第125話 死闘の始まり
接近する海賊船に、降伏したら女は奴隷として連れて行かれると聞き、俺たちは抗戦する意志をかためた。
東風丸の甲板には、既に船首楼から水夫たちが大砲を引っ張り出して据え付けていた。
その上にはカモフラージュの帆布がかけられ、接近する海賊船の側には水の入った樽が並べられて、ぱっと見にはわからないようになってる。いずればれるだろうけど。
ドンっという遠い破裂音と共に、ひゅるひゅる風切り音が鳴り、東風丸のまわりに水柱が立つ。2つ、3つ、4つ・・・
それと同時に、各国共通の信号で停戦を命じる旗が、海賊船のマストに掲げられている。
そしてもうひとつ《降伏すれば命は取らぬ、抵抗すれば皆殺し》の意味だという、ドクロマークのいわゆる海賊旗も上がっているらしい。
距離はもう1クナート、2km弱だから船自体は甲板から俺でも見える。でかい、こっちの何倍もありそうな巨大帆船だ。それが、帆を下ろして潮流で流されるままになった東風丸にみるみる近づいてくる。
結局、マガート船長の判断で、降伏するふりをして密かに戦闘準備、ただし、作戦開始の指示と、勝ち目がない場合の本当に降伏、の指示は船長が下す、という方針が全員に伝えられていた。
そして甲板上の空気は、海賊船が近づいてきて、その船が悪名高い“海賊王バルザック”の「赤いドクロ号」だとわかったことで、「勝ち目がない場合」に急速に傾いていた。
もちろん、“本当に降伏”を指図されても、ノルテ、カーミラ、ルシエンが捕虜にされそうになったら、その瞬間に俺たちは独自の戦闘を始めるつもりだ。
雇い主に背こうが、この世界の法律でどうだろうが、その時はその時だ。
俺たちだけでなく、護衛の冒険者たちの中で女子を含むグループの連中はそのつもりのようだ。
船長や操舵手ら主な船員たちは船首楼の操舵室に集まり、護衛たちは多くが船尾楼の食堂に集まっている。こっちにも数名の水夫や、コックまで既に弓と剣を隠し持って待機している。
商人たちも開戦となった場合は、若い男は戦うことになっていて、短剣など得物を用意している。商人の女や老人たちだけが船倉にこもり息を潜めている。
張り詰めた空気の中、巨大な海賊船は東風丸の左舷側を併走しながら、少しずつ距離を詰めてくる。
巨船だけあって、帆走だけで正確に横付けするのは難しいらしく、船縁の下にあけられた多くの小窓から、ガレー船のように多数の長い櫂が伸ばされて、おそらくは奴隷たちの力で、東風丸に漕ぎ寄せられてきた。
その間も、赤いドクロ号の甲板上に据えられた大砲6門は全てこちら側に寄せられ、砲口を東風丸に向けてるように見える。
6門は多いな、こっちに向けられない配置のも何門かあると期待してたんだけど、これじゃあ難易度が上がる。
その砲を従えて力を誇示するように、上甲板に立つ大勢の海賊たちの中心に、全身赤づくめのひときわ派手な格好の男が見える。あれがバルザックか。
彼我の船の距離が、だいたい300メートルぐらいになったあたりで、俺は同じ船尾楼内にいるサイドンに目で合図をする。
この作戦のカギを握るのは彼らだ。
<サイドン 戦士(LV20)>
<オッズ 魔法使い(LV16)>
<ペルテス 僧侶(LV16)>
<ワイダ 冒険者(LV10)>
パーティーで転移魔法が使える彼らがいるから、やれると思った。
そして、船首楼のマガート船長が、こっちを見て「本当に大丈夫か?」と目で尋ねるのに、俺はさも自信ありげに頷いてみせる、やってみなきゃわからないけど。
予定の距離になった。ここまで疑われてないことで、ゴーサインだ。
船長が、しぶしぶ、右手を小さく振って合図を出した。
俺とリナ、ルシエンの3人は素早く船尾楼から反対側の甲板に出て、リナの重力制御で、目立たないように飛び上がる。
別パーティーのテローザというLV9の女魔法使いが、風魔法でアシストしてくれた。
東風丸のマストの影に隠れるように一気に上昇して、そこからは風も利用して滑空するように一気に赤いドクロ号の上に迫る。
ようやく海賊の何人かが気付いたようだ。指さして何か叫んでいる。
まだそれが敵対行為かどうか判断しかねているようだ。よかった、この段階で大砲を東風丸にぶっ放されるのが怖かったんだ。
赤ずくめの男がなにか指示を出したようで、甲板上の海賊たちが武器を構える。
ん?弓じゃないぞ、あれは・・・銃か!?
マジか、大砲だけじゃなく銃もあるのか?ってか、大砲があるなら火縄銃ぐらいあるのか?あれ、どっちが先に出来たんだっけ?
「シロー、集中してっ!」
ルシエンに叱咤され、ハッとする。
とっさに出したセラミック大盾にキンッ、と銃弾が当たった。ヤバかった。
「すまんっ!」
集中しろ、想定外だけど昔の銃なんて弓矢とそう性能は変わらないはずだ。大きな作戦変更はいらないはず。
ただ、大盾を出した分、余計な重量でリナの負担が増えたらしい。飛行する高度が下がっていくから、益々銃弾が盾に当たるようになる。
ルシエンが風の刃を放つ。
甲板上の幾人かが、かまいたちに切り刻まれ銃や弓を取り落とす。致命傷にはならないだろうが、時間が稼げればいいんだ。
ここに至って、海賊たちは東風丸の降伏が偽装だと判断したらしい。
大砲の照準が調整され、松明で導火線に火を付けようと男たちが6門の大砲に近づく。そこを、ルシエンが今度は狙いすました水魔法で放水し、男たちをずぶ濡れにしていく。ついでに、導火線が出ているあたりにも水流をぶつける。
海賊たちの怒号が、マストより高い所に浮かんでいる俺たちの所まで聞こえる。
マスト上の見張り台に立つ男が、弓でこっちを狙ってる。
俺は盾を持ったまま火球を飛ばす。火素を練る時間がなかったからこけおどしぐらいの威力にしかならなかったけど、弓と服に火が付いた海賊は慌てて見張り台から転落した。
「リナ、あそこに下ろせ」
MPがキツくなってきたリナに、マスト上に下ろしてもらう。見張り台の死角になって、下からは撃てないはずだ。
俺とルシエンは、時々身を乗り出して、下の大砲を操っている奴らに魔法攻撃をしかけ妨害する。
海賊たちの視線のほとんどがこっちを見上げたその時、甲板上に突然、4人組のパーティーが出現した。サイドンたちだ。
LV16魔法使いのオッズが、6門の大砲に次々何かの魔法を唱える。だが、何も起きない。
海賊の中に突如現れた冒険者たちに、同士討ちを恐れ弓や銃は使えないから剣を抜いて躍りかかってくる。それを、残る三人が背中あわせになって魔法使いを守る。
ルシエンも見張り台から風魔法を放ち援護する。リナはその間に僧侶モードになって、「瞑想」でMPを回復中だ。そして俺は、粘土スキルでオッズの作業を手伝う。距離が遠いから効率が悪いが。
その間の時間はせいぜい10秒ぐらいだったろう。サイドンたちがまた突然消えた。再転移で東風丸に戻ったんだ。
あっけにとられていた海賊たちは、ようやく我を取り戻して、取り替えた導火線に火を付けた。
そして・・・
ドカンッ!と地響きと共に激しい爆発が起きた。
マストがぐらぐら揺れ、俺たちは見張り台ごと振り回され、めちゃくちゃ怖かった。
火の海になった甲板で海賊たちが右往左往している。
オッズは大砲の筒の中に、地魔法で土を詰め込んでたんだ。そして俺は粘土を。
詰まった大砲に火を付けたから暴発した。
それに気付いた海賊たちは甲板の火消しに負われ、俺たちを狙うどころじゃない。
そこに追い打ちをかけるように、俺は“火素”を練って火勢を追加する。
だが、さすがに激怒した海賊たちがマストに次々上ってくる、そろそろ潮時だろう。
「いけるよ」
リナがもう一回飛べるだけのMPを回復したようだ。
俺たちは再びマスト上から飛翔する。俺は盾を構え、ルシエンが風魔法で飛行を加速する。
だが、二度目の飛行が無事終えられたのは、既に赤いドクロ号が東風丸に100メートル以内に近づいていたから、ってのも大きい。
海賊たちは大砲を使うのをあきらめ、白兵戦で東風丸を占拠するつもりだ。
だが、俺たちの大砲は使えなくなったわけじゃない。
サイドンと俺たちのパーティーがかき回している間に、東風丸の甲板上では一門だけの大砲が準備を終えていた。
「撃て!」
マガート船長の号令で火が付けられる。
ドンッ!
海賊船の大砲に比べれば二回りは小さな砲だが、これだけの至近距離だ、外しようがない。
赤いドクロ号の喫水近くに穴が開いた。
その間にも両船はぐんぐん近づいていく。鉄砲や弓の射程に入った。
途端に、海賊側から雨あられと銃弾や矢が降り注ぐ。
東風丸側からも応戦するが、人数がまるで違うし、残念ながら腕前も、護衛の冒険者をのぞけば海賊たちの砲が上だ。
あっという間に、東風丸の甲板では倒れる者が続出した。
ドンッ!
それでも、最後の力を振り絞って、もう一撃、砲が火を噴き、船縁にかかりかけていた渡し板ごと、甲板上の海賊たちをまとめて吹き飛ばした。
甲板に戻った俺たちは、ノルテ、カーミラと合流し、セラミック盾の陰から、魔法と弓矢、スリングで、間近に迫ってきた赤いドクロ号上の海賊たちを狙い撃ちする。サイドンたちも他の護衛パーティーと共に反撃している。
だが、まだ4、50人はいる甲板上の海賊たちの矢玉にさらされ、船尾楼の陰に入らざるを得なかった俺たちの前で、ついに何本もの渡し板が東風丸にかけられた。
ウオォーッと鬨の声を上げて、海賊たちの最初の一団がなだれ込んで来た。
 




