第127話 転移魔法
ついに海賊王バルザックを倒し、炎上した海賊船「赤いドクロ号」はゆっくりと沈んでいく。
俺たちが再び甲板に上がったときには、船首や船尾の方でも戦いがほぼ終わり、わずかな海賊の生き残りは、大爆発を起こして沈んでいく「赤いドクロ号」からかろうじて降ろされた2,3艘のボートをめざして、海に飛び込んでいった。
追撃をかける余力はないし、追い詰めても窮鼠猫を噛むじゃないけど、かえってこっちも被害を受けかねない。何よりみんな、殺し合いはもう沢山だ、って気分になっていた。
それより急がなきゃならないこともあった。
マストに燃え広がりかけている火を消そうと、無事な水夫たちが必死に水を汲んでいる。
蛙人の商人は水魔法も使えるようで、甲板から届く範囲に水をかけている。
そこにリナとルシエン、俺も加わって放水車みたいに水魔法を放ち、なんとか鎮火できた。
だが、マストは既にかなり焼けて、下の方は細くなってる所もある。嵐でも来たらポッキリいきそうだ。俺は粘土スキルで根元から細くなってる所までを覆い、硬化させて補強した。
船員らが目を丸くしている。
「こんな魔法があるのか・・・ありがとうよ、これならダマスコまで行けそうだ」
矢を受けたらしく肩に包帯を巻いたボウエン水夫長が、声をかけてきた。
だがまだ終わりじゃない。
海賊船の沈没するスピードが徐々に加速していくのを見て、船員たちが慌てだした。
こちらよりずっと大きい船が沈むことで、渦潮が出来て引きずり込まれる恐れがあるらしい。
船長の指示で、無事だった帆を上げて、少しでも離れようと急いだ。
そして、ようやく安全な距離が取れたところで、残る船員と俺たちは、手分けして盗賊の死体を甲板に運び、海に投げ込んでいく。
正直さわるのも気色悪いが、いつまでも転がしとくわけにはいかないしな。
そして、こちら側で亡くなった者の遺体は、丁重に布に包んで、船縁に並べた。
海賊王の一味と、一商船に乗り合わせた者だけで戦い、かろうじて撃退したことを思うと、驚くほど少ない被害ではある。
だが、船員が2名、そして船尾側で商人たちを守って戦っていたLV14の戦士ベランが亡くなった。自ら剣を取って海賊たちを迎え撃っていた、雇い主のアルスという商人の盾になったそうだ。
まず船長が三人の勇気をたたえ感謝の言葉を捧げたのに続いて、この場で最もレベルの高い僧侶である、サイドンのパーティーのLV16僧侶ペルテスが聖句を唱える。
俺たちはそれに合わせて両手の指を組んで頭を垂れ、一緒に祈りを捧げる。
運が悪ければ自分たちがこうなっていた、そう思うと、海賊相手に抗戦するって判断はやはり無謀だったのかもしれない、正解は俺にはわからない。
ただ、それでも生きてる以上、この二度目の人生を生き抜くしかないよな。
布に包まれた遺体を水夫たちが抱えて、船縁から海に帰す。
ペルテスが再び聖句を唱え、俺たちは唱和した。
死者の他に、戦闘に参加した者の半数近くが負傷していた。
特に最初の射撃戦で、鉄砲の弾や矢傷を受けた者が多かった。
うちは俺とリナ、ルシエンと治療出来る者が3人もいるから、野戦病院と化した甲板の上でケガ人の治療にあたった。
幸いと言うべきか、治療呪文や魔法薬で治しきれないような大けがをしたのは、船員と商人に一人ずつだけだった。
うちのパーティーでは、俺がいつの間にか肩に切り傷を、ノルテが海賊とぶつかった時に打ち身と捻挫をしていたが、いずれも魔法で治せる範囲だった。
カーミラは脱出の時に海賊たちに見つかって、腕にかなり深い傷を受けたが、人狼にはわずかだがHP回復のスキルもあるため、手当てする前に半分ぐらい傷がふさがっていた。
血まみれになった体と服を水魔法で洗い、甲板上の食堂で順番に遅い夕食をとる。
暗くなった海の上の遠いところに、まるで死んだ者たちの魂みたいに、青白い鬼火のようなものがポツポツと浮かんで見えた。でも、誰もそれを口に出す者はなかった。
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翌朝めざめると、俺は錬金術師のジョブレベルが16に上がり、スキルポイントを1得ていた。
パーティー全体で何人の盗賊を倒したか、覚えてないぐらいだからな。
冒険者から転職したのがLV16の時だったし、また次のジョブチェンジを考えてもいい頃なんだろうか?
ただ、ジョブチェンジは2,3回しかできないという限度があるらしいから、次が最後になる可能性もある。そういう意味では慎重に考えた方がよさそうだ。
他にレベルアップしたのは、カーミラが人狼LV14に、そしてリナの魔法使いがLV15に上がり、ついに「転移」の呪文を習得した。
これで色んな可能性が大きく広がる。
リナに聞くと、目に見えてる範囲なら自在に飛ぶことが出来るが、それ以外は、メニュー画面みたいなものが出て、10か所まで転移したい場所を登録できるらしい。
ただ、登録出来るのはあくまで「自分がいる場所」らしいので、例えば今、スクタリや王都デーバに飛ぶことは出来ず、これから新たに行って登録していく必要があるみたいだ。つまり、知らない場所に直接は飛べないわけだな。
「あれ?じゃあ、もしこの東風丸を登録したらどうなるんだ?船は移動するだろ」
「うーん、試してみないとわからないけど・・・多分、移動した先の東風丸に飛べるんじゃないかな?“登録した時にいた座標”だったら、海の上に落ちちゃうよ?」
疑問だったので甲板に出て試してみた。
リナに甲板上のある場所を登録させてから船室に戻り、2,3分待ってから転移させる。この間に、何百メートルか船は進んでるはずだ。
甲板に上がると、ちゃんと登録した場所にリナがいた。
「成功だな。やっぱり船上を登録したら、その船に飛べるってことだ」
「違ってたらどうするつもりだったのよっ」
「“おうちに帰る”で回収できるじゃん」
「その前にあたし、ずぶ濡れになるでしょっ」
ポカポカ殴られた。そんなに怒らなくても・・・カルシウム不足かな。
これを使えば、東風丸には密航し放題だと・・・異世界のおまわりさんは大変だ。
その後は、パーティー編成して、みんなで飛べることもたしかめてみた。
ただし、人数が増えるとその分、MPの消費量も増えるようだ。
基本的に「転移」はかなりMPを食う魔法で、距離が伸びればその分も消費が増えるし、多用するのはハードだ。
他に例えば、1kmの距離を2回飛ぶのと2kmを1回とどっちが効率がいいのか?とかは船の上では試せなかったので、今後の検証が必要だ。
しかし、王都からスクタリまで一度にパーティーごと転移してきた巡検使たちは、やっぱりすごかったんだな。
MP枯渇でへたばったリナをなぐさめながら、そう実感していた。
その日の午後、都市国家アダンの軍船が東風丸に追いついてきた。
海賊たちの赤いドクロ号に匹敵する大型・重武装の帆船だ。アダンは多島海に面する中小の都市国家群の中でもリーダー格の国らしい。
そしてこの船は昨日、海賊との戦いの前に、LV16魔法使いのオッズが連絡を取った一番近くにいた軍船でもある。
俺たちの船が略奪されていたら、せめて捕虜になったものだけでも奪い返そうと追いかけてくれたそうだ。
だが、その途中で海賊たちの救命ボート1艘と遭遇し、捕らえたと言う。
そいつらから話を聞き、半信半疑で東風丸を探したらしい。
「じゃあ、本当におぬしたちだけで、あのバルザック一党を破ったのか?」
指揮官が心底驚いた様子で、マガート船長に問いただしている。
やっぱり常識的には勝てるはずの無い戦いだったようだ。
海賊の残党の話では、バルザックは助からなかったようだ。
「多島海の四海賊王には、われわれ都市国家群も手を焼いていたんだ。その一角を破ってくれたんだから、近いうちに感謝状が出るだろう・・・」
あれ・・・いま“四海賊王”って言った?
他にもまだ三人いるの?
「つまりあれね、“あいつは四天王の中でも最弱だった、オレが四天王の真の実力を見せてやる”的な・・・」
ちがうからね、リナ、なんでそうテンプレなセリフを知ってるかな。




