第122話 アンキリウムの魔法薬師
アンキリウムの街で、俺たちは風変わりな魔法薬師の店を訪ねた。魔除けの働きもあるという照明の小瓶を手に入れたのだが・・・
「ありがとうよ、大事にしてくれ」
メナヘムはそう言うと、よくわからない器具に、懐から出した薬をひとつ入れる。途端に薄暗かった店内がほんのり明るくなった。
これも何らかの魔法薬を使った照明用の魔法具らしい。
「すごいです」
「薬も色々オリジナルで作ってるんだ」
ノルテが目を丸くしているのを見て、メナヘムは得意げだ。
「他にも気になるもんがあったら、じっくり見てくれ、俺はちょっとなんか食えるもん、いやそれより酒か・・・おーい、マーサっ」
メナヘムは、客の相手もせずに奥に入っていこうとする。
「おっと、っと」
だが、足下がふらふらしてる。それに、ハーハーひどい息切れをして、うずくまっちまった。
「どうしたんでしょう、あのひと?」
ノルテが心配している。
メナヘムは胸を押さえて苦しそうにしてる。なんか、まずそうだ。
それに、似たような様子をどっかで見たことがある気がする。
昔、母親が連れ込んでた男の一人がよく似た体型で、やっぱりいびきがひどくて、たしか、心臓に病気もあったはずだ・・・
その時、奥の方から足音が近づいてきた。
「あんたっ、どうしたんだい、また胸が痛いのかい?」
マーサと呼ばれた、奥さんらしい痩せた女が、メナヘムに駆け寄って体を揺すっている。
「あ、ちょっと待って。揺さぶるのはやめた方がいいかも・・・」
「え?あ、お客さん?ごめんなさいね」
俺はそれには答えず、じっとメナヘムを見て、そばに膝をついた。
「なあ、あんた、心臓の脈が急にドキドキってなってたりしない?」
「あ?・・・な、なんでわかった?」
苦しげに答えるのを、とりあえず横向きに寝かせる。
「ルシエン、“大いなる癒やし”を頼む」
「わかったわ」
とりあえず現在のヤバイ状態は落ち着く。
俺は受験に失敗したただの浪人でしかないし、もちろんまだ医学知識なんてない。でも、母親はろくでもない女だったが看護婦だった。あの時、男になんて言ってた?思い出せ・・・
「あんた、昼間も眠かったり、気がつくと居眠りしちゃってたりするよな?」
「・・・おう、さ、最近特にそうなんだが、なんで知ってるんだ?」
「たしかに、さっき居眠りしてたけど、シロー、なにかわかるの?」
ルシエンもリナも、俺の方を真剣に見てる。
「えっと、こっちの世界でも同じ病気があるのか、とかよくわかんないけど」
俺は記憶をたどりながら慎重に話す。
「俺の元いた世界で、太った人がなりやすい病気のひとつだったような・・・」
「どんな病気なんです、治るんですか!?」
メナヘムの奥さんが真剣にくいついてくる。
「えっとね、太ってて、特に首のまわりに肉がついてる人は、のどの空気の通り道が狭くなってて、仰向けに寝ると舌、つまりベロが喉の奥に落ち込んで息が出来なくなっちゃうことがあるらしいんだ」
たしか、“睡眠時無呼吸症候群”とか母親は言ってた。
たぶん、職場で医者が説明してたのを聞いた受け売りだろうけど。
「それで、呼吸が止まっちゃって、無意識で必死に息をしようとして、空気が通る時すごくでかいいびきをかく、でもこれを繰り返しているからいつも寝不足になって、昼も居眠りしちゃうんだって・・・」
「その通りよ、この人、最近夜中に息が止まっちゃってることがあって、それからすごく苦しそうないびきをしてるのっ」
「まさか、そんな・・・」
「寝てる時のことは自分じゃわからないからね」
「でも、どうしてそれで胸が痛くなるの?」
それを聞かれるとつらい。なんでだったっけ?動脈硬化とかと関係あったかな?
「ごめん、理屈はよく覚えてないんだけど、この病気の人って、血液の流れ方も悪くなって心臓に負担がかかるんだったかな、だから、心臓がドキドキしたり、胸や頭もすごく痛くなることがある、って聞いた覚えがある・・・」
この病気はただの寝不足じゃなくて、不整脈とかヤバイことになって死んじゃうこともあったはずだ。
「ど、どうしたらいいんだ、教えてくれ」
メナヘムがすがるようにかすれた声で言う。
「えーっと、治療ってたしか専用の器具とか・・・そんなものないし、そうだ」
ちょっと思い出した。
「とりあえず寝るときは仰向けじゃ無くて、こう、体を横向きにして寝ると息が詰まりにくい」
「ああ、たしかに、この方が呼吸が楽だな・・・」
「でも、これは根本的によくなるわけじゃない、治そうと思ったら・・・」
「治せるの?どうすればいいんです?」
「教えてくれ、マグダレアの顔を見るまで倒れるわけにゃいかねえんだ、なんでもするから」
「え、と・・・一番はやせること、かな」
「「えーっ!」」
「・・・」
「・・・」
そんな目で見られても、俺医者じゃないし。医者だってちゃんとした医療器具とかなかったら、治療とか出来ないはずだし・・・
「あのね、これって喉にお肉がついて狭くなっちゃってる病気だから、痩せないと変わんないんだって。あ、それと、酒飲んでるならたしか酒も悪いって」
「酒をやめろだってー?俺の一番の楽しみを・・・」
「あんた、だから最近酒量が増えすぎだって、命にはかえられないだろ・・・」
「回復薬なら色々あるから・・・なあ、ちょっとだけならいいだろ」
「・・・」
“医者の不養生”ならぬ薬師の不養生だな。
結局、俺のうろ覚えの知識では大したことはアドバイスできなかったけど、魔法薬は根本的に病気を治せるわけじゃないはずだし、夫婦で頑張っておっさんの体調管理をするっていうことになった。
メナヘムは、というか、奥さんがぜひお礼をと言って、みんなに素朴なデザインの指輪をくれた。
形も不揃いでいかにも手作りっぽいが、メナヘムによると魔法効果を色々つけようと試行錯誤したものらしい。
「魔法攻撃とかに対する防御力が上がる他に、自分のMPが回復しやすくなる効果も多少あると思うんだが、まだ効果が安定しねえ。レシピは秘密だ」
まあ、冒険者だってスキルは互いに聞かないのがマナーだし、ましてやこれが商売なんだから明かせないのは当然だ。
メナヘムは、「薬生成(LV7)」の他に、「工芸(LV4)」とか「鍛冶(LV2)」とかのスキルも持ってるようで、色んな技術が込められてそうだ。
指輪を俺の「鑑定(中級)」スキルで見てみると、
<魔の指輪: 魔法防御力上昇(微) MP回復(微) ?>
なんて表示された。「?」ってのはなんだろう。俺のスキルじゃわからないのか、そもそも効果が変わるのか、まあ、メナヘムにもわかってないみたいだし。
ちょっとだけデザインが違うカーミラのを鑑定すると、こっちは
<魔の指輪: 魔法防御力上昇(小) ?>
と、俺のとは少し違う鑑定結果だ。まあ、カーミラは魔法とか使わないから、MP回復が無くても防御力が上がるならいいだろう。
そして、俺たちがこれから商隊の護衛でパルテアに行く、と話したら、マグダレアという娘がパルテポリスに留学すると言って出て行ったきり戻ってこないから、もし会うことがあったら早く返ってこいと伝えて欲しい、と言われた。
何度か手紙だけは届いたから無事ではいるらしいんだが、と。
「お父さんの具合が悪いから、生きてるうちに早くって・・・」
「縁起でもねえこと言うなっ!・・・でも、本当に元気なうちにあいつの顔をもう一度見たいんだ」
広大なパルテア帝国で、会ったことも無い女性一人と偶然出くわす確率は限りなくゼロに近いと思うけど・・・でももし会えたら必ず伝えるよ、と俺たちは答えた。
その晩、俺たちはアンキリウムで、初めて普通の宿屋に泊まった。
宿はどこも混んでいてたけど、幸いちょうど4人部屋がひとつ空いてる所があったんだ。
夜は宿おすすめの海の幸を食べ、日が暮れてからは小高い丘から港の夜景を見た。
大変な三日間だったけど、異国の旅もこうして楽しめたし、みんな元気だし、これでいい。そして旅はまだまだ続くのだ。




