第123話 蛙人と猫人
アンキリウムでの滞在を終え、再び海に出る。そこで俺たちは見たことのない種族に出くわし、重要な情報を得ることになった。
翌朝早く、俺たちは雇い主が泊まっている宿に迎えに行き、夜明け前に港に停泊中の東風丸に再び乗り込んだ。
この三日間は荷馬車は船に積んだままだったが、ヘイバルたちは自分たちのアイテムボックスに入れられるだけの売り物を収納して、何度もアンキリウムで露店での商いをしてきたらしい。
そして、代りにアンキラで安く仕入れられるものの買い付けもしたそうだ。
エルザーク王国をはじめ西方の産品で、東方で高く売れるものは、主に皮革製品や性能の良い金属製武器類、琥珀とその製品や工芸品など、食品類では上質な酒と乳製品、燻製肉、そして岩塩とからしい。
逆に東方から西方に運ばれる商品は、主に香辛料や絹・織物、そして金銀や宝石類など。
アンキラはどちらの品物も少し割高だが流通しているから、うまく商売をすれば少しは利を上げられる、とのことだ。
やり手のナターシアたちは、さっそくここでもう往路の船賃分ぐらい稼いだらしい。
初めて外国での商売を経験したハウトが、「じいちゃんがそう話してた」と教えてくれた。それからこれは内緒だぜ・・・と小声になって、娼館にも連れて行ってもらったと得意げに口にした。うん、よかったな、俺なんか17の時は余裕でDTだったし。
そしてアンキリウムを出た東風丸は、順調でも7日ほどかけて東方の大都市、ダマスコの港に向かう。陸からそう離れずに航行してきたこれまでと違い、多島海のまさに外洋を進むことになる。
多島海は名前通り、大小多数の島が浮かぶ海だが、とは言え、航路によっては何日も島影ひとつ見ることは無い。
海の色は濃紺の海と違い鮮やかで深いブルーで、波は高いけれど気候もどことなく南国めいていて、甲板に立っていても天気が良ければ暑いぐらいだ。
乗客にも変化がある。
ドゥルボルから乗り込んだ30人ほどのうち、アンキリウムでかなり入れ替わっている。アンキラ王国の内陸部に向かうものや、もう少し商売していくものたちは降り、逆にアンキラから、あるいは別の所からアンキラまで来た船から、こちらに乗り継いでいるものもいるらしい。
船室が混み合っているのは相変わらずだが、俺とヘイバル、ハウト、オスマルフのそばに寝床を構えたグループは、これまでとは別の連中だった。っていうか、カエルだ!
あんまりジロジロ見たら失礼だよな、と思いチラ見するんだけど、どう見ても二本足のカエルに見える。それが二人・・・
<ガン・グン 蛙人 男 34歳 LV10
スキル 水泳(LV2) 跳躍(LV3)
商業 値切り
鑑定(初級) 目利き
アイテムボックス 交渉
短刀技(LV1)
御者(LV2) 騎乗(LV2)
「毒」 「水」 >
ちょっと体が大きい方の男?を判別してみると、「蛙人」って種族名が表示された。うーん、スキルを見るとこいつは商人なのかな?護衛っぽくはないな。
ただ、「毒」とか「水」とか、これは魔法じゃないのか?
もう一人、心持ち小柄な方は、
<グァ・ドロン 蛙人 男 18歳 LV3
スキル 水泳(LV2) 跳躍(LV2)
商業 短刀技(LV1)
御者(LV1) 騎乗(LV1)>
こっちはまだ駆け出しっぽいな。
やっぱり亜人にはジョブってのがなくて、それぞれ職業に応じたスキルを身につけるってことなんだろうか?それとも、ドワーフは鍛冶屋が多いみたいに、その種族ごとに向いてる職業みたいなのがあるのかな?
俺だけじゃなくハウトもチラ見してて、互いの目が合った。珍しいのは俺だけじゃなく、こっちの世界の住人にとってもなんだな。
「ガン・グンさん、休憩するなら船尾楼に食堂があったぜ」
そして、二人の護衛らしい連中が入ってきたんだが、こっちもまた人間じゃ無かった、ケモミミだ!
<ラグダレイ 猫人 男 38歳 LV12
スキル 地獄耳 暗視
忍び足 察知
木登り 魔法抵抗(小)
速さ増加(中) 格闘(LV2)
剣技(LV3) 弓技(LV3)
騎乗(LV2) >
猫人族か。たしかにケモミミは犬じゃなく猫っぽい、ぴんと立った三角耳だしな。そして、スキルを見るとやっぱり護衛だな、これは。能力的にカーミラにちょっと似たところがある。
その後、もうちょっとレベルが低い猫人の若者が、2人続いて入ってきた。一人が隣りの俺たちの方を見て、
「ここ空いてるか?よろしく」
と声をかけてきたので、簡単に挨拶した。そいつは、ミッケイという20歳の猫人でレベルは7だった。猫耳の模様はミケじゃなく、ブチっぽかったけど。
もう一人はシャモウという18歳でまだLV5だ。護衛としてはまだ見習い中って感じかな。
入れ替え制の食堂で食べる夕飯の際も、獣人グループが隣りになったので聞いたところ、ミッケイたちは、エルザークよりもっと西の方にある、様々な獣人族が住んでいる大きな森から来たらしい。
想像した通り、蛙人の商人の護衛として雇われていて、多島海の別の港からの船でアンキリウムまで出て、乗り継いでダマスコまで行く予定だそうだ。
二人とも、カーミラと同様、少し語彙が少ないけど普通に会話できた。
いや、むしろ学校でもぼっちだった俺が、知らないやつとすぐ会話できてることの方が驚きか。こっちの世界に来てすごく進歩した気がする。
何人か向こう側の席で、カーミラとノルテがこっちを気にしてる。
そうだ、獣人族が多い地域に人狼やドワーフはいないんだろうか?
「人狼は少しいると聞いた。会ったことはない」
「ドワーフ知らない、ドワーフはドワーフだけで暮らしたがるから」
ミッケイとシャモウがそれぞれ答えた。
向こうでカーミラがはっとした。そうか「地獄耳」スキルで聞こえたのか。
ちょうどみな食事を終えて、次のグループと交替するところだったから、俺たちは甲板に出て、女子たちと合流した。
ミッケイたちも、エルフ、ハーフドワーフ、人狼と様々な種族がいるのが気になってたようで、互いに自己紹介とかをしていた。
ミッケイが年かさのラグダレイを呼んでくれて、彼らが暮らしている大きな森の奥の山の方に、少数だが人狼族がいる、あるいはいた、と一族の者から聞いたことがある、とのことだった。
ただ、正確な場所までは聞いてないし、今もいるのかはわからないそうだが、大きな手がかりではあるな。いずれその森に行ってみよう。
一方で、ドワーフはかなり排他的な種族らしいので、その森では聞いたことがないが、もっと北の方にドワーフの国があったという噂を聞いたことはある、と言う。
こっちはかなり曖昧だが、それでも一歩前進だ。
ラグダレイは、ルシエンを含む三人に
「亜人は獣人の仲間だ、歓迎する。いつか訪ねてこい。人間は歓迎しないが、お前たちの仲間なら入れるだろう」
と、無骨な言い方だけど招待の申し出をした。人間は歓迎はされないんだ。
ルシエンが、これはきっと森に住まう者たちの慣用句なんだろう、
「森の友よ、招きに感謝する。森の神の導きがあれば、訪問するでしょう」
と胸に片手を当てて答えると、ラグダレイも満足げだった。
「エルフの女、森の作法をよく知っている。森の神の祝福を」
「あなたたちにも、森の神の祝福を」
食事を終えて、そろそろ日が沈もうとする頃、どこかの国の軍船らしい、大きな帆船が見えてきた。
一瞬どきっとしたが、ルシエンによるとあれはパトロールみたいなもので、むしろ安心なのだという。
多島海では、濃紺の海のような地域のごろつきレベルではなく、本格的な海賊とか海の魔物も出るので、主要航路には各国が定期的に訓練がてら軍船を派遣しているそうで、それが近くにいれば海賊も近寄ってこないという。
ただ、そんな話をしている間にも、その軍船は東風丸を追い越して先に行ってしまった。いい風が吹く時期だとは言え、重い貨物船は軍船ほど速度は出ないんだろう。
海賊船はやっぱり貨物船よりは速いんだろうな、出くわさないといいな。
でも、マーフィーの法則じゃないけど、起こりうるトラブルはやっぱり必ず起きるものらしい。
それは、多島海に出て3日目、島影ひとつ見えないまさに大海原を進んでいる時のことだった・・・




