第118話 濃紺の海
三の月、上弦の十一日。夜明けと共に、俺たちが乗る中型外洋貨客船「東風丸」は、エルザーク王国の東の玄関口ドゥルボル港を発ち、濃紺の海をまず南下していた。ここから比較的陸に近い航路を辿って、順調なら3日目の夕暮れまでに、アンキラ王国の首都アンキリウムに着く予定だ。
「うぷっ」
「だ、だいじょうぶか、ノルテ?」
船旅のお約束だけど、必ずひどい船酔いになる人っているよね・・・俺もちょっと怪しかったけど、一番つらそうなのはノルテだ。なんたって食欲がないっていうぐらいだから深刻だ、ノルテなのに。
僧侶の治療呪文もなぜか船酔いにはそれほど効果がないようだ。毒でも麻痺でも病気でもないから?いや病気なみにキツイと思うんだけど、ナゾだ。
船員ですか?ってぐらい自然に船になじんでるルシエンに、「甲板で風に当たってきたら?」と言われ送り出された。初めての海だってのにケロッとしてるカーミラもついて来て、「鳥いっぱい」とか「おさかなー?」とかはしゃいでいる。
あ、ハウトも船酔いか?ちょっと離れたところで船縁からげぇげぇやってて、ヘイバル老が背中をさすりながら「なにごとも経験じゃ」とか言ってる。なんだかんだ言って、じいさん、孫を可愛がってるよな。
出航して一刻、ドゥルボルの港町が見えなくなると、沿岸にはほとんど建物や人間の息づかいがなくなり、すぐに険しい地形にうっそうと茂った緑が続くようになった。
そういえば、この世界にはどれぐらいの人口がいるんだろう?なんとなく、街と街の間はあまり人が住んでなくて、全体としては人口密度が低い印象だけどな。
けさ目が覚めたら、俺は錬金術師ジョブがついにLV15に上がっていた。
それで得たスキルは「鑑定(中級)」というもので、例えばこれまでの鑑定(初級)だと「魔法のワンド」としか表示されなかったのが、「魔法のワンド(魔力強化+5%)」とか詳しい情報が見られた。あー、この杖、結構高かったんだけど5%しか変わらないんだね・・・
他のメンバーにも聞くと、ノルテが鍛治師LV13になり、新たに「投射(LV1)」というスキルも得ていた。スリングで魔物を倒したからだろう。
リナは魔法使いのレベルは14のままだが僧侶がLV11に上がり、魔法防御力を上げる「心の守り」の呪文を得た。アンデッド戦で僧侶モードで活躍したのが効いたのかな。
「ご主人さま、ご主人さま、もう大丈夫ですから」
ノルテが顔を赤くしてる。
気がつくと、ノルテの背中をさすってたはずが、その後はずっと肩を抱いてたらしい。
無意識の行動に俺自身もびっくりした。
「あ、いや、ごめん・・・もういいのか?」
「はい、景色を見てたらおさまったみたいです」
同じだな、よかった。
でも、その途端にノルテのお腹がきゅーって鳴った。出すもの出しちゃって小腹がすいたか、アイテムボックスにまだ昨夜買ったパンの残りがあったな・・・
東風丸のサイズは長さ30~40メートル、幅7~8メートルぐらいだろう。
大航海時代の帆船とか日本だと千石船みたいなイメージかな。
甲板には大きなマストが2本立っていて、見張り番の船員は縄ばしごを伝って見張り台に上り下りしてるが、揺れる船と強い海風の中であれを上るなんて、俺にはムリかも。出入港の際は一応、長い櫂で漕げるようにもなってた。
中央の甲板から船首楼の下に降りる荷馬車用のスロープがあるようで、既に入口は閉じられているが、船倉の前半分はここから入れた荷車を詰め込むスペースらしい。今回はほぼ満杯と言える12台の荷車が積まれ、その隙間にはバラ積みの貨物も乗せられて一杯だそうだ。
船倉の後ろ半分は上下二層の人間用のスペースで、下層は男の乗客用の大部屋と食料・水などの保管庫、上層は2つに仕切られ、ひとつは女の乗客用、もう一つは乗組員の寝るスペースになっている。
男の客用は30畳ぐらいの広さの板床の大部屋で、靴を脱いで上がるようになっている。そこに20人ぐらいが寝る上、背嚢など手荷物も一緒だから本当に狭い。いびきもうるさいし。そして、雇われてる立場上、壁に近い少しはましな場所を依頼主たちに譲るから、俺はよそのグループのむさくるしい大男の隣で1畳分も使えないほどだ。
ノルテに聞くと、上層にある女の客用の部屋は10畳ちょっとの狭さに8人いるらしいから、やはりかなり窮屈らしい。特に、化粧の臭いがきつい女がいて、鼻がいいカーミラがつらがってたそうだ。自由に駆け回れるスペースもないしね。
甲板上の船尾楼には厨房と食堂兼展望室があり、一番後ろに厠だ。海にボットン式だな。
客室が狭いから、なるべく日中は展望室とかにいたいけど、そこは十人ぐらいしか座れなくて、食事も時間をずらして入れ替え制で呼ばれるほどだから、結局、気分転換には甲板から海を眺めるぐらいしかない。
基本的に貨物船だからね、クルーズを楽しむって感じじゃない。
船が出航すると、基本的に一日二回、食事が出る時間以外はやることがない。
天気がいい日はまだいいけど、雨が降ったり海が荒れるとひたすら船室で耐えるしかない。だから商人や護衛たちは、船室で博打とかをしてる者も多い。
そんな中でうちの依頼主たちは真面目で、ヘイバルはハウトに地理とか商いの知識を教えてるし、オスマルフはパルテアなまりの商人を見つけて色々情報交換をしている。
海風で体が冷えてきたんで、俺も船室に戻り、狭いスペースの背嚢の陰で薬作りで時間をつぶすことにした。揺れる中で本を読んだりするのは一発で酔いそうだし、ましてや手紙を書いたりなんか無理だけど、乳鉢で魔石をすりつぶすぐらいのことは出来るだろう。
アンデッド戦でノルテに使わせた「聖弾」が役に立ったから、補充しとこうと思ったのと、乗船中はMPを使うあてはないから、こういうときがチャンスだとも思った。
オークから回収した魔石をゴリゴリつぶして、慎重に聖素を込める。ちょっと揺れるが集中してるとうまく薬になったようだ。鑑定すると、ちゃんと<浄化薬(小)>と表示された。がんばって3つ作り、粘土で固めて弾丸状にした。
「あんた、薬師なのかい?」
声をかけられて振り向くと、でっぷり太ったいかにも商人、という感じの中年男だ。
<バラット 人間 男 38歳 商人(LV9)>と表示される。
持ってるスキルは一般的な商人のそれだが、人物鑑定とか判別は持ってないようだから、俺のジョブは見えてないんだな。
「いや、一応、錬金術師だけど」
「そりゃ失礼、薬を作ってるようだったんで興味を引かれてな。それは、浄化薬じゃないかね?」
物品の鑑定スキルは持ってるんだよな。
「うん、船に乗る前の戦闘で使い切っちゃったから、補充しとこうと思って」
別に隠すことでもないと思った。
「自家用ってことか。よかったら、譲ってもらうわけにはいかんかね?」
買い付けってことか?そういや売り物にもなるんだっけな。
「えーっと、いくらぐらいするもんなのかな?」
俺には商人と駆け引きするスキルなんてないから、正直に聞いちゃう。
「んー、1つ銀貨8枚までなら出すがね」
銀貨8枚って3、4万円か?そんなにもらえるのかって思ったけど、待て待て、と顔に出さないように意識した。
よく考えろよ、たしかにオークの魔石だけなら、銀貨1、2枚の買い取り価格だったと思うけど、薬になると高くなかったか?
「いや、これ、このあいだアンデッドに襲われた時に命綱だったから・・・」
あまり売る気はない的な姿勢を見せた。
「そうかね、じゃあ、出血サービスで銀貨10枚出そう!」
「おい、ちょっと待ってくれ、浄化薬だって?」
別のひげ面の商人が横から声をかけてきた。
「銀貨10枚ならおれも買うぞ!」
「わしが先約だぞ、横入りはよしてくれ」
思わぬ人気だ・・・
結局、2人にそれぞれ、銀貨10枚で浄化薬を1個ずつ譲ることにした。合わせて銀貨20枚ってことは小金貨1枚分か。もうひとつ残ってるし、またMPが回復したら作ればいいしな。
もっとも、あとでヘイバルに話したら、「相場はもっと高いぞ」と笑われた。そういえば、オザック迷宮前の売店では、HP回復薬が小金貨5枚もしてたっけ、うっかりしてた。薬を作るスキルは結構稼げるのかもしれない。
でも、船内での暇つぶしだったはずがいいバイトになったし、スキルの経験にもなるし、狭い大部屋でまわりの好感度を上げといたらなんか役立つかもしれないし・・・とりあえずいいよね。
船内では時々揺れがひどくなったり、狭い寝床でぶつかったのぶつかられたのでケンカする奴もいて、騒々しかったけど、命がけの戦いに比べたらまずは平和だった。2日目までは・・・




