ってこの世界の人たちは分類してるけど、ドラゴンみたいな知性はないし、特別な魔法とかブレスもないから、ドラゴン族は同族とは見なしてないよ。ただ、飼い慣らすことが出来るし、兵士一人なら乗れるから、あれに乗る竜騎士とか竜騎兵もいるって」
竜騎士とか、ロマンだよな。
あれ?ってことは、今のも人が乗ってたとか?
俺たちを追い越すように前方へ飛び去っていったワイバーンは、もう小さな点にしか見えない。
だが、ルシエンの視力ではとらえられたようだ。
「一体に一人ずつだと思う、騎乗してたわ。どこの国かまではわからないけど、乗ってた人間もワイバーンも鎧みたいなのをつけてた」
だからキラッと光ったのか。
「でも、パルテア帝国に竜騎兵隊なんてあったかしら?」
眉を寄せる様子に、きな臭いものを感じた。
あれがよその国の竜騎士とかだったら、なんのために?現代世界だったら、戦闘機による領空侵犯だったりしないんだろうか・・・




