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第130話 パルテアへの道

東方の大都市ダマスコには一日だけの滞在になってしまい少し残念だったが、亜人にとっては居心地の悪い街のようだし、早くパルテア帝国の領内に入らないと、4日後にはイシュタールとメサイ両国間の紛争が始まって、街道が封鎖されてしまうという。

 夜明けと共にダマスコを発つことにした俺たちだったが、内陸に向かう街門からは長蛇の列だった。オスマルフと同様、商業ギルドなどでまもなく街道が閉鎖されることを知った商人たちが、先を争って出発しているようだ。


このダマスコ街道は、多島海からパルテア帝国、さらにはその先のガンドリア諸侯国にまで向かう、まさに東方の大動脈だし、途中で進路を南に変えれば、今回の紛争の当事者たるイシュタールにつながっているそうだ。

 みんな面倒なことになる前に通過したいんだ。


 おかげで街道には多くの荷馬車が列をなして、せっかく荷を減らして軽くしたのにあまり早く進めない。


 ダマスコから先は、一番土地勘があるオスマルフの馬車が先頭に立つことになった。真ん中にナターシアとミクラの幌馬車、最後尾がヘイバル老人とハウトの幌馬車と、エルザーク国内とは逆の順番になった。


 そして、荷を減らしたとは言え、元々大型の二台の幌馬車はオスマルフの荷馬車より重量があるので、俺たち護衛の乗る場所も変えることになった。


 俺とカーミラ、ノルテの三人がオスマルフの馬車で前方と周囲を警戒。

 そしてルシエンだけ、リナを連れて最後尾のヘイバルの馬車に乗せて後方を警戒させる。


 重量的には、これで三台の馬車の速度が大体そろった。それはいいんだけど、ひとつ難点があって、オスマルフの馬車だけは幌がなく、強い日差しを浴びるってことだ。


 エルザーク王国でもスクタリあたりは現代日本より気温が高めだったけれど、こっちははっきり言って南国だ。

 まだ三月下旬のはずなのに、馬車に揺られてるだけで汗ばんでくる。ましてや空には雲ひとつ無い。


 景色も西方のような森はなく、赤茶けたむき出しの土と、石ころが転がる荒野だから、照り返しでますます暑苦しい。


 そこで、オスマルフと一緒に、御者台とそのまわりに木の棒を4本立てて布をはり、簡易の日よけを作った。うん、これだけでもかなり違う。


 そして、みんな飲み水の消費がハンパない。

 それぞれの革袋にたっぷり詰めた水を、みんな初日で飲みきってしまった。


 もちろん、うちの場合、水魔法が使えるものが3人もいるから問題はないんだけどさ。


商人たちは最初は旅商人の常として、樽に多めに詰めてきた水を飲んでいたんだけど、俺たち護衛がリナの「魔力強化」や俺の「熱量制御」で創り出した、氷入りの冷たい水を飲んでいるのを見て、途中から、“それを売ってくれ”と言い出した。


 雇い主とは言え、護衛の仕事以外で負担をかける場合は対価は払う、っていうスタンスなのは、ある意味で商人のプライドを感じた。

一応、コップ一杯分のよく冷えた水を銅貨1枚、氷水なら2枚ってことで、道中なんども提供して好評だった。


 それと、荷馬たちにも時々サービスで、水を飲ませたりかけたりしてやった。

 一番たいへんな仕事をしてくれてるんだからね。


 街道には、数十台の荷馬車とそれぞれの護衛が列になって移動していることで、初日の野営も特に危険もなく済んだ。

 

 二日目の昼頃、小さなオアシスとそのまわりに形成された集落を通りかかった。

 魔法使いのいない商隊は、みなここで水の補給と休憩を挟むようで、既に二十台ぐらいの荷馬車が止まっている。


 けれど俺たちは水の心配がないから、混雑の前に出ようってことで、馬を止めずに先を急いだ。

 一番先頭だとなにかと危険がありそうだが、混み合っている所よりは前に出た方がペースも上げられるし、自分たちの都合のいいときに休憩できるからな。


 そうして、だいたい一刻、二時間おきに少し馬を休め水や飼葉をやる、ということを繰り返して、二日目の夕暮れには、少し岩がごろごろするするエリアに入った。


「いよいよガラテヤ峡谷だな、このあたりからは魔物も出るから慎重に行こう」

 オスマルフによると、この峡谷を抜けると、パルテア帝国領に入るのだそうだ。


 俺たちはパーティー編成したまま、それぞれがスキルをつかってまわりを探る。


 先行する商隊が2つ、俺たちの後ろには5つほど、地図上にプロットされるが、これは視界に映った範囲、という制約があるからで、もっと先を進んでいる商隊も多分いるだろう。


 幸い、今のところ、魔物や犯罪者を示す赤い光点は映っていない。


 夕暮れになり、前方の商隊が移動をやめたところで、商人たちにそれを伝える。


「そうだな、うちもそろそろ野営するか。前の商隊の近くに行って停めるか」

 視界に計7台の荷馬車が見えてきたところで、一旦馬車を停め、オスマルフに俺とカーミラがついて、前の商隊に挨拶しに行く。


 一応、同じところで野営していいか、後から来た方が尋ねるのがルールらしい。


バルガスという大柄な商人は、あまり歓迎という様子でもなかったが、隣りで野営するのは構わない、と言葉少なに応じた。なぜだかわからないが、正直、友好的な感じじゃあない。


 残して来た馬車の所にいるノルテに手を振り、さらに後ろの馬車にいるリナに念話で伝えると、三台の馬車がゆっくりこっちに近づいて来る。

 オスマルフの馬車を操っているのはノルテだ。御者スキルがあることを話したところ、オスマルフは喜んでこっちの馬の扱い方を教え、道中時々代わることになったんだ。


 向上心の強いノルテは、「これも経験になります」と喜んでやっていた。


「我々が少数で、あまり強そうな護衛も連れてないから、大きなグループに寄生しようとしてる、と思われたらしいな」

 馬車が停めやすい場所を探しながら、オスマルフが教えてくれた。


 バルガスたちはエルザーク王国よりさらに西、ガリス公国から来た商隊で、交易商としてはそれなりに名の知られた存在らしい。

 俺たちはなめられてたってことか、まあ、いいけど。実際、大勢のグループと一緒の方が、安全度は少しは高いだろうし。


 バルガスに挨拶したとき、そばにいた護衛のリーダーっぽい目つきの鋭い男はLV19の冒険者だったから、LV15の俺と14のカーミラを見て格下だと思っただろうし、実際うちのパーティーより強いのかもしれない。

 あの様子だと、一緒に飯を食ったりしてメンバーと知り合うのはちょっと難しそうだけど、元々そういうのは苦手だから、むしろ気楽でいい。


 そして、数の多さが効いたのか、その晩は特に夜襲とかはなかった。


 だが、夜中に粘土犬のワンに起こされて、まわりを察知したところ、小さな赤い点が多数、馬車群を遠巻きに囲んでいたから、狙っている者はいるようだった。


 距離が遠かったからこっちから手を出す必要もないと思ったし、前方のグループは気づいてるのかいないのか、無反応だったってのもある。


 念話で女子テントのリナと連絡を取ると、

(ルシエンとカーミラは、「それほど強そうな魔物じゃ無いし、今のところ襲おうとする気配はない」って)

と返事が来たので、リナとワン、それにゴーレムのタロも出して警戒を頼み、俺たちは寝直すことにした。


 翌朝、それとなく前の商隊に話をしに行ったオスマルフの感触では、彼らは敵に囲まれていたことには気づいていない様子で、我々は急いでいるから先に出る、とかなり露骨に「ついてくるな」的態度だったらしい。大丈夫なのかな。


 そういうわけで、前方の商隊は夜明け前の薄明の間に出発し、俺たちは朝食を取ってから日が昇ると共に動き出した。


 本格的に峡谷に入って周囲は険しい岩場に変わっている。

 オスマルフによると、最近、もとの街道が土砂崩れで埋まってしまい、少しだけ迂回するように新たな道をパルテアとダマスコが共同で通したらしい。


 岩場の間を縫うように道を整備してくれてるのはありがたいんだけど、前方は見通しが効かないために、地図スキルでも百メートルぐらい先までしか表示されない。


 時々魔法使いリナを上空に飛ばしたり岩山の上に転移させて、視野を広げながら進むんだけど、おかげで今日のうちに国境を越えられるか、ちょっと怪しいペースだった。


 そんな状況なので、先発した商隊はもう地図には映らなくなっているし、俺たちより後ろの商隊らしい白い点とも、何kmも間が開いている。



 俺たちが異変に気づいたのは、出発してから約二刻、二度目の休憩をそろそろ挟もうか、という頃だった。


 何度目になるのか、リナを上空に飛ばして視野を広げたところ、地図スキルで前方におそらく2,3kmの所に、久しぶりに光点が、しかも多数映った。

 オスマルフに伝えて馬車を停め、みんなに集まってもらった。


 小さな赤い点が多数、そして、おそらく先行したバルガスたちの商隊だろう、白い点が囲まれている。

 昨夜の連中だろうか、だが昨夜と違い、明らかにもう戦闘中だ。

 赤い点のいくつかと白い点はもつれ合うように固まっている。


 だが、その中に妙に大きな赤い点もいくつかあるのが気になる。これは昨夜は見えなかったものだと思う。


 商人たちは当然だけど、まずこっちの安全を確認してきた。


「こっちを襲おうとしているのはおらんのか?」

「今のところ、俺たちのまわりには全くいなくて、前方の七台の方に集まってる。多分、俺たち後ろにも商隊がいくつかいるから、先頭で孤立してる連中を狙ったんじゃないかな」


「助ける義理はないが、我々も今日中には峡谷を抜けたいわけだしな、待ってたら去ってくれるとも限らないよな?」

「でも、勝てそうな相手なの?危険なら後ろの商隊が来るまで待ちましょうよ」


 オスマルフとナターシアが相手の強さを気にするのは当然だ。数が多い。たぶん20とか30とか、スキルで見えるだけでもそれぐらいいる。

 ただ、赤い点が小さいのはそうレベルは高くないってことだが・・・


「強いのが1つか2つ?・・・あとは弱い、コボルドぐらい。でも臭いが違うよ」

「そうね・・・この辺は荒れ地で精霊が少ないんだけど、ちょっと聞いてみるわ・・・」

 カーミラの報告に続いて、ルシエンが十秒ほど目を閉じ、耳を澄ましている。


「・・・そう。おそらくゴブリンとか、小さな人型の魔物だと思うわ。心配なのは気配がはっきりしない大物が2体いる感じ」

「ゴブリンか、なら、まあ用心してかかれば大丈夫だろう」

 ルシエンの答えにオスマルフが安堵の声をもらし、ヘイバルとナターシアもそれなら進もうか、という空気になった。


 俺はまだ出くわしたことがないけど、ゴブリンってRPGとかだと一番下っ端の人型モンスターだよな。

 コボルドより下か、せいぜい同格なら、油断しなければやられはしないだろう。飛び道具にだけは注意だな。


 そうして、再び馬車を慎重に進める。

 道が悪いこともあって、歩く速さと変わらない。そこで俺たち護衛は馬車を降りてまわりを最大限警戒しながらだ。


 幸い、こっちの近くに赤い点はない。

 

 だが、前方の戦いも思わぬ展開になっていた。


 地図スキルに展開されていた情報は、これだけ距離があると正確とは言えないけれど、一旦赤い小さな多数の点が襲撃を諦めて逃げるようにちりぢりに離れていき、それをいくつかの白い点が追撃したようだった。


 ところが、どういうわけか、その間に別の赤い点が馬車の所に現れ、白い点がどんどん減っていったのだ。


 俺たちがたどり着いた時、目にしたのは、打ち壊された馬車、そして全滅した商隊だった。

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