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第119話 海の治安

濃紺の海を順調に南下していた貨客船「東風丸」は、二日目の夜、最初はちょっとしたトラブルに巻き込まれただけと見えたのだが・・・

 きっかけは些細なことに見えた。

 出航から二日目の夕刻、比較的小ぶりな快速帆船が東風丸に併走して近づいてきた。


 東風丸の乗組員たちが警戒して距離を取ろうとするのだが、しつこく幅寄せしてきて、なにやら「このあたりは海は近ごろ危険だから格安で護衛してやる」とか、危険なのはお前らだろ、と誰でも突っ込みたくなる見え見えのたかり方をしてきた。


 濃紺海北部のモルデニアの旗っぽいのを半ばぐらいしか見えない状態でマストにぶら下げていて、国際ルールである所属国をちゃんと示さないところとか、完全にあやしい。

 そして、拒まれたと見るや、東風丸の進路をわざと邪魔するように前に入り、今度は「接触した」となんくせをつけてきた。


 東風丸には15人ほどの乗組員がいて三交代で操船しているのだが、非番のものも出てきて、船縁から弓を構えて見下ろしたところ、一旦離れていった。


 そこまでは、商人たちによると「よくあること」らしい、物騒だけどな。これぐらいだと海賊とも呼ばず沿岸のごろつきレベルで、普段は漁とか近距離の傭船とかをしている場合もあるらしい。

 船長から乗客たちにも「心配いらない」と簡単な説明があっただけで、みんな順番に食堂で配給の夕食を食べ、船室に入った。


 だが、日が暮れてから、そいつらがつけてきているのがわかった。

 こっちが警戒しているのがわかった上でそこまでしつこいのは、あまり普通じゃないらしい。しかも、快速帆船一隻だけでなく、小型のガレー船など4,5隻に増えていた。

 濃紺海の沿岸に近い航路を取っているから、沿岸のどこかに根拠地があって、ごろつき仲間を集めてきたのかもしれない。


「ここまで濃紺海の治安が悪くなっとるとは、沿岸諸国はなにをやっとるんじゃ」

 ヘイバルだけでなく、にわかに喧噪に包まれた船室の商人たちはみな同感のようだ。ドゥルボル港に各国の軍船がいたのは、こういう治安対策じゃないのかな。


 ごろつきたちの小さめの船では、船倉の荷車を奪うことは出来ないから、目的は商人たちを拉致して身代金を取ったり、殺してアイテムボックスの中身を奪うことらしい。

 アイテムボックス持ちを殺すと、中にあったものがはき出されるそうで、これってRPGでモンスターを倒すと、なぜかお金や宝箱に変わるのに似てるな。

 なんて呑気なことを言ってる場合じゃなかった・・・


「おーい、護衛の者たちは防衛戦に参加してくれ!」

 水夫長のボウエンという男が、大部屋の入口で声をあげている。俺はヘイバルに尋ねた。

「こういう時は従っとくもの?」

「うむ、客だから義務ではないんじゃが、商隊の護衛は乗組員と一緒に防戦に参加することが多いのう。商人の中でも腕に覚えのあるものは加わると思うが、わしら足手まといになるような者は船室にこもっておるよ」

 まあ、甲板もそう広くはないしな。


 オスマルフは短刀を腰にさげて、防衛に参加するつもりのようだ。さすが武器商人だ。

 甲板に出ると、ルシエン、カーミラ、ノルテも既に出てきていた。

「ご主人様、どうしますか?」

「防戦に参加しよう。バラバラになるより結束して戦った方が有利だしな。弓とスリングを用意して、俺のそばから離れないようにな」

 不安そうなノルテにそう答える。


 こっちの船は既に灯りを消している。ごろつきたちの船は、さっきまでは連絡用に灯火がついていて、東風丸を囲むような位置で5隻確認されたそうだが、今は火を消している。

 もっとも、ルシエンには暗くても見えているようだし、パーティー連携した俺の地図スキルにもはっきり赤い点が映っている。


「みんな聞いてくれ!船長のマガートだ」

 ひげ面の大男が船首楼の上に立って、甲板上の船員と護衛たちに呼びかけた。

「ごろつきどもの船は快速帆船が2隻、中型のガレーが1隻、小型のガレーが2隻だ。戦える奴は全部でおそらく4、50人だろう。砲とか大石弩の類いはなさそうだから、戦いになるのは弓の間合いからだ。あっちは船を着けて乗り込んできて、あんたらを襲うつもりだろう。弓や魔法が使える者は、ボウエンの指示に従って配置についてくれ。近接武器しかないものは、乗り込んでくる奴らを防ぐ事に専念してくれ、特に縄ばしごをかけられたらすぐ切り落とすのがカギだ、高低差がある分、こっちの優位は動かん、頼むぞ!」


 俺たちは一応全員遠隔攻撃が出来るから、水夫長の所に集まった。弓を持った船員が5人、そして俺たちを含め乗客らしいバラバラの服装の者が10人ちょっとだ。思ったより少ないな。

 オスマルフは近接武器組の方に姿が見えて、あっちは全部で10人足らずだ。


「船首楼、船尾楼と左の舷側に2人ずつ、船員がそれぞれ付くのでその指示に従ってもらいたい。そして中型ガレーともう1隻が右手にいてこれが敵の主力らしいから、右舷側に4人頼む」

 ボウエンがそう割り振ろうとしたので、俺たちは4人パーティーだからと言って右手に回ることにした。

「・・・女が多いが大丈夫なのか?」

「魔法も使えるし腕はそこそこ立つつもりだ」

「わかった、ケビン、彼らを連れて後ろの指揮を執れ」

「あいよ、じゃあ、あんたら来てくれ」


 地図スキルでもたしかに、右舷側から2,300メートルの所に2か所、赤い点が固まってるからこれだな。

 俺とカーミラ、ルシエンが弓を用意し、ノルテにはスリングを持たせる。普通のセラミックを固めた弾丸は沢山作ったが、<火風の薬(小)>を固めた弾も2発だけあって、これが切り札だ。

 そして、リナも遠隔攻撃用に等身大魔法使いにして出す。


「火矢だっ」

 船首楼から声があがる。東風丸の前方にいるごろつきどもの帆船から火矢を撃ってきたらしい。まだ弓の間合いには遠いと思うけど、これは陽動か?頭を抑えようってことだろうか。

 地図スキルにはそれを合図に、敵の包囲網がぐっと絞られてくるのが映る。


「そろそろ間合いに入るけど、慌てて撃たなくていいわよ、合図するまで私にまかせて」

 ルシエンが冷静に指示する。ケビンという水夫はなんでわかるんだ?という顔をしている。


 俺たちの肉眼にはまだ右舷の船は見えてこないが突然、船縁にカッと1本の矢が突き立ってびっくりする。

「あっちが風上側だし、うちの船は的が大きいからね、心配しなくていいわよ」

 それがサインだったかのように、何本もの矢がひゅんひゅん飛んでくる。俺たちは船縁に身をかがめるが、ルシエンは半身で弓を構えたまま微動だにしない。地図スキル上、距離的に50メートルぐらいに近づいてきて、暗い影が俺たちの目にも映るようになった。あれがガレー船か。


 ルシエンの弓が鳴った。

 かすかな悲鳴があがった気がする。ルシエンは矢をつがえ再度射る。そして再び、今度は間違いなく悲鳴だ。怒号も上がる。

「そろそろ見えるでしょ?魔法攻撃はまだ明かさない方がいいから、弓を構えて。リナは魔法の盾を」

「あっという間に二人も・・・」

 ケビンが絶句するのを横目に、俺たちも弓とスリングを構える。


「ノルテはまだね、シローとカーミラはいい?放て」

 かろうじて見えるガレー船の上の人影に向け、矢を放ったが、逆風と船の揺れで手前に落ちた気がする。

 そして、向こうから一斉に矢が放たれた。慌てて身をかがめるが、リナが張った透明な盾が受け止めてくれる。相手には風で外れたようにしか見えないかも知れない。


「もう一射だけ準備して、その後は多分突っ込んでくるから」

 自然にこの場の指揮を執ってるルシエンに、いつのまにか水夫のケビンも従って一緒に弓を構えてる。

「まだ、波の山にあわせて・・・放て」

 ルシエン、カーミラ、俺、ケビンの4本の矢が飛び、2つ人影が倒れた。

 交差するように10本ほどの矢が飛んできたが、再び魔法盾が守ってくれた。


「来るわよ」

 ルシエンが予想したとおり、相手は打ち合いより船を着けて乗り込むことを選んだようで、急速にガレー船が迫ってくる。

 帆船に併走しながらだから、橫腹を見せ、一列に並んだ櫂がそこから出ているのが見える。板に遮られているから、漕ぎ手を直接攻撃するのは難しそうだ。


「炎の魔法で焼くか?」

「そうね、喫水近くは濡れてて燃えにくいから、船縁の上の方と甲板に火を付けるつもりで狙って」

「了解、リナ、ノルテ、いいか?」

「りょーかい」「はい、ご主人様」


 距離10メートルそこそこまで近づいた所で、俺とリナが逆風に逆らうように練り込んだ炎の魔法を放ち、中型ガレー船の甲板に上から直撃させる。同時に、ノルテが放った火風の弾丸も船縁に命中し、ぱっと炎がはじて燃え上がる。身を焼かれた男たちの絶叫が上がった。

 簡単には消せないぐらいの火事になってる。


 その後ろからもう一隻小さめのガレー船が急接近してくる。

甲板で漕ぎ手の指揮をしていた男を、ルシエンの矢が射貫く。漕ぎが乱れた所に、リナの火球が甲板にはじけ、こちらも炎上する。

俺は櫂を漕ぐための穴に火素を絞り込んで送り込む。

「ぎゃーっ」と声が上がり、漕ぎが止まった。隣り合う穴に同じように火を飛ばす。

 小型ガレーは漂流を始め、後ろに離れていく。


 中型ガレーは制御を失いながらも惰性で、東風丸に接触した。

 無事な奴らが、一斉に縄ばしごを投げてくる。


「上がらせるな!」

 マガート船長の指示が飛び、俺たちの後ろに控えていた近接武器持ちの連中が、剣を振るって縄を切り落としていく。 

 何とか持ちこたえられそうだな。


「誰かぁっ、応援を頼むっ!」

 反対側の原則から叫び声があがった。見ると左舷側から何人ものごろつきが乗り込んでくるじゃないか。


「カーミラ、ノルテ、来いっ」

 俺は水夫たちの指示を待たず、左舷に向かって走りながら火素を放つ。ちょうど舷側に上がってきた男の顔に命中し、絶叫を上げて落ちていく、誰か巻き添えにしたようだ。

「この野郎っ」

 既に甲板に上がってる二人が、血相を変えて曲刀を抜いた。


 俺の横をカーミラの気配がすり抜け、ごろつきの一人が首から血を吹き出して倒れた。もう一人の足が止まった所に、俺は刀を抜いて上段から斬りかかった。受け流される。でも、俺が横に流れたところに、後から駆けてきたノルテのハンマーがうなりをあげて、ごろつきを吹っ飛ばした。


 他にはっ?甲板に上がられてはいない。目の前には快速帆船の帆が見える。縄ばしごは2本かかってる。一本は上ってきてた奴を墜としたところだ。もう一本を刀で切り落とし、登りかけの奴が海面に落ちていった。


 目の前の帆船の帆に、火素を放って炎上させ、ついでに残ってた縄ばしごも焼く。

 攻め手の手がかりを失った帆船は火消しに追われ、こっちを攻撃するどころでは無くなった。


 主戦力だったらしい左右の舷側からの両面攻撃が失敗して、ごろつきたちの船は算を乱して逃げていった。小型ガレーの一隻は焼け沈んだようだ。

 東風丸に乗り込んで死んだごろつきの遺体はそのまま海に投げ込まれ、水夫と護衛に4人の負傷者が出たが、それは船員の中にいた僧侶スキル持ちが治療して、戦いは終わった。


「みなご苦労だった、護衛の諸君もよくやってくれた。まだ警戒は解けんが、軽いものを食堂に用意するから交代でつまんでくれ」

 船長がコックに命じて、ビスケットみたいな軽い菓子と、エラン水を用意させた。とりあえず喉が渇いたから、エラン水をごくごく行く。ノルテとカーミラはもちろんビスケットで頬を膨らませている。

「ルシエン、リナ、そっちも大丈夫だったか?」

「ええ、あの後はすぐ逃げてったから」


 それにしても、陸も海も危険が多い。たまたま大きな被害は受けてないけど、交易に行く連中が毎回こんな危険な目に遭ってて大丈夫なんだろうか?

 甲板で防衛戦に参加していたオスマルフに聞いても、以前は濃紺の海は各国の軍船がにらみをきかせていることもあって、これほど治安が悪くなかったと言う。なにかヤバい方向に世の中変わってきてるらしい・・・


 そんなことを思いながら床についた翌朝、俺はルシエンに呼び出された。

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