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第121話 アンキラ王国 駆け足観光

アンキラ滞在三日目の朝、ようやくカーミラは普段の様子に戻った。天国の近くまで行ってきた気がする。

 アンキラ王国最大の街アンキリウムは、大陸東方への玄関口であり、濃紺の海と多島海とを隔てる海峡に突きだした、交通の要衝だそうだ。


 食事と入浴をすませ、消耗しきった体にようやく少しだけ活力を取り戻した俺たちは、もう残りは1日足らずになってしまったけれど、せっかく初めて来た東方の街を歩いてみようと、街中に戻ってきた。

 もともと異世界観光するために、この護衛クエストを受けたわけだしね。


 東西南北の船が行き交い、多くの言葉が飛び交い、身を包む衣服も、雑然と立ち並ぶ建物や露店、天幕も、そこで商われる物産も、異国情緒に満たされ熱気に包まれている。

 天然の要害として海峡を行き交う各国の船に睨みをきかせているアンキリウムは、海に面した街壁は高く頑丈で、入港する際のチェックも厳重だ。でも、俺たちのように一旦入国手続きをして上陸してから内陸側の森へ行っていた者が再び陸側から街に戻るのは、手続きも簡単だった。


 いかにも商いの街、という雰囲気のアンキリウムは、大小の商店、露店が軒を連ねて視界の彼方まで伸びる、そんな通りが幾筋も幾筋も並んでいる。

 朝ノルテの手料理を食べてきたばかりだけど、美味しそうでしかも珍しいにおいが漂ってくると、スパイスの効いた串焼きだの見たこともない甘い菓子だのをついつい買い食いしちゃうし、色鮮やかな装身具や異国風の衣装は、女子たちを引きつけずにおかないみたいだ。


「あの色合いも素敵ね」

「あ、あれ美味しそうですっ」

 きょうはみんなに銀貨を何枚か“お小遣い”として渡しているから、なおさらテンションが高い。

 カーミラはずっと鼻をひくひくさせて舌なめずりしてるし、リナも通りすがりに見た誰かを真似て変身したらしく、東方風の衣装で等身大になって、すっかりこの街の景色に溶け込んで歩いてる。


 だから一番バテてる俺が、スリとかまわりを注意しながら護衛に付いてるみたいな格好だ。こうやってみんなが楽しそうにしてるからいいんだけどさ。


 変な音色の笛でヘビを操る芸人とか、タロットカードみたいなよくわからないカードで占いをしている婆さんとか、海外旅行にも行ったことがなかった俺には、全てが刺激的だ。

 あっちでは、鶏みたいな鳥同士を戦わせて賭けてるみたいな連中がいるし、ギターに似た楽器を奏でて小銭をもらってるグループもいる。


 神殿みたいな、大勢の人が前庭で礼拝している建物があるが、エルザークの神殿と違って丸いタマネギみたいな形の屋根で、石像とかは見当たらない。老若男女の詠唱の声が高く低く響いてくる。

 いかにも異国情緒たっぷりだな。


 その先で、美味しそうな匂いに女子たちがひかれて、一本細い脇道みたいなのに入った。地図にこんな通りあったっけ?とか思いながらしばらく歩くと、ふと目がとまった看板があった。こっちの文字は全然読めないけど、書かれてる絵が、魔法の薬とか錬金術っぽいんだ。ガラス窓越しにちょっと見える店の中にも天秤皿とか、薬の瓶とかが並んでる。


「ちょっとここに寄ってみたいんだけど?」

 美味しいもの、きれいなもの、カワイイもので盛り上がってる女子たちに水を差すのは勇気がいったけど、俺の指さす店を見て、みんななるほどって顔をした。


「魔法のお店でしょうか?」

「アンキラは珍しい魔法具とかでも有名だし、たしかにこれはちょっと見てみたいわね」

 ルシエンも乗り気のようだ。


 ギーッと音をたてて木の扉を開くと、古びた羊皮紙やよくわからない香料や香木の匂いが混じり合って、別世界に迷い込んだようだ。

 一歩入っただけで、不思議と通りの喧噪も気にならなくなった。


 魔方陣みたいな模様が描かれた大小の羊皮紙が壁に貼られ、反対側の壁には色んな種類の魔法の杖らしいものが掛けられている。そして戸棚には何かの骨とか皮とか葉っぱとか、おそらく薬の原料だろう。大小の壺の中にはできあがった丸薬や水薬なども入っているようだ。

 だが、人の姿はない。


 これはあれか?選ばれし者の前にしか姿を現さない、高名な魔導師とか薬師とかの店で、俺たちはまだレベルが足りないとか・・・いや、そんなたいそうな話じゃなかったらしい。


「ご主人様・・・いびきが聞こえます」

「その机の裏ね」

 主は単に昼寝してるらしい・・・店のカギも開いたままなのに不用心な。


 けど、なんか苦しそうないびきだな。


 カッカッ・・・ンググゴオーッ、って魔物の声かってぐらい文字にすると恐ろしげだけど、そうじゃない、なんか呼吸がすごく不自由で時々息が止まっちゃってて、それが通る時にはすごい大きないびきになってるって感じだ。


 覗いてみると、カウンターの奥で大きな小山が上がったり下がったりしてる。

 腹だ。


 すごく太ったおっさんが、ベンチみたいなのに横になって居眠りしてた。

「ングオォーっ・・・うおっ、はっ? おー、客か」

 人の気配で目を覚ましたようだ。


 俺たちが目を丸くしているのを見て、フラフラしながら身を起こした。

「今、何時だ?」

 ぷよぷよの二重顎の赤ら顔で、目の下には隈ができてていかにも不健康そうなおっさんだ。メタボさんとでも呼びたくなるな。


<メナヘム 男 39歳 薬師(LV17)>

と表示された。メタボのメナヘムか。まだ30代なんだな・・・もっと年がいってるかと思ってた。でもLV17の薬師ってのは、非戦闘系のジョブとしてはかなりの高さだよな。


「えっと、さっき正午の鐘がなってましたけど」

「おー、昼か、ハラ減ったな。いや、とりあえず好きに見てくれ、ただ危ないもんもあるから、さわるときは先に声をかけてくれよ」


 あまり商売っ気はなさそうだな。

 ジョブが商人じゃなく薬師だから、売って儲けるのがメインと言うより、自分のスキルを生かして食っていければいいって感じなのかな。


 こっちの文字は読めないけど、鑑定スキルをかけて見ると、色んな薬を売ってる。

 HP回復や状態異常の回復薬はもちろん、MP回復薬とか、嘘かほんとか、<完全回復薬?>なんて表示されるものもあった。


「どうして<?>なんて表示がつくんだ」

 ついひとり言が口に出てたようだ。

「おう、お前さん、鑑定スキル持ちか?それは、一定の確率で完全回復する、つまり運次第ってことだな」

 メナヘムが面白そうに言う。


「・・・それってずいぶんいい加減な薬なんじゃ?」

「なに言ってるんだ。確実に完全回復できるなんて、伝説の大聖者クラスでもなけりゃ無理な話だろうが。低確率でも手足を失ったり瀕死のもんが元通りになる可能性がある薬を作るだけでも、たいへんなことだぞ」

 そういうもんなのか。


「ちなみに値段は?」

「金貨500枚だ」

 はぁっ!?小金貨だとしたって、4、5千万円ぐらいするってことかよ、しかもそれで失敗するかもって・・・

「まあ、実際は売れるとは思っちゃいないけどな」

 わけがわからん。


「ねえ、この玻璃瓶はもしかして、破魔の光かしら?」

 魔法具のコーナーを見ていたルシエンがよびかけてきた。


「あ?そうだ、昼間蓄光して夜灯りになるだけじゃねえぞ、魔除けの効能もある」

「ふーん、働きは強くはなさそうだけど、本物だと精霊が言ってるわ」

「ばかやろー、まがいもんなんか置くかよ、品質には自信があんだ」


 ルシエンが興味を持ったのは、小さなガラスか水晶の瓶に革紐がついたもので、中に水かなにか入ってる。鑑定すると、<蓄光の薬・対魔効果(弱)>と表示された。

 へーっ、これ、松明とかカンテラの代わりにもなるのかな。


「値段はいくら?」

「そいつはまだ試作品だからな、金貨1枚でいい」

 それでも10万円近くするってことか、やっぱ魔法道具って高いんだな。でも、船内で俺が作った薬でちょうど小金貨1枚分稼いだし、買えない額でもないが。


「シロー、私は暗くても見えるから問題ないけど、あなたかノルテが持つにはいいかもしれない、少しは魔物よけにもなりそうだし」

そういうことか。

「うん、じゃ、これ1個もらうか」


「おー、ありがとよ。形とかはそんなにかっこ良くないが性能には自信があるんだ、大事に使ってくれよ。光が弱くなってきたら魔力を込めてくれれば回復するぞ」


メナヘムは、儲かることより自分が作った薬とか魔法具が人に必要とされるのが嬉しいみたいだ。悪い奴じゃなさそうだな。

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